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第27話 幼馴染との食事と生徒会長


芽黒駅(めぐろえき)で下車し、カリンの屋敷へ向かう。その途中、公園の隅の樹木の裏に足を運ぶ。ここなら、周囲がコンクリートの塀で覆われており、大人一人はいる程度の空間しか開いていない。子供達もこんな狭い場所で、遊ぶことはあるまい。この場所に、《地点記憶弾》を撃っておく。

 屋敷前で待つこと五分、極度の緊張からか、顔を化石したように青く強ばらせながらも、大きな志摩家の門から出て来るぱっつん髪の少女。

 

(カリン、手と足が同時に出てるぞ。

それにしても、これじゃまるで悪質なストーカだ。マジで情けねぇ。こんな真似、これっきりにしたいもんだ)


 深いため息を吐き、屋敷から十分な距離歩いたところでカリンに声をかける。


「カリン、久しぶり!」

「ひゃっ!」


 火をつけられたように飛び上がるカリン。

 俺を凝視しつつも、呆気にとられた不思議な顔をしたままで微動すらしない。


「何、固まってんだよ。《バーミリオン》の店長からの指示で迎えに来た」


 もちろん、バイト先が迎えなどよこすはずがない。嘘八百だが、世間慣れしてない此奴ならこれで十分誤魔化せるだろう。


「《バーミリオン》……」

 

 胸に両手を当ててほっと溜息を吐く。肩の力は大分抜けたようだ。



 《バーミリオン》までの道中、カリンは一週目のときとは、打って変わってフレンドリーだった。

 今までの緊張はどこに行ってしまったのか、嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませながら、俺の質問に得々と答える。一言尋ねると、十倍の物量で返って来るほど。

 というか、多分、これがカリンの素なのだろう。一週目は、クリス姉と俺が抱き合ったことを目撃してからふて腐れていたのか。まったく、超絶シスコンは相変わらずのようだ。

 


 《バーミリオン》前に到着し、ようやく、眉をしかめて険しい表情となる。ホント、現金な奴。

 店内に入り、応接間に直行すると、店長がソファーから立ち上がる。


「来たわねぇ~、待ってたわぁ~」

「宜しくお願いいたします」


 店長は、優雅に会釈するカリンと俺を相互に眺め回すと、ニィと口端を上げる。


「面接のときとは別人。うん、うん、いいわよぉ。こっちの方が断然、素敵!」

「あ、ありがとうですわ」


 店長は勘がいい。俺のカリンに対する微妙な態度に勘付くかもしれない。

 俺とカリンの置かれている状況は、まさに崖っぷち。店長には返せないほどの恩がある。俺達の事情により命の危険に晒すなどできようはずもない。早く話しを終わらせることにする。


「店長、俺は着替えてきます」

「は~い。制服に着替えたら、花梨ちゃんの指導お願いねぇ」

「了解っす」

「あっ……」


 部屋を出て行こうとする俺の袖を掴み、カリンは捨てられた子犬のような瞳を向けてくる。


(こんな事、一週目でもあったな……)


 いつもの様に、掌で頭をポンポンと軽く叩く。


「心配すんな。皆、いい奴ばかりだ」


 無言で、コクンと頷くカリンに背を向け、今度こそ部屋を出た。



 カリンは、俺とのことで意固地になっていないせいか、一週目とは比較にならないほど早く、スタッフに打ち解けた。一週目では、若干距離を置いていた朝比奈(あさひな)先輩や村田明美(むらたあけみ)等のフロアスタッフとの関係も良好のようだ。

 特に、カリンに頼られてよほど嬉しかったのか、面倒なことをあれほど嫌ってた明美までも世話を焼いていた。結果、カリンに対し俺が持つ教育権はあっさりフロアスタッフに剥奪され、奴等の分まで馬車馬のように働く羽目となる。

