第54話 警視正の頼み
「ご苦労様、相良君」
今、カリンは堂島と隣の休憩室にいる。大人しく従ってくれたのには本当助かった。ここから先は、知るだけで危険そうだし。
「いや、また振り出しだ。まさか、自爆するとはな……」
「それも想定のうちだよ。今回、幾つかのイレギュラーはあったが、そのかいもあって予想以上の成果は収めた」
「成果? あの戦闘にか?」
佐藤とかいう捜査官は死亡し、『一三事件』のアジトはおろか、構成メンバーすらもつかめない。ぶっ殺したのは使い捨てと思われる厨二病悪魔のみ。どちらかというと完全敗北って感じたと思うのだが。
「あの化け物の存在で、警察庁のお偉方も今の僕らの置かれている危機的状況を確実なものとして理解した。あんなレベル4の怪物が大量発生したら、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの死者が出るしね。外面に構っていられる余裕などないのさ」
「だろうな」
歴戦のサーチャーでは手に負えない魔物など、とても一般人に対処しきれないだろうし。
「さほど時間もかからず、シーカーによる討伐要請が警視庁から探索者協議会に発行される。おそらく、遅くても明日には通達がいくはず。つまり――」
一旦言葉を切り、微笑を浮かべる徳之助。
「明日まで凌ぎ切れば俺達の勝利ってわけか?」
「その通り。探索者協議会から複数のシーカーが派遣され、一人はカリン嬢の護衛に、もう一人は、『一三事件』の組織壊滅に動くだろう」
「仮に、その壊滅に出向いたシーカーが敗れれば?」
今回の件で、奴らが異常な集団だと俺ははっきりと理解した。希望的観測は何の意味もないんだ。
徳之助は俺の疑問に喜色をさらに深める。
「仮に討伐に出向いたシーカーまで敗れれば、顔を潰された協議会は間違いなく《八戒》を動かす。そうなれば、奴らはお終いだ」
そういうことか。シーカーとは各組織の最終兵器。それは探索者協議会においても同じ。確かに、自身の保有する最高の兵器を否定されれば、その威勢を誇示しなければ示しはつくまい。
探索者協議会はその有する《八戒》の発動権を用いて、怪物達の鎖を解き放つ。歩く核兵器とまで揶揄される《八戒》なら、『一三事件』など、それこそ、道端を這う蟻にすぎまい。プチッと踏み潰されて終わりだ。
「理解した」
「君には尋ねたいことと頼みたいことがある」
顔から笑みを消し、真剣なものに変える徳之助。今までは事後報告、ここからが本題。そいうことだろう。
「尋ねたい事ってのは、あの間抜けのことか?」
「間抜けか。あれを見てそんな言葉を吐ける子供は君ぐらいだろうね。そうさ。あれに心当たりは?」
人間以外の不思議生物の心当たりはある。異世界――アースガルズのピノアに多数生息している超常者共だ。
しかし、超常者について話せば、【覇者の扉】の話もしなければならなくなる。あれは俺の生命線。搾取される危険性がある以上口にするわけにはいかない。
「自称悪魔らしいぞ。かなり痛々しかったが……」
「悪魔か、何かの比喩か。それとも――」
多門のおっさんが、顎髭を弄りながらひとりごちる。
「他にも迷宮から這い出た生物か、召喚術により産み出された生物、もしくは、どこかの研究所から逃げ出した可能性もある」
徳之助は立ち上がり、呟きを漏らしつつも部屋の闊歩を開始する。
「それで他に尋ねたいことはないのか?」
闊歩を止め、再度席につく徳之助。
「その前に、君への頼みから話すよ。僕の提案を君が受け入れてくれたとき、君に尋ねることにする。何より、そうじゃないと、フェアじゃない」
本来、情報の収集にフェアもへったくれもない。特に徳之助は警察官僚だ。もっと上手く立ち回るべきだろうに。
「頼みってのは、明日までのカリンの護衛の件か? どの道、俺は警護のシーカーがくるまでカリンの傍にいるつもりだぜ」
「確かに、素人の民間人に護衛を任せるなど正気の沙汰じゃない。でも、生憎僕らは君をただの民間人の子供とは考えちゃいないさ。カリンちゃんの護衛の件、君には是非受けてもらいたい。それに、どうせ君、僕が家に帰れと言っても聞きやしないだろう?」
「まあな」
徳之助は姿勢を正すと、
「近い将来、新設される新部署への警察庁から派遣されるメンバーに加わってもらえないだろうか?」
テーブルに額が付くほど深く頭を下げた。
「警察庁から派遣されるメンバーって言われてもな。俺まだ学生だぞ?」
俺は、警察とは無関係の単なる高校生であり、警察庁の命で、出向する立場はない。普通なら、一笑に付すレベルの話だが――。
