第36話 スカウト説明
屋敷の前で、カリンに夜間は一人で絶対に出歩くなと念を押し、付近の公園から『覇者の扉』で自宅に戻る。
少し早い夕飯を食べ、冒険の準備をすると、『ルミリス』へ行き、冒険者組合に向かうべく、メインストリートに入る。
《滅びの都》から戻る冒険者達に、方々の酒場から聞こえる景気の良い蛮声。通りのど真ん中で、吟遊詩人達の演奏に合わせて、肩を組みながら歌うドワーフと屈強な人間族。
そんないつもの風景は、俺が通る度に、様相を一変させる。
皆、足を止め、話しを止め、歌を止め、俺を凝視してくる。
動物園の客寄せパンダの気持ちを存分に味わいながらも、冒険者組合別館へと到着する。
別館内に入ると、一斉に視線が俺に集中する。
どんだけだよ。
受付にいるシャーリーに近づくと声をかける。グスタフが操られていただけと判明した今、《鋼の盾》による報復はあり得まい。むしろ、事情を把握しないまま、奴らにやり過ぎた事の方が遥かに心配だ。
「セシルに会いたい。あといくつか、聞きたいことがある」
「私も、ユウマさんにいくつか、お伝えしなければならない事項があります。どうぞ、こちらへ」
シャーリーはカウンターの脇にある木製の扉を開くと、右手を向けて奥に進むよう促してくる。
階段を上がり、シャーリーが案内したのは、応接室のような部屋。
この部屋は、商業組合と比較し、かなり質素だった。
床には絨毯等は敷かれておらず、オブジェも壁にかけられた風景画のみ。部屋の片隅の書類が山済みとなった大き目の机と部屋の中央の長細いテーブル。実用的で、俺的には今まで訪れた中でもトップクラスで好印象の部屋だ。
片隅の机で書類と格闘していた金髪に顎鬚を蓄えたおっさんが、俺を視界に入れ、立ち上がる。
「来たか。かけてくれ。今、茶でも出す」
シャーリーは話しが終わり次第、声をかけるよう告げると部屋を退出していった。
「俺は、レオン・バントック。一応、このピノア分館の分館長だ。宜しく頼む」
「ユウマ・サガラだ。宜しく」
右手を差し出しきたので、握り返し、勧められた席に着く。
「想像していたより、大分若いな。外見は一応――人間族のように見えるが。とまあ、彼奴らが血相変えて欲しがるくらいだ。中身は化け物なんだろうが……」
レオンは俺の全身を暫し眺め回していたが、そんなふざけた感想を口にする。
「あんたも忙しいんだろ。無駄口は止めて、要点だけまとめてくれ」
《ラヴァーズ》に会い、俺も焦っているのかもしれない。早く《滅びの都》の攻略に繰り出したくてウズウズしている。
「了解した」
レオンは話しがわかる奴で、かいつまんでいくつかの事項を説明してくれた。
一つ目が、《鋼の盾》について。
まず、俺が傷つけた《鋼の盾》の怪我は、見かけほど酷くはなく、冒険者組合の専門の治療チームにより、既に全快に近いらしい。
《鋼の盾》への制裁については、謎のペンダントにより、グスタフが洗脳されており、さらにそれが第三者の故意的な手による可能性が浮上したことから、ギルドの取り潰しまでは免れそうだ。もっとも、これほど混乱を生じさせたことからも、決して軽くないペナルティーを受けるのは間違いない。
《鋼の盾》のメンバーはグスタスの事の顛末をベムから聞いたらしく、俺やセシルに対する敵意は微塵も無く消失しているとのこと。とういうか、元々敵意など持っていなかったのかもしれない。
奴らについては、改めて思い返してみると不自然な点が多い。
まず、そもそも、なぜ奴らはキャンセル料の返金を組合に求めたのか。大した額でもないし、むしろセシルの件の真相がバレる危険性が大幅に増す点で奴らにとってマイナスにしかならない。加えて、キャンセル代の返金を受け取りに来たスキンヘッド。俺がセシルを助けに行くと知ったとき、それまで傍若無人に振る舞っていたスキンヘッドの顔には安堵の表情が揺らめいていた。これらを総合的に鑑みると、キャンセル代の返金という形で故意にセシルの件を冒険者組合に伝えた。この矛盾をはらんだ結論に辿り着く。
さらに、セシルがズタボロになっていたあの現場。あの時、襤褸雑巾のようになったセシルを視認し、頭が真っ白になり、チビとスキンヘッドの冒険者を相次いで無力化した。だが、あの部屋にいた冒険者には例外なく、殴られた跡があった。
俺が到着するまで、あの部屋で起きた事を、レオンに尋ねるも、《鋼の盾》の奴らは一切、口を噤み、大人しく処分を受け入れているという。
もし、奴らがグスタフのセシルに対する愚行を止めようとして殴られたのなら、俺のやった事は唯の怒りに任せた八つ当たり。もちろん、狂ってしまったグスタフを止められなかった責任は奴らにもある。しかし、それはグスタフの襲撃を予期していながらも、防げなかった俺だって似たようなものだ。あくまで程度の差でしかない。
