第32話 鋼の盾攻略
「場所は?」
セシルの拉致された場所を知るという男は、金色の短髪に、全身に傷跡がある屈強の男だった。
「そいつは、『鋼の盾』のサブマスターのベム・ライクです。信用できません!」
シャーリーが金髪の男に指先を向け、捲し立てる。
こんな公衆の面前で偽りを述べる意義はこの男にはあるまい。仮に虚偽により、俺を罠に嵌めても、後で冒険者組合の想像を絶する制裁が待っているだろうし。少なくとも、この事態を収めたいと思っているのは間違いない。
「それはねぇよ。俺を信じろ。シャーリー」
ギリギリと奥歯を噛みしめていたが、大きく頷くシャーリー。
俺も、ベムに眼球だけを動かし、固定する。
「場所を教えろよ。わかんだろ? 急いでんだ」
「お前が、グスタフ達の命を奪わないと誓うなら直ぐにでも教える」
「俺が奴等の命を奪わない? それだけでいいのか?」
今回の件で、『鋼の盾』とやらはお終いだ。ギルドの解体程度で話が済むとは思えない。マスターのグスタフとサブマスターのこいつへの制裁はほぼ確実だ。てっきり、僅かでも、仲間の罪の軽減を狙っての行動かと思っていた。
「俺達は、冒険者としての一線を踏み外した。もう一度、やり直してぇ。それ以外何も望まねぇ」
「やり直したいね。いいぜ、殺すつもりまでは端からねぇよ。ただし、約束できるのは、セシルが生きているうちまでだ。それでもいいか?」
「いいさ。あのエルフの子供が死んだら、グスタフだけじゃなく、俺も死んでやる」
「契約完了だ。場所は?」
「南地区の娼館――《喜娼》の裏にある廃屋敷。《喜娼》の隣りの裏路地を直進した正面だ」
頷いている見物人も多数いるし、このピノアでわかりやすい例えなのだろうが、俺には当然当てはまらない。
「《喜娼》ってのは、どこだ?」
「何だ、お前、娼館にも行った事ねぇのか?」
「早く場所を言え」
意外そうなベムの声に、苛立ちを含んだ声を上げる。
「中央市場から南区に抜ける大通りをひたすら下降しろ。進行方向の右側にある」
ベムの言葉を耳に入れ、俺は廃屋敷に向けて疾走する。
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中央市場を南進すると、商人達の世界から一転して、淫靡な雰囲気で満たされる。
肩や、腹を丸出しにした蠱惑的な衣装を着こなす女達が、道行く男達に魅惑的に微笑み、挑発している。
その脇を俺は高速で疾駆する。地面を蹴る度に蜘蛛の巣状のヒビが入り、砂埃が舞い上がる。かなり本気で走ったのに、通行人と衝突しなかったのは、動体視力の向上だろう。
《喜娼》は、ディスカウントストアほどもある絢爛な建物だった。
《喜娼》の脇の裏路地に入り、暫く走ると、正面に幽霊屋敷のような洋館が見える。
(ここか、隠れるには打ってつけなんだろうがな……)
どうも、用意周到すぎるように思えるのは気のせいだろうか。グスタフ達が、セシルを襲う可能性は俺も認識はしていた。
だが、突発的な怒り等で動くにしては動きが早すぎるし、万全の備えすぎる。大体、あの怪我のセシルをどうやって、組合本館から出させたんだ? セシルが、あの俺の手紙を読んでいれば、絶対に出やしないだろうし。
(きな臭過ぎるな)
裏があると考えた方が自然だ。シャーリーが言うには、『鋼の盾』のメンバーは全てレベル1ということだが、あてにすべきではあるまい。
廃屋敷の門を跳躍し、玄関まで行くと、扉を開けて、中に入る。
「お前――」
階段の下にいた見張りらしき、二人の男。階段の上に二人。
正面の黒髪の冒険者の懐に飛び込むと、限界まで手加減をして、右拳を腹部目掛けて突き上げる。弓なりに、男の身体が数メートル浮き上がり、顔面から床に接吻する。
「へ? え?」
キョトンとしている金髪の男に近づき、顔面に裏拳をぶちかます。暴風を巻き起こし、クリーンヒットとした俺の右の裏拳により、金髪の男の身体は数回転空中で回転すると、壁際のテーブルに突っ込み、ピクリとも動かなくなった。
限界まで手加減してこれだ。レベルが上がってから、いきなりの対人戦闘など無茶もいいところだし、マジでこれっきりにしたい。
地面を蹴りあげ、階段上に跳躍する。
「バ、バケモンがぁ!」
上段から俺の肩口付近に振り下ろされる刀身を右手で握り潰す。まるで粘土細工のように剣の刃はグニャリと曲がる。
