第33話 魔人グスタフ戦
階段上から俺を見下ろすグスタフの口が大きく開き、青色の光が急激に圧縮されていく。
背筋に戦慄が走り、右脚に力を入れて横っ飛びする。
一歩遅れて、口から放たれた破壊を体現した青色の炎の球体は、射線上の床を消し飛ばし、玄関を扉ごと爆砕する。
奴の心臓と思しき場所に狙いを定め、三発連続射出する。迫る銃弾に、巨体とは思えぬ速さでグスタフは身体をずらすが、右肩付近に続けざまに命中し、粉々の肉片まで破砕する。
傷など歯牙もかけず、牙を剥き出しにして飛びかかってくるグスタフを、身を翻して間一髪で避けると、床スレスレに疾走する。
やはり、俺の方が俊敏性は上だ。床を駆けながら、グスタフの巨体目掛けて、【エア】を放つ。銃弾はグスタフの身体を粉々に砕いていき、部屋中に真っ赤な血肉を飛散らせる。
確かに、グスタフは強い。レベル3の俺なら苦戦は免れなかった。しかし、今の俺ならステータス上も、決定的な差はない。距離が取れるなら、グスタフの攻撃が限られている以上、さほどの脅威ではない。要は、攻撃の手を緩めなければいいのだ。
ものの数分で、首と胸部以外の全身の至る所が崩れ落ちた肉の塊ができあがった。
銃弾を創造・充填し、グスタスだったものに狙いを定める。
それは唐突だった。グスタフだったもの身体が震え始め、それがまき散らされた肉片へと波及する。
「これって、まさか?」
咄嗟に、二階の手摺まで跳躍する。
まるで、時計の逆戻し。しかも、肉片は、溶解の特殊効果であるのか、戻る際に障害となる瓦礫や周囲の建物を跡形も溶かす。
傷一つなくなったグスタフは、頭をもたげ、俺を睥睨する。
「グゴオオォォォッ!」
天に向けて咆哮するグスタフ。ただの唸りだけで、僅かに残った家具等は壁に叩きつけられ砕け散る。
レベル4の戦闘能力に加え、復元と言っても過言ではない超回復力。
これは俺の勘だが、奴は複数の《時限弾》なら滅ぼせる。しかし、《時限弾》は周囲の影響が大きい。レベル2の《時限弾》でも周囲一帯が吹き飛んだんだ。最悪、非難誘導しているウォルトまでまとめて消し炭になりかねない。レベル4の《時限弾》の威力を確かめるまでは、今回街中で使うことはできない。
そして、下手に攻撃すれば、奴の血肉の酸によりこっちがダメージを負う。
特殊能力を合わせれば、今のグスタフは、レベル5にすら相当しているのでなかろうか。
「やるじゃねぇか、グスタフ!!」
危機的状況に相反するように、俺の口角がつり上がり、未だ嘗て見せた事の無い表情を形作る。頭は凍結したように冷え渡り、ただ身体の中心だけが、マグマの様に発火する。こんなのは初めてだ。
一階に急速降下し、着地と同時に俺は疾駆する。
頭が妙に冷静となったせいか、今までの戦闘につき妙な引っ掛かりを俺は覚えていた。
そもそも、不死身な生物などいない。必ず、核となるものはあるはず。核は、高確率でグスタフを変質させたペンダント。
奴は傷を受ける事を気にしない。不死身の身を最大限活用し特攻をかけてくる。だが、一度だけ避けた事があった。そう、最初の一撃だ。
俺は銃弾を奴の心臓目掛けて撃った。だが、一階から二階へ撃ったとはいえ、グスタフは四つん這いなのだ。本来の銃弾の行き先は奴の首下だったはず。確認の必要がある。
縦横無尽に走りまわり、左腕と左脚に弾丸を発射する。弾丸は、巨大な左腕と右脚を半壊させ、グスタフのバランスを崩す。そこに、首下に数発銃弾を発射した。
銃弾は空を切ってグスタフの首下に吸い込まれるが、金属音と共に全て尻尾で止められた。次いで頭と首下に目掛けて次々に連射するも、保護したのは、首下付近のみ。
当たりだろう。
銃弾を創造・充填し、銃弾を奴の首下と六つの目の中心部に発射する。もちろん守ったのは、首下のみだ。六つの目を粉々に吹き飛ばされ、グスタフは我武者羅に暴れまわる。
眼球が修復するまで、あと数秒。それで十分だ。
俺は床を蹴り、上空へ跳躍する。さらに、空中で身体を回転し、足の裏で天井を踏むと、力の限り蹴り上げる。
ドンッと天井が破壊され、俺の身体はグスタフに向けて急速で落下を開始する。
周囲の景色がスローモーションとなる落下の世界の中、空気を破裂させるような凄まじい勢いで迫ってくる尾が視界にはいる。それを、左手のミリタリーナイフナイフで弾き返すと同時に、【エア】の銃口を首下へ密着させる。
