第26話 買い物の約束
一一月三日(木)
混濁した意識が次第に鮮明になり、俺は瞼をゆっくりと開ける。
白い見覚えのない天井。一瞬ここが何処だかわからず、上半身を起こし周囲を見渡す。
(そうか。ここ、家の地下工房の休憩室。《魔の森――中域》での戦闘で、行動不能となりここに戻って……)
状況は把握した。今は朝の六時二五分。
普段なら、小雪に会いに、『府道総合病院』へ行くところだが、一一月二日からたった数日間で、二度も殺されているのだ。この事件が落ち着くまで、俺は今小雪に近づくべきではない。
今日はカリンを屋敷まで迎えに行かなければならないが、ここを七時半に出れば十分間に合うだろう。
あと、一時間はある。色々試みたい事も多い。
まずは、自己の能力の確認だ。『鑑定』をタップしようとするが……。
(ん? 鑑定のレベルが2になっている。それに、この矢印なんだ?)
鑑定の隣には、矢印が点滅していた。矢印に触れると――。
『アイテムボックスLⅴ1』の項目が出現する。
アイテムボックスって、ゲームや小説にでてくるあれだろうか?
指で触れると、テロップが出現する。
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『アイテムボックスlv1』
〇説明:特定の物を分類・収納し得る。収納可能容量は一立法メートルであり、劣化速度は外界の半分。
■《収納》
■《倉庫》
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要するに、物を収納し得る能力だ。lv1のせいだろうが、機能的にはしょぼい。一立法メートル程度ではほとんど入らないし、劣化速度が外界の半分ってことは、冷蔵庫等より効率が悪い。生ものを入れるのは厳禁か。
取りあえず、動作確認をしたが、結構簡単だった。
《収納》のテロップを押し、収納したいものに視線を向けると、数や種類などにつき俺の意思に応じて、対象物が赤く光る。そこで、視界の左上にある《実行》のテロップを押すと、収納される。
取りあえず、『HP回復薬』と『MP回復役』は全部収納しておく。
《倉庫》のテロップを押すと、『金銭』、『武具』、『道具又は魔道具』、『食材』、『素材』、『魔石』の項目がでてくる。『道具又は魔道具』を押すと、『魔道具』に、『HP回復薬』と『MP回復役』が17個ずつ入庫されていた。
出庫したい項目と個数を選択し、左上の《出庫》を押すと俺の眼前に生じる。そんな塩梅だ。
次は、『鑑定Lv2』を押すが、《ステータスオープン》、《武具・魔道具鑑定》、《マッピング》のみだったが、《ステータスオープン》が赤く点滅している。新規更新ってところか。マジで、ゲームだな。
《ステータスオープン》に触れると――。
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『ユウマ・サガラ』
〇レベル3
〇称号:覇王(憤怒)
〇HP:100%/100%
〇MP:100%/100%
〇筋力:1/100
〇耐久力:1/100
〇器用:1/100
〇俊敏性:1/100
〇魔力:1/100
〇次レベルへ至る条件:レベル2以上の獣系の魔物を新たに一〇〇匹討伐。
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やはり、三箇所が赤く染まっていた。そのうち二つは一目瞭然。
即ち、新たに増えた項目であるHPとMPだ。
HPは兎も角、MPについては、【エア】でガス欠になるタイミングがわかるのは非常に助かる。
次が《覇王(憤怒)》の項目が光っているので、押してみる。
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『覇王――憤怒の王』
〇説明:《覇種》のなかでも最上位の称号であり、それぞれが固有の《権能》を持つ。
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専門用語が多すぎて、説明になってねぇよ。このままでは訳が分からん。
最も重要そうな《権能》の部分に触れてみるが、うんともすんともいわない。文脈から察するに、《権能》が俺のこの異常な体質と関係があるのは間違いないんだが。まあ、鑑定のⅬvが上がれば明らかになるんだろうさ。
一応、《覇種》に触れると次のようなテロップが出て来た。
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『覇種』
〇説明:存在する六つの称号種の中でも至上かつ極致であり、他の称号種とは一線を画している。
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称号種も調べてみたが、要するに、称号には大きな六つの枠があり、《一般種》、《固有種》、《希少種》、《古代種》、《超越種》、《覇種》の順で序列があるらしい。
