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第79話 幕引き 柩荷稲


(終わったな……)


 内閣情報調査室室長――柩荷稲(ひつぎかいな)は、目の前で展開されている蹂躙劇に冷めた視線を送っていた。理由は簡単。あまりに当り前の結論だったからだ。

 新たな政権担当となったお気楽な総裁に、柩は繰り返し、翻意するように上申してきた。

 しかし、総裁の採った選択は、柩を抜きで話を進めることだった。

 結果、《トライデント》は、僅か一か月と立たずに、消滅し『超常現象対策庁』を主体とする《プルート》とか言う組織が発足される。

 《トライデント》は、『超常現象対策庁』の力を抑え込むための組織。それが、『超常現象対策庁』の傀儡と化す。どうにも皮肉が効いている。

 

「なぜだ。私の《プルート》が、なぜこうも易々と敗北する?」


心底、うんざりする。児玉根楽(こだまねらく)のわかりきった疑問と、組織を私物化するこの救いようのない愚かな言葉に。

 

「それは、総裁が現実を見ていないからですよ」

「柩、貴様の意見など聞いていないっ!」


 真