第49話 俺の勘違い
バン内は大型のバス程あり、飲み物やサンドイッチ等が置いてある四分の一ほどの広さの区画と、ベッドや薬等の応急用品、モニター等の機材が置かれている区画に分かれている。さらに、二つの区画には大きなマジックミラーの仕切りがあり、モニターのある指揮車側からしか視認しえない構造になっているそうだ。
サーチャーである堂島の血の気を引いた顔を見れば、公園内で生じたアクシデントは、かなり厄介で、ショッキングなものなのだろう。そんな、刺激の強いシーンをカリンに見せるわけにはいかない。口を開こうとするが――。
「堂島君、休憩室でカリンちゃんにお茶でも出してあげて」
徳之助、相変わらず、反則的に気が利く奴だ。事情を察した堂島がカリンの両肩を掴み、ソファーへ連れて行こうとする。
「ユウマは?」
強烈な不安に彩られた顔で、俺の袖を掴むカリン。
「俺、少し徳さんと話しがあるんだ。待ってろ。直ぐに俺も行くから」
「う……ん」
了承の言葉とは裏腹に、袖を放す素振りはない。
頭を数回そっと撫でる。
「俺は他者の能力を把握できる力があるんだ。だから、俺は徳さん達に協力する必要がある。心配すんな。戦闘には出ねぇよ」
「本当?」
「ああ。約束する」
ようやく、袖から手を放すと、堂島さんに連れられ、休憩室へトタトタと駆けていくカリン。走るなよ。転ぶぞ!
俺も、モニター等の機材が置かれている区画に入る。
モニターには、公園での複数箇所の戦闘の様子が常に、映し出されており、軍服のコスプレをした長身の女と、技術班や医療班と思しき数人の職員達が凝視していた。
長門が今この場にいないのは、志摩家の身辺調査と、『一三事件』のアジトとその容疑者共の構成メンバーを調査するため。
警察内のスパイの可能性により、大っぴらに警察は動けない。そこで、徳之助が尾行等の危険な調査を禁止することを条件に、長門に情報収集を依頼したんだ。一般人に頼むのは、徳之助にとっても劇薬に等しい。
しかし、現在、警察は奴らに後手を採られてばかり。一か八かの賭けに出たんだろう。
案の定、長門はその申し出をすんなり受け入れた。多分、奴なりにこの事件に決着をつけようとしているのではないかと思われる。
徳之助が長身の女に口を開く。
「《狂虎》、敵が増えたそうだけど?」
「ああ。捜査官の一人が、坊主の赤目男の左手に一突きされたら、五、六〇匹の蛙頭の化け物になった」
徳之助に眼球だけ動かし、長身軍服のコスプレイヤー――《狂虎》が徳之助の問いに答える。
人間が化け物になったか。その現象を俺は数日前に体験している。もちろん、グスタフだ。仮に、今回のあの坊主頭の左手が、グスタフを魔物化した魔道具と同じ性質なら、今回の蛙の化け物とやらにも鑑定が使えるはず。問題は、画面越しにも鑑定ができるかだが……。
『魔物図鑑(限定解除)』のカーソルを画面で暴れまわっている蛙顔の化け物に合わせてみる。
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『エビルフロッグ』
〇説明:悪魔により人工的に作成された魔物。
〇能力変動値:
・筋力1/100
・耐久力:1/100
・器用:1/100
・俊敏性:1/100
・魔力:1/100
〇Lⅴ:4
〇種族:悪魔系魔物
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(よし! 画面越しでも視認さえすれば鑑定の能力は使えるらしい)
典型的な雑魚魔物だ。特にレベル7の化け物兎と一晩中ドンパチやった後ではやけに弱く感じる。数日前ならいざ知らず、今の俺なら多分、素手で数分とかからず全滅できる。
Aランクのサーチャーなら一人で全滅も可能――その筈なのだが……。
(どういうことだ?)
モニターではサーチャー達が死闘を繰り広げていた。
『エビルフロッグ』共は、地面を疾走し、木々から木々を跳躍しながら、サーチャー達に肉薄し、その鋭い爪と口から吐き出す酸により、津波のような波状攻撃を加えてきている。
見たところ、ステータス自体は若干、サーチャー達の方が上であり、さらにスキルや魔術を持つ。チームで連携さえ取れていれば、サーチャー達にとってさほどの脅威ではないはず。
しかし、一匹、一匹は大したことなくとも、数倍にも及ぶ物量は十分脅威。それは、《滅びの都》で嫌というほど味わった。
現に、サーチャー達は分断され、各個撃破の対象となっている。直ぐに支援に向かわないと、全滅する。
「徳さん、早くBランク以上のサーチャーを支援に向かわせろ。あのままでは全滅する」
徳之助は苦虫を噛み潰したような顔で、首を振り静かに口を開き――。
「すまない。今、あの蛙共と戦っているのはAランク。Bランクは既に、蝮の指示で、この『府道公園』から退避している」
到底、あり得ない事実を俺に告げた。
「はあ? この緊急事態に冗談など言ってる場合か? 後数分もすれば全員死ぬぞ? 奴らはあんたの部下なんだろ? 助けろよ!」
技術班と思しき職員が、憤然とした面持ちで勢いよく立ち上がる。
「戦闘も碌にしたことのない素人が、勝手なことを――」
職員の憤激の言葉は、《狂虎》の右腕により遮られる。
「少年、なぜ八神が冗談言っていると思う?」
このクソややこしい状況で、聞くなよ。言わずもがなだろうに。
「あんなレベル4の雑魚魔物に、高ランクのサーチャーが負けるわけねぇだろう」
「「「……」」」
今度こそ、この場の全職員、徳之助はおろか、《狂虎》までもが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
(なんだ、これ?)
