閑話 代表メンバーの日常
今回の登場人物の紹介を載せておきます。参考にしていただければ幸いです。
覚えている方は読み飛ばしてください。
※今回の登場人物。
■八神吹雪:二メートルを優に超える巨体に、ワイルドな容姿。これでも、八神徳之助警視正の実弟。体育連合会の会長であり、学年ランキング二位。
■烏丸烈:二人目が、制服の大きく開けた胸元に光る金色のネックレス、茶髪に色眼鏡。文化系にはとても見えないが、一応は文化連合会会長。学年ランキング三位。
■天津祀:二年の風紀委員委員長であり、学内ランキング4位。年に二回ある学内大会でも常連の実力者。
■一色至:A組のエース。悠真を何かと目の仇にする。
■一色萌奈香:ポニーテールの黒髪の女性。生徒会副会長。一色至の実姉。
■松田:武帝高校一年Dクラスの三馬鹿性欲魔人。スポーツ刈りのマッチョ。
■須藤:武帝高校一年Dクラスの三馬鹿性欲魔人。坊主頭男子。
■明石:武帝高校一年Dクラスの三馬鹿性欲魔人。自称ポチャリ系男子。あくまで自称。
■阿久津塗付:1-Aの担任であり、学年主任。この武帝高校の¨実力主義¨という理念を忠実に再現している人物。眼鏡を掛けた七三分け。口が壮絶に悪いが、芯は腐っていない。
【神々の遊戯場】 第七階層
湿原を探索中、水しぶきを上げつつも、迫り狂う巨大なワニ型のモンスター。
「各自、散開っ!!」
八神吹雪の指示に体育連チームのメンバー達は四方へ飛び抜きつつも、己の役割を遂げようと行動を開始する。
束縛系のスキルが発動し、巨大ワニの全身に真っ赤なクモの巣のような網が張り巡らせ、その動きを封じると同時に、ゆっくりとその肉に食い込んでいく。
飛び散る潜血とともに、幾つもの斬撃が巨大ワニの肉を切り裂き、切断する。
同時に、高熱源が湿原一帯に吹き荒れると、一瞬にして、巨大ワニは炭化してしまった。
「本日の探索はこれで終わりだ」
流石に、習得したばかりのスキルを放つとかなり疲労する。肩で息をしつつもそう宣言する。
「会長、まだ一〇時ですっ!」
「そうっすよ! もう少し、進みましょうよ。これ以上、文化連に後れを取るわけには――」
気持ちは痛いほどわかるが、既に午後一〇時二〇分を過ぎている。人間、午後一〇時を過ぎると、途端に注意力は減退する。そうできている。
確かに、この【神々の遊戯場】で、現実にダメージを負うことはない。だからと言って、ダメージを負うことが許容されるのかというとそうでもない。
この迷宮内で指定されたライフゲージを下回ると、迷宮の外へ転移し、セーブポイントは全て初期化される。全員が全滅すれば、パーティーメンバーを呼び寄せる機能も使えない。 つまり、最初からやり直しというわけだ。もちろん、レベルや取得した武具や魔道具がなくなるわけではないが、この迷宮の広さは半端ではなし、罠や謎も多く仕掛けられている。レベルが高くなれば、易々とクリアできるという代物ではない。
今やほとんどのメンバーが【神々の遊戯場】をただのレベル上げの施設としてみなしてはいない。
吹雪も人間とは欲の深い生き物だとしみじみ実感した。
当初の探索者になるとういう武帝高校生なら当然ともいえる目標も、自身のレベルが10を超えたときに、どうでもよくなる。
あれだけ憧れた《無妙庵》さえも、今の吹雪達には第二志望的意味合いしかない。
――《師》の真の意味での弟子になりたい。ただ、その一つの目的のために、皆、突き動かされている。
五日も経過したのに、いまだに第七階層なのだ。ここで、下手に欲を出して、一階層に逆戻りになれば、《師》の試験に不合格となる危険性が濃厚となる。
《師》の今までの言動を鑑みれば、その試験が全員を合格にさせるようなぬるい試験では断じてないのは一目瞭然だからだ。
仮に不合格となれば、《師》の弟子であり続けたいという今の吹雪達の目標は、永遠に叶うことはなくなってしまう。特に今の吹雪達の身分はトライアル。直弟子に昇格できる可能性はそこまで高くない。皆必死なのだ。
現に、五階層の巨人の階層主――【ギガース】により全滅した金曜日の選抜試験で合格した一年生と二年生からなる混成チーム――【ビギナーズラック】の面々は、【神々の遊戯場】の扉前で悔し涙を流していた。