 そして、スタッフの弛まぬ指導のせいか、カリンの仕事の上達は早かった。故に、客足が落ち着く少し前から、朝比奈先輩が了解を出し、実戦配備されることになる。

 ちなみに、今回は、スタッフに関係を聞かれる度に、冗談のようなニュアンスで、カリンとは長馴染みであり、昔から手のかかる妹的存在だと説明した。

 そのせいか、カリンの一見過激なスキンシップにも、一週目のような、奇異と好奇の目を向けられることはなかったように思える。



 一七時となり、カリンに本日のバイトは終了だと知らせると、少々、不満そうな顔はしていたが、異議は唱えなかった。

 帰る途中も、カリンの機嫌はすこぶるよく、俺の右腕にしがみ付き、顔を喜色に染めつつも、バイトの内容を報告してくる。

 特にカリンが狂喜したのは、朝比奈先輩達女性陣と今度、遊びに行く約束をしたとことだろうか。小、中、高と、周囲に生粋のお嬢様しかいないカリンにとって、同性では初めての心に壁を作らない友達だ。それは、有頂天にくらいなる。

 さて、恒例の外食だが、まだ一七時であり、がっちりしたものを食べるほど腹は減っていない。スイーツなら基本、別腹だろう。

 ドーナツショップ――《ミラクルドーナツ》に誘うと、飛び上がらんばかりに喜んだ。


「ユウマ、美味しいですわ」

「それは良かったな」


 幸せそうに、ドーナツを頬張るカリンはこの数日の張りつめた気持ちを霧散させるには十分だった。


(今度こそ、守らなきゃな……)


 暫く、ハムスターの頬袋のようなお嬢様とは思えない大胆な食いっぷりを眺めていると、傍に気配がする。

 顔を上げると、長い黒髪に白いリボンの美女が視界に止まる。


「ご機嫌よう。志摩さん」


 神楽木美夜子(かぐらぎみやこ)、朝霧家、志摩家と並ぶ、日本でも有数の陰陽術師の系譜である神楽木家の息女。そして、武帝高校生徒会のカリスマ。

 美夜子を視界に入れた途端、カリンの顔から一切の感情が消える。

 カリンは志摩家。美夜子とは社交の場等で面識があるはずだ。それにもかかわらず、このとびっきりの警戒。カリンも俺と同様、美夜子が苦手リストの一人なのかもしれない。


「君、一年の相良悠真君だよね?」


 まただ。二週目でも、この女は、俺の名を知っていた。あの時はさほど疑問には思わなかったが、俺が悪目立ちをしていると言っても、名前と顔まで合致するものか? 現に二年や三年はほとんど俺など知らないし。

 

「そうだが」


 自然に声が低くなるのがわかる。

 美夜子は危険だ。こいつと言葉を交わすだけで、言いようのない不安が俺の中に巻き上がるのを自覚した。こいつは俺達の平穏を壊す側の人間。そんな気がする。


「もう、そんなに警戒しないで。挨拶して、名前を確認しただけじゃない」

「はあ。それで?」


 俺の素っ気ない声に、小さなため息を吐くとカリンの隣の席に腰を降ろす。

 カリンは、息の見込み、全身を硬直させていたが、震える手でホットティーを口に含んでいる。このカリンの動揺から察するに、美夜子は苦手を通り越して、鬼門のようだ。かろうじて、俺の隣の席に来ないのは、志摩家の令嬢としての最後のプライドか。

 美夜子は面白そうに、俺とカリンを一瞥すると、口を開く。


「回りくどい駆け引きは抜きにするわ。貴方、レベル2でしょう?」

 

 その言葉は、俺が予想すらしなかったことだった。


「っ!?」


 咄嗟に、息を飲み込む。

 なぜ、レベルの概念を知っている? ステータスなど、武帝高校では教えられていないし、《鑑定》により、初めて知った。武帝高校は、仮にも探索者の育成機関。いくら口止めしようが一度一般の生徒に知られれば、飛ぶように全校生徒に情報は流れる。俺に碌な友人がいないと言っても、耳にくらい入る。