今の俺の発言にどんな意外性があるってんだ? レベル4など、俺が本格的に《滅びの都》の攻略を開始してから、たった二日間で至れた程度のものにすぎない。
「いや、いや、ツッコミどころ満載なんだがな。お前、それ本気で言ってんの?」
「あ、ああ」
場の異様な雰囲気に僅かに飲まれそうになりながらも、頷いておく。
「だとさ、八神」
《狂虎》は口角を上げ、近くのソファーに腰を下ろす。
その話を振られた徳之助というと――。
「ふふ……ライセンスカードも有しない学生が、レベルの概念を知っていること事態が驚きだが、他者のレベルを識別? しかも、レベル4の存在を雑魚? そんな発想ができるってことは――」
連続殺人犯もかくやという極悪な笑みを浮かべ、ブツブツと口から呪詛のような言葉を垂れ流し、俺を凝視してくる。
「な、なんだよ?」
「今の君のレベルっていくつ? できれば、能力変動値も教えて欲しい」
普段なら、誤魔化しておくところだが、今この場の指揮官は徳之助。仮に偽りを述べて、カリンが死亡なんてことだけは御免だ。何よりそんな雰囲気でもない。
「レベルは8。能力変動値は平均78くらいだ」
「くはっ! レベル8の能力変動値平均78? そりゃ、レベル4など確かに、雑魚だわなぁ~」
堰を切ったように笑い出す《狂虎》に――。
「やはりな。だとすると、作戦を立て直す必要がある」
顎を摘まみながら、独りごちる徳之助。
「どうすんだ?」
《狂虎》が俺と徳之助を相互に眺めながら、疑問を投げかける。
徳之助は俺に向き直ると、姿勢を正す。
「相良君、おそらく君と僕らとの間には認識に大きな齟齬がある。疑問もあるだろう。
でも、今は指揮官としての僕を信じてもらえないだろうか?」
徳之助は若くして警視正になり、この『一三事件』の指揮を委ねられている奴だ。俺などとは比較にならないくらい、戦術と戦略の才能がある。疑問や詳しい経緯を尋ねるのは全てが済んでからで十分事足りる。
それに、徳之助は、一学生に過ぎない俺の言葉を信じてくれた。俺の話は、堂島と徳之助以外なら、全て一笑に付されていたところだろう。何より、徳之助は俺達兄妹を庇ってくれたんだ。あの事件は俺達には罪がないと言い放ってくれた。それがどれほど救われたことか。
今度、信じるのは俺のほうだ。
「わかった。あんたに委ねる」
「ありがとう。それでは、まず、相良君、君の戦力を僕らに知らせて欲しい。大丈夫。君達に悪い様にはしないからさ」
「了解だ」
俺もソファーに座り、テーブルにミリタリーナイフの形状の《絶刀》を置き、次いで【エア】を取り出す。
「俺の武器は、この【エア】とナイフ」
「その銃が、相良夫妻が研究していたというオーパーツかい?」
「そうだ。この武器は俺の意識で拳銃タイプにも――」
《特殊機能簡易切り替え》で狙撃銃タイプに変える。
「このように、狙撃銃タイプにもかえることができる。
銃弾は通常の弾丸タイプと、爆弾タイプ。爆弾タイプは爆発までに二秒必要だが、ある程度威力と範囲の制御が可能……だと思う」
面食らってぽかんとしている徳之助達を無視して、《絶刀》を握り、
「このナイフは刀タイプに変形する硬く、よく切れる武器だ」
魔力を籠めて、刀身一メートルほどの刀に変える。
「……」
無言となる徳之助達に若干の違和感を覚えつつも、リックから、【上級HP回復薬】を三〇個と【上級MP回復役】五個をテーブルに並べる。
「それは?」
感情の籠っていない徳之助の疑問の声。
「これは飲めばある程度の傷を治せる【HP回復薬】と、魔力の補充ができる【MP回復役】」
「ある程度の傷とはどのくらい?」
「実際に使った事がねぇから正確なところは不明だが、『内臓の軽度の損傷や複雑骨折』程度までなら可能らしいぞ」
「複雑骨折程度までって……」
小刻みに震える手で【上級HP回復薬】を掴む徳之助と頬を引き攣らせている《狂虎》。
「さらに、こいつらが俺の使役する魔物――」
『魔物使役(Lⅴ1)』の魔物小屋(Lv1)から、レッドラビッド二匹を小屋から解放する。
「~っ!?」
《狂虎》はバネ仕掛けのように、後方に飛び下がり、身を屈める。
対して徳之助は指一本動かさなかったが、その顔には滝のような汗があふれ出ていた。
「レッドラビット――レベル7の魔物だ」
俺の言葉に、技術班と思しき職員が卒倒し、《狂虎》が腹を抱えて笑いだす。
そして――徳之助の歓喜に彩られた絶叫がバン内に響き渡った。




