第82話 事件の結末
11月18日(土曜日)午後七時
あれから丸一日過ぎた。
ミラノを保護してから、間もなく各局放送局が、緊急速報として一斉に本件事件について報道する。結果、警察組織、政界が動き、事態は収拾に向かう。既に、児玉の依頼によるミラノの殺害を見逃そうとした警察庁のネズミ共は全員、逮捕状が発布される。
このタイミング、秀忠かロキが予め、リークしていたのかもしれない。とすると、あの児玉の動きも予測していたってことか?
本事件で、俺は真八を始めとする重要な人物を失った。いくら秀忠でも踏み越えてはならぬ一線がある。秀忠の奴にすぐにでも問い詰めたいのだが、奴は最近、俺の前に顔を見せない。詰問しようにも、怒りをぶつけようにも本人がいないのではどうしょうもないわけだ。
今回の事件での死者は四人。
一人目は、志摩時宗。
二人目は、マメルティヌス収容所管理局局長はホテルの一室での服毒自殺。ご丁寧に自筆の遺書の書置きもあり。
三人目の『超常現象対策庁』対策課、課長――四暮九佐加と民優革新党総裁――児玉根楽。共に内閣府の会議室の一室で共に死亡。
「会議室での自殺ね……」
警察の発表では、児玉は会議室内の自分の椅子の裏にプラスチック爆弾をセットし、四暮九佐加共々爆破したらしい。
「殺されたんだろうな」
とても自殺などするような男ではなかったし、わざわざ、爆弾に骨まで溶かすほどの熱量を用いる必要などない。まず、間違いなく嵌められたのだろう。
「児玉根楽の殺害の事件は、その殺害の異様さを理由に、対策庁の管轄となったよ」
徳之助が苦々しく、そう呟く。
「児玉は、奴等の使い捨ての駒てってわけか……」
どこまでも俺をイラつかせる奴らだ。最近俺の周りの事件は、この手の救いが皆無の事件ばかりで、怒りのストレージがたまりまくりだ。そろそろ、発散させたいものなのだがね。
「警察内の事情は全て徳さん達に任せる。宣言通り、俺は今後、一切の関与をしない」
「了解だよ。任せてくれ。これが最後の仕事だ。せいぜい気張るよ」
「話は変わるが、本当にいいのか?」
「いいさ。僕は上司を告発した。もう警察にはいられない。僕が全責任を負う形となったから、部下達に一切の不利益にならない旨を警視総監に誓わせた。あとは個人の問題かな」
「堂島さん、多門さんもか?」
「ええ」「おう」
頷く二人に、俺は体中の力が抜けていくような安堵感を覚えていた。少し前の俺ならあり得ない感情だが、俺自身、そんな自分に悪くないと思ってしまっていたのだ。
ともあれ、無性に照れ臭い。話題を逸らすことにしよう。
「ミラノとヒエロファント、いや、神凪右京の記憶は戻りそうなのか?」
この世界ではミラノは罪の一切を犯していないし、ヒエロファントもあの《万物傀儡》とかいう能力で洗脳されていて、自由意志皆無の傀儡だ。責任を負えるようなものではない。例え本人達が罪に服すことを望もうとだ。故に、俺達のギルドで保護することになった。
「それが、試みてはいるのですが……」
ベリトの表情からも、その効果は思わしくはないんだろう。
当然といえば当然かもしれない。十中八九、《万物傀儡》は、俺の《万物創造》と同等クラスの奇跡。おそらく今の俺では解除は不可能なはず。
まっどうせ、小雪の医療チームの解散が決定し、ここからは、魔道魔技医学の専門家を新たに見つける必要があったところだ。奴等は生きている。なら焦る必要はない。寧ろ、小雪の治療法の方が遥かに問題か。
今回、ミラノの容疑が晴れたことから、俺の選手権出場の必然性は多少低くなったが、それでも、俺は奴等を弟子にしてしまった。途中で投げ出したり、手を抜いたりすれば、次のレベルに至る条件の成就に影響を与える危険性がある。つまり、選択肢は、依然として俺に与えられていないわけだ。
それに、確かにミラノの地球滞在については、地球側での問題はなくなったが、この度、地球でミラノが殺害されそうになった事を鑑みれば、四界はミラノが、このデスゲームのゲーム盤であるこの地球に滞在することを望むまい。
国籍が移動すれば、その者の滞在権限などは、その属する四界により決定権限がある。結局、俺達が優勝しなければ、ミラノはこの地球から退去しなければならない可能性が高い。
ミラノには自身で地球に滞在するかを決めてもらいたい。やはり、依然として選手権で俺達武帝高校が優勝する必要性はある。
臨時会議が終了し、自室へ戻り、ベッドに横になる。
時宗の追悼と、真八の送別のため、俺は本日、今回の事件の事後処理が必要な警察官や自衛官以外、一切の修練や職務を禁止した。同時に、本件事件の事情の委細を説明し、出向組の警察官や自衛官に対し、出向元の警察や防衛省に戻るか否かを決めるように求めたのだ。
既に決心がついた者がほとんどのようだが、一応明日の夕方に結論を聞くことにしている。
本心を言えば、聞くのが怖い。一人でいる事に慣れっこになっている。そう思っていた。だが、実際は情けないくらい皆に去られることに不安を感じてしまっている。知らず知らずのうちに、俺は皆に寄り掛かってしまっているのかもしれない。
今回の件で、過去のモヤモヤとしたものはかなり解消された。加えて、他の覇王のいくつかの勢力が、暗躍している事実も判明する。