現在、一度も敗北をせずにこの迷宮の探索を続けているのは、吹雪達、体育連チームと、文化連チーム、祀、一色萌奈香、鏑木銀二、朝霧朱里、生駒詩織、日暮寛太の6名のチーム――【グローリー】。およそ、この三者だ。
そして、夕飯を食べに戻った際に、文化連チームが、第八階層へ到達したことを知った。
ライバルの文化連に先を越されてしまって以来、皆、こんな調子で、先に進みたがっている。
「ダメだ。ここで無理をしても、メリットなど全くない」
「会長の言う通りだ。ここがそんな甘い場所ではないことくらい、お前らにもわかっているよな?」
柔術部主将――セイジが吹雪の案を支持し、他のメンバー達も、渋々従い、セーブをし、【神々の遊戯場】の外へ移動する。
どうやら考える事は同じらしい。文化連も本日の修練を終了したようで、【神々の遊戯場】前で見事に鉢合わせとなる。
「よう、吹雪、お前ら体育連も今終了か?」
「ああ」
「この後ファミレスにでも寄ってこうぜ」
やけにご機嫌なのは、第八階層に到達したからだろう。また、非常識な武具や魔道具を手に入れたか、それとも、創生書の方だろうか。
「構わん」
烈はライバルであると同時に、《師》を師と仰ぐ同志だ。断る理由もない。
ポイントで、交換の儀式が残っている他のメンバー達に速やかに下校するよう指示すると、烈と共に武帝高校を後にする。
行きつけの二四時間営業のファミレス――丸二四レストランに入り、席に着くと注文を取る。
「聞いたぞ。八階層に到達したらしいな?」
「ああ、なんとかな」
付き合いは長いが、鼻の頭をカリカリと掻く烈は、今まで最も浮かれ切っていた。
烈の今の歓喜にも似た表情は、この数日間、【神々の遊戯場】という奇跡の場所を体験すれば否が応でも共感できてしまう。
この数日の探索で、吹雪のレベルは12まで上昇している。ポイントを消費して、カードから得られた情報では、レベル12はSSSランクのサーチャーの強さに匹敵する。たった五日で、殿上人であるSSSランクのサーチャーに並び立つまでの強さをえる。この成長速度だけでも、本来、発狂ものだ。
しかし、この【神々の遊戯場】は、それだけではないのだ。
ダンジョンで得られたポイントを消費し、幾つもの高品質のオーパーツや、一瞬で魔術やスキルを獲得できる魔道具を交換できる。
特に、魔術やスキルの創生書。これは、ある意味、探索者にとって、究極の宝物といってもよい。
そして、このダンジョンで階層主を最初に討伐したものには、ボーナスが与えられる。それは、武具であったり、魔道具だったり、はたまた魔術やスキルの創生書であったりするが、例外なく通常では手に入らないレアものである。
烈の今にもはしゃぎ出しそうな様子からも得たものくらい見当はつく。
「七階層のボーナスは、やはり、創生書か? しかも魔術だな?」
根っからの魔術師の烈にとって、魔術の創生書は、レベル以上に重要な意義を持つ。
「あたりだ。今回は、俺の番だったからな。運がよかった」
吹雪達も烈達も、迷宮で発見、得られた宝物は改めて決められた順番に取得することにしている。こうでしないと不公平感がますし、チーム内で下手な軋轢を生む。吹雪達の最終目標は、《師》の直弟子になること。宝物を得る事は、あくまで副次的な目的なものに過ぎない。チーム内での不協和音で、全滅するなど目も当てられない。当然の措置だ。
「そうか、だが、八階層攻略は俺達だ!」
「おうよ!」
互いに拳を軽く打ち付け、笑みを浮かべていると――。
「な~に、二人で黄昏てるのよ」
天津祀が心の底から、呆れたような顔で吹雪達を見下ろしていた。
「祀、お前らも来てたのか?」
祀の脇の一色萌奈香が、丁重に頭を下げて来る。
「あのね、ここを最初に見つけたのはうちだよ」
溜息を吐きつつ、そう呟く。
「そうだったな」
吹雪達、今の二年の武帝高校役員は、ある理由から団結する必要があった。その際に利用していたのが、ここ、丸二四レストラン。祀から行き付けの店だと教えられて以来、頻繁に吹雪達も利用するようになる
「丁度いい、祀、お前には聞きたいことがあった」
烈の言葉に、祀が両目をスーと細める。祀の奴、相当、警戒しているようだ。
「何? 《師》のことなら、一切話せないよ」
案の定、そっけなく答えると、吹雪達の隣のテーブルに座り、注文を取る。
