表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/253

第56話 魔法の言葉


 それから、志摩家は上を下への大騒ぎとなる。

 とは言え、相手は、自爆とは言え『府道公園』を一瞬で消滅させてしまうような奴ら。そんな危険な奴らに狙われているこの屋敷から、無関係の者は早急に退避すべき。この一点では、俺達を含めた応接室内の全ての者が賛同した。

もめたのはこの場所に誰が残るかだ。

 志摩時宗(しまときむね)の主張は、カリン以外の志摩家の全員の避難。無関係なものにいられても戦闘の邪魔になるだけだし、第一、志摩家の重鎮の中には、カリンの命を狙うものがいる。交戦中、背後を常に気にしながら戦うなどぞっとしない。だから、時宗のこの案は俺達の総意でもあったのだ。

 しかし、辰巳(たつみ)おじさんも残ると言い出し、そこに、休憩から戻ったジェシカおばさんも加わる。当然のごとく、当主に仕える半蔵さんとミラノも残留を主張し、そこからは、大激論にまで発展してしまう。

 志摩家の重鎮共の大半の危惧は、半蔵さんまで抜けると自身達を守るものがいなくなるから。半蔵さんは志摩家当主に使える最強の鉾であり盾。本丸を落とせないと判断した奴らが、人質をとるべく、クリス姉達や志摩本家の人間を襲うことも否定はできない。志摩家重鎮達にとって半蔵さんは是非とも抑えておきたい重要なカードの一つなのだ。

 議論に収拾がつかなくなってきたとき、傍観を決め込んでいた徳之助が口を開く。


「ジェシカさん、申し訳ないがそんな足取りもおぼつかないような状態では、この場に残るのは不可能です」

「で、でも――」


ジェシカさんの反論は、徳之助の掌によって遮られる。


「もし、敵に襲撃されたとき、私達は貴方と花梨さんの両方を守らなければならなくなる。

 今回の賊は強大で狡猾です。私達の弱みを見逃してなどくれないでしょう」

「私が残れば、カリンの命に危険が及ぶ?」

「はい」


 顔を両手で押さえて、身体を震わせるジェシカおばさん。

辰巳(たつみ)おじさんは、少しの間ジェシカおばさんを抱きしめていたが、徳之助に向き直る。


「ジェシカ達は全員避難させる。でも私は残るよ。それが親の努めってものだ」

「しかし――」


 渋る徳之助に、辰巳(たつみ)おじさんは口端を上げ、その様相を一変させた。

もちろん、あの厨二病悪魔のように外見が変化したわけでも、摩訶不可思議な力を宿しているわけでもない。ただ、その佇まいと眼光が、己の命と誇りを懸けで挑んでくる《滅びの都》の魔物達のそれに代わっていた。


「私もかつては相良夫妻ともに、迷宮攻略を目指していた人間だ。足手纏いにはならなんさ」


 徳之助は《狂虎》に視線を向けるが、両腕を組み、瞼を固く閉じて微動だにしない。

そんな《狂虎》に大きな息を吐き出すと、今度はよりによって俺に目線を向けてくる。俺に確認を求めているんだろうか? 俺は所詮、素人。判断などできるわけないんだが。

 俺からも無視された徳之助は頭をガリガリと掻くと、再度深いため息を吐く。


「了承しました。ですが、私達はあくまでカリンさんの保護を優先させますが、それでよろしいでしょうか?」

「構わないよ。むしろそうしてくれないと困る」

「あとは――」


 徳之助が半蔵さんを見ると、辰巳(たつみ)おじさんも大きく頷く。


「半蔵、君はジェシカ達を守ってやってくれ。これは志摩家当主としての命令だ」

「承りました。ご当主様。必ずやジェシカ様とお子様方をお守り申し上げます」


 半蔵さんは胸に右手をあてて一礼し、そう力強い声で宣言した。



 その後、話し合いの結果、辰巳(たつみ)おじさんとカリン、二人の世話役のミラノのみが屋敷に残ることになった。

 ジェシカおばさん達は、千葉郊外にある別荘で事件解決の目途が立つまで生活することになる。

話がまとまると、幹部達は身内への連絡と別荘での長期生活の準備のためそそくさと応接間を退出し、入れ替わるように、半蔵さんに連れられクリス姉がこの応接室に入ってくる。

