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第45話 別れと約束


 朝食をとり、ピノアの西門前へ向かう。

 西門前に到着したとき、丁度、教会の鐘が七つ鳴る。

 門の前には、昨日と同様、白色のドレス姿のセシルが佇んでいた。

 改めてみると、女にしか見えん。やっぱ、男として振る舞うのは無理があったんじゃなかろうか。つい先日まで男と勘違いしていた俺が言うのもなんだがな。


「ユウマさん!」


 セシルは、嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませながら、俺に抱きつくと、胸に顔を埋めたまま動かなくなってしまう。

 俺にしがみ付き、身体を僅かに震わせている姿からも、今セシルの気持ちなど察するのは容易い。ホントに律儀な奴だな。本当に悲しいときは泣いていい。そう言ったはずなのに。


「ヒュアを見つけたら、お前の元まで必ず連れて行く。その時までの、お別れだ」


 セシルの頭をそっと撫でると、遂に嗚咽を漏らし始めた。

 


 ようやく泣きやみ、俺から放れると、ぎこちなくも、精一杯の笑みを浮かべるセシル。


「ユウマさん」

「何だ?」

「頭に塵がついてます。取りますから、顎を引いてくれませんか?」

「ああ。助かる」


 セシルの唐突な申し出に若干当惑しながらも、顎を引く。

 刹那、セシルの顔が近づき、俺の唇に和らかくも優しい感触が生じる。


「~っ!?」


 俺の思考は完全停止し、指先一つピクリとも動かせず、ただ、瞼を閉じて俺とキスをするセシルの美しい顔を見下ろしていた。

 

 セシルの唇が俺の唇からそっと放れる。セシルは俺から一歩後退すると、雪のような白い肌を真っ赤にそめながらも、幸せをかき集めたような顔で、俺を見つめてくる。


「セシル――」


 沈黙に耐えられなくなり、口を開こうとするが、セシルはペコリと頭を下げ、門の外に待機していた馬車の中に駆け込んでしまう。


「クソ人間がぁ! セシル様にぃ!!」


 怒号を上げながら、据わり切った目で鞘から剣を抜き放ち、俺に迫ろうとするイケメンエルフ――フーエル。レティは深いため息を吐くと、フーエルの後ろ襟首を掴み、馬車まで引きずって行く。


「放せぇ、レティ! あの不埒な人間に天誅を――」


 大声で捲し立てるフーエルを馬車内へと放り投げると、レティは俺に恭しくも一礼する。そして、頭を上げると、彼女も乗り込んだ。

 俺は、壮絶に混乱しつつも、セシル達を乗せた馬車が過ぎ去るのを呆然と眺めていた。



                ◆

               ◆

               ◆


 セシルの不可解な行為は気にならないと言ったら嘘になる。それに、セシルの願いを叶えてやれなかったことは、俺にどうしょうもない無力感を生じさせていた。

 ともあれ、今晩は地球での『一三事件』の捕縛という極めて重要な作戦が控えている。考えるのは後にすべきだ。

 

 地球の自宅に戻り、家にあるナイフを試験的に複数改良し、《絶刀》を造り出す。

 この《絶刀》の外見はミリタリーナイフに過ぎないが、刀身が一メートルの刀に変化できる。さらに、ナイフの状態より、切断と高質化の機能が著しく増しているというまさに、うってつけの武器だ。



 カリンを迎えに行く時間となる。

 昨日、捜査本部内のスパイの可能性から、作戦中止等のよほどの緊急事態にならなければ、徳之助達との連絡は取らない事となっている。所詮、俺とカリンは、『一三事件』の鬼畜共を罠に嵌めるための撒餌さのようなもの。支障など皆無だ。

