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第28話 遭難救助


 食べ終わり、ご機嫌なカリンを志摩家まで送り届ける。カリンが狙われている以上、何が起こるか読めない。だから、携帯の電話番号は聞いておいた。

《地点記憶弾》を打ち込んだ公園の樹木の影から、【覇者の扉】を通り、自宅に戻る。アイテムボックスから白金貨一枚と金貨五枚を取り出し、財布に入れ替える。

次いで、冒険の用意をすると、『ルミリス304号室』にいく。

 既に腕時計は、一六時二五分。約四〇分進んでいるから、一五時四五分。後一五分で、待ち合わせの時間だ。


 一六の鐘を教会が鳴らし、待つこと三〇分。セシルは訪れなかった。

 セシルの性格からして、すっぽかすような奴ではあるまい。そして、今朝のあのいけすかないモヒカンマッチョ。最悪の予感しかしない。自然と足は冒険者組合別館に向かっていた。

 組合別館前には、腕を組んでいるマッチョのスキンヘッドと壮絶に狼狽えているシャーリーを初めとする数人の女性のスタッフ。

 このスキンヘッド、確か今朝のモヒカン頭の仲間の一人。近頃、当たって欲しくない勘だけはやけに的中しやがる。


「何があった?」

「セシルが魔の森ではぐれて、戻らないみたいなんです」


(やっぱ、それか!)


「魔の森から、戻ってきてないってなぜわかる?」

「セシルが加わった冒険者のチームの一人が報告してきました」

「報告じゃねぇ。クレームだ。使えねぇ餓鬼を運搬人(キャリア)によこしやがって」


 シャーリーの脇にいたスキンヘッドが早口で捲し立てる。


「ク、クレームだぁ?」


 一瞬、頭が真っ白になり、男の言葉の意味が読み取れない。


「そうだ。料金は後一日残ってるんだ。組合には、返金してもらうぞ」


 男の意図を理解し、マグマのような気が狂わんばかりの憤怒がグツグツと煮えたぎる。だが、今は俺の感情など後回しだ。優先すべきはセシルの保護。

 だから――。

 

「セシルとはどこではぐれた?」


 俺は言葉を吐き出した。


「関係ねぇ奴はすっこんでろ!」


 激昂するスキンヘッドの胸倉を掴み高く持ち上げる。周囲の見物人から驚愕の声が上がる。


「餓鬼一人見捨てて、尻尾巻いて逃げ出してきた卑怯者が、これ以上無駄口叩くな。さっさと、答えろ」

「放せっ!」


 必死に俺から逃れようともがくスキンヘッド。


「もう一度いうぞ。セシルとどこではぐれた?」


 胸倉を持つ左手に自然と力が入る。


「ひぃ!!」


 スキンヘッドは、俺の顔を見るやいなや、全身を強張らせ、悲鳴を上げる。その瞳の奥には、獲物に追い詰められ溝鼠のような恐怖があった。


「答えねぇなら、その気になるまで殴るだけだ」


 右拳を固く握りしめ、弓の様に引き絞る。加減はわからないから、多分爆砕するが、急所以外に穿てば死にはしないだろう。

 スキンヘッドの右腕目掛けて拳打を放つが――。


「ユウマ殿、その者答えないのではなく、答えられぬのだ。少し、落ち着かれよ」


 金色の髪を靡かせた獣人の美丈夫――ウォルトが、俺の右手首を掴んでいた。

 舌打ちをして、胸倉を放すと、スキンヘッドはドシャと地面に尻もちを着くと、亀のように蹲り震え始めた。


「私も、事の経過を正直に答える事を勧める。言っておくが私に嘘偽りは通用しない。

 もし少しでも偽りを述べれば、もう私はユウマ殿の行為を止めん」


 ウォルトの言葉に、スキンヘッドは、何度も頷く。


「魔の森、浅域の《黒湖》の近くだ。休憩していたら、《ビックラット》の群衆が襲って来て――」

 

 俺をチラリと見ると、スキンヘッドは言葉を飲み込む。


「早く言え」


 スキンヘッドを睥睨する。


「マスターが運搬人(キャリア)を囮に――」


 一斉に、憤怒の声が、至るところから上がる。当然だ。新米の運搬人(キャリア)を囮に使うなど恥知らずもいいところだから。

 冒険者組合の女性職員はその中でも苛烈に、罵声を浴びせ始める。特に、シャーリーなど泣きながらも、スキンヘッドに殴りかかろうとして、ウォルトに止められていた。

この馬鹿共の処分はあと。今はそんな無駄な事をしている余裕はない。

 それに、殺されかねない周囲の激烈な反応に対し、スキンヘッドの顔にはどこかほっとした表情があった。このほんの僅かな矛盾が、咽喉に刺さったしつこい小骨の棘のように、俺の怒りの炎を鎮火させていたのだ。


「ウォルト、浅域に泉は何個もあるものなのか?」


 昨日、水の色が黒色という気色悪い泉があった。


「いや、一つだけだ」


 あそこの近くの樹木に《地点記憶弾》を打ち込んで置いた。『ルミリス304号室』へ戻り、【覇者の扉】で、移動することにする。


「シャーリー!」


 財布をシャーリーに投げつける


「そこに、105万ルピある。明日のセシルのキャンセル料を突っ返してやれ! 

