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第57話 今まで、すまなかった。


 俺の予想以上に、避難はスムーズに進み、ジェシカおばさん達は千葉の避難所にむけて屋敷を出発した。彼女達には、半蔵さんも近くについているし、心配はあるまい。寧ろ、彼女達より俺達の方が遥かに危険だ。

 各部屋をレッドラビットの一匹に見回らせ、もう一匹は部屋の扉の前に待機させる。

あとは、全員がこの応接室で、明日の九時まで暮らすだけ。この部屋にはトイレもついているし、先ほど、レッドラビットにベッドや食料などの日用品必需品を運び込ませたから、明日の朝までなら不便などない。

 そのはずなのに、カリンと言えば、ベッドではなく俺の肩を枕に寝入ってしまっている。起こすのも忍びなく、さっきから動けないでいるわけ。

 流石に同じ体勢でいるのもつらい。二三時になったら、カリンはベッドに放り投げておくことにする。

時間と言えば、既に後五分で二二時。六花との約束を完璧にドタキャンしてしまった。後日、土下座して謝ろう。


 辰巳(たつみ)おじさんが、俺のところまでくると、隣の席に座った。


「悠真君。すまなかったね」

「何がです?」


 辰巳(たつみ)おじさんには、浅はかな俺の意図など読まれている。それでも、妻と愛娘を悲しませたんだ。本来怒りを覚えてしかるべきだろう。


「君をここまで追い込んでしまったことだよ」

「俺は後悔など微塵もしちゃいませんが?」


 事実だ。今こうしてここにいる事も、クリス姉を傷つけたのも、紛うことなき俺の意思。その行為を否定するつもりは、俺にはない。


「だろうね。でも、だからこそさ」

「それ、どういう意味です?」

「後悔はね、心に余裕がある者の特権なんだ。そもそも、進む道が一つしかない者が後悔などすると思うかい?」


 今の俺に余裕がないのは認める。でも、小雪もカリンも俺にとって大切な奴だ。その二人の命を救うためなら、他の選択肢など全て塗り部してやる。余裕など俺には必要ない。

 だから――。


「心に余裕など必要ですか?」


 疑問は実に自然に俺の口からこぼれ落ちた。

 叔父さんは物悲しい表情で俺の瞳を見つめ言葉を紡ぐ。


「当然だろ。余裕は、心にとっての機械にさすオイルのようなものだ。なければ、次第に劣化し朽ちていく」


 上手い例えをいう。でも、それでもいいんだ。小雪やカリン達、大切な奴らが笑って過ごせるなら。


「それで、構いませんよ」


 おじさんは、俺の言葉に心底呆れたように大きなため息を吐く。


「君が構わなくても私達が構うのさ。君はもっと、自分が他人に与える影響を知った方がいい」

「俺の与える影響ですか?」


 俺に、そんな大層なものがあるとは思えんのだが……。


「やっぱり君には、クリスが必要だ。場を設けるから、今度クリスと話しなさい」

「はあ? 今更何言ってんですか?」

「今更も何も、あんなのただの喧嘩だよ。それに、クリスを危険から遠ざけたいことからの発言なことは家内も承知していたし、今頃、その真意は聞かされてるんじゃないかな」

「そんなの信じるわけがありませんよ」

「信じるさ。仮にも婚約者だしね」


 辰巳(たつみ)おじさんが口端を上げる。


「婚約者って……クリス姉には他に婚約者がいるようですが?」


 俺が半眼を向けると、辰巳(たつみ)おじさんは難しい顔をする。


「それはないと思うんだけどなぁ~、なんせ、クリスが探索者――」


 俺のスマートフォンの着信音がけたたましく鳴り響く。カリンがビクッと起き上がり、辺りをきょろきょろと眺めている。

 壮絶に寝ぼけているカリンの頭を撫でつつも、電話に出ると――。


『相良……か?』


 呻き声のような男の声。この声には聞き覚えがある。俺が断トツに嫌いでかつ、苦手な一人。

 昨日、一応全員の電話番号を交換しておいたのだ。

 それにしても長門の声が小さい。まるで耳に当てて会話していないような……。


「長門、お前その声、どうした? 何があった?」

『無駄口を……叩くな。八神警視正に……頼まれた……件だ』


 徳之助が長門に指示したのは、志摩家の身辺調査と『一三事件』の容疑者のアジトとその構成メンバーについて。


「奴らについて分かったのか?」

『どこかなぁ~、子ネズミちゃん。出て来なさいよぉ~』


 遠くから聞こえる怖気立つ女の声。この声、間違いない。黒髪の拷問女――ラヴァーズ。


「今どこだ!?」


 マズイ、とんでもなくマズイ状況だ!


『芽黒駅……トイレ』


 そうボソと微かな声が聞こえる。


「そこにいるのか!?」


 長門の今の状況は半端じゃなくヤバイ。早く助けに行かなければこの拷問女の事だ。想像を絶する苦痛を与えられた上で、殺される。


『チョウバ……エス』

「そんなのいいから、いま、その場所にいるのか? それなら直ぐに助けに――」


 俺の言葉は最後まで続かない。


『相良、今まで……すまな……かった』


 始めて耳にする長門の穏やかな声が鼓膜を震わせた途端、電話口から雷鳴のような轟音が響き、通話はツーと切れてしまう。

 俺は耳にスマホを当てたまま、身動き一つできず、立ち尽くしていた。




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