 かなりの期間、大学を休むことになる。少なくともクリス姉に真実を話しておく必要がある。そんな判断だったわけだが……。


「納得いきません!」


 クリス姉がテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる。これほどストレートに怒りや焦燥の感情を表現するクリス姉にはそうはお目にかかれない。


「なぜ私達だけ、この屋敷を出なければならないんですか?」

「クリス達だけではないよ。屋敷に残るのは私とカリンだけだ。わかってくれ。必要な措置なんだ」


 クリス姉はさっきから俺をチラリ、チラリと横目で伺っている。かなりの確率で俺の存在に気が付いている。


「私も残ります」

「駄目だ」

「なぜ!?」


 即答する辰巳(たつみ)おじさんに、遂にクリス姉の怒りが爆発した。叩き落されたススメバチの巣のようにカッとなり激昂する様は、普段の冷静なクリス姉から想像すらつかない。


「君が残っても、足手纏いになるだけだから」

「私もサーチャーのライセンスを持っています。レベルだって――」

「うん。ライセンスを取り、僅か一九歳でレベル3に致っている君は探索者として天賦の才を持っている。僕らも鼻が高い」

「じゃあ――」


 縋りつくようなクリス姉の言葉は、


「でもね、悲しいかな君はまだ人間の枠内に留まっている」


辰巳(たつみ)おじさんにより粉々に砕かれた。


「人間の……枠内?」


 震える声でオウム返しに呟くクリス姉。


「一定以上の強さのサーチャーはね。もう人間とはいいがたいんだよ。

 そして、あの公園内での戦闘は人間を止めた者同士の衝突。君なら一切の抵抗も許されず命を落とす」

「そんな危険な事してるの?」


 クリス姉はよろめきながらも俺の前に来ると、縋りついて来る。

辰巳(たつみ)おじさんは、クリス姉の取り乱しように、暫し眉をしかめ、俺を注視していたが――。


「まさか……」


 強烈な狼狽を顔に漂わせる志摩夫婦。おじさん達どうやら俺に気付いてなかったようだ。


「八神さん、なぜ子供を巻き込んだ!!?」


 火のような憤激からか、全身をわななかせながら、射殺すような視線を徳之助に向ける辰巳(たつみ)おじさん。


「返す言葉もありません。ですが、今、花梨さんを守るには彼の力が必要だ」


「ふざけるな! 例え、武帝高校生とは言え、彼はまだ学生だぞ!」


 おじさんは、徳之助に近づくとその胸倉を掴んだ。


「ふざけちゃいませんよ。あの公園の戦闘、あれは相良君がやったんです」


 徳之助から手を放し、辰巳(たつみ)おじさんは唖然としてまじまじと俺を見つめてくる。

適当なことを。俺がやったんじゃなくて、勝手に自爆した結果だ。まあ、確かにできるのかと問われればイエスと答えるわけだが。


「いや、そんな馬鹿な。まだ、一七歳だぞ? そんなこと、できるはずが……」


 徳之助の言葉を否定しない俺を見て、真実と判断したのか、暫し、頭を抱えてブツブツ呟いていたが、直ぐに顔を上げると、


「だからといって、民間人に過ぎない子供を巻き込んでいい理由にはならない」


たっぷりと憤怒の籠った非難の言葉を徳之助へとぶつける。


(それは見当違いだよ、おじさん)


