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第59話 証拠探索


 屋敷中には、監視カメラが設置されており、【覇者の扉】は使えない。

もっとも、俺の脚力は既に人外化しており、数分と経たずに、芽黒駅前に到着した。

駅東口から建物に入ろうとすると、階段前で佇む黒髪の女と目線があう。


「り、六花?」


 頬が引き攣るのがわかる。もう、二二時を超えているのだ。とっくに帰ったとばかり思っていた。


「相良!」


 パッと顔を輝かすが、直ぐにふくれっ面になって、そっぽを向く。相変わらずのお子ちゃま対応、ありがとうよ。


「すまん。六花、今、取り込み中だ。後で埋め合わせはする」


 頬を紅潮させ、そっぽを向く六花の頭をいつもの様にグリグリと撫でて、芽黒駅構内へ入ろうとするが、手首を掴まれる。


「やはり、危険な事、してるんだな!?」

 

 なぜこいつは、こうも妙に勘がいいんだ? 六花が今晩、俺と会うのに拘ったのも、生徒の俺を危険から遠ざけたい一心からだろう。生徒思いなのは結構だが、如何せん今回の件は既に一教師の踏み込むべき領域を超えている。


「気のせいだろ。急いでいる。放してくれ!」

「嫌だ!」


 遂に、俺の腕にしがみ付いて瞼を閉じてしまう六花。完璧に、意固地になってしまったようだ。今は一分一秒が惜しい。


「頼む、人の命がかかってるんだ」


 俺の百の言葉を煮詰めたような重さの声に、六花はビクッと身体を硬直させていたが、ゆっくりと俺から放れる。


「わかった。ならば、私も行く」


 俺に向ける睨みつけるほど真剣な目つきからも、いくら俺がここで説得しても翻意はすまい。時間の無駄というやつだ。

 そして、俺がここでトイレに行けば、最悪六花までこのクソッタレな事件に巻き込んでしまう。

 一旦屋敷に戻る手もあるが、それでは長門の命を賭けた行為自体が無意味となる危険性がある。それは俺には許せない。

 クソ! カリンが心配だし、これ以上、ここで時間を潰すわけにはいかない。仕方ないか。


「六花、一つだけ約束してくれ」

「内容によるぞ?」

「今からお前が何を見ても全て忘れて、家に帰れ」

「いやだ。私はお前を無事、家まで送り届けるまで帰らない。それまでついていくからな」


 堂島、恨むぜ。こんな面倒くさいお節介に話やがって。


「絶対に駄目だ。大人しく家に帰れ!」


 くそ、くそ、くそ! 六花の奴、人の気も知らねぇで。

 俺の歪んだ顔を視界に入れると、六花は下唇を噛みしめ、長いスカートを握り締める。


「相良、急いでいるんだろ?」


 ただそれだけ言うと、スタスタと駅の構内へ入ってしまう。

 どうやっても、ついて来る気か……いくら何でも今日の六花は強引すぎる。普段、俺を含めて生徒の私生活に過剰に干渉するような奴では断じてない。何か、理由があるんだろうが。

 兎も角、もう時間もない。六花は俺が志摩家で護衛をしているなど知らない。納得しなければ、()けばいいだけだ。その方法も思いついてる。


 芽黒駅のトイレは三つ。

 東口の直ぐ傍と西口の傍。証拠を隠したとするなら、長門が自由に移動できる男子トイレだろう。

 東口のトイレの前で、俺を逃がすまいと仁王立ちする六花の視線を背後から浴びながらも、男子トイレに入る。

 隠すとしたら何だ? USBのようなもの? いや、長門が黒髪の女に追われていたのはついさっき。なら、そこで見たものを携帯等で受信する端末のようなものの可能性が高い。

 


 そう思っていたわけだが、端末らしきものはどこにもなかった。

 情報として残せるものは、端末やUSB、紙媒体の書類。全て水の中では使用不能となるものだ。

 ビニール等に入れてあることを考慮し、一応、貯水タンクの中を空けてみる。しかし、ビニールのようなものが沈んでいるようには見えない。

 それから、西口のトイレも探すが、やはりどこにも見当たらなかった。

 さて困った。女子トイレの中か? いや、やはり、男の長門が女子トイレに侵入すればそれこそ目立つし、何かを隠すには明らかに不向きだろう。

 そういや、昔親父も言ってたな。壁にぶち当たったら、固定概念を崩すことが重要だと。あの不良中年の言葉に頼るのも若干癪だが、今は(わら)にもすがる状況だ。致し方ない。

 とすれば、まず俺の固定概念の特定だ。

 この探索での俺の最も大きな既成概念は、端末やUSBもしくは、紙のようなものがトイレにあるということ。まずは、これの否定をしてみるか。

 端末や紙媒体の否定は即ち、水に濡らすことができる事。トイレという施設からすれば、探す場所は貯水タンクに限られる。

 それに貯水タンクなら、扉を閉めてしまえば、工作ができるわけだし。精査すべきはここ。


 東口の貯水タンクを満遍なく調べていくと、入口から最奥の部屋の貯水タンクの浮き球を振ると、何やら転がる音がする。ビンゴって奴か。

 浮き球に小さな穴を開け、中のものを取り出すと、『18』の.鍵札のついた鍵が出てきた。

 この鍵、順当に考えればコインロッカーの鍵だが……。

 トイレ出てから、六花に鍵を見せる。


「六花、この鍵に見覚えあるか?」

「コインロッカーの鍵だ。丁度、あそこにあるぞ」


 六花の指さす先には、幾つものロッカーが整然と並んでいた。

 『18』のロッカーを開けると、予想通り、タブレット式の通信用の端末。しかも、今販売された最新式。


「相良、それは?」

「六花、この件が終わったら全て話す。だから、今は聞くな」


 怒りだすかと思ったが、意外にも六花は俺の言葉に否定も肯定もせず、ただ俺をジッとみつめていた。

 

