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第40話 一三事件の転機 堂島美咲

 

 堂島美咲(どうじまみさき)は、部屋中に鳴り響く電話に重い頭を上げる。

 昨晩、《一三事件》――第四の殺人が起き、ほぼ徹夜で捜査に従事し、今ようやく寝入ったところだった。頭にかかった霧のカーテンにより、思考は完全停止し、ただ、ウザったい音を止めようと電話の子機の通話のボタンを押し、耳に当てる。


『昨日の第四の殺人の件で、重要な情報を持っている』


 第四の殺人の言葉に、脳にかかった(もや)は一瞬で吹き飛び、正常な思考が蘇る。

 《一三事件》は世界的に注目を集めている事件であり、目立ちたいだけの虚偽のタレコミであることがほとんどだ。電話口の声は子供ようだし、今回も大した信用性はあるまい。

しかし、同時に情報があまりに不足している現段階では、一発逆転の目の可能性も否定できないのも事実だ。


「詳しくお聞かせください」

 

 気を引き締めて、話を促すと――。


『俺もまだ死にたくはない。俺の存在が犯人にばれて、今度は俺が第五の被害者になるのは御免だ。だから、他の捜査関係者にも俺の存在の一切を漏らさないと約束してくれ』


 情報源の存在を漏らすな? これがマスメディアに漏らすなという条件なら一般的な要求に過ぎないし、よほどのことがない限り秘匿される。でも、他の警察関係者にも漏らすなというのは初めてだ。というか、情報はその信用性が最も重要だ。情報源が一切漏らせないなら、捜査資料としては使えない。

電話口の少年は、容疑者の恨みを買いたくないからだというが、これは、案に捜査本部の捜査情報が《一三事件》の容疑者にダダ漏れになっていることを前提としている。

感受性が豊かな少年なら、その手の過剰な妄想を抱いても不思議ではない。しかし、世界の歴史上類を見ない凄惨な事件に手掛かり一つないのは、確かに異常なのだ。もし、少年の言葉が妄想ではなく、傾聴すべき点があるなら?

 美咲も警察関係者。捜査本部にスパイがいるとは思わない。でも、特殊なスキルや魔術で情報が外部に抜き取られていることも不可能とは言い切れないのが今のこの世の中だ。

 だとすれば、電話では寧ろ危険だろう。一度少年と直接話しをする必要がある。

 この点、独断専行的な行動をとれば、美咲はこの《一三事件》から早々と排除されてしまう。だから、この件を最低でも本事件の管理官には知らせる必要があるのだ。

 電話口で、管理官にのみ知らせることにつき、少年を上手く説得すべきか? でも、説得に失敗したら? 仮に、少年の有する情報が《一三事件》に辿り着くほどの決定的なものなら捜査本部は事件解決の機会を失う。


(あ~、私にどうしろってのよ!)


 当然のごとく結論はでず、頭を掻きむしる。ともあれ、このままでは、切られるのがおちだ。時間はない。


「わかりました。貴方の一切につき、他言をしない事を誓います。もちろん、他の捜査関係者にも言いません。それでよろしいですか?」


 例え少年の信頼を失っても、今はこの情報を確保したい。

 それから、少年とは直接、新塾駅西口改札前で会うことになった。少年は自身を相良悠真(さがらゆうま)と名乗り、美咲達が素性を調べることも禁止した。

 九分九厘、相良少年は捜査本部の情報が《一三事件》の容疑者に流れていることを疑っている。当たりかもしれない。


「堂島先輩、事件ッスか?」


 聞き慣れた声のする方を振り向くと、目を覆い隠すほど長いボサボサの髪のさえない男が寝ぼけた声を上げていた。

 扇屋小弥太(おおぎやこやた)、不本意だが、美咲の直属の部下であり、合法的ロリコンを自称する生粋の変態だ。


「いえ、いつもの悪戯電話でしょう」

「う~ん、その割にはいつになく雄々(おお)しいお顔になっていらっしゃるようで」


(相変わらず、癇に障る奴。大体、女性に対し、軽々しく、雄々しいっていうな!)


 美咲の魂の叫びなど気付きもせず、大きな欠伸を上げる小弥太。


「昨日から一睡もしてないんでしょ? まだ、寝てたら」

「うぅ、なんという暖かくも、心にしみるお言葉。先輩が、二〇代半ばの年増じゃなければ、俺もhshsだったのにぃ~」


(マジでこいつ殴りたい)


 咽び泣く小弥太に、今すぐにでも、頭が変形するくらい殴りたい衝動に駆られる。

妄想の中で、小弥太をフルボッコにしつつも、部屋の外に歩き出す。


「先輩はどちらに?」

「私は一応規則だから、管理官に電話の件、報告してくるわ。」

「了解~」


 机に突っ伏して寝息を立て始める変態(ロリコン)を視界の片隅に入れながらも、美咲は捜査一課の部屋を出る。

 

                ◆

               ◆

               ◆


 美咲は、警視庁の尋問用の個室に、ある人物を呼び出した。

 この六畳ほどの個室は、国家的犯罪等、尋問で得た情報を秘匿しなければならない場合に用いられ、公安部が頻繁に利用している部屋。案の定、部屋を借りる申請をする際に、かなり奇異な目でみられたわけだが。

 扉が開き、中から目が線のように細い、黒髪をオールバックにした男が入ってくる。この男が、『一三事件特別捜査本部』の管理官――八神徳之助(やがみとくのすけ)警視正。

 警察官としての有能さは勿論、キャリア組にもかかわらず、Aランクのサーチャーでもある警視庁でも指折りの傑物(けつぶつ)だ。もっとも、性格にかなり難があり、人間的には、尊敬は微塵もしていないが。


「この場所でのデートだ。期待していいだよね?」


 椅子に座ると、話しの口火を切る。


「はい。凡そ、一時間程前――」



 美咲が話し終わると、八神は腕を組み、天井を見上げ、一言も発しなくなる。

 今の八神にとって、美咲の存在など道端の石ころ程度の認識しかるまい。恐ろしいほどの集中力。どうやら本当に当たりだったようだ。美咲の情報が取るに足らないものなら、八神はいつものふざけた口調で煙に巻いていたことだろう。


「その相良少年には僕も会おう」

「し、しかし、それでは相良少年が口を閉ざす可能性が――」

「いや、多分大丈夫じゃないかな。まっ、僕にまかせてよ」


 八神にとっては既に決定事項なのだろう。


「美咲ちゃん、この件は箝口令を敷くよ。この部屋以外で話しちゃだめだ」

「わかりました」


 願ってもないが、八神も情報が洩れていることは疑っていたということか? 


「さて、始めようか」


 八神からおどけた表情は消え、あやしいほど真率な表情が漲る。

 気に入らないが、この顔のこの人は信頼できる。電話の少年と八神、美咲は、良くも悪くも事態の急変を漠然と予期していた。


おまけの話です。今日は休憩のような感覚で呼んでもらえればと。

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