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第39話 一三事件と捜査本部


一一月五日(土)


 七時にセットしたスマホの目覚ましが鳴り響き、俺は意識を覚醒させる。

 もうだいぶ小雪の顔を見ていないような気がする。武帝高校の泊りがけの実習など、面会ができない日はそれなりにあったはずなのだ。なのに、そのどんな日々よりも、今こうして小雪に会えないことが俺には堪えた。

 洗面所に行き、何度も顔を洗う。一一月の冷たい水により、俺の気持ちにかかる暗雲を必死で霧散させようとしていた。



 気を取り直して、台所で簡単に朝食を作る。面倒だったので、いつものパンとハムエッグ、買い置きのサラダにコーンシチューの缶詰を容器に移して温めたものとした。

 完成した料理をテーブルに並べて、席につく。

 コンガリと良く焼けたパンにバターをつけて、齧りながらテレビをつけると、画面一杯に、高層ビルとそこに出入りする多数の捜査員の物々しい姿が映し出される。

 この建物には、幼い頃親父達に連れられて訪れた事があり、俺にも見覚えがある。《新塾駅》にある《帝国イベントホール》だ。

 アナウンサーのいつになく、興奮気味の声にも、放送が進むにつれて直ぐに合点が行った。

 東京連続猟奇殺人――通称《一三事件》。その第四の殺人らしき死体が、《帝国イベントホール》の小部屋の一つで発見されたらしい

 被害者の名前は、フィオーレ・メスト。イタリア最高の魔術組織――『朱の夜明け』の長の末娘。《サーチャー》の資格取得後、帝都大に留学していたところ、今回の事件に巻き込まれたらしい。やはり、容姿は金髪であり、イタリア一の魔術師の系譜であり、白人だ。

 そろそろ、殺し方の報道になりそうだ。朝っぱらから、猟奇殺人現場など飯が不味くなる。チャンネルを変えようとするが――。


「死亡推定時刻は、一九時頃、フィオーレさんは、椅子に縛り付けられた上、全身釘を刺された状態で発見されました。また、フィオーレさんの胸部には大きな穴が開いていたとのことです」


 今、なんて言った? 全身、釘で刺された。そう言わなかったか?

 

『ムラさん、直接の死因はどうなんでしょう?』


 《帝国イベントホール》前にいるリポーターに司会者が、尋ねる。


『はい。激痛によるショック死というのが、捜査本部の発表した鑑識の結果です。胸部に穴が開いたのはその後だと考えられます』


 息もできないような暗い圧迫を胸に受け、無意識にも胸を押さえていた。

 殺し方に心当たりがあるなんてもんじゃない。それは俺がかつてされたことだ。

 やったのは、あの黒髪の変態女――『ラヴァーズ』だろう。だとすると、彼奴らが、《一三事件》を引き越した犯人ということか? マジで混乱してきた。少し情報を整理しよう。

 まず、《一三事件》の被害者に共通しているのは、三つ。

 一つ、二〇歳未満と若いこと。

 二つ、世界でも有数の魔術師の系譜に連なる人物であること。

 三つ、金髪の白人であること。

 カリンは、今、一七歳であり、陰陽術ではあるが、志摩家という世界でも有数の魔術師の家系。一つ目と二つ目の条件は満たす。

 確かに、辰巳おじさんは日本人だが、ジェシカおばさんは白人だ。そして、カリンは肌の白さや、碧眼、混じりが一切ない綺麗な金髪など、ハーフとは思えぬほど、白人の容姿をしている。条件自体は合致する。

 《一三事件》とカリン。妙なところで、接点が出てきた。これをただの偶然と片付けるほど俺は頭がお花畑ではない。間違いなく関連がある

 そして『ラヴァーズ』達が《一三事件》の犯人なら、志摩家とは異なる純粋な外部犯ということになる。二週目で俺が襲われたのは、奴らの潜り込ませたスパイからによるものであり、『灰狼』を雇ったものとは別人。こういうことか? 

 とすれば、カリンを殺そうとしている勢力は二つあることになる。

 一つは、《一三事件》の犯人、もう一つは、志摩家の内部犯。確かにそう解するなら、ラヴァーズが灰狼を拷問していたのにも合点が行く。

 しかし、そうなると志摩家の重鎮の罪を暴いても、カリンの身の安全は全く保障されないことになる。

 もっとも、全部最悪だというわけではない。

 警察の存在だ。《一三事件》の被害者は、世界各国の有名な魔術組織の令嬢。これ以上の犠牲は、日本政府の威信にかけて許容し得まい。今は、どんな些細な情報でも必要としているはずであり、一介の学生の俺の言葉も信じてもらえる可能性がある。何より、《一三事件》の捜査チームの構成員には、高ランクのサーチャーが名を連ねているはず。Aランク、運がよければ雲の上の存在であるSランクのサーチャーさえも動くかもしれない。