この点、美夜子が俺のステータスを鑑定したことはあり得ない。なぜなら、俺の現在のレベルは3。美夜子に他者を鑑定する力があるのなら、レベル3と問いかけてくるはず。

だとすれば、美夜子に近く、それをなし得た人物と言えば――。

 朝霧若菜(あさぎりわかな)、あいつか! 昨日学園で俺に触れたのは奴くらいだ。それに、俺に触れた後、考え込んでいた。奴とも長い付き合いだが、あんなトリッキーな態度をしたのは初めてだ。

 若菜なら、現生徒会会長の美夜子と繋がりがあっても驚きはしない。ただ、意外なのはあの秘密主義の権化のような若菜が、俺のレベルの事を簡単に他者に話したこと。


「あはっ、明らかに顔色変わったね。かまかけたかいはあったかな?」


 また、美夜子に上手くのせられたようだ。やはり、こいつとは極力関わるべきではない。


「用件はそれだけか? それなら、俺達はこれで」


 俺が席から腰を上げると、カリンも勢いよく立ち上がる。まだバスケットには、ドーナツが残っている。これは、食いしん坊のカリンにしては珍しい。よほど、美夜子の隣が嫌だったのだろうか。


「なぜ、私が《レベル》の概念を知っているのか、知りたくない?」


 これを狙ってやっているなら、実に狡猾な奴だ。俺が今、最も知りたいところをピーポイントでついてくる。

 俺は、《レベル》の概念について、この地球での立ち位置を知らない。《レベル》が一般公開されていないことから言って、秘匿事項なのは間違いない。そして、その秘匿されていることにも、十分な理由があるんだろう。その理由を知らねばこの齟齬が首を絞めかねない。


「悪い、カリン、もう少し待ってくれ」


 カリンは泣きそうな顔をするが、大人しく椅子に腰を降ろす。もっとも、座ったのは俺の隣にだが。


「それで?」


 美夜子の情報分析能力は厄介だ。不用意な言葉一つで、丸裸にされかねない。できる限り情報を与えない方がいいんだ。


「何から話して欲しい?」


 弾むような声色で、疑問を投げかけて来る美夜子。


「……」


 漠然とした疑問には答えない。これに尽きる。答えれば、俺の表情と発言のニュアンスから容易に美夜子に俺の情報を与えることになるから。


「貴方のレベル2へ至る条件は?」


 レベル2へ至る条件? これで、美夜子と俺のいう《レベル》の概念は同一であることが判明した。


「さあ」

「レベルについて、誰に聞いたの?」


 誰に聞いた? そこに疑問を持つということは、鑑定のような能力を有するのは一般的ではない。少なくとも、美夜子はそう判断している。


「あんた、質問してばっかだな。なぜ《レベル》の概念を知っているか、俺に教えてくれるんじゃなかったのか? 俺に質問するだけなら、これで話は終わりだ」

「ダメかぁ~、もっと聞き出せると思ったんだけどな。これ以上は、相良君の信頼を失いそうだしね」


予想通り、俺の態度から情報を得ようとしていたのだろう。こんな油断も隙もない奴など端から信頼してはいない。

 

「それで?」

「その前に、私は相良君に興味はあるけど、敵意はない。それは信じて欲しい。もちろん、そちらの志摩さんに対しても同じ」


 確かに、単に俺から情報を得たいだけなら、俺への信頼など気にする必要はないし、志摩家に喧嘩を売るメリットが美夜子にあるとも思えない。

 それに、今までやり取りで、幾つか判明したこともある。このレベルの概念は、内容自体が機密事項ではないということ。仮に、レベルの概念が協議会の指定する機密級の事項なら、カリンのいる前で発言するわけがない。少なくとも、知ることに罰則は課せられていまい。仮に知った者にペナルティーがあるなら、志摩家と戦争にさえなりかねないし。