「いや、それはいい。俺にも予想くらいくつしな」
同感だ。これだけ、情報を与えられ、あの【神々の遊戯場】を目にしても、《師》の正体に思い当たらねば、そもそも、直弟子になる資格などない。
「な~んだ。もっと、引っ張れると思ったのになぁ~」
「アホか。今更、俺達にとって《師》の正体など、何の意味もねぇだろう?」
「そだね」
カリカリと頬を掻く祀。
「では、聞きたいこととは?」
一色萌奈香も当然のこととして受け入れているようだ。まあ、あんな奇跡、通常の探索者に起こせてたまるものか。
「お前、風紀委員の委員長、下ろされそうなのか?」
風紀委員長の不信任動議については、吹雪の耳にも入ってきた。
「知ってた? まっ、仕方ないかな。うち、あのとき、彼らに碌な説得しなかったしさ」
「それは、俺達も同じだ。つうか、出場辞退を選んだのは奴等自身。ただの八つ当たりもいいところだろうが!」
その通りだ。恐怖や絶望に敗北するような精神的弱者に、《師》の教えを享受する資格などない。
「風紀委員は、祀さん以外、全滅でしたからね。批難しやすい事もあるんでしょう。私達も生徒会で、現在、若干、肩身が狭い思いをしていますし」
生徒会は、会長の美夜子に、一色姉弟、朝霧朱里、鏑木銀二の五名が代表メンバーとして残っている。
体育連と文化連の辞退した半数の元代表メンバーは、皆、激烈な後悔を胸に燻ぶらせつつも、じっと耐えている。
唯一、風紀委員だけが、委員長の祀以外、全員が辞退したという経緯があり、やり玉に挙げられた。そんなところだろう。
「どうせ、扇動しているのは三年のクソ共だろ。いつまでもOB面しやがってっ!」
「彼らの影響力は引退した今も、衰え知らず。現に、再度の選抜試験の実施と三年を含めた施設の利用を学校側に求めています。しかも、全校生徒のおよそ半数の署名を付けて。これにより、事実上、学校側は生徒総会を開催しなければならなくなりました」
「おい、もし総会で可決されれば――」
「はい。学校側には、試験のやり直しと【神々の遊戯場】の利用につき、再考する義務が生じます。ですが――」
らしくなく口籠る一色萌奈香の姿は、この事態が最悪の結末へ向けて爆走中であることを容易に想定できた。
「そんな一方的な学園の理屈など《師》が許容するはずもない。そういうことか……」
あの試験は、《師》の意思に基づくもの。それを一方的に破棄するなど、到底許されるものではない。仮の師弟関係を解消さても文句は言えない。
「あの差別主義者共め。いつも人の足を引っ張りやがって!」
今の三年が支配していた武帝高校は、今以上にクラスに対する偏見は強かった。
生徒会、風紀委員はもちろん、部活連、文化連への加入にも、Dクラスが除外されていたし、今の当然に享受できる学食の使用すらも制限があったくらいだ。
あいつらのことだ。総会で再度の代表メンバー選抜試験の実施と【神々の遊戯場】の利用の要求に加え、Dクラスの受験資格の排除を求めるのは目に見えている。
特に相良悠真は、《師》の直弟子なのだ。彼の排除など正気の沙汰ではない。
「少なくとも、我らは《師》の信頼を失うな……」
「心配いらないよ。《師》は、一度決めたことを覆したりはしないし、途中で放り投げたりもしない」
やけに、断定気味の祀の言葉。これではっきりした。祀は、《師》と面識がある。
「お前に言われんでも、そのくらい理解しているさ」
烈は、水を飲み干すと、話題を【神々の遊戯場】の冒険へとシフトしていく。
◆
◆
◆
11月20日(日曜日) 午前7時半
武帝高校の【神々の遊戯場】前には、人だかりができていた。
一つは、烈を中心とする文化連の代表メンバーの面々。その烈達が射殺すような視線を向ける先には、おかっぱ頭の男を中心とする集団が勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
烏丸糺。烈の腹違いの兄であり、武帝高校前生徒会長。武帝高校の停滞を推し進めた元凶であり、現在の実力主義を誤った方向へ導いた人物。
