第25話 滅びの都――魔の森
俺の眼前には、五メートルはある黒色の門がある。アイラの説明ではこの黒門には特殊な結界が張ってあり、魔物はこの門を通り抜けることができないらしい。
「坊主、もうじき、夜間で、魔物の活動が活発化する。悪いことはいわん。明日また来な」
どじょう髭のおっさんが、ありがたい提案をしてくれる。かなり真剣な様子からも、俺が拒否しても、通すことはないだろう。俺は、この手のお節介な奴は嫌いじゃない。
「ありがとうよ。だが、心配ない」
冒険者カードを渡す。アイラの言が嘘じゃなければ、これで万事解決なはず。
「レ、レベル2っ!?」
冒険者カードの裏を一目見ると、驚愕にカッと目を見開く。
この世界、レベル2に到達している者は、滅茶苦茶少ない。まさに一流と二流の分水嶺。
「通っていいか?」
腕を組み、しかめっ面で頭をガリガリ掻くと、冒険者カードを俺に渡す。
「通りな。だがな、坊主。夜の《滅びの都》はマジで危険なんだ。ヤバくなったら直ぐにひっ返って来な」
「了解だ。忠告感謝するよ」
右手を上げて、どじょう髭のおっさんに礼を言い、黒門を通る。
そこは、赤茶けた土に、太陽の光すらも差し込まない密集した木々。一言で表現すれば、ジャングルだろうか。
ここが、《魔の森――浅域》。俺は逸る気持ちを抑えて、森の中へ足を踏み入れる。
こうして俺の初めての異世界冒険の幕が上がる。
密林の中は、薄暗いが、草木が御茂っていない分、動き回る十分なスペースがあった。
アイラから得た情報では、レベル2に到達すると、どの冒険者も中域での探索をメインで行うようになる。
これは、探索しつくされ宝物が残存していない浅域と比較し、浅域の十数倍の広さがあり、魔物が強力な中域は、未知の場所がまだ多数存在するからだ。俺も、レベル2。中域での戦闘を中心とすべきだろう。
とは言え、若干の様子見は必要だ。ホルスターからエアを引き抜き、銃弾を創造・充填し、さらに左手でミリタリーナイフの柄を握る。
少し歩を進めると、遠方にピョンピョンと跳ね回る半径十五センチほどの青色の液体がいた。
外見上は、どの角度から見ても、ゲーム等で頻繁に出て来るスライムって奴だ。アイラ情報では、このスライム、通常の成人男子ならば素手で殴っても倒すことができる最弱の魔物らしい。
スライムで狙いを定めて、【エア】の引き金を引く。
銃弾はスライムを打ち抜き、プシュという音ともにはじけ飛ぶ。そして、ゴロンと地面に落ちる赤黒色の石。これが魔石だろう。
魔石は武具や魔法道具の原料になる。そして、より強い魔物からとれる魔石の方が、強力な武具や魔法道具を作ることができる。故に、売却代金も強い魔物からとれる魔石ほど高額になる。今の俺に必要なのは力であり、この世界の金銭ではない。荷物となる魔石を収集していたのでは、レベルが上がりにくくなる。当面は戦闘に集中すべきだ。
先に進むとする。
それから、約三時間、高速で森の中を疾駆し、魔物とエンカウント次第【エア】で打ち抜くことを繰り返す。
浅域のメインの魔物は、浅い順からスライム、三つの角を持つ兎、巨大な鼠、そして、黒角狼だった。
黒角狼は、地球の俺の家で七三分けが召喚した魔物と瓜二つ。この世界の《滅びの都》は召喚術と何らかの関係があるのかもしれない。
夜間で魔物の活動が活発なせいか、狂ったような数の魔物が襲ってくる。倒した魔物は、百匹までは数えたが、それ以上は阿呆らしくなって止めた。多分四百は超えてると思う。
ステータスは次の通りだ。
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『ユウマ・サガラ』
〇レベル2
〇称号:覇王(憤怒)
〇筋力:73/100
〇耐久力:73/100
〇器用:77/100
〇俊敏性:74/100
〇魔力:74/100
〇次レベルへ至る条件:魔物を新たに100匹討伐。
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どの道、レベルは中域であげるつもりだった。三時間ほどの探索で、ステータスの平均が73/100まで上昇したのは大きい。
ただ、【エア】の銃撃は銃弾を創造しなければならず、結構な魔力を消費する。二時間前に、強烈な虚脱感を覚えて金級のMP回復役を飲むと、嘘のようにすっきりする。
俺の戦闘は、【エア】がメインとなる。なのに、今のままでは二時間撃ちまくればガス欠になる。あとで、金級のMP回復役を大量に買い込むべきかもしれない。
急に森の樹木が数倍高くなり、今まで存在した僅かな月明かりすら、照らさなくなる。
もっとも、ステータスが上昇するたびに、夜目が利くようになり、真っ暗でも全く支障はない。
少し歩くと、闇夜の地面を這いまわる犬、猫ほどもある無数の影。
カサカサと蠢くそれは巨大なゴキブリだった。
(う、嘘だろう!)
