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第3話 模擬実習中間試験


 午後の実習は、第一闘技場。

 更衣室で、黒色で統一された上下の修練服に着替える。一切の無駄な箇所を削ぎ落としたデザインであり、一部の女子からは、あまりに肌の露出が多いと不満が出ているが、概ね好評のようだ。

 ドーム状の建物で、内部はすり鉢状。底は広大なグラウンドと、その上に複数設置されている円柱状の円武台が静置しており、その周囲を観客席が取り囲む。そんな構造となっている。


 第一闘技場実技場(アリーナ)には、一学年の全クラスの生徒が、もうじき行われる模擬実習試験のために続々と集合していた。

 生徒達の今日の模擬実習への意気込みは、クラスによって様々だ。

 実習とは全く無関係な異性の事につき陽気に談話しているA組の女子に、神妙な顔で実習の戦闘方針につき議論を交わしているB組の男子、さらには、運命と取り組むような真剣な顔つきで、腕を組み、瞼を閉じて、実習の開始を待っているD組の男子。

 このような対極的な様相を示す原因は、この武帝高校の理念である実戦・実力主義によるものだ。即ち、この武帝高校は、『探索者』の育成学校という特質に鑑み、そのクラス分けは、入学試験の成績に応じて、次のように振り分けられる。

 まず、『特戦科』と呼ばれる武帝高校でもエリートとされる集団がA組。身体能力もさることながら、既に比較的高度な《スキル》か《魔術》を自在に操れる能力を有している。『特戦科』の制服と修練服の右胸には二つの剣の刺繍が入っている。

 次の『一般科』は、武帝高校平均の実力を有するクラス。《スキル》か《魔術》の一つでも発動しえれば、このB組となる。やはり、右胸には一つの剣の刺繍がある。

 『技術科』であるC組は、文字通り、生産系の《スキル》か《魔術》を持つクラス。将来は、企業や官公庁への就職を希望する層だ。服の右胸には盾の刺繍がある。

 最後がD――『基礎能力調整科』、別名『廃棄組』とも言われ、《スキル》や《魔術》の高い素養はあるが、まだ自在に(・・・)発動し得ない。そんな放校予備軍のクラス。この組は制服にも修練服にも刺繍がない。


 既に寛太もいるようだが、奴も俺と同じ崖っぷち。今はそっとしておいてやろう。


 人混みから放れるべく、隅に移動しようとするが、一人の女と視線がぶつかる。

 女の光沢に溢れた黒髪は、頭にちょこんとある水色のリボンにより、ツインテールが作られ、腰まで伸びている。この女神のように整い過ぎている容貌に、服の上からもわかる豊かな双丘にスレンダーな肢体。

 ――朝霧朱里(あさぎりあかり)。俺の()親友であり、俺と二年前のあの事件で、袂を分かった女。


「……」


 朱里に背を向け、第一闘技場の入り口まで、足を運ぶ。

 

「――っ……」


 背中越しに朱里の微かな声が聞こえたような気がした。



 第一闘技場実技場(アリーナ)への入場口通路付近では、A組の奴ら数人が、興奮気味に談話をしていたが、俺の姿を視界に入れるやいなや、まるで汚らわしいものでも見るかのような侮蔑の視線を向けつつも、アリーナの中へ入っていく。

 この反応の大半は、俺が『廃棄組』であるからだ。特にA組の奴等は、才能のない俺達Dクラスに対し、害虫のようなあからさまな態度をとってくることが多い。

 ただ、俺に対するこの過剰な反応は、それだけが要因ではない。

 俺と小雪の人生を変えた人類史上稀にみる大災害――通称《上乃駅前事件》。

 二年前、上乃動物園上空に突如出現した黒色の太陽にも似た怪異により、上乃駅周辺にいたほぼ全都民が塵と化した。

 探索者協議会は、災害の規模に応じて、HからSまで分類しているところ、最高ランクのSと認定された大災害。

 もっとも、国さえ崩壊しかねない大災害における被害は、二千人にすぎなかった。

 死者がこの程度で済んだのは、ときの『超常現象対策庁長官』――朝霧将蔵(あさぎりしょうぞう)の英断により、いち早く上乃駅前周辺を囲む隔壁を上げたからとされている。

 何かの大きな力が働いたのだろう。マスメディアは、一斉に朝霧将蔵(あさぎりしょうぞう)の行為を褒め称え、被害拡大防止の観点からは、俺達の死は致し方ない犠牲だと主張した。そして、小雪が不治の病に蝕まれ、その疾病の伝染する可能性が政府から示唆されると、当然のごとくまるで俺と小雪が生存したことが罪であるかのような世論を形成する。

 この点、政府が事件につき厳重な情報規制を敷き、さらにマスメディアも俺と小雪の顔と実名を伏せたから、世間一般の奴らは俺が生き残りだとは通常知らない。

 そうは言っても、あれほどの重大事件だ。調査や救助として、関わっていた《サーチャー》は数多くいる。A組の生徒の親は《サーチャー》が多い。俺があの事件の生き残りであると知っている者も数多くいる。もちろん、探索者協議会からも、あの事件については情報規制が敷かれており、事件の委細は教えてはいまいが、不吉だから相良悠真には絶対に近づくなという指示くらいしているはずだ。

 さらに、中学の一時期、事件を調査した新聞記者から数回、嫌がらせを受けた。そのときの噂を耳にした可能性もある。

 