知っての通り、武帝高校の唯一の方針は実力至上主義。強者は優遇され、弱者はただ学園を去るのみ。探索者という職業は、命と、誇りや名誉を天秤にかける職業だ。各地の迷宮探索はもちろんだが、警察では手に負えない犯罪者との戦闘も頻繁に遭遇する。弱者に容易にその資格を認めれば、実にあっさりのその命を失う。故に、その方針が誤りだとは、吹雪も思っていない。
だが、烏丸糺のやり方は、その実力至上主義を誤った解釈で歪めたもの。
入試選抜の成績で決定されるクラスわけを最重要として、ありとあらゆる事項で差別する。
現に、去年まではDクラスの生徒は、特定の体育会系、文科系の部において所属制限があったり、武帝高校内に設置されていた食堂の使用すら認められていなかったりした。
このような差別的事態がまかり通っていたのは、学園の生徒の学内での生活や部活等に関する校則的事項は、生徒総会で決定されることにある。
そして、その生徒総会で、議案を提起できるのは、生徒会、風紀委員、体育連、文化連の四勢力の幹部による総幹部会議のみ。つまり、少数の力のない生徒の意見は全く持って聞き届けられない。そんなシステムとなっている。
そんな中、烏丸糺が生徒会長となり、幹部役員達の圧政は目に余るものになっていった。そう。学園側が特別に介入しようとするほどに。
そこで、吹雪達、現在の二年の幹部達は、烏丸糺達三年の学園の幹部役員共が七月に、引退したことを好機に学則の大幅の改正に踏み切ったのだ。無論、三年からの猛反発と批難や嫌がらせは、頻繁にあったが、所詮卒業間近な三年に総幹部会議に介入するほどの力はない。今までどうにかやり過ごせていた。
そう。この《師》による修行が開始されるまでは――。
「烈ぅ、そこをどきたまえ、我らも卒業までは武帝高校のAクラス。祠での修行を制限されるいわれなどないはずだよ」
「ざけんなっ! 来年の元旦まで、《武帝の祠》の一切の使用禁止の指示が学校の運営側から出されてんだろ!?」
「わかっているさ。僕らもまだ、《武帝の祠》に入るつもりはない」
「なら、即刻立ち去れ! ここはお前らが居ていい場所じゃねぇ!」
「立ち入りの資格がないのは、君達も同じだろう?」
「寝ぼけんなっ!! 俺達は、選手権の代表だ!!」
「生徒総会」
「っ!!」
やはり、烏丸糺達の策はそれか。
生徒総会が開かれる以上、総会の結論がでるまで、学校側の決定すらも一時的に凍結される。当然、学校側の《武帝の祠》についての一切の使用の禁止の指示はもちろん、学校側が吹雪達に付与した代表選抜資格さえも例外ではない。
そして、この【神々の遊戯場】の立ち入り資格と、代表選抜資格がその議論の対象となる以上、その結論がでるまで一切の使用は禁止される。なるほど、確かに筋は通っている。
睨み合いが続くなか、突如、【神々の遊戯場】の扉が開く。
「これでようやく、九階層なのだ。もうへとへとぜよ」
土埃にせき込みながらも、三人の男子生徒が、【神々の遊戯場】の扉から出てくる。
「砂漠の巨大蟻地獄って、マジで反則だよなぁ~」
「ところで、松田氏、階層主のドロップアイテムの調子はどうなんだな?」
顎にたっぷり贅肉をつけた男子生徒が、スポーツ刈りの筋骨隆々の生徒――松田に大きな欠伸をしながらも、尋ねる。
「ああ、中々いい感じだぜぇ~」
目の下にクマができた松田の周囲には、いくつもの球体が浮遊しており、ぐるぐると回転している。
「これも、攻略がショートカットできたあのボーナスステージが大きかったんだな。ぼきゅが発見した御蔭なり。感謝するがよいぞ」
得意げに、胸を張る顎に肉が付いた男子生徒。
「へいへい」
右手をプラプラさせると松田は、数語述べて周囲の球体を消失させる。
「三時間だけ寝て、次の冒険に行くぜよ。某は、今日中に獲得したいアイテムがあるのだ」
皆が呆気にとられている中、三人は烏丸兄弟の睨み合いなど気にも留めず、去っていく。
「九階層って、まさかっ!?」
柔術部主将――セイジがカードを操作し、顔一面に悔しさを滲ませる。
「会長、やられました。攻略階層が更新されています!」
「「「「「「「はあ!?」」」」」」」
一斉にカードを確認し、次々に悲鳴と怒号の言葉を吐き出す。
そんな、殺伐とした雰囲気の中、さらに、混乱という名の爆弾は投下される。
「こんなところでたむろするなよ。邪魔だ」
いつの間に来たのか、一色至により、烏丸糺は突き飛ばされ、顔面から床にダイブする。