なお、【エア】についても調べてみたが、前の《時限弾創造》の追加のような変化はなかった。特定のレベルにならないと覚えないものなのかもしれない。
自己分析も終了した。まだ、六時四○分。あと、一時間弱も時間がある。
なら、この時間を利用して大振りの剣やMP回復役を確保したい。
《マッピング》で、『ルミリス304号室』を選択し、《覇者の扉顕現》により、扉を顕現させ、304号室へ移動する。
扉をくぐると、朝の到来を告げる快活な鳥達の囀りが鼓膜を震わせる。
(今日も暑くなるな)
地球は十一月だが、このピノアは晩夏。早朝は若干の肌寒さを感じるが、もうじき、強い日差しが差す。上着を脱いできたのは正解だったかもしれない。
部屋の扉を開けて、外に出ると――。
「ユウマさん!」
金髪のエルフの少年が嬉しそうに顔をほころばせながら、トテトテと俺の傍まで駆けてくる。
「セシルじゃねぇか。お前もルミリスに宿泊していたのか?」
「はい! 僕も三階ですっ!」
俯き気味に、頬を紅色に染めるセシル。朝っぱらから、無駄に女子力を発揮してくれるものだ。
頭を差し出しているのは、撫でろということだろう。お望み通り、ワシャワシャと頭をセシルの頭を乱暴に撫でると、目を猫のように細める。
「それはそうと、今少し時間あるか?」
この際だ。セシルに、このピノアの武具店の穴場を聞いておこう。中々、博識のようだし、知っていてもおかしくはない。
「はい!」
益々、顔を喜色に染めて、快活に答えるセシル。どうも、かなり懐かれてしまったようだ。泣かせたので宥めるために、頭を撫でて、ナイフを一本やっただけなんだが。
「武器を探しているんだが、どこかいいところ知らないか?」
「それならいい武具店を知っています。僕、以前、その店の依頼受けた事あったから」
昨晩アイラから得た情報では、冒険者になりたての頃は、街中の雑務以来中心に行うのが通例らしい。それから、数年を経て運搬人となる。運搬人として、先輩冒険者から冒険の何たるかを学び、一人前の冒険者として成長していく。
セシルの依頼とはこの雑務以来のことだろう。
「お前も忙しいだろうし、地図でもOKだぞ」
「いえ、店主さん、腕はピノアでも屈指ですが、かなり気難しい人なんです。知り合いの紹介じゃないと売ってもらえないと思います」
必死に食い下がるセシル。
「それなら頼もう。いつ、案内してもらえる?」
セシルには以前にも世話になった。雑務以来のクエストという形で、手続きを取ればいいか。
「今日、クエストがありますが、一八の時には宿に戻ってきていると思います」
この世界の時の概念は、一時間おきに、協会が鳴らす鐘の音で決めており、一の時から二四の時まである。そして驚くことに、このアースガルドの時と地球の日本との時のずれは、四〇分ほど地球が進んでいる程にすぎなかった。
つまり、ピノアで一八の時ということは、地球では一八時四〇分に相当する。今日のバイトが一七時に終わるとしても十分に御釣りがくる。
「了解だ、一八の時にこの宿前で待ってる」
「はいっ!」
喜色満面で、パタパタと飛び跳ねながらも、部屋に戻っていくセシル。
冒険者組合でクエスト手続きを取り、それから、朝食でもとり、カリンを迎えに行くことにする。
冒険者組合に行き、セシルの雑務依頼として三万ルピを払う手続きを行う。
シャーリーは、この事実がよほど嬉しかったのか、やたらテンションが高くなっていた。
早朝で組合が開いたばかりであり、冒険者の姿が皆無であったことから、数十分間、他の女組合員も混ざり、経緯を根掘り葉掘り聴取される。流石はセシル、モテモテのリア充だ。
ようやく解放されたとき、もう七時一五分。これ、朝食抜きだな。とんだ目に会った。
組合分館を出て、『ルミリス』へ向かう道すがら、世紀末に出て来るようなモヒカンを先頭としたマッチョ集団とすれ違った。その後を遅れないように小走りについていくセシル。
セシルは俺に気が付くと、満面の笑みを浮かべて、ペコリと頭を下げる。
「おい、運搬人、もたもたしてんじゃねぇ!」
肩越しにセシルを振り返り、怒声を浴びせるモヒカン野郎。
「は、はい!」
慌ててついていくセシル。
あのモヒカン、外見通り、中身も碌なもんじゃない。大人のマッチョ達に比べて、セシルの歩幅が狭い。先頭を歩くモヒカンの速度が早すぎるんだ。こんなこと、少し考えれば一目瞭然だろうに。
(あいつ、大丈夫かよ……)
一抹の不安を抱きながらも、俺は暫し、セシルの後ろ姿を眺めていた。
レベル上昇は最初なので、詳し目に解説していますが、今後は設定の説明は不自然に感じない程度で、少なくなっていく予定です。もうしばらくの御辛抱を!
またまた、イベントの予感です。次の話は個人的には結構好きかも知れません。それではまた、明日!