「悠、怖い顔すんなって」


 背後から、肩をポンポンと叩かれる。振り返ると、金髪にピアスをしたチャラ男が神妙な顔で突っ立っていた。

 鏑木銀二(かぶらぎぎんじ)――入学式以来、クラスも違うのに、俺に付き纏ってくる酔狂な奴であり、寛太以外のこの学校における数少ない友人だ。


「そりゃ、A組様達とは違って、今の俺は崖っぷちだからな。当然だろ?」


 銀二は『特戦科』のA組で、俺は『廃棄組』のD組ってわけだ。D組であれば、俺ほど濃厚ではないにせよ、放校の危険は常に付きまとう。現に、D組の奴らの顔は例外なく、冷水を浴びたかのようにキュッと引きしまてっている。


「それ、お前の本心?」


 銀二とは思えない真剣な物言いで俺に尋ねて来る。


「まあな」


 銀二は俺の顔を、マジマジと凝視していたが――いつものニヤけ面に戻る。


「ならいい。で、大丈夫そうか?」


 柄にもなく、俺を心配しているのだろうか。どうも、いつもの覇気が感じられない。


「今日は無理だろうな」

「諦めてんのかよ?」


 銀二の表情はいつも同様、ヘラついているが、その声色には若干の非難が混じっている。


「それこそ、まさかさ。だが、今日の実習はガチンコの戦闘訓練だ。身体能力に差がありすぎる上に、《スキル》も《魔術》も使えないからな。今日の俺には万が一にも勝利はねぇよ。次の布石にするしかない。

 それに――今日はお遊びだろ?」


 今日はあくまで模擬試験。今日いくら好成績をもらおうが、来週の試験でポシャレば全てが終わる。

 むしろ、今日は策があっても、隠すべきときだ。


「違いない」


 口端を上げると銀二は、俺の肩を再度叩くと、実技場(アリーナ)の人混みへと溶け込んでいく。

 

 実習教官の集合の声が聞こえる。俺も、銀二に続き実技場(アリーナ)へと歩を進める。

 

                ◆

               ◆

               ◆


「無能が!! さっさと、潰れろ!」


 A組のエース――一色至(いっしきいたる)の散弾銃のような拳の(つぶて)を避けきれず、俺の左腕は(ひしゃ)げ、肋骨(ろっこつ)が砕かれる嫌な感触がする。

 遂に、一色の右拳が俺の腹部深く突き刺さり、身体が宙へ持ちあがる。神経が削られるような痛みが全身を走り抜け、吐瀉物(としゃぶつ)が喉までせり上がって来るが、それを全力で抑えつけ、着地と同時に後方へと飛びぶ。その直後、奴の左拳が空を切る。一歩間違えば、今の一撃で終わっていた。


(ここまで、差があるのか)

 

 一色と俺の間に隔絶した戦闘技術があるわけではない。むしろ、俺の方がよほど優れている。だからこそ、何とかここまで持ちこたえられたのだ。

 即ち、一色との間に横たわるのは、戦闘技術を単なる付録にしてしまうほどの身体能力の差。

 ここまで顕著な身体能力の差ができたのにも理由がある。

 この武帝高校には、最高クラスのオーパーツにより造られた修行空間がある。この空間で修業をしたものは、通常の十数倍の速度で、身体能力が上昇する。

 この修行場は名目上、全校生徒に解放されてはいるが、A組から順に優先的に使用することが許されている。

 要するに、最も多く使用できるA組が段違いで強くなり、D組が最も弱くなる。そんな、糞ッタレな仕組み。

 そして、俺がD組でも最弱な理由もこの修行空間にあった。

 どういうわけか、俺はこの修行空間でいくら修行しようと能力値が一切伸びない特異体質らしいのだ。そんなこんなで、入学してから、約七か月、俺と一学年生徒との間には、覆ることはない凄まじい差が生じてしまった。

 

(泣き言っても締まらねぇか)


 どの道、この第一闘技場の円武台上で負った傷は全て架空のもの。

 円武台の上に乗ると、一時的に肉体が精神体(アストラルボディー)化し、傷は全てそれが身代わりに負う。精神体(アストラルボディー)への攻撃は、魔力への消費に直結するだけで、命に係わることはない。こんな不思議原理らしい。

 もちろん、こんな便利アイテム、今の現代科学で再現など不可能。この第一修練所も、迷宮から出土されたオーパーツにより実現したもの。

 魔力に乏しい俺は、もうあと、二、三発もらえば確実に気絶する。ならば、最後に一発あのいけ好かない顔にぶち込んでやる。


「とっと、倒れろよ!」


 イライラした調子で、怒鳴り声を上げる一色。

 一色にとって、最弱の俺との勝負など、肩慣らしにもなるまい。お得意の《スキル》を使用するなどもっての他のはずだ。

 だからそ、最弱者といい勝負をしているようにも見えなくもないことに憤慨している。特に、一色にとっては、己の勇ましい姿を見せたい相手もいるんだろうし。


「来いよ。単細胞」


 重心を低くし、口角を上げて、手招きをする。


「貴様ぁ!!」


 胸腔から爆発するような声を発し、憤怒の形相で俺に向かって疾走する一色(単細胞)


(馬鹿が!)


 一色が凄まじい速度で俺に迫る。この速度で、迫られれば、普段の俺なら一色に当たるのは不可能だ。しかし、奴の愚かな行為により、その動作の軌道は明らかになった。軌道がわかれば、いくら速くても当てること自体わけはない。

 猪のごとく突進してくる単純馬鹿に、右拳を突き出す。


「なっ!?」

 

 顔がこわばるほどの驚きに目を見開く一色の顔面に俺の右拳がクリーンヒットする。

 直後、一色の拳により俺の左半身は粉々に砕け散った。



お読みいただきありがとうございます。

感想・誤字脱字等のご指摘お待ちしております。

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