「貴様ぁ!!」
顔一面に屈辱の感情を漲らせながら、飛び起きる烏丸糺を一瞥すらせずに、【神々の遊戯場】へ入っていく。
多分、今の一色至にとって、烏丸糺など道端の石ころ程度の認識もないのだろう。
一色至だけは、誰ともパーティーを組まず、ソロでこのダンジョンに挑んでいるという変わり種だ。最近など学校の授業すら休んで、この迷宮での修行に明け暮れているらしく、姉の一色萌奈香が心配していた。
「おはようございます。皆さん、それじゃ、御先にぃ」
【ビギナーズラック】の面々が、にこやかに挨拶をしながら、扉前の混雑を掻き分けるように、次々に【神々の遊戯場】へ入っていく。
「会長、何か、俺達、取り残されてやしませんか?」
「ああ、そのようだな」
正直、馬鹿馬鹿しくなってきた。そもそも、烏丸糺ごとき愚物の考えをあの《師》が想定しないはずがない。学校側が事態の鎮静に動いてないのも妙な話だ。この手の事態に十二分の対策は立てていると解すべきだろう。
そもそも、今の吹雪の目的は、真の意味で《師》の弟子になること。所詮この施設の利用など付録にすぎない。百歩譲って烏丸糺がこの施設を利用できるようになったとしても、奴らが弟子になることは絶対にありえない以上、吹雪達にとって心底どうでもいいことだ。
「行くか」
「ですね」
喚き散らす烏丸糺を尻目に、吹雪達も迷宮内へと潜っていく。
◆
◆
◆
昼の休憩にダンジョンの外に出ると、扉前で疲れた表情の阿久津先生が、佇んでいた。
「先生、生徒総会の件ですか?」
「まあな、ようやく、彼らはこの【神々の遊戯場】の噂が、ただのデマだったと判断したようだよ」
「随分と大人しく引き下がりましたね」
「元より資格ないものが入ってもただの《武帝の祠》のようだからな。カードの扉の開錠機能は停止され、原則、扉の内に入ること自体に制限はなくなった。
そして、カードの作成機能は既に一時停止されている以上、資格のない彼らには、【神々の遊戯場】の利益は教授し得ない」
改めて考えれば、これも別に驚くには値しない。そもそも、あの【神々の遊戯場】の広大さに鑑みれば、異空間を作り出していることはほぼ確定的。そして、その鍵は、あの機械により登録したカードなのだろう。
「ならば?」
「ああ、噂がここまで広まってしまった以上、隠せば逆に混乱を招く。《武帝の祠》は今まで通り、全生徒が使用できることとなった」
あくまで、《師》が禁止したのは、【神々の遊戯場】。《武帝の祠》を使用可能としても、《師》の意思に反しない。
「生徒総会はどうなります?」
「お前なら、今までの《武帝の祠》の修行のために、もう一度、あの試験を受けたいと思うか?」
噂では、様々な高レベルの化け物に齧られるような試験だったらしいし、そんなの長い人生でも一度で十分だろう。
「いえ、思いませんね。ならば?」
「ああ、おそらく、事態は無事終息するだろうさ」
「そうですか。それはよかった」
烏丸糺に先導されていた風紀委員もこれで冷静さを取り戻すことだろう。風紀委員長の不信任動議についても、近々、取り下げられると思われる。
「もう暫く、騒々しくなるかもしれんが、我慢してくれ」
「それは構いませんが、ポイントの交換はどうなります?」
流石に、あの現場を見られれば、噂が真実であると認めるようなものだし。
「本日中に、《師》が、一階の始まりの地に交換所と休憩所の機能を有する町を設定してくださるそうだ。原則、そこで、交換してもらいたい」
「どんどん、ファンタジー一色になりますね」
「まったくだ」
阿久津先生が肩を竦めると、疲れたようにふふっと笑う。
「行くぞ!」
吹雪達も学食へ向かう。
午後の探索の後、【神々の遊戯場】の外に転移すると、いつもは混雑するはずの交換所前には人っ子一人いない。
「会長、これって?」
「一階の始まりの地だろうな」
すかさず、【神々の遊戯場】の扉をくぐり、行先を『始まりの地』へとする。
「は?」
そこは、巨大な町並み。
煉瓦造りの中世風の建造物に、アスファルト舗装されていないストリート。
道行く人々などとても本物にしか見えない。流石に、いくら、《師》でもこの人々を作り出すのは不可能だろう。つまり、あの人々は《師》がどこからか呼んで来た人々ということか?
