第24話 獣耳娘との夕食
これで、《滅びの都》へ入ることができる。
武器や防具等の戦闘に直接必要なものは間に合っている。足りないのは、戦闘を補助するアイテムだ。戦闘補助のアイテムは購入するなら道具屋だろう。
丁度、冒険組合分館の直ぐ傍に豪奢な建物の道具屋があったので、入ってみる。
結論から言えば、大したものは置いてなかったが、唯一、使えそうなのが、傷を回復させる『HP回復薬』、魔力を回復させる『MP回復役』だ。
HP回復薬とMP回復役は同じ値段であり、銅級、銀級、金級の三段階がある。
質を確認させて欲しいと店員に頼むと、銅から金級まで見せてくれたので鑑定を済ませる。
驚いたことに、銅級から金級までのHP回復薬とMP回復役は、全て同様の表記となった。
まずは、【HP回復薬】。
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【HP回復薬】
■説明:治癒能力と細胞分裂を亢進し、小傷――掠り傷や骨のヒビ等の傷を修復する。
■魔道具クラス:初級
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傷につき、いくつか調べてみた。
傷の規模を傷等級といい、小傷、中傷、大傷、特傷、致命傷がある。
ざっくりいうと、傷等級は次の通りだ。
――小傷は掠り傷や骨のヒビ等の傷。
――中傷は比較的深い傷や軽度な骨折のような傷。
――大傷は内臓の軽度の損傷や複雑骨折のような傷。
――特傷は内臓の中~高度の傷害や、手足の切断のような体の一部の消失。
――致命傷は文字通り、死ぬ一歩手前。
こんな感じに分類できるらしい。
次が、MP回復役。
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【MP回復役】
■説明:魔力を僅かに回復させる。
■魔道具クラス:初級
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店で販売される銅級から金級のHP回復薬とMP回復役は、魔道具クラスとしては、全て『初級』だった。
魔道具については、一定以上の劇的変化のあったとき、はじめて魔道具クラスが変化する。とすれば、販売されている銅級から金級の回復薬は、魔道具クラスとしては同一であり、劇的変化まではしめさないが、その魔道具クラス初級の枠内で、性能に差がある。そう考えるべきだろう。
これらの回復薬は、銅級が五〇〇ルピ、銀級が一〇〇〇ルピ、金級が五〇〇〇ルピ。
購入しても、持ち歩ける量には限度があるし、実際に使ってみないとその有用性は判断し得ない。加えて、【覇者の扉】がある以上、手軽に購入することが可能だ。
取りあえず、金級のHP回復薬とMP回復役を二〇個ずつ購入した。
瓶が四〇個はかなりの量であり、大きな買い物袋、一杯分くらいあった。こんな袋を持って探索などできるはずもない。一旦、家に帰ることにする。
ここで、何度も裏路地から出入りをすると流石に怪しまれる危険性がある。そこで、《東武》の南東にある中堅の宿――『ルミリス』に、約一か月間、部屋を借りることにした。
一泊三〇〇〇ルピを三〇日分で九万ルピを支払い、残額四四四万五〇〇〇ルピとなる。
受付で、三〇四号室の鍵を受け取り、部屋へ行き、弾倉のスイッチを《地点記憶弾》に変え、【エア】の地点記憶弾を撃ち込む。地点記憶弾は三〇四号室の部屋の壁に当たると溶け込んでしまい、壁を傷つけることはなかった。
【覇者の扉】から、自宅に戻り、ボディバッグを装着し、そこに3個ずつ金級のHP回復薬とMP回復役を入れる。
これ以上入れると、戦闘に支障をきたす。使い切ったら、家に戻り補充するしかあるまい。
準備の完了後、城門の東方にある『滅びの都』へと向かう。
ピノアの東門をくぐると、外は荒野となっており、遠方に白色の巨大構造物が見える。
(あれ、城壁……なのか?)