「なっ!?」
右拳をきつく握り締め、驚愕に目を見開く赤髪男の胸部を穿つ。バキボキッと骨の砕ける音と共に、弾丸のように一直線で、壁に叩きつけられる赤髪男。
もう一人の見張りに視線を向けると、剣を放り投げ、両手を上げる。
「セシルはどこだ?」
青ざめた顔で、奥の扉に指を指す。
俺は扉の前まで走り、ノブを回すが、鍵がかかっているようで開くことはなかった。
「面倒だ」
右脚で扉を天井目掛けて蹴り上げる。扉は部屋内の天井目掛けて驀進し、激突する。轟音が上がり、屋敷が大きく振動する。
俺はゆっくりと部屋に入り、部屋を眺め回す。
あんぐりと、大口を開けたまま、微動だにせずに突っ立っている傷ついた四人の冒険者達。そして、モヒカン頭の男と、その足元の床に仰向けに寝そべるセシル。そのセシルの顔は殴られ過ぎて、パンパンに腫脹しており、右腕はあらぬ方向を向いていた。
このふざけた光景を脳が認識し、自制し得ないほどの激しい怒りが噴き上げる。
「この――屑共がぁ!!」
近くのチビの冒険者に近づき、顔面目掛けて右正拳を突き出す。右拳は冒険者の鼻先スレスレで急停止するが、その際に生じた衝撃波で男の顔は陥没し、血を噴き出すと、糸の切れた人形のように床に伏す。
近くにいたスキンヘッドの後頭部を掴み木製の床にたたきつけた。男は頭部ごと、床にめり込みピクピク痙攣する。
「ぐひぃぃ!!」
俺が顔を向けると、壁に寄りかかっていた残り二名の冒険者は、追い詰められた哀れっぽい獣のような悲鳴を上げて、その場に腰を抜かす。
「う、動くな!」
億劫だ。焦らずとも、たっぷり地獄は見せてやるものを。
顔だけ、向けるとモヒカン頭の大男が、セシルを右腕で抱えると、その喉元にナイフを当てていた。
(あの、ナイフ、そういうことか……)
このモヒカン頭――グスタフのしたことがようやく俺にもわかった。
「それ以上、一歩でも、動けばこの餓鬼を殺すぞ!」
「殺す? くくはは……」
確かに、今のグスタフ達が俺を殺せる唯一の方法は、セシルを人質に取る方法だ。しかし、それも、俺に場所を特定されれば意味を無くす。
「何が可笑しい!?」
俺が怒りで我を忘れている間に、セシルにナイフを突き付ければ、ある意味、俺への復讐という一点に限り、グスタフ達の勝ちだったかもしれない。
だが、奴は殺さなかった。もう勝敗は決したんだ。
「そりゃ、可笑しいさ。だって――」
床を蹴り上げ、グスタフの前に移動し、左手でセシルの首筋に突きつけられている短剣の刃を握り、それを天井に放り投げる。
「ほら、武器はなくなった」
「は?」
驚愕に目を見開くグスタフの右手首を握ると、徐々に力を込める。骨がミシベキと軋み、グシュッと肉が潰れる。
「ぐがあぁぁ!!」
絶叫し両膝をつくグスタフから、セシルを奪い取ると、左腕で抱きかかえる。
「ユウマさん……?」
薄っすらと瞼を開けるセシル。
「セシル、もう大丈夫だ」
セシルの瞳に安堵の色がよみがえる。
「僕ね、泣かなかったよ」
お前、俺とのあんな約束を律儀に守ってやがったってのか。俺は、言ったことすら忘れてたってのに……。
「偉いぞ、セシル」
頭をそっと撫でてやる。
「えへへ……」
誇らしげに笑うと、セシルから体の力が抜ける。それが、あの赤い雨の中で力を失っていく小雪の姿と重なり、セシルの口元に耳を近づける。
微かな吐息の音が聞こえ、闇夜にともし火を得た思いをする。どうやら、気絶しただけのようだ。早く、セシルを楽にしてやろう。
「少しそこで待ってろ。たっぷり遊んでやる」
グスタフ達を睥睨し、言葉を叩きつけると、セシルを両腕で抱き上げ、部屋を出る。
二階から一階へ跳躍し、一階の隅にあるボロボロのソファーの上に寝かせる。
アイテムボックスから、数個のHP回復薬を取り出し、飲ませると、顔の腫れは急速に引いていき、外見上はいつものセシルとなる。ただ、予想通り、折れた右腕は元には戻らなかった。
どう軽く見積もっても、完治するのにあと数か月はかかる。ただでさえ、セシルの冒険者としての人生は絶望的だったのだ。これが止めだろう。
(まただ……また、俺は何もできなかった)
言いようのない無力感に奥歯を力一杯、噛みしめていると、扉が勢いよく開かれ、数人の冒険者が飛び込んでくる。
