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第1話 全ての始まり

 

 脇に立ち並ぶ、動物達の檻。休日の混雑した上乃動物園(うえのどうぶつえん)の人混みを掻き分けながら、はぐれてしまった小雪を探す。


(親なら、もっとしっかりしてくれよ)


 あの馬鹿親共は、自分達の研究の話に夢中になって、実にあっさり小雪から目を離してしまったらしい。やはり、生活力や親の責任という言葉をどこか遠いところに置き忘れてしまったような人間失格共に、小雪を任せた俺が間違いだった。

 小雪は、やたら好奇心旺盛だ。特に今日の家族での動物園は眠れないくらい楽しみにしていた。ちょこまかと動き回り、事故にあう可能性も零じゃない。

 暫く探し回ると、虎の展示舎の前で、座り込んでいる小雪がいた。

 俺に気が付くと、小雪は俺の脚にコアラのようにしがみ付いて来る。


「お兄ちゃん。眠い。おんぶ」


 目をこする小雪に軽いため息を吐き、しゃがみ込むと背中に、ぴょんと元気よく飛び乗って来た。

背中で小雪の可愛らしい寝息が聞こえる。

 苦笑しながらも、額の汗をぬぐって、不良両親を探しに再び歩き始めようとしたとき、突如、周囲の景色が歪み、視界が紅に染め上げられる。

 あまりに非現実的な光景に思わず上を見上げると、真っ黒の太陽が頭上に浮かんでいた。

 その黒い太陽に、言い表せない不安が煽られ、炎のように心一杯に広がり満たしていく。

 背負っている小雪を抱きかかえて地面に蹲るのと、黒い太陽が落ちて来るのはほぼ同時だった。

 想像していた痛みも、熱さも感じず、恐る恐る顔を上げる。あんな巨大な熱源が落ちて来たのに、動物たちの檻も、カップルが座るベンチも、街灯も、アスファルトも、(きず)一つなかった。それなのに、俺の口からでたのは、血を吐くような絶叫だった。

 なぜなら、そこにはまさに、考えつく限りの地獄があったから。

 辺り一面に立ち込めている黒赤色の霧に、蝋人形のように硬直化して動かなくなる見物客や檻の中の動物達。その身体は、赤黒色の霧に触れると、サラサラと風化し、崩れていく。

――老夫婦の身体が崩れていく。

――母の手を握る男の子の身体が崩れていく。

――手をつないだカップルの身体が崩れていく。

――檻の中で寝そべる虎が崩れていく。

 皆、風に攫われて砂となって真っ赤な空へ舞いがる。


「うああぁぁぁっ――!!!」


 俺は喉が潰れんばかりに叫ぶと。小雪を抱きかかえつつも我武者羅に動物園の出口に向けて足を動かす。

 辺り一面、死、死、死、死、だらけ。そんな死の匂いしかない道をひたすら無心で走った。

 このとき、多分俺は、怖かったんだ。

 己の身体が粉々の塵となって崩れ去ることが。

 何より、抱きかかえている小雪までもが塵となり、俺の手からその温もりが消えていくことが。

 ただ、ひたすら怖かったんだ。


 上乃駅前に到着するが、道路には巨大な隔壁がせり上がり、俺達の逃亡を防ごうとしていた。駅の入り口もシャッターが降りている。

 黒色の太陽から生じた黒赤色の霧の動きは鈍く、加えて一定以上の高さを超えて上空には上がれないようだ。だから、この隔壁の向こうにさえ行けば、俺達は助かる。なのに、隔壁は開く気配がなく、逃げ惑う人達が今もこうして、次々に塵となって消えていく。


「お願いだ! ここを開けてくれ!」


 返答はない。あるのは無常に助けを乞いながら死んで行く人々の姿だけ。


「小雪だけでいいんだ。お願いだ。開けてくれぇ!!」


 俺は震える小雪を抱きしめながら、ただ大声で叫んだ。喉が裂けんばかりに叫んだ。

 俺は一心不乱に叫び続けた――。



お読みいただきありがとうございます。

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