白色の構造物が、ピノアを囲んでいる城壁より一回り大きい程度なら、感嘆の声一つでも上げていたかもしれない。
しかし、白い構造物が特撮映画にでてくる巨大怪獣すらも易々と阻む高さがあり、地平線一杯に果てしなく聳え立つ様を見れば、驚きを通り越して、絶句するしかない。
暫し、呆然と眺めていたが、顔を数回左右に振り、目的のものを探す。
(出入口は、あそこだろうな)
白色の城壁の一か所に、白色の城壁とは異なるピノアで頻繁に目にする建築物。仕入れた情報では、あの建物の中に、白い城壁内外に通じる唯一の門があるはず。
建物は、石造りの五階建てであり、冒険者組合ピノア分館くらいの広さはある。
武具屋、道具屋、酒場などが冒険に必要なものは一通り揃っているのではなかろうか。
丁度、夕食を取っていなかったし、幾つか収集したい情報もある。情報収集なら、酒場だろうという安直な考えのもと、酒場の扉を開けて中に入る。
足を踏み入れた途端、嗅覚を刺激するきついアルコール臭と、耳に飛び込む酒場独特の喧騒。
店内は想像以上に広く、教室の数倍あり、四、五人用の木製の円卓が整然と並べられていた。その各円卓では、一足早く《滅びの都》から戻って来たと思しき冒険者達が一日の心身の疲労を癒すべく酒盛りに耽っている。
景気の良い掛け声に、笑い声、さらにはお互い胸倉を掴み怒号を張り上げるものまでいた。
この風景を率直に表せば、テレビドラマで稀にでてくる大学のサークルの宴会だろうか。
グルリと見渡すと、俺の数少ない見知った顔が目に留まる。
セミロングにした茶色の髪に猫耳に尻尾。あのアイラとかいう餓鬼だ。円卓の席にひとりで座り、忙しなくキョロキョロと見渡す様は、子供の初めてのお使いを彷彿させる。
大雑把だが事情は把握した。仕方ない、あの金髪の美丈夫がくるまでの子守を引き受けることにする。
「おい!」
「ニャ!」
ビクンと身体を硬直し、全身の毛を逆立たせるアイラ。まあ、全身といっても、髪の毛と尻尾だけだが。
「お前、可哀想な奴!」
肩越しに振り返り、人聞きの悪いことを言いやがった。
「可哀想な奴じゃねぇよ。ユウマ・サガラだ。覚えておけ」
アイラと向かい合う形で席に座り、右手を上げて店員を呼ぶ。
「何の用ニャ?」
鋭い犬歯を剥き出しにして、威嚇してくる様はマジで猫だ。とは言え、あくまでいきがる子猫。迫力など皆無なわけだが。
「子守りだ」
「こ、子守りぃ!?」
素っ頓狂な声を上げるアイラ。
「心当たり、あるんだろう?」
俺が保護者なら、こんな酒臭い教育上よろしくない場所に子供が一人で出入りするのを許可しない。周囲の大人の了承もなくこの場にいるのは、こいつのこの様子からも明白だ。
「ウォルトに頼まれたニャ?」
焦燥溢れる顔で、席を勢いよく立ち上がるアイラ。子守りの言葉を否定しないところを見ると、一応、自分が子供という自覚はあるようだ。ウォルトとは、あの美丈夫のことだろう。奴も無鉄砲娘の我侭に気苦労が絶えまい。
「そんなところだ」
う~と弱々しい唸り声上げると、ポスンと席に腰を降ろすアイラ。
そこで、恰幅のよいエプロン姿の女性が、俺達の席までやってくる。
「あんた達、冒険者かい?」
「まあな。心配すんな。餓鬼でも金は持っている」
財布から銀貨を二枚取り出し、テーブルの上に置く。明らかに未成年な俺と、さらに餓鬼のアイラだ。この荒くれもの達の楽園では、金銭の徴収はある意味死活問題だろうし、恰幅のよい女のこの危惧も十分理解はできる。
宿が一泊三〇〇〇ルピ。物価的には凡そ地球の半部の値段と考えて差し支えない。なら、二〇〇〇ルピで十分足りるはず。