 俺は、マスクとフードを取り、


「逆だよ。俺が徳さん達を巻き込んだんだ」


 はっきりと断言する。


「君が巻き込んだ?」

「ああ、今回の事件、俺には手に負えなかった。

だから、徳さんに頼んだ。そのせいで、死ぬべきでない人が一人死んだ。もう俺には戻れない」

「そ、それは――」


 辰巳(たつみ)おじさんの言葉を遮るように、俺は口を開く。


「それにね、おじさん、今更なんだよ。二年前のあの日から、引き返す道は、綺麗さっぱりなくてなってる」

「……」


 力なくソファーに腰を下ろす辰巳(たつみ)おじさんに、顔を両手の掌で覆うジェシカおばさん。

 優しいこの夫婦のことだ、この二年間、親友の忘れ形見への義理と志摩家当主としての使命との間で葛藤したはずだ。娘達に、極力真実を伝えなかったのもそれが理由だろう。

 俺とクリス姉の婚約を言いだしたのも、志摩家当主の責務を放棄しての苦渋の決断。婚約を発表でもすれば、おじさんには少なくないペナルティーが下されるはずだから。

 俺達兄妹を、我が子のように心配してくれる奇特な人達は、後にも先にもこの夫婦くらいだろう。

 クリス姉もそうだ。昔から俺のことを実の弟のように思い可愛がってくれた。彼女のような人にはもう二度と会えない。

 でも、もういいだろう。彼らはもう俺達、相良家から解放されるべきだ。


「二年前ってどういうこと? ねぇ、教えてよ!」


 悲壮感溢れる顔で、俺の両肩を持って揺らすクリス姉。

 俺はクリス姉達が俺達兄妹から解放される魔法の言葉を知っている。それは俺にとってとても辛いことだけど、それを為す責務が俺にはある。

 だって、生半可な言葉では、きっとクリス姉はこの場に残ることを主張するから。そして命を落とす。それだけは駄目だ。絶対に駄目だ。


「止めるんだ、悠真君!」


 辰巳(たつみ)おじさんが、声を荒げる。相変わらず、察しがいい人だ。そして優しいひとだ。

 だから――。

 

「放せよ」


 俺は、クリス姉の両手を振り払うと突き飛ばす。

 クリス姉は、よろめくと後ろの椅子にポスンと腰を下ろし、信じられないものを見るかのように俺を見上げていた。


「ユウ……ちゃん?」

「そんなに、知りたいなら教えてやるよ。二年前、俺は《上乃駅前事件》に巻き込まれた」

「上乃……駅前事件?」

「ああ、テレビで言っていた生き残った子供っていうのは俺達のことさ」

「こ、小雪ちゃんは!?」


 椅子から立ち上がり震える声を上げる。


「病院のベッドの上だ。まだ一度も眠りから覚めてねぇ。しかも、不治の病に侵されて数年の命だとさ」

「なんで……」

「あ?」

「なんで今まで、教えてくれなかったの?」


 自嘲気味に笑うと、真実を口にする。


「簡単さ、志摩家に金輪際一切関わるなって言われたせいだ。ご丁寧に、関われば俺達兄妹を排除するとの有り難い脅迫ももらった。俺にとって小雪はただ一人の肉親だ。それを傷つける奴は誰だろうと俺は許さねぇ」

「嘘……」


 ピシリッとクリス姉の表情に僅かな亀裂が入る。


「今更嘘ついてどうする? 今回カリンの警護を受けたのも、この事件に協力すれば小雪に警察の研究所の治療を受けさせてもらえるからだ。じゃなきゃ、誰が好き好んで、俺達兄妹を裏切った志摩家と関わりたいもんかよ」

「嘘だぁ……」


 クリス姉の顔から生気が消え、ありとあらゆる感情が消失する。

 そして俺は最後の別れの言葉を紡ぐ。


「だからさ、俺にもう二度と話しかけるな。目障りだ」


 意図の切れた人形のように膝を床につくと、暫し項垂れていたが、クリス姉はようやく立ち上がり、茫然自失でフラフラと部屋を出ていく。

 部屋から彼女がいなくなり、大きく息を吐き出すと、目の前にジェシカおばさんが前に立っていた。クリス姉をあれだけ傷つけたんだ。頬でもぶたれるんだろうかと思っていると、直ぐに視界が真っ暗となる。


「ごめんね……」


 それが抱きしめられていると脳が理解したとき、ジェシカおばさんが涙ぐんだ声が聞こえてくる。

 とっくの昔に失ったはずの母の温もりに身動き一つ許されず、俺はおばさんの謝罪の言葉をただぼんやりと聞いていた。



 お読みいただきありがとうございます。

 リアルが半端じゃなく忙しいんで、時間通りの投稿は当分できないかもしれません。ただ、できる限り、一日一回は投稿したいと思っています。ご不便をおかけします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