 タブレットのメールの受信ホルダーをタップすると、複数のメールが来ており、全て画像だけだった。

 一つ目が、黒色の壁に、白色の扉を有するどこにでもある二階建ての一軒家。とても、殺人ギルドのアジトや工房があるとは思えない。そんな有り触れた建物。

 二つ目の画像を開くと――。


「く、腐れ外道っ!」


 画像を目にし、その光景を脳が認識した途端、公園での《フール》の言葉の意味を俺は、はっきりと理解した。

 

「さ、相良……それ?」


 爪先立ちで背後からタブレットを覗き込んでいる六花の顔は蒼白であり、声は震えていた。即座にタブレットを隠す。この画像は、六花には聊か刺激が強すぎる。

 薄暗い地下室の檻の中にいたのは、複数の化け物。顔が人の巨大な犬。身体が人で顔が蛙の人。全身に人の顔が浮き出た熊のような生物。

 画像に映る生物は、全て鑑定が可能だったことからも魔物とカテゴライズされる。さらに、そのレベルは全て4以上、中にはレベル6のものあった。

 《フール》の発言を踏まえて考察すれば、多分、ここは実験場。より正確に言えば、キメラ生成実験場と言えばよいか。人間を攫って、この場所で野生生物と合致させ魔物を生成でもしているのだろう。

 どう考えても国際法や探索者協議会の定める重要な法規に違反している。これを日本が、いや、世界が知れば大パニックになる。

 三つ目のメールを開くと、所々真っ赤なシミがついたA4サイズの用紙三枚の写真。用紙には、各用紙にはミミズがのたくったような文字がびっしり描かれていたが、無論俺には解読不可能だった。


 全メールを確認したが、このメール明らかに不自然だ。

 大体、なぜ、文章が一文字もない? この場所が奴らの重要拠点なら、写真を撮るより、文章で示した方が、より効率がいい。

 それに家の画像とキメラの画像を映すこのアングル、長門にして聊か下過ぎやしないか? 俺の腰くらいから撮られているし、これではまるで子供だ。

 最後の用紙についた真っ赤なシミ、これ血液か? 


 落ち着け、俺! 一つ一つ整理していこう。

 長門の性格は最悪だし、俺の件で問題ばかり起こしていたが、それでも首にならなかったのは、奴が記者として優秀だからだ。そんな奴が、逐一文章化しないなどという致命的なミスをするはずもない。つまり、文字を書かなかったのではなく、書けなかった?

 そして、このカメラのアングル。これは丁度歩いている際の奴の両手首の位置に相当する。

 腕時計に隠しカメラでも仕込んでおり、その撮った写真をこの端末に自動送信していたと解すれば、一連の画像の不自然さも、全て納得がいく。

 つまり、長門は潜入したのではなく、奴らに捕縛され、この場所まで連れてこられた。電話口でこの写真の所在地を俺に口頭で伝えなかったのも、小型のトラックかバンの後部にでも転がされており、そもそも知らなかった。そう考えれば、容易に説明はつく。

 その後、奴らのアジトに捕縛されていたが、隙を見て逃亡することに成功する。その逃亡の際に、大怪我を負い、この三枚目の用紙の写真を撮り、俺に最後の電話をかける。電話口がやけに遠く感じたのは、両手を怪我して電話を満足に持てなかったから。

 俺が、予測できるのはこのくらいだし、そもそも当たっている保障もない。

 今は緊急だし、探索に予定していた時間をかなりオーバーしている。これは、屋敷に戻ってからでも八神や堂島を交えて、ゆっくり考察すればいい。


「相良ダメだぞ! それは、学生のお前が首を突っ込んでいい事件じゃない!」


 真っ青に血の気の引いた顔で、俺に上着に縋りつく六花。あのキメラの画像を見せたのは痛恨のミスだった。


「わかったよ。警察へ行く」

「そ、そうか」


 俺の言葉に六花の険しい眉が少し解ける。六花の右手を掴むと、交番へと向かう。



 芽黒駅前交番へと入ると、踵を揃えて敬礼する。


「私、相良悠真巡査であります。堂島美咲(どうじまみさき)警視により、中学生の子供の保護を指示されました。堂島警視は、現在重要案件を追っている最中でして、私が変わりをつとめました」

「なっ……」


 あんぐり口を開ける六花。都合よく、頭がフリーズしていらしゃる。


「はい、はい、ご苦労さん。相変わらず、美咲ちゃん、派手にやっているようだねぇ」


 中年の男性が、全身硬直している六花を眺めると、満面の笑みを浮かべる。

 昨日、堂島に府道公園前と芽黒駅前の交番の警官は顔見知りだから、襲われたらカリンと一緒に駆け込むように指示されていたのだ。まさか、あの情報がこんな役立ち方をするとは夢にも思わなかった。


「は! 部下の立場としてはもっと抑え気味でいて欲しいのが本心でありますが」

「違いない。でも君、若いね? その恰好だと学生にしか見えないよ」


 そりゃあそうだろう。だって学生だもの。


「は! 童顔とよく言われます。それでは失礼しいたします」


 敬礼をして小走りに立ち去る。背後から『相良、図ったな!』だの『私は教師だ。未成年者じゃない』などの怒号が聞こえてくるが、それらを無視して、俺は疾走する。




投稿が遅くなり、日をまたいでしまい、申し訳ありません。次の投稿分まで修正をしてから寝る事にします。

 

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