「若いのに、ヒネてるねぇ。誰もそんな意図で聞いたんじゃないよ」
「金じゃないなら何だ?」
「そりゃ、普段あれだけ反目し合ってる人間族と獣人族の若いカップルだ。興味ぐらい持つさ」
「カップルじゃねぇ!」「カップルじゃないニャ!」
見事にハモる俺とアイラに、吹き出すエプロン姿の女。
「息ぴったりだけどねぇ」
冗談じゃない。流石の俺もこんなちんちくりんと恋人に間違えられるのは御免だ。小雪という妹がいるせいか、数歳年下の男女は全て保護対象にしか見れない。
「勘違いも甚だしいな。第一、俺はロリに微塵も興味はない」
肩をすくめて、フーと息を吐き出し、ビシと人差し指をアイラに向けて、高々と宣言してやる。
「意味は見当もつかニャイが、悪口言われているのだけはわかるニャ」
アイラはすくっと席を立ち上がると、作り物にしか見えない笑顔を浮かべながらも、殴りかかって来た。
無駄に鋭いアイラの猛攻を避けていたが、エプロンの女は腰に両手をあてて、これみよがしにため息をつく。
「ほら、仲いいんじゃないのさ。ほらほら、そんな所で乳繰り合ってると、他のお客の迷惑だよ」
ちゃんと見ろよ? 俺は殴られているだけだろ? どうも、ことあるごとに状況は悪化の一途をたどっている気がする。
だが、確かに周囲の男衆から俺達に向けられるいかにも鬱陶しいものでも見るかのような視線は、喧嘩等に向けられるものではなく――。
(六花に、セシル、アイラか。とことんまでお子様に縁がある日だ)
アイラの拳を受け止めると、身体を掴み、持ち上げる。
「ニャ?」
リンゴのように真っ赤になって、じたばた暴れるアイラを椅子に無理やり座らせると、俺もアイラの正面に座り直す。
「アイラ、停戦、いや、降伏だ。俺が悪かった」
俺の言葉にそっぽを向くが、立ち上がろうとしないところを見ると、一先ず怒りは収まったようだ。
「それで、注文はどうするんだい?」
エプロン女が、満面の笑みで尋ねて来る。
「エール、ニャ!」
エールって、ビールみたいなやつだよな? 駄目に決まってんだろ。
「却下! 酒以外の飲み物二つに、おすすめの料理あったら、それをくれ」
うーと不満げに低い威嚇の声を上げるお子様をガン無視し、エプロン女と話しを進める。
「前払いだけどいいかい?」
「ああ、かまわねぇよ。これで頼む」
テーブルに置いた。銀貨二枚をエプロン女に投げる。
「毎度」
エプロン女は銀貨二枚を空中で器用に掴むと、布袋から銅貨8枚を取り出しテーブルに置き、厨房にその姿を消す。
アイラがエールを拒絶されたことで、へそを曲げることも覚悟していたが、意外にもこの上なく上機嫌だった。アイラにとって、この酒場で飲み食いすることが、最も重要な事だったのかもしれない。初めてのお使い。この感想はあながち間違ってはいなかったようだ。
ともあれ、アイラからいくつか、情報を仕入れることができた。
まずは、《滅びの都》について。
あの城壁をいつ誰が作ったのかは不明。この世界の有史以来、ここにあったらしい。
《滅びの都》はいかなる存在も拒まない。ただ、迎え、与えるだけ。
――驕った力弱き者には死と絶望を。
――高い知性と決して折れない勇気を持つ者にはこの世の財と超常的力を。
気の遠くなる年月、幾度となく人類は《滅びの都》に挑戦してきた。
ダンジョンに無造作に置いてある絢爛な装飾の為された箱内の宝物は、いかなる宮廷魔法使いや、国家魔法具師でも作り出せない奇跡を内包していた。特にそれが武具である場合には、それは国家間の戦争を一変させる強度を持つほどに。
故に、いかなる時代の為政者達も、《滅びの都》の攻略により、世界に覇を唱えようとしてきた。しかし、その度に数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの屍の山を築くことになる。
そんな中、今から八〇〇年ほど前、一人の帝王が現れる。それが、当時数ある小国の王子にすぎなかったアンドリュー・ルクレツィア。彼は仲間達と共に、《滅びの都》の《魔の森》の浅域、中域を抜け、前代未踏の深域まで到達する。そして、深域の奥深くに眠る神殿で、神の課した試練を受け、見事攻略に成功する。
この時得た宝物により、アンドリューは世界に覇を唱え、数ある強国を飲み込み、世界の八割を支配する世界帝国――ルクレツィアを建国する。
アンドリューは《滅びの都》に都市を作り、帝国の支配下に置き、その立ち入りを帝国の許可の下に置いた。
アンドリューの帝国支配の方法は、直轄の自国領民と、同盟関係にあった国には善政を敷く。一方、敗戦国の国民を農奴や鉱奴にまで落とし、徹底的に冷遇した。これにり、帝国の反乱分子は徹底的に弱体化される結果となり、アンドリューの生存した約三〇〇年の間続くことになる。この点、アンドリューは普通の人間だった。三〇〇年も生きたのは、第一試練の攻略の恩恵と言われている。
この帝国の鉄壁ともいえる支配は、農奴だったある獣人の青年――ユキムラにより、終焉を迎えた。
彼は《滅びの都》前に敷かれた、厳重の警戒網を突破し、内部への侵入を果たす。
それから、約十年にわたり、ユキムラは《滅びの都》で、命懸けの戦闘に明け暮れることになる。十年もの間、ユキムラが生存しえたのは、偶々、《滅びの都》で得た食料の湧き出る鞄の魔法道具にあったそうだ。
こうして、度重なる奇跡から、ユキムラは、《魔の森》を抜け、《砂の迷宮》へ至る。
《砂の迷宮》は、存在する魔物の強度も、トラップ等の難易度も別次元であったが、その反面、そこに存在する宝物は、《魔の森》の物とは格が違った。
十分な力を有するに至ったユキムラは《滅びの都》を出ると、帝国に対し宣戦を布告し、十年間の間、絶え間なく鍛えぬいた戦闘技術と力、得た宝物により、圧制で苦しむ国々を次々に解放していく。
アンドリューの指揮する帝国軍とユキムラの率いる解放軍は、全面衝突する。想像を絶する数の死者出しつつも、遂に、解放軍は帝国の帝王――アンドリュー・ルクレツィアへの牙城たる帝都――ルクレイムを包囲するに至った。
アンドリューの一騎打ちの誘いにユキムラが応じ、二者は激突する。《滅びの都》の武具の所持者の戦闘は凄まじく、地形さえも変えるほどのものだったらしい。
三日間三晩戦い抜いた末、ユキムラがアンドリューの首を刎ね、解放軍の勝利としてこの大戦は終結を迎える。
勝利後、ユキムラは戦争の終結と帝国民に対するいかなる危害も加えないことを宣言し解放軍を解散した。
結果、世界は再び三百年前のいくつかの大国と小国からなる世界へと回帰したのだ。
当初、ユキムラは獣王国の王になることを羨望されたが、これを固辞し、ある組織を立ち上げ、その長に着くことを世界に宣言する。
それは、《滅びの都》の攻略のみを目的するいかなる権力にも属しない中立的組織。
彼は、帝国に占領されていた《滅びの都》の周辺の都市を、中立都市ピノアと称し、世界中から同志を募った。ユキムラの高いカリスマと、《滅びの都》の宝物の原則自由所持を謳い文句に、ユキムラは多数の同志を集めることに成功する。そして、ユキムラは自身を冒険者と名乗り、それをまとめる組織を冒険者組合とした。
その後、ユキムラは、冒険者組合長として暫く間、組織力の増強に尽力したが、第二試練に挑み命を落とす。
結果、約五百年間、第二試練の攻略はなされず人類を拒み続けている。
《滅びの都》は、帝王アンドリューが《魔の森》を最後にその攻略を断念し、大英雄ユキムラすら第二試練に挑み命を落した激ヤバのダンジョンだ。ずっと、冒険者にとっても夢物語と化していたが、近年転機が見られるようになる。
複数の上位ギルドが急速に力をつけてきており、《滅びの都》――《魔の森深域》での探索を行うチームも複数出現しているのだ。アイラ達――《炎の獅子》も、この力をつけてきた上位ギルドの一つであり、第二試練の攻略を目指している。
物事には全て理由がある。だから上位ギルドが力をつけたのもそれなりの訳があるんだろう。アイラに尋ねるも、『強くなれば、わかるニャ』とドヤ顔で肩を叩かれる。
ギルドで禁句事項にでもなっているんだろうか? 確かに能力向上の技術はギルドにとっても、最大の秘匿事項のはず。当然と言えば当然か。
ともあれ、多分《滅びの都》は地球に出現した遺跡と同じ。即ち、得られる宝物はオーパーツ。
「一つ聞きたいんだが、《ユキムラ》って名前は、お前らにとって珍しいのか?」
「本国ではよくある名前ニャ。大英雄の名前ニャもの」
それもそうか。
《ユキムラ》という名前は、日本人にはさほど珍しくはない。だから遂、日本人を連想してしまったわけだが、獣人の青年だったらしいし、気にしすぎなんだろうな。しかし、引っかかるのも確か。
「なあ、このアースガルド以外の人間がこの地に迷い込むことってあるのか?」
「異世界人の事ニャ? 珍しいけど、各国に数人はいると思うニャ」
(か、各国に数人!? かなりの数じゃねぇか? どうなってんだよ、異世界!)
「異世界人ってことは別の世界から来るってことだよな? どうやってくるんだ!?」
気が付くと、席を立ちあがって捲し立てていた。
当たり前だ。それが本当ならこの【覇者の扉】とやらを俺以外が所持している可能性があるということだ。だとすると、他の勢力に俺の存在が知られれば、確実に排除対象となる。それほどの価値があの門にはある。
「怒鳴るニャ」
耳をペタンと垂れて、身を竦ませるアイラ。
(大人げねぇな……)
焦る気持ちをねじ伏せ、椅子に座る。
「すまん。驚かせた」
「いいニャ……もしかして、ユウマ、異世界人ニャ? 獣人のことをしらないようだったし」
俺はアイラから、可哀想な奴と断言されるほど、この世界を熟知していなかった。否定しても無駄だろう。ここで信頼を損ねれば、こいつは確実に俺の存在を仲間に話す。
くそっ! 偽名を使わなかったのが悔やまれる。
「そうだ。だが、これは黙っておいてくれ。お前の仲間にもだ」
俺は深く頭を下げる。
「……」
アイラは暫し、考え込んでいたが、無言で大きく頷く。あとは、アイラを信じるしかない。
「それじゃ、教えてくれ。通常、異世界人はどうやってこの地を踏んだんだ?」
心臓が五月蠅いくらい高鳴るのがわかる。その答えは俺の命運を決めるに等しいから。
「《滅びの都》から出土された召喚アイテムの誤作動ニャ。故意に異世界人を召喚している不届き者もいるみたいニャけど……」
ほっと胸のつかえがとれた感じがする。同時に若干頭が冷えてきた。
「他にねぇのか。例えばこの世界に偶然、迷い込んだりとか?」
「それは聞いたことがニャイ。でも、あるかも」
「……」
そうだ。仮に、【覇者の扉】のような非常識なオーパーツを地球の大国や、強力な上位ギルドが手に入れたらどうなる?
奴らにとって、こんな世界の軍隊を殲滅するなど赤子の手をひねるほど容易いこと。ならば、この世界で姿を隠す必要はない。国でも立ち上げて行動した方が、むしろ動きやすく、奴らにとって都合がいいはず。
だが、アイラは、異世界人の国がある、ではなく、国に数人の異世界人がいる。そんな言い方をした。とすれば、この線はあり得まい。
それに、俺のような個人が【覇者の扉】を持つ場合には、自身を異世界人であると公表し、国の世話になる必要はない。なぜなら、そんなことを公表しなくても地球に戻れる以上、生きていけるから。寧ろ、行動が制限されるだけ、異世界人とばれないよう行動するはずだ。
いずれにしても、この世界の異世界人が【覇者の扉】を持つ可能性は低い。とまあ、異世界と行き来する門などそう何個もあってたまるものか。
一先ずは、【覇者の扉】のような通行できるものではなく、地球からアースガルドへの一方通行なものと考えるべきだろう。ただ一応、極力、俺が異世界人であるとは知られないように行動すべきことは間違いない。
「ユウマ?」
俺が急に沈黙したからか、躊躇いがちにも声をかけてくるアイラ。
「すまん。だが俺の現状は理解した。ありがとよ」
「うにゃ」
満面の笑みを浮かべるアイラを眺めながら、俺は残りの凄まじく薄味のスープを飲み干した。
◆
◆
◆
食事が終わり、アイラを保護者に送り届けるため、ピノアの東門に到着したとき、門前で金髪の美丈夫――ウォルトと出くわす。
「ユウマ殿、心から感謝する」
「止めてくれ。俺もアイラから有意義な情報を聞けた。貸し借りはなしだ」
「そういうわけには――」
たかが子守りに律儀な奴。
アイラはウォルトの脇で、耳をペタンと倒し、尻尾もシュンと垂れている。昔から、餓鬼のこの手の沈んだ姿は苦手なんだ。だから、強制的に話題を変えることにした。
「んな事より、ウォルト、あんたも、第二試練に挑むんだってな?」
「あんたも、というと君もか?」
「そうだ。誓うぜ、試練を先にクリアするのはこの俺だ」
「ふざけるニャ! ウォルトが負けるわけニャイ! 大体、ユウニャはまだ契約すら――」
ウォルトの無言の一睨みで、ビクッと身を竦ませるアイラ。
「そうか。しかし、こればかりは祖国の、いや、私の先祖の悲願がかかっている。私も譲るわけにはいかぬ」
先祖の悲願ね。よほどの覚悟なのだろう。先ほどまでとは、醸し出す雰囲気が違う。
しかし、覚悟の強度では俺も負けるつもりはない。第二試練の宝物は確実にオーパーツ。あの赤装束を打倒する重要な切り札になるかもしれないから。
「当たり前だ。譲ってもらうなど夢にも思っちゃいねぇし、第一そんな甘いもんじゃねぇだろ」
なにせ、五百年間誰も攻略できなかったものだしな。
「違いないな。一つ聞いていいかな?」
「何だ?」
「第二試練に挑む君の目的は?」
ウォルトは、第二試練の目的を『先祖の悲願』と俺に独白している。ここで誤魔化すのはフェアじゃないし、殊更嘘をつく意義もない。
だから――。
「大切な奴を守るためだよ」
その心のままに、言葉を紡ぐ。
暫し、ウォルトは神妙な顔で俺を眺めていたが、口角を吊り上げる。その顔は、今までの知性的、理性的なものから、獰猛な野獣のようなものに変貌していた。
(完全に、ライバルにロックオンされたな。まっ、こいつは、正攻法しか知らないタイプ。問題はない)
「失礼する」
一礼し、アイラを目で促すと、東門内へ姿を消すウォルト。
俺も大きく息を吸い込むと、《滅びの都》へ向かう。
また、設定が止まらなくなってしまった。この癖、直さんと……ということで、御免なさい!!