任せな、絶対に無事に連れて帰る」


 シャーリーの返答を待たずに、俺はルミリスに向けて、疾走を開始した。


                ◆

               ◆

               ◆


 《黒湖》へ到着すると、セシルの名前を叫び、周囲の探索を開始する。


 約一五分後、黒湖の付近の崖の窪みの中で蹲るようにセシルは気を失って発見された。

 セシルはかなり衰弱していたが、左脹脛に大きなかみ痕がある以外、掠り傷程度しか負っていない。この程度なら、時間はかかるが完治する。

 直ぐに金級のHP回復薬(ポーション)を飲ませる。予想以上に、HP回復薬(ポーション)は効果があったのか、真っ青な血の気の引いた顔に赤みが差す。

 もう大丈夫だろう。

 セシルを背負うと、《滅びの都》を疾走する。俺の脚力なら三〇分とかからず、到着する。そう思っていたわけなのだが……。

 レベル3となり、ステータスが大幅に上層した結果だろうが、一〇分で到着してしまった。レベル2のときとは別次元の加速力。しかも感覚はその速度に見事に適応している。

 

 《滅びの都》の黒門に到着すると、どじょう髭の中年おっさんに、簡単に挨拶すると、ピノアの冒険者組合分館前に戻る。


「セシルッ!!」


 涙目でセシルを抱きしめるシャーリー。どうもこの風景は、恋人というより、姉妹にしか見えん。


HP回復薬(ポーション)を飲ませたから、命に別状はねぇよ」


 ただ、俺が持つHP回復薬(ポーション)は、魔道具クラスとしては初級であり、掠り傷や骨のヒビ等を回復できるに過ぎない。

 この点、左脹脛にある噛み痕は、かなり深く、骨も折れている。全治するには数か月を要するだろうし、当面冒険はできまい。


 シャーリーは、組合分館二階のベッドにセシルを寝かせると、事の経過を説明してくれた。

 意思に反して、同じ仲間(パーティー)内の冒険者を囮にすることは、冒険者組合の定める数少ない規則に抵触している。故に、セシルを囮に逃避した恥知らず共には、組合の方からペナルティーが与えられるらしい。具体的には、冒険者ランクとギルドランクの二ランクの降格処分と《滅びの都》の半年間の立ち入り禁止。これは、新米の冒険者と同様、雑務や護衛依頼しか受けられないことを意味し、冒険者にとってかなり苛烈な処分らしい。

 明日の朝から処分が執行されることから、セシルの運搬人(キャリア)の依頼は自動的にキャンセルされ、俺の財布はシャーリーからそっくり返却された。これで、一件落着という奴かもしれない。

 

「ありがとう。ユウマ」

「セシルには世話になったからな。借りをかえしただけだ」


 セシルも無事に保護したし、とっとと《滅びの都》の探索に向かおう。俺に残された時間もそう多くはない。

 右手を上げて『ルミリス304号室』へ向かうべく足を動かすと、背後から声をかけられる。


「セシルは、もう冒険者ではいられなくなりました」


 肩越しに振り返ると、シャーリーは、哀愁漂う表情で目線をセシルに視線を落としていた。


「どういうことだ?」

「それは、セシル本人からお聞きください」


 その口調からも、意思の強固さが伺われる。翻意はすまい。

 明日の朝、見舞いに来た時にでも、それとなく聞いてみる事にする。

 それよりも、問題はセシルがあのモヒカン共に襲われる危険性があるということ。

 シャーリーの言では、今晩はセシルの意思に関わらず、この冒険者組合分館で一泊させるらしい。もし、冒険者組合のある部屋に襲撃をかければ、奴らは正真正銘の破滅だ。今晩は大丈夫。勝負は明日の朝、セシルがこの組合分館を出たとき。

 

このイベントで、物語りが次第に本筋へと入っていきます。

ここの箇所、非常に書きにくかったわけですが、やっとの事でまとめました。よかった……。

明日は命がけのダンジョン探索となります。

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