「この距離なら結構効くだろう? 有りっ丈くれてやる。鱈腹、喰いな!!」
銃弾を撃ち込む。狂ったように暴れるグスタフに向けて俺は引金を引き続けた。
一発、二発、三発――血液が飛びきる度に【エア】を握る右手に痛みが走る。
四発、五発、六発――体にかかった血液により、服が解け、肌が焼けただれる。
七発、八発、九発――右手は皮膚が溶け、痛覚すら消失する。上半身と顔は付着した血液の酸によるシャワーでボロボロとなる。
十発目を撃ち込んだとき、尻尾は力なく床に倒れ、グスタフの身体は崩れ落ちた。
巨大な体躯は急速に元の姿に戻っていく。とは言っても、全て元通りというわけではない。
全身が真っ白になり、ボロボロの砂となって崩れていく。
「グスタフ!」
背後に気配がするので、振り返ると、ベムが佇んでいた。
ベムの身体のそこら中は、グスタフだったもの血液を浴びて焼けただれている。戦闘に夢中で気付かなかったが、かなり前からこの屋敷にいたのだろう。レベル4の俺の耐久力でもこれほどのダメージを負うのだ。立っているのもやっとだろうに、ベムは顔色一つ変えず直立不動に立っていた。
ベムはグスタフの傍で両膝をつく。その両目からは、大粒の涙が溢れていた。
「ベム、なぜ泣いてんだ?」
「お前、覚えていないのか?」
キョトンした顔をするベムに、グスタフは、快活な笑みを浮かべる。
「いつも言ってんだろ。俺達上の者がしっかりしねぇと、下の者が育たねぇ」
下唇を噛みしめたベムの口からは、血が流れていた。
「そうだったな……」
「そういや、新しい運搬人を入れる件はどうなった?」
ベムの表情が明らかにわかるほど歪むが、直ぐに笑顔をつくる。
「もちろん……入れるさ。だから、ギルマスのお前が冒険者のイロハを叩き込んでやれ!」
「馬鹿いえ、『鋼の盾』も大所帯だ。いつまでも、俺やお前におんぶ抱っこじゃ話しになんねぇ。彼奴らに、任せろよ」
「わかった」
何度も、頷くベムに、満足そうに笑うグスタフ。
「ただし、ルールは守らせる。わかってんだろ?」
「当たり前だ」
「「皆仲良く」」
グスタフとベムの言葉が綺麗にハモる。
「懐かしいなぁ……」
グスタフが、快活に笑おうとするが、下半身が崩れ落ちる。
俺にもわかる。もう、グスタフが話せるのは数言のみ。
瞼は次第に閉じていく。
「グスタフ、駄目だ! 寝るな! お前にはまだ教えてもらいてぇことが山ほどあるんだ!
あいつ等だってそうだ!」
「ベ……ム」
「もう話すな!」
魂からの叫びに、グスタフは、残された右腕でベムの頭を撫でると――。
「ありがとうよ、兄弟……」
その言葉を最後にグスタフの身体は、白色の砂となって崩れ落ちた。
「グスタフぅ!!!」
ベムがその砂となった身体を抱きしめ、号泣する。
(なんだ――これは?)
気が付くと、俺は痛いくらい拳をきつく握り締めていた。
セシルを囮にしたのも、セシルを殴ったのも、グスタフの意思だと思っていた。だが、今のグスタフからは、そんな行為をできるような奴には微塵にも見えない。
グスタフの得たペンダント。間違いなく、それが全ての発端だろう。ペンダントが《滅びの都》で得たもので、それがグスタフを狂わせた。その事実に誤りはあるまい。
しかし、セシルが誘拐されたのも、グスタフが怪物となったのも、偶発的と解するには、絶妙なタイミング過ぎる。
端から妙な引っ掛かりはあったんだ。大体、なぜ、セシルは俺が早朝会いにくるとわかっていながら、グスタフ達のもとへ行ったんだ?
グスタフ達が今回の事件の首謀者だとするなら、厳重な冒険者組合の警備の中、忍び込まねばならない。そんなことは、レベル1のグスタフ達には不可能だ。ならば、セシルの元に手紙を届けた第三者が必要なんだ。
だがそうすると、黒幕の目的が読めない。ベム達の会話からも、グスタフが狂ったのは昨日の今日ではない。陰謀だとするなら、長期的なものであるはず――。
まあ、いいさ。黒幕とやらは、人として踏み越えてはならねぇ一線を越えた。他者の最も大事なものを踏みにじり、その誇りを溝に捨てた。必ず、見つけ出して、落とし前はつけてやる。セシルの受けた痛み、そして――グスタフの味わった屈辱は必ず数万倍にして返してやる。
お読みいただきありがとうございます。
これで『鋼の盾』のシナリオは終了です。次が、悠真の力の真実。個人的には結構好きな回です。
ではまた、次回!