「事務手続きは僕に任せて欲しい。君の意思が問題なんだ」
特定の組織に所属した際のデメリットは明らか。行動が制限されるってことだ。俺の大切な奴らが狙われているとき、他の事件が発生したらどうなる? よほどのメリットがない限り、受け入れられない。
「メリットは? あんたらと同じさ。俺にも命を賭して遂げねばならない目的がある。行動は、出来る限り制限されたくないんだ」
「相良小雪の治療の全面支援が条件と言ったらどうだい?」
「こ、小雪の治療?」
徳之助の言葉に心臓が跳ね上がる。当たり前だ。だって、それは俺が最も渇望していることだから。
しかし――。
「小雪の病は、政府が匙を投げたはずだぜ」
だからこそ、俺は迷宮のオーパーツによる治癒に賭けざるを得なかったんだ。
「小雪ちゃんの治療をどこが治療していたと思う? 超常現象対策庁の末端組織。いわば、長官の朝霧将蔵の牙城だ」
「朝霧将蔵が、小雪の治療につき手を抜けとでも指示したと?」
もしそうなら、俺は朝霧家という存在を許しはしない。小雪がそれで死ぬことにでもなったら、絶対にこの世から駆逐してやる。
「もちろん、朝霧将蔵は、小雪ちゃんの治療の指示はしたと思う。
でも、ことの経緯を知っている研究者が真剣に取り組むと思うかい? 相良兄妹を《上乃駅前事件》の戦犯にしたのは、朝霧将蔵。下手に治療して、上層部に睨まれたくはない。そう考えるはずさ」
「じゃあ、事件から一年以上もただ黙って眺めていたってのか?」
「そうなるね」
腐ってやがる。目の前で、消えゆく命があるのに、救うべき使命を負うべき者が出世や体面上の理由から指を銜えて見ている? そんな組織滅んだ方がいい。心の底からそう思う。
「でも、小雪の治療には莫大な研究費用がかかるんだろ? 俺のような小僧を加えることを条件に、認めていいものなのか?」
「そりゃ、認めるさ。より正確に言えば、今日の君の起こした数々の奇跡を知れば、世界の有力な組織は小雪ちゃんの治療を申し出ると思うよ」
「俺にその価値があると?」
「それは半分正解で、半分は不正解」
徳之助は、顔の前で立てた人差し指を左右に振る。
「どういうことだ? こんなときまで、勿体付けんなよ」
「ごめん、ごめん、ついね」
悪戯っ子のような笑みを浮かべ、俺を凝視すると口を開く。
「君のその馬鹿げた力――若くしてレベル8に至る力、未来予知、非常識な銃器とナイフ、回復薬製造技術、レベル7の魔獣の使役。一つでも認められれば、各組織による争奪戦が起こるレベルだよ」
レベルについては、どうも俺と徳之助達とでは認識がずれている気がする。この際だ。聞いてみるか。
「ところで俺のレベル8ってどんな位置づけなんだ?」
徳之助が口を開こうとするが――。
「自惚れんな。レベル8など世界にはごまんといる。若くして至っているのが珍しい。それだけのことにすぎん」
《狂虎》がソファーにふんぞり返りながら、俺に射るような視線を向けてくる。
「別に、自惚れちゃいねぇよ」
「レベル等所詮、今ある時点での結果。過剰に深く考えんな。他者と比べようともだ。下ばかり見てると成長は止まるぞ」
むかつく言い方だが、確かに一理ある。今の俺があるのも、上を見続けた結果なんだろうし。何より、俺は《フール》のような裸の王様になるつもりはない。今は己の力の錬磨に集中すべきか。
「話の腰を折って悪かった。進めてくれ」
俺の言葉に、《狂虎》が口角を深く吊り上げ、徳之助が肩をすくめる。
「兎も角、君の将来性は同世代でもダントツなのさ。そして、大人ってのは常に理由をつけたがる」
「理由?」
「そう。君のそのふざけた力を有するに至った理由。そして、思い当たるのは一つしかない」
「《上乃駅前事件》ってわけか……」
「そうさ。『一三事件』の容疑者達も《上乃駅前事件》の関係者を追っている。
つまり、あの事件は唯の災厄ではなく重要な秘密が隠されていた。例えば、強制的に人を一段階上の存在に上げる儀式場。死んだ者達はそれに肉体が耐えられな――」
「それ以上、言うな」
俺の口から出たのは、自分でもぞっとするくらい冷たい声だった。
「勘違いしないでね。あくまで一般論さ。でも、世界はきっとそう考える。そうなれば、どうなると思う」
「小雪を治療対象ではなく、研究対象として見做すということか?」
小雪を実験動物とみるような奴らと協力などできない。
「無論、ただの研究対象とする組織もいるだろう。でも、多くは小雪ちゃんの発現が予測される超常の力を手に入れたい。それに尽きる」
徳之助の意図にようやく検討がついた。