ともあれ、今回の件の処分を受け入れるということは、最悪冒険者として再起不能となることを意味する。その覚悟で口を閉ざすのだ。《鋼の盾》の奴らの決意は相当なものだ。真実を決して語るまい。おそらく墓まで持っていく気だろう。
まったく、この件につき俺は、道化もいいところだ。外道の思惑通りの配役を演じてしまった。これほどの屈辱はない。どこのどいつだか知らんが、演出家ぶっているクソ野郎には、それ相応の落とし前をつけてやる。
二つ目が、セシルの件。
レオンは、セシルが二度と冒険者として活動できない旨の発言をすると、その件につき一切の口を閉ざした。シャーリーと同様、セシル本人の口から直接聞くようにとの意図からだろう。
確かに、セシルの左脹脛と折れた右腕は、俺の見立てでは、完治するのに数か月はかかる。数か月間、衣食住に困窮することになるのだ。冒険者にとってはそれなりのダメージはある。
だが、純粋な金銭的な問題なら、俺やシャーリーを初めとする他の冒険者からの支援で何とかなる可能性はある。レオン達の断定の仕方は、一切の選択の余地がないようであった。金銭的な問題ではなく、もっと複雑な事情が絡んでいるのかもしれない。
最後の三つ目が、俺がここに呼ばれた本筋――ギルドのスカウトについて。
この点、冒険者達の相互扶助の組織である冒険者ギルドには、二種類ある。
これらが、メンバー全員が恩恵持ちで構成されている《ベネフィットギルド》と恩恵を持たないメンバーで組織された《ノーマルギルド》。
《ベネフィットギルド》とは、各ギルドメンバーと超常者と呼ばれる人間種とは異質な生物とが契約を締結し、所属メンバーが様々な特殊でかつ、超常的な効果を有する恩恵を有するに至ったギルドの事。この契約した冒険者は、《契約者》と呼ばれる。
超常者の目的は《滅びの都》の完全の攻略。その最終目的のために、超常者は冒険者に力を与え、冒険者は攻略に邁進する。そんな関係。
ここで、肝心の超常者と契約を結ぶ方法は大きく二つ。
一つは、冒険者側からの申し入れ。
冒険者のランクが、Bかレベル3以上なら、冒険者組合が窓口となって契約の斡旋をしてもらえる。
冒険者組合の斡旋がなければ、超常者達は見向きもしない。
その数少ない例外が次のスカウティングだ。スカウターと呼ばれる特定の超常者が、才能ある冒険者の戦闘の映像を記録し、超常者達に見せる。スカウターの目にとまるくらいだ。一定の強さは保障されている。スカウティングの対象となった冒険者には、大抵、超常者達が殺到するらしい。
「つまり、俺にそのスカウトが来ていると?」
「そうだ。中位から上位ギルドまで選り取り見取りの状況だぞ」
確かに、俺は強さを求めている。カリンを救える強さを得られるなら、契約者でも何でもなってやる。反面、ギルドに入れば、確実に俺の行動は制限される。大したことない力と引き換えに、自由を奪われれば、逆にカリンを窮地に立たせる危険もある。そんなことは死んでも御免だ。
「その恩恵というのは提示してもらえるのか?」
「ああ、この資料に全て書いてある」
すごい量だな。ざっと見ただけで五、六〇枚はある。その一枚、一枚に、ギルドの理念や、所属メンバー数とその構成員のレベル、ギルドに加入した際の条件と恩恵などが項目だって記載されていた。
恩恵の欄だけ高速で目を通した結果、粗方の情報は整理することができた。
第一に、ほとんどの超常者が成長速度を上昇させる恩恵を持っていた。
この系統の恩恵が、今の俺の成長速度との間に相乗効果を及ぼすならば契約とやらを拒む理由はない。しかし、おそらくそれはあり得ない。
授業で散々教わった魔術やスキルの基本に、重ね掛けしても、能力向上や下降の効果は相乗されないとう原則がある。そして、スキルや魔術によって重ね掛けしようとすると、この原則が働き、大抵、最後に行った能力変化に効果が限定されてしまう。
例えば、筋力を二倍するスキルに、筋力を一・五倍スキルで重ね掛けすると、結局筋力は一・五倍の効果に固定されるという塩梅だ。
つまり、契約を結んだ結果、弱体化する可能性も否定できないのだ。
唯一契約できそうなのは、この成長速度の上昇の恩恵がない『セレーネ』とかいう超常者だが、所持する恩恵がやや判然としない。
契約した主人と眷属の間でネットワークを作る能力らしいが、当面、仲間で《滅びの都》に潜るつもりのない俺にとってはネットワークなど形成されても意味はないな。
あらゆる観点からも、メリットよりもデメリットの方が遥かに高くなりそうだ。
「サンキュー、参考になったよ」
俺が椅子から立ち上がると、意外そうに眉を顰めるレオン。大抵の冒険者なら、目の色変えて契約の相手を探すところだろうし、無理もないか。
「その資料は受付に言えばいつでも閲覧可能だ。存分に利用してくれ」
無言で頷くと、右手を上げ、応接室を出る。
お読みいただきありがとうございます。
またまた、説明になってしまいました。もう少し、この手のうんちくは、減らさねば。
それでは、また明日~。