第41話 ある意味分かり切った驚愕の事実
料理を口に詰め込み、今晩堂島に提出するイラストを数分で簡単に書き上げると、【覇者の扉】を通り、ピノアの『ルミリス』へ行き、冒険者組合へ向かう。
早朝だというのに、冒険者組合別館の前には、幾人もの男女が犇めき合っていた。
黒のタキシード、イブニングドレス、ロングドレスで正装した者や、民族衣装、袴姿の者もいる。いずれも間違っても冒険者には見えない。
何か行事でもあるんだろうか? 近頃、面倒ごとが小躍りしながら迫ってきているような気がする。過度に関わらないのが吉だ。
脇目も寄らずに別館に入ろうとするが、瞬く間の内に、奴らに囲まれる。
「ユウマ・サガラ君だね。私は、《炎の獅子》の加護者――ネメア。私と契約後の成長速度、見てくれたかな?」
オレンジ髪に、胸元を開いた白色のスーツを着こなすホストのような男が、俺の前に一歩踏み込んで来る。
話の流れ的にスカウトだろうな。とすると、こいつら、超常者って奴か?
「ネメア、テメエ、また抜け駆けしやがって!
騙されんなよ、少年。此奴が調子いいのはギルドに入るまでだ。入ったら壊れるまで馬車馬のように働かされるのがおちだぞ」
黒一色で塗り固められた黒髪の美丈夫が、太い青筋を額に張らしながら、射すような視線をオレンジ頭――ネメアに向ける。
ネメアは暫し不快そうに顔を歪めていたが――。
「言いがかりは止めてもらおうか。スルト、君達こそ、綺麗ごとばかりで、深域の湿原ゾーンすら脱せない体たらく。上位ギルドの名を返上した方がいいのではないか?」
薄ら笑いを浮かべ、侮蔑の言葉を吐き出した。
「んだとぉ!!」
(おい、お前ら、話しがスカウトから逸脱してんぞ!)
険悪な状況下にある二柱にどうしたもんかと、周囲に素晴らしい仲裁を期待してみるが、二柱を押しのけてスカウトを開始してくる。
「私のギルドなら、《滅びの都》で獲得した宝物は全て見つけた冒険者のものよ」
「阿保か! ギルドが宝物まで没収するのは、ネメアのとこくらいだろう。
俺っちは鍛冶屋だ。戦闘屋の冒険者のために高位の武具を作ってやれる」
武具か。目下、剣を探している俺にとっては、初めて興味を持ったが、成長速度の弊害がある以上、契約などできようもない。
「悪いが――」
俺が断りの言葉を吐き出そうとすると、急に背後から抱きしめられる。
「ユウマ君~初めまして、私はエオス」
その背中に押し当てられた柔らかな感触に振り返ると、目線の先には彫刻のように美しい女の顔があった。
「……」
銀髪女の美しい顔の突然の接近に、一瞬、思考が完全停止する。
「ねぇ、私と契約しない? 成長速度も勿論だけど、私には傷や魔力を癒す能力があるの。癒し方はねぇ~、知りたい?」
「マジかよ、あのエオスが、男をギルドへ誘った? 何ちゅう羨ましい!」
男の超常者のたっぷり羨望が含まれた声に、周囲が色めき立つ。まあ、ほとんどが男性の超常者であり、女性の超常者はゴミ虫でも見るような視線を男性陣に向けている。
「癒す力? 知らねぇよ。早く放れ……」
停止していた脳が回転し初め、エオスを押しのけようとするも、エオスは俺を抱きしめる腕の力を強め、その唇を俺の唇にゆっくり近づけてくる。
俺の唇にエオスの唇が触れる直前、バンッと勢いよく組合別館の扉が開き、純白のドレスに長い白い手袋を着こなす金髪の少女が飛び出してくる。
金髪少女は、俺とエオスの間に割って入り、まるで庇うように俺の前に立つと、エオスに対しフ~と猫のように威嚇する。
耳が尖っているからエルフなんだろうし、俺を知ってそうではある。だが、生憎俺にエルフの女の知り合いなど、シャーリーだけだ。誰なんだ、この女?