幾多の向かってくるゴキブリを避けながらも、銃弾をぶちかます。
【エア】から放たれた銃弾は、ゴキブリに当たると、放射状に破砕し、緑色の液体を周囲に撒き散らす。
俺は迫り狂う無数のゴキブリを避けつつも、【エア】を撃ち続けた。
(冗談じゃねぇよ)
肩で息をしながらも、大木に背を預ける。
巨大ゴキブリの数が多すぎる。最後の方は、【エア】の銃弾創造が間に合わなくなり、ミリタリーナイフで切りつけていた。
巨大ゴキブリの強さ自体は大したことない。殴れば爆砕するし、仮に齧られても、掠り傷程度しか負うことはあるまい。惨絶に気持ちが悪いが、それだけなのだ。
とは言え、数十匹のゴキブリが襲いかかってくる光景を思い描いてみて欲しい。想像を絶する悍ましさだ。精神的には既にヘトヘトとなっている。
もっとも、俺の心の尊い犠牲のお蔭で、今抱えている問題も顕在化した。
【エア】は非常に強力だが、巨大ゴキブリのように、数十単位の群衆の敵には効果は半減してしまう。飛び道具以外の武器が必要となるのだ。
ここで、ミリタリーナイフは、射程が短すぎて使い勝手が悪い。特に、かなり接近しなければならないのは致命的だ。今回のゴキブリ程度なら別段問題はないが、酸を吐き出すなど近接系の特殊攻撃を有する魔物が相手では、思わぬ傷を負いかねない。
やはり、右手に【エア】、左手は切断系の射程の長い武器を持つのが理想的だ。
この点、長剣などの武器は俺の家にはない。明日、一度ピノアに戻り、《東部》で剣を探すべきかもしれない。
気を取り直して、俺は戦闘に没頭していく。
それから二時間、ようやく、巨大ゴキブリの巣から、巨大蜥蜴の巣へ光景が変化した。
ここで一応、《地点記憶弾》を打ち込んで記憶しておく。
銃弾の創造、装填が面倒になり、【エア】はホルスターに収納している。
現在、両手にミリタリーナイフを装備し、脚力にものを言わせて、地面を疾走する。
敵の合間を縫うように駆け抜け、すれ違いざまに、敵を垂直に縦断、袈裟懸けに遮断し、横一文字に横断する。
近づいて来た大蜥蜴を避けて、ミリタリーナイフで綺麗に輪切りにしたとき、俺の身体の中心に凄まじい熱が生じ全身に波及していく。視界もぐにゃりと歪み、足元がおぼつかなくなる。この感覚には覚えがある。レベルの上昇だ。
痙攣する手で、【エア】の弾倉を抜き、《覇者の扉顕現》のスイッチ押し、大木に打ち込むと、扉が出現する。
扉に、転がり込み、休憩室のソファーの上で横になる。
既に午前一時半。全てはひと眠りをしてからだ。瞼を閉じると、意識は急速に薄れて行った。
念願の戦闘シーン。まだ、悠真には余裕がありますが、あくまで今回だけです。あとは、全て命がけとなります。
次回はレベル上昇の恩恵ってやつです。それではまた明日!