「ユウマ殿、彼女は?」
金髪の獣人、ウォルトが躊躇いがちに尋ねる。大方、俺の不景気な顔を見て、セシルが回復困難な傷を負ったとでも勘違いしたのだろう。まあ、性別に関しても勘違いしているようだが。
「気絶してるだけだ。心配いらねぇよ」
瞳に安堵の色を滲ませるウォルトに、セシルの折れた右腕に視線を集中させて身を震わせるベム。
「あの野郎、ここまでやるか……」
ベムが凄まじい怒りを眉の辺りに這わせながら、階段を上がるべく足をかけたとき、大気を震わせる獣の唸り声が響き渡る。
同時に、『鋼の盾』のメンバーの二人が、負傷者の二人を担いで階段を転がり降りてくる。
二人は、血の気の引いた顔でベムに縋りつく。
「ベムさん! マ、マ、マスターが――」
呂律が回らないメンバーの一人の両肩を持つと、ベムは静かに語りかける。
「落ち着け、何があった?」
「ペンダントが赤く光ったと思ったら、マスターが怪物に!」
「ペンダント? 浅域で拾ったあれか?」
「そうです。あのペンダント! あれを手に入れてから、マスターは――」
ベムの疑問に涙を流して、絶叫する『鋼の盾』のメンバーの一人。
「ユウマ殿、この気配、かなり、厄介なことになる!」
ウォルトが階段の上に大剣を向けて叫ぶ。
それは、俺も感じていた。この肌が、ピリピリと焼け付くような独特の感覚は、《魔の森》深域で常に感じていたもの。即ち――死闘の予感。
「ウォルト、ベム、一階で寝ている『鋼の盾』の奴らを保護しろ!」
返答を待たずに、直ぐに、階段を駆け上がると、壁で気を失っている『鋼の盾』のメンバーの一人を抱えると、手摺から一階へ降下し、ウォルトの元まで移動する。
「ウォルト、セシルを頼む。ベム、あんたは、気絶した部下達だ。
早く、この場所を退避しろ!」
「ユウマ殿はどうするのだ?」
「俺は、グスタフと戦う」
「それなら、私も――」
「いや、あいつは俺の敵だ。一人の冒険者として完膚なきまでに叩き潰し、殺してやる」
百の言葉を煮詰めたような重さをこめて俺は、宣言する。
「わかった。私は付近の住人の避難誘導を請け負う」
ウォルトはセシルを抱き上げると、ベム達に目で合図する。ベムは暫し、下唇を噛みしめていたが、負傷者を担ぐと俺に向き合う。
「悪いな、ベム。多分、今のグスタフには手加減できねぇ。だから――」
自身の命を賭しでも救おうとした仲間、それを殺すと宣言したのだ。てっきり、憎悪の籠った言葉でも叩きつけられると想像していた。
なのに――。
「ありがとうよ」
ベムの口から出たのは感謝の言葉。
だめだ。感謝だけは駄目なんだ。俺が今からやろうとしているのは、どんな理由をつけてもただの人殺し。未来永劫それが許されることはない。一生背負っていかねばならぬ類のもののはずだから。
「御武運を!」
ウォルトも、ベム達と共に、仲間と共に屋敷の扉から出て行く。
突如、鼓膜が悲鳴を上げるかのような、地の底からわき上がるような低い唸り声。
屋敷全体を震わせる大震動と共に、二階の壁が粉々に破砕し、三メートルを優に超える怪物が姿を現す。
獣の四肢に、ネズミのようなツルツルの尻尾、頭部には目が六つ。その耳元まで大きく裂けた口から、鋭利な牙が生え、パチパチと火花を散らしている。
奴の全身に陽炎のように漂う灰色のオーラは、もしかして魔力か? 白猿ではこんな変化は見せなかった。おそらく格が違うのだろう。
すかさず、『魔物図鑑(限定的解除)』のカーソルをグスタフに合わせる。
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『グスタフキマイラ』
〇Lⅴ:4
〇種族:魔物化人
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レベル的には4で一応同格だ。しかし、俺はレベル4に到達したばかりにすぎない。身体能力は俺より上と考えておいたほうがいい。
出し惜しみはなしだ。左手にミリタリーナイフを抜き、右手に【エア】を顕現させる。
「グスタフ、俺がお前を殺してやる」
【エア】の銃口をグスタフの頭部に向け、俺達の死闘は開始される。
スカッとはしなかったと思います。むしろ、若干後味が悪く感じたかも。その理由は次回で!
それでは!