なら、そこまで神経質になる必要はないか。


「わかった。敵意がないという点だけは、一先ず信じる」

「ありがと。それじゃあ、まず、相良君はレベル2をどのようなものと考えているの?」

「また、質問かよ。それなら――」

「早とちりしないで、これはお互いの理解を助ける重要なことよ」


 今までの明るい笑顔から一転、ひどく真剣な表情に変える美夜子。

 レベル2についての俺の認識か。この程度なら、答えても、俺の一見解に過ぎない以上、決定的に不利なることもないだろう。


「一段階強くなる概念」

「じゃあ、明神高校にもレベル2はいるけど、誰だと思う?」


 レベル2か。強さの評価など、所詮自身と他者の比較に過ぎない。最弱だった俺にとっては、周囲の学生は全て猛獣であり、全て強いとしか判断しようがない。

 《滅びの都》の浅域生息の犬モドキを二〇匹ほど倒しただけで、至れたんだ。俺の成長が非常識に早い事を踏まえても、三年生にはゴロゴロいるはず。一方で、一年のほとんどが到達できるなら、美夜子がここまで、俺がレベル2であることに執着することもあるまい。

 ならば――。


「一年の一色至(いっしきいたる)くらいか?」


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げ、顔を歪ませる美夜子。検討外れのようだ。とすると、一年生にはいないと考えていいのか? それともやっぱり、逆か? 


「二年の『天津祀(あまつまつり)』先輩?」


 天津祀(あまつまつり)は、二年の風紀委員委員長であり、学内ランキング4位。年に二回ある学内大会でも常連の実力者だ。


「違うわ」


 美夜子は、一切の表情を消し、言葉を絞り出す。どうやら、俺は彼女の地雷を踏んだらしい。

天津祀(あまつまつり)は、美夜子の幼い頃からのライバルで、親友と聞く。

 確かに、俺は一晩闘いに明け暮れた程度で、レベル3まで到達した。天津達は、二年も修練を積んでいるのだ。既に、レベルは遥か上にあると解すべきか。美夜子の怒りも、天津祀を低く見積もり過ぎたというところだろう。

 だととすると、一年生の上位者と二年生の大部分は、皆レベル2になっているってこと。

要するに、若菜の奴が驚いたのも、美夜子が俺のレベル2に拘ったのも、俺の成長の速さにあるんだろう。

 確かに、一色達Aクラスは、半年以上も武帝高校の修練所――《召魔祠》で優先的に修行をすることが許されて来た。

 武帝高校の修練所は、魔物を自働で召喚し、倒すという類のもの。今ならこの修練システムの意義が手に通るようにわかる。

上位のレベルに到達する前提条件は、筋力等の各能力変動値をMaxに上げる必要がある。そして、この能力変動値を手っ取り早く上げるのは、敵を殺すこと。敵さえ殺せれば、力は飛躍的高くなる。

なら、半年間も優先的に修練の機会が与えられていたA組の奴らと逆に修練の機会が僅かしかなかった俺が同等になること自体、異常極まりない。美夜子の執着もある意味理解できる。


「なら、一年の上位の連中のほとんどだろ?」

「それ……本気?」


 頬をヒクヒクと引き攣らせ、美夜子は声を絞り出す。


「一年中位以上の生徒もレベル2なのか? 悪いが、今まで死ぬほど弱かったから、俺は他人の強さなど良くわかっちゃいねぇんだ」


 数十秒、顔を両手の掌で覆い、ブツブツ呟いていたが、すくっと立ち上がる美夜子。


「ごめん、多分私達(・・)、君のことを決定的に勘違いしていたんだと思う。今日は、帰らせてもらうわ」

「おい、そりゃ、今更だろう……」

「勘違いしないで。月曜日、ちゃんと説明します。お昼休みに、生徒会室まできてください」

「おい、何、勝手な――」


 スタスタと美夜子は姿を消してしまう。


「ユウマぁ~」


 不安そうに俺の裾を握るカリンの頭を撫でると、カリンの正面の席に座り直し、ドーナツの残りを食べるよう促した。



 個人的にはこの手の世間と主人公の認識の誤謬の話は結構好きな部類です。この後もしばしば出てくるかも。他の話は気合入れて書くので、お許しいただければと――。ではまた明日!

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