「そう、警察庁のお偉方を説得するわけか?」
「その通りさ。ねっ! 悪い話じゃないだろう」
徳之助の条件は全て、小雪の治療が無事終了した後の話をしている。ならば、俺の目的とも合致する。少なくとも、直ぐに小雪の治療を開始してもらえるのは大きい。もしかしたら、小雪の肉体の崩壊を一時的に止める手段が開発されるかもしれない。
タイムリミットは増すのだ。
「まあな。徳之助さん、あんたの提案、謹んで受けさせてもらう。宜しく頼む」
俺が頭を下げると、多門のおっさんからため息が洩れる。
同時に、《狂虎》が立ち上がると、俺の背中をバンバンと叩き、カリンのいる休憩室へ姿を消す。
「《狂虎》は協議会から警視庁に移籍することが決している。君の将来の同僚って奴かな。
それで君らは結局どうするんだい?」
徳之助は《蝮》と《梟》に視線を向ける。
「私は移籍の話を受ける。その少年の強さの秘密を知りたい」
「理由は違うが、俺も《梟》と同じだ」
《蝮》の言葉に徳之助は喜色満面となる。
「そうかい。それは良かった。これで僕の頼みはお終いさ。次は僕が聞きたい事だね」
「ああ、俺に答えられることなら何でも聞いてくれ」
「それじゃ、遠慮なく、【HP回復薬】の製造技術。これはどんなオーパーツなんだい? できば見せて欲しいんだけど」
それはできない。なぜなら、【HP回復薬】の製造のオーパーツなんぞ持っていないから。
「いや、俺の『改良』という能力だ。【HP回復薬】は市販の薬を改良しまくって作った」
無論、出まかせだが、おそらく、それで【HP回復薬】は作れると思う。
「君の……能力? 市販を改良して作った?」
徳之助の笑顔が不自然に硬直する。
話が不自然だろうが、現にやって見せれば疑われはしないだろう。
「誰かこの中で、武具を複数持っている者はいるか? いらなくなったものでもいい」
「武具なら今回の任務で支給されたものがある」
多門のおっさんが、幾つかの銃火器や武器を多数抱えてテーブルに置く。都合よく、全て初級だった。これらを全て上級にしよう。
「じゃ、始めんぞ」
ゴクリッと徳之助の喉が鳴り、俺は『改良』の実演をした。
◆
◆
◆
(出来た)
完成した銃と刀をテーブルの上に置き、鑑定の結果を話し始める。
「この銃が【M-ベレッタ】、魔力により、麻痺の効果を有する銃弾を創造することができる」
麻痺の効果しかないが、一応魔力で銃弾を創造できるし、仮にも上級だ。それなりの効果があると思いたい。
硬直してピクリとも動かない一同に疑問を覚えつつも説明を続ける。
「この白色の鞘の刀が、【不可視刀】、所持者以外に刀身が不可視となる。効果はたいしたことがないが……あれ?」
皆、真っ白になって石化していた。何だ、これ?
「お、おい?」
一番状況に耐性がありそうな、徳之助の肩を数回揺らすと、ようやく現実に帰還を果たす。
もっとも、ウフフフと悪趣味な笑みを漏らしながら、恍惚の表情で銃と武器を相互に手に取って眺める様は壮絶にキモイ。
「お前、本当に人間なのか?」
ようやく、お花畑から帰還を果たした《蝮》が、極めて真剣極まりない顔でそんなふざけた事を聞いて来た。
「それ以外に見えるか?」
「俺には、それ以外にしか見えねぇよ。あの赤目坊主の化け物の方がよほど人間らしい」
《蝮》のこの意見に異論はないのか、皆、大きく頷いている。
特に、《梟》は、何度も頭を上下に動かしていた。お前、同意し過ぎだろう。
「相良君っ!」
「な、何だよ!?」
目を血走らせて、身を乗り出す徳之助。今のこいつ、本気でキショイんだが。
「君は――オーパーツそのものを造れるんだね!」
「オーパーツ? いや、これは単なる上級の武具」
オーパーツってのはもっとこう、【エア】や【覇者の扉】のような物を言うんじゃないのか?
「今更ごまかさなくてもOKだよ! 純粋な魔力だけによる弾丸の創造はまだ、人類の技術では再現不可能なのさ。そこに、麻痺の効果が加わるとなると、かなり上質なオーパーツだ」
徳之助が唾をまき散らしながら捲し立て、
「その通りだ。少年! 所持者以外不可視の刀剣など、聞いたことも見たこともない。間違いなくこれは迷宮クラスの武具!」
《梟》が、すかさず同意する。その白色の刀に向けられる熱の籠った瞳は、まるで恋する乙女。こいつも変態さんだ。
その後、《梟》と多門のおっさんの頼みにより、奴ら専用の武器を改良した。仕方ねぇだろ、いい大人が、土下座までするし。
【武具クラス】の講義の真っ最中に、いつまで話しているんだと堂島から雷が落ち、志摩家に向かう。