 ただ、単なる囮とはいえ、カリンを守るべき不測の事態に陥る可能性は否定できない。そこで、武器の携帯の許可を求めると、予想以上にすんなり認めてくれた。

 俺は武帝高校の学生。そして、武帝高校の生徒には、学園に届け出さえすれば、自分専用の武具の所持が許されている。

 もちろん、修練場でしか使用しないものだから、普段は修練場外への持ち出しは禁止されているが、野外実習等の場合に限り、修練場外への限定的に許可される。なお、学外への持ち出しの場合には、さらに、国家機関の許可も必要となるわけだ。

 この武器には、刀剣や杖のようなファンタジーで使用する武具から、銃器のような近代的兵器があり、通常特殊な開発スキルや魔術によってつくられるのが通例だ。

 これらの武具の購入価格は、最低でも数十万から数百万単位はするものであり、一般人の高校生ではとても手が出せるものではない。

 だが、武帝高校は《探索者》の育成所であり、その学生のほとんどは《探索者》の子息、令嬢達。そして、現代では《探索者》に富と権力が集中する構造となっている。つまり、子供に高価な玩具を買い与えるほどの財力くらいあるということだ。

 だから、武帝高校で専用の武具を有することは、特段珍しいことではない。いや、むしろ有しない事の方がよほど稀有といえよう。

 【エア】について、サーチャーである両親の工房を整理していたら偶然発見したと説明すると、妙な納得をされてしまう。

 武帝高校の卒業生であり、教師に顔がきく堂島が学校の手続きを、徳之助が国家機関の事務手続を済ませてくれることになった。

 なお、あくまで今回は緊急的措置であり、正式な登録は後日しなければならない。故に、本事件が落ち着いたら、登録のために武器を一度見せて欲しいと告げられる。

 ホルスターを取り付け、【エア】を収め、《絶刀》をミリタリーナイフの形状にして装着する。

リックに、さっそく改良した【上級HP回復薬(ポーション)】三〇個と【上級MP回復役(エーテル)】五個を入れておく。

 あとは、黒色のジャケットを着れば、俺が完全装備であることは他者にはわからない。

 

 準備が終わり、カリンを迎えに行く。

 カリンは昨日以上に欣喜雀躍(きんきじゃくやく)であり、すっかり特等席となった俺の右腕にしがみ付いていた。これじゃ、典型的なバカップルだ。知り合いにでも発見されたら事だし、この事件が終了したら、カリンには、少々教育が必要かもしれん。説得は、あまり自信はないが。


 《バーミリオン》に到着する。

 今日の作戦につき他言無用というのが、警視正である徳之助達の判断だ。だから、店長達にも伝えるわけにはいかない。散々、世話になっている店長には極力隠し事はしたくはないが、素人の俺が徳之助達、プロの立てた方針に口を挟むべきではない。



 厨房の厳さんと、フロアの明美との間で、カリンの取り合いが勃発したが、午前中はフロア、午後は厨房ということで落ち着き、今日もバイトは順調に進んでいた。

 この小さな来客が現れるまでは――。


「相良、どういうことだ? 説明しろ!」


 テーブルを小さな両手の掌で叩く六花と――。


「う~ん、私もそこんとこ知りたいわねぇ~」


 笑顔ではあるが、目が全く笑ってはいない店長。

 凡そ頭が上がらない二人。

 徳之助に口止めされていなくても、今回の件は六花にだけは話せない。こいつ、生徒の俺が囮になると知れば烈火のごとく反対するだろうし、仮に認めても、一緒に来るとか言いだすのは目に見えている。