「あんた――」
口を開こうとする俺の右手を掴むと、金髪エルフの少女は組合別館内へ入っていく。
金髪エルフの少女は、俯き気味の顔を熟れすぎたトマトみたいな色にしつつも、俺の手を引きながら、二階への階段を上がっていく。
途中で、シャーリーと視線とぶつかるが、なぜかドヤ顔をされてしまう。
混乱の極みに陥った俺は、まるで迷子の子供ように、黙ってエルフの少女の後についていった。
エルフの少女は、二階にある医務室の中に入ると、クルリと俺に向き直る。恥ずかしそうに、豊かに成熟している胸元近くで両手をモジモジと交差させている。
その純真なぱっちり目の童顔に、雪のように白い肌と華奢な体。この人物と同じような特徴を持つ人物を俺は知っている。
(ま、まさかな、流石にそんなマニアックなカード引き当てるはずが……)
そのエルフの少女の頬を染める表情とその保護欲を刺激する態度は、網膜を介して俺の貧弱な想像力をフル稼働させ、一つの答えを導きだそうとしていた。
「お前、セシルか?」
コクンと頷くエルフの少女。滝のように汗が全身からダラダラと流れ出る。
どの角度から見ても女装には見えない。というより、あの華奢な身体の割には豊満な双丘をみれば結論など火を見るより明らかだ。
つまり、セシルは――。
「お前――女だったのか」
俺はそんな元も子もない、今更な言葉を口にした。
◆
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「セシルは、その幼い頃に分かれたヒュアとかいう精霊を探すために、冒険者になったと?」
「はい」
セシルがベッドに、俺はその脇の椅子に腰をかけ、今、セシルから簡単に事情を聴き終えたところだ。
ざっくり、要約すると次のようなことだ。
セシルの故郷である西の大国――《アルヴエンド》は、エルフ達を守護する幾柱かの精霊が暮らしている。
この精霊の一柱――ヒュアとセシルは物心ついたときから常に一緒であり、セシルにとって姉妹のような存在だったらしい。
このヒュアが、約五年前に遂げるべき使命があるとの言葉を残して、姿を消してしまう。
セシルは《アルヴエンド》中を必死で探しまわったが、遂に見つけることはできなかった。
そんなある日、里帰りした知り合いの冒険者組合の職員から、精霊を初めとする無数の超常者達がピノアに集まっている事実を耳にする。
ピノアに集まっている同じ精霊族の超常者達なら、失踪したヒュアの所在を知っている可能性が高い。
この点、超常者達は《滅びの都》攻略以外に興味はなく、大抵、極度の秘密主義。《滅びの都》の攻略に利益のない一般人のセシルが尋ねたとしても門前払いになるだけだ。反面、冒険者となり、力をつければその重たい口を開かせることも可能となるかもしれない。
さらに、冒険者になれば、各国を旅することも可能となり、ヒュアを探し出しやすくなる。
確かに、ヒュアとかいう精霊を見つけるには、冒険者は最良の職業だろう。
しかし――。
「お前の両親、滅茶苦茶反対したろ?」
「……」
無言で、頷くセシル。
それはそうだろう。冒険者は命と富や栄誉を天秤にかける職業だ。戦闘の素人で、しかも女のセシルなど、魔物どころか、同じ人間種からも襲われかねない。
俺が身内なら絶対に許可しない。むしろ、今まで許されていたのが、不思議なくらいだ。
「男装していたのは?」
最初から女のようだと思ってはいたんだ。今の今まで、気付かなかったのは、何も服装や立ち振る舞いだけが原因ではない。シャーリーを初めとするセシルに近い周囲が一貫して、セシルが男であるかのように振る舞ったからだろう。
考えてもみろ。受付でシャーリーが、『セシルは男の子なんだから』など言っているのを頻繁に耳にすれば疑う気はなくなる。
「冒険者となるときの条件の一つが、僕が男性として振る舞うことだったんです」
やはりか。そして、女とばれたら、冒険者は直ちにやめて本国へ帰るように約束させられていたんだろう。シャーリー達は、セシルの意を酌んであの様に振る舞っていた。
「今回冒険者を辞めなきゃならんのは、お前が負傷したからか?」
「そうです。父上に、大怪我をしたらすぐに本国に連れ戻すと言われていました」
「そうか」
セシルの両親は今回の件で、むしろ胸を撫で下ろしていることだろう。
短い付き合いだが、セシルは頑固で、よほどのことがない限り己の意思を曲げない。
どんなに両親に反対されようが、親友を探し出すためなら、結局、セシルは冒険者になっていた。両親もセシルのその性格を踏まえて、無理難題な条件を付けくわえて、娘の愚行の芽を摘むことにした。
「ヒュアに会いたかったな」
ボソリと呟くセシルの瞳の奥には、深い哀愁がこもっていた。
「ああ」
会えるなどと軽々しく口にはできない。セシルにとってヒュアが、俺にとっての小雪なら、その無念さは痛いほどわかる。例え俺がセシルの立場であっても、どんな犠牲を払っても、探し出そうとしていた。そして、根拠のない励ましの言葉ほど、その心を抉ることを俺は知っている。
だから――ただ頷いた。
セシルの膝にあったきつく握られた両拳は僅かに震え出し、ポタリ、ポタリと水滴が落ちる。震えは大きくなり、次第に口から嗚咽が漏れ始める。それでも歯を食いしばって堪える様は、俺のあの言葉が原因か。
「セシル、本当に心から悲しいときは泣いていいんだ」
椅子を立ち上がり、セシルの隣に腰を下ろすと、セシルの頭を撫でる。
「ユウマ……さん」
セシルは、顔をくしゃくしゃに歪めて俺を見上げると、堰を切ったかのように声を上げて泣き出した。
「落ち着いたか?」
セシルが泣き止むまで、俺はこいつの話を聞いていた。
「……」
涙をドレスの袖で拭きながらも、顎を引くセシルの頭をポンポンと叩く。
「俺もヒュアとかいう精霊について調べてみる。もちろん、俺にも目的があるから保障まではできねぇが、会ったら、お前の下へ帰れと伝えるよ」
セシルの目的は己の手で友を見つけだすこと。こんなんで、セシルの救いになるとは思えない。それでも、俺とどこか似ているこの無力な少女の力になりたかった。
「ありが……とう」
また、涙がジワーと滲んで来たセシルの額を人差し指で軽く押す。
「相変わらず、泣き虫は治らねぇな」
席を立ちあがり、右手を軽く上げると部屋を出ようとするが――。
「明日の朝、僕、このピノアを発ちます」
「そうか……」
胸に穴をあけられたような独特の喪失感を誤魔化すように、相槌を打つ。
「明日、午前七の時の西門前です」
その言葉を背中に受けながらも、俺は医務室の扉を開ける。
医務室を出ると、レティが顔で頭を下げていた。
「ユウマ殿、昨日は無礼な態度をとって済まなかった。そして、セシル様が世話になった。感謝する」
止めろ。俺がしたことなど、黙って話を聞いただけだ。結局、何の助けにもならなかった。
彷彿する無力感に、急かされるように、俺は足を動かす。
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