 『ラヴァーズ』達がいくら強くても、最高位のサーチャーが相手なら捕縛は容易だろう。危険を冒す価値はある。

 元より、一人で奴らを捕縛するつもりだった。なら、捜査本部の中にスパイがいて、今晩狙われたとしても、返り討ちにしてやるだけだ。

 問題は、警察に俺の言葉が真実であると理解させる手段。この点につき、俺には一つの考えがある。綱渡り的な手段ではあるが、十分な破壊力はある。まさに、伸るか反るかの大博打。

 ネットで警視庁のホームページへ飛び、《一三事件》について調べると、案の定、『お気付きの点がありましたら、お気軽に下記までご連絡ください』との記載がある。

 電話は俺の携帯でいい。どの道、公衆電話からしても、素人の俺など直ぐに特定されてしまうし、いたずら電話だと思われるのがおちだ。一応、非通知にしておけば、十分だろう。


『はい。こちら警視庁一三事件捜査本部』


 若い女の寝起き直後のような声がスマホを通して聞こえて来る。


(この声、どこかで……)


 声色に妙な既視感を覚えつつも、口を開く。


「昨日の第四の殺人の件で、重要な情報を持っている」

『詳しくお聞かせください』


 ぼんやりした声から一転、よく切れる刃物のような鋭さを含有する。


「俺もまだ死にたくはない。俺の存在が犯人にばれて、今度は俺が第五の被害者になるのは御免だ。だから、他の捜査関係者にも俺の存在の一切を漏らさないと約束してくれ」

『……』


 電話口の女からは返答はない。逆探知等の小細工でもされて、俺の存在を知られるのも馬鹿馬鹿しい。

 

一五秒しても返答がなければ、電話を切って別の手段を考えよう。

 腕時計で時間を測る。

 ――五秒。

 ――七秒。

 まだ、女は口を開かない。

 ――一〇秒。

 ――一二秒。

 ――一四秒。

 スマホを切ろうとするが――。


『わかりました。貴方の一切につき、他言をしない事を誓います。もちろん、他の捜査関係者にも言いません。それでよろしいですか?』

「OKだ。俺はこの間――」


 俺は《ラヴァーズ》につき、口を開こうとするが――。


『詳しくは、実際にお会いして話を伺いたいのですが構いませんか?』

 

 電話口の女の強い口調の言葉により、《ラヴァーズ》の情報の一切は俺の口から出ることはなかった。

この俺の言葉を遮る電話口の女の声には極めて強い意思を感じる。一応の疑問の形式を取ってはいるが、彼女は俺の拒否権を認めてはいまい。俺の想像以上に、捜査本部も崖っぷちなのかもしれない。


「どうせ、拒否できねぇんだろ?」


 この女が信用できるかは俺にはわからない。しかし、俺が電話をした時点で、既に賽は投げられてしまった。今更、臆病風に吹かれても意味はない。賭けるしかないんだ。


『申し訳ありません。それでは、いつお会いできますか?』


 直ぐにでも会いたい意思が電話越しにしもひしひしと伝わって来る。バイトを休んで女と会う選択肢もありだとは思う。

 そうすると、立場上カリンの送り迎えをすることが難しくなるし、カリンはきっと過剰に心配する。カリンは箱入りのお嬢様と思えないほどの行動力がある。俺と会うために、一人歩きをして、襲われる。その危険性も零ではない。行動パターンは変えない方がベストだ。


「午後七時に、新塾駅西口改札前でどうだ?」

『承りました。私は、堂島美咲(どうじまみさき)。貴方は?』


 堂島? あの時の刑事か。この女は一週目で赤装束の男に殺されてしまっていた。《一三事件》のスパイの可能性は低い。志摩家の刺客が《一三事件》と無関係なら、本事件の捜査員にいるとも思えない。この女は、信頼はしていいのかもしれない。


「俺の名は相良悠真(さらがゆうま)、詳しくは、会ってから教えるよ。それまでは調べようとするな」


 警察が俺の素性を調べれば、志摩家に行きつくのは容易だ。志摩家に余計なことを口走ってもらっては困るんだ。


『了解しました。それでは失礼いたします』


 電話が切れ、大きく息を吐き出す。これで種は巻いた。種が無事芽吹くかどうかは神のみぞ知るだ。まっ、このクソッタレな世界に神様がいるかなど知らねぇがよ。



 やっとこさ、一章の核心に入ってまいります。もうすぐ、奴らとのガチバトルが勃発します。

 それでは、また明日!  

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