第一、『超常現象対策庁』のカグツチ。あの朝霧将蔵さえも、従える《強欲》の王。朝霧将蔵は、秀忠とはまた別のベクトルの怪物というもっぱらの噂だ。
しかも、あの部屋にいた白髪の青年と髭面の大男は別格だった。最低でもベリトやオズクラスはある。おまけに、朱里と銀二までカグツチの配下。
『超常現象対策庁』は、俺にとって一定の因縁がある部署だ。衝突は必至だろう。何より、カグツチと俺は、絶対に相容れない。なぜかと言われれば、上手く答えられないが、奴と手を組むという選択肢が微塵も思い描けない。天敵、それが一番近い表現なのかもしれない。
おそらく、奴と俺は近い将来、互いの信念と存在意義を掛けてぶつかることになる。そして、そのあとで立っていられるのは、俺と奴のいずれか一人。
負けられない。今の俺には守るべき家族がいる。例え親友の仲間や家族を粉々にしようとも。それが、マスターたる俺の使命だ。
第二が、《暴食の王》――ジン。こいつは覇王の中でもマジで異質だった。
散々俺達を翻弄したデスが、《暴食》の介入を認識した途端、敵対することを捨て、必死で逃亡を図るが、あっさり、滅ぼされてしまう。
これは俺の勘だが、今の俺ではジンには勝てない。いや、面と向かってジンと真面に相対せる存在を俺は思い描けない。これは理屈じゃないんだ。いくらレベルを上げようと、強力無比な魔術やスキルを覚えようと、奴と相対するのには不足している。
――存在の器自体が違う。
おそらく、こう解すべきなんだろう。奴との戦闘を成立させたければ、同じ器に至るしかない。今の奴は歩く災害に等しい。奴との戦闘は、少なくとも今は可能な限り避けるべきだ。都合よく、奴は《強欲》のような戦闘狂ではなかった。こちらから仕掛けない限り、戦闘にはなるまい。
第三、黒色ローブの女。仮面をしていたから顔は不明だし、微妙に声も変えられており、女ということさえも疑わしい。
彼奴が権能と思しき《万物傀儡》を使用したことからも、俺と同じ覇王であることは自明だろう。
奴の《万物傀儡》は精神支配の権能。正直、質の悪さでは、覇王の中でもダントツだ。本来、真っ先に潰す必要がある存在だが、生憎検討すらつかない。
第四、《傲慢》、今ゲームの優勝候補とされる腐れ外道。デスの悪質さを鑑みても即殺しておくのが賢明なわけだが、黒色ローブの女と共闘関係にもあり、そう簡単にはいくまい。
今最も警戒すべき存在だ。
いずれにせよ、一筋縄ではいかない奴等ばかり、俺とギルド全体の実力アップは急務だろうさ。
あとは、小雪の治療とミラノ達の洗脳を解呪する技術者の獲得。
魔術とスキルに精通した医療研究者。そんな都合の良い存在がいれば、世話はないわけであるが、既に小雪医療班チームは解散され、人材発掘が急務となっている。
まあ、焦っても良い事は皆無だ。じっくり腰を据えて取り組むしかない。
「今日はもう寝るか」
明日は、日曜日であり、学校が休み。故に、午前中を利用し、遅れているカルディア教国聖都へ向かうことにしたのだ。明日も早いし、ホント、この数日色々ありすぎた。今日くらい、微睡に身を任せても許されるだろう。
ベッドで寝ている子狐を抱き枕に、俺は重くなった瞼を閉じる。子狐キュウのモフモフの獣毛に誘われるように俺の意識は深い眠りの底に落ちていった。
11月19日(日曜日)午前八時
久々に寝過ごした。朝食もとらずに、眠い目を擦りながら、カルディア教国聖都への旅のため、本日の約束の場所である街の城門前にいくと、既に皆が集まっていた。
「ミラノ、お前もついてくるのか?」
「ああ、ロキさんとウォルトさんに指示された」
何となくだが、そうなるような気がしていた。
現在、時宗の件で志摩家は喪に服しており、ミラノにいらぬ気苦労を掛けたくないことを理由に、来月一杯までミラノは俺らが受け入れることになった。
時宗の件はいずれミラノに知らせねばならないが、どの道、真実の記憶が蘇られなければ、悲しむことすら許されない。まずは記憶を元に戻す事からだ。記憶が戻らなければ、どの道、ミラノは志摩家に戻ることを良しとしないだろうし。
「ノックです。よろしく」
真っ赤に顔を染めながら、ノックがミラノに挨拶を求める。
今のミラノはあのメイドの服装ではなく普段着だ。しかも、暗殺者共に施されたおめかし中だから、やたらと目が引く。慣れている俺でもそうなんだ。ノック達としては、当然かもしれない。
「うん。よろしくね」
笑顔で、握手を交わす。
それにしても、こいつ、俺に対する態度と、他人に対する態度、違いすぎねぇか。俺だけ、器用に、口調すら変えてるし。
ともあれ、ミラノはウォルト同様、俺にはよく理解できん人間の一人。考えるだけ時間の無駄という奴かもしれない。
上着でごしごしと右手を拭いて、握手をするベムとチキンに、少し緊張気味に右手を出すセシル。アイラとグスタフとはウォルトを介して既に、知り合いだったようで、簡単な挨拶で終わらせている。
相変わらず、サブは心ここにあらずで、頭を下げるだけ。人見知りのシドにおいては、俺に背後からしがみ付き、まるで猛獣に接するように恐る恐る右手を伸ばし、ミラノにショックを与えていた。
「いくぞ」
こうして新たなメンバーを入れて、俺達の旅が再開される。
――――回顧真実の解明編終了