これは『一三事件』の糞共とのガチンコとの戦争。捜査本部が有利とは言え、危険には違いないのだから。

 そして、散々世話になっている店長を巻き込むなど言語道断だ。


「今はまだ話せません」

「ふ、ふざけるなぁ!!」


 俺の言葉に、六花は顔を真っ赤にして憤然と立ち上がる。


「六花、怒鳴らないの。可愛い顔が台無しよ」


 Dクラスの三馬鹿を初めとするマニアックな変態(連中)は、六花の今の姿に著しい興奮を覚えるんだろうが、生憎、俺には、子供の癇癪にしか見えん。


香乃(かの)、相良の専用武器の登録を求めて来たのは、あの美咲だぞ?」


 一ノ宮香乃(いちのみやかの)は、店長の本名だ。意外に女性らしくて驚いたのを覚えている。本音を口にすれば、満面の笑みで殴られるだろうけど。


「警視庁捜査一課か……」


 しかし、堂島の知り合いが六花だとは思わなかった。堂島、頼むからもっと頼む人を選んでくれ。


「そうだ。捜査一課は、強行犯。殺人や強盗などが専門。

その捜査官が、相良の専用武器の登録申請をしてきたんだ。しかも、今日の一七時までに登録を完了してくれと言ってな。厄介な事件に巻き込まれている。そう考えるのが自然だろう」


 六花の言葉に、店長の眉がピクリと動き、両腕を組み、空虚を眺めると――。


「ねぇ、悠真ちゃん。一つだけ聞かせて」

「俺に答えられることなら」

「貴方にとって、全て必要な事なのね?」


 俺ごとき若造が、店長に嘘を言っても直ぐに見抜かれる。何よりこの人にはそんな不義をはたらきたくない。


「はい」


 俺の幾多の言葉を煮詰めたような返答に、店長は深いため息を吐く。


「わかった、悠真ちゃん。ならば、私からも条件を出していいかな?」

香乃(かの)!?」


 焦燥のたっぷり含んだ声を上げる六花を、右腕で制す店長。


「俺にできることなら構いません」

 

 ニィと口端を上げる店長。


「カリンちゃんを送った後で、六花と今晩デートしなさい」

「はい?」「は?」


 俺と六花の頓狂な声が見事にはまった。

 当然に、そんな悠長な話題じゃなかったはずだ。


「な、な、何を言ってるんだ、香乃(かの)!」


 首の付け根まで朱を注いだように顔を真っ赤に染めて、両拳を握る立花。


「あら、嫌なの、六花?」

「い、嫌とかそういう話ではなく、今はそんな事を――」


 店長が六花の耳元で囁くと、声は次第に小さくなり、もごもごと口を動かすと俯いてしまった。

店長の意図は微塵も読めないが、真面目魔人の六花を篭絡させたんだ。ただのデートのはずがない。

とまあ、今のこの鉄火場のような事態を乗り切れるならデートでも何でもしてやるさ。


「俺は別に構いませんよ。でも今晩は――」

「そう。OKね。じゃあ、今晩の芽黒駅前のカフェ――『スターパック』に二〇時にしましょう。もちろん、ドタキャンしたら殺すわよ。六花、スマホを私に預けなさい。まさか、悠真ちゃん、六花をカフェに放置、何てことしないわよねぇ?」


 要するに、二〇時に六花に会えということだろう。店長、まさか『一三事件』の事気付いているのか? いや、『一三事件』は厳重な情報規制がかけられていると徳之助が昨日言っていた。流石にそれは考え過ぎか。

 今晩の囮作戦は、一八時から二〇時までの二時間であり、俺が一週目で襲われたのは一九時を過ぎた頃。二〇時を超えれば襲われる危険性は劇的に低くなる。それに、冬の寒空で話すのは、二時間が限度。それを総合考慮しての判断だ。

 時間的にはギリギリだが……。


「俺にも予定があります。二一時でお願いします」

「だってさ、どうする、六花?」

「私はそれで……構わない」


 消え入りそうな声で了承する六花の耳元で、また店長が数語囁く。六花は、再度全身を発火させつつも、両手を振って必死に否定していた。何やってるんだか……。

 六花とのデートという強制イベントが俺のスケジュールに舞い込んで来たが、一時的にでも店長と六花に納得してもらえればそれでいい。

 今晩を無事乗り切れれば、最悪不可抗力で今晩の六花のデートをドタキャンしても、平謝りすれば済む。大切な奴が死ななければ俺はどうでもいいんだから――。



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