暫し、キョロキョロと周囲を見渡していると、さらに普通じゃない光景が目に飛び込んできた。
「か、会長? あれ……」
メンバーの震える指先にあったのは、警官の服装をした二足歩行で徘徊する犬のぬいぐるみ達。
「ああ」
カラカラになる喉から何とか言葉を絞りだす。
「やあ、あんた達も来てたの?」
「祀、これは?」
「さあ? でもここはこういうところみたいよ。あっちでは、鉢巻をした魚が刺身を売っていたし」
「共食いかよ。もう、無茶苦茶だ」
投げやりにそんな突っ込みをいれると、力なく笑ったのだった。
今は、フォークとスプーンが交差した看板の料理屋に入り、夕食を食べている。
厨房では、フライパンの姿をした生物が、フライパンを見事に操り料理を作っていた。
「うん、これ美味いな」
スープを口に含むと甘いコーンの香りが舌を刺激し、思わず、吹雪はため息を吐いた。
「このサラダもおすすめよ」
祀も、頬を緩ませながら、ブロック状のチーズの乗っているサラダを口に含んでいた。
これ、下手をすれば、専用の料理長のいる八神家よりも美味いんじゃなかろうか。
案の定、体育連のメンバーは皆、一言も口にせず、夢中で口に料理を含んでいる。
(《師》、本当に恐ろしい御人だ)
改めて、《師》の非常識を実感しながらも、吹雪は料理を口にする。
「このダンジョンの完全攻略はただ戦闘して進んでいるだけでは駄目だということか」
「多分ね」
今回の松田、須藤、明石の第八層の攻略により、それは明らかになった。
この【神々の遊戯場】では、最初の階層攻略者の名前やステータス等が表示される仕組みとなっている。
どういう手段を使ったかは不明だが、あの三人のレベルは既に16を超えている。明らかに異常な成長スピードだ。仮にやつらが、徹夜したからといっても、ここまで極端な差などつくはずもない。
つまり、これは、あの三人のレベルが跳ね上がったわけがこの迷宮には存在するということを意味する。
「レアモンスターの巣だろうよ」
顔を上げると、烈が苦虫を嚙み潰したような顔で、吹雪達その傍のテーブルの席に座る。
「それ、ソースは?」
「あの三人が、六階層の大沼付近で遊んでいたって情報が入った」
「信用性があるのか?」
「何せ、本人達が得意げに自慢していたそうだからな」
呆れたように、肩を竦めて見せる烈。
根本的に、松田、須藤、明石の三人スタンスは、吹雪達とは違う。彼らは、心の底からこの迷宮を楽しんでいる。彼は、《師》の弟子になりたいとは、少なくとも今は考えてはいまい。でなければ、先に見向きもせず、六階層でレアモンスター退治などできやしないから。
「ダンジョンの完全攻略は、ただ先を目指すだけでは無理、そういうことか……」
「ああ、レアモンスターに、ショートカットイベント。今まで通りの忍耐による修行では、俺達はまず敗北する」
烈のこの予想は多分真実だ。《武帝の祠》のときのように、ただ、敵を倒すことに邁進するだけでは、期限内での攻略は不可能。ならば――。
「なあ、俺達と手を組まないか?」
「くふっ! まさかお前と同意見とは……そうだ。俺達が勝つにはそれしかない」
吹雪のこの提案に烈は苦笑しつつも、そう断言する。
「まいど、ホント、男って熱くるしいわね」
呆れたような祀の声を無視し、吹雪は烈と拳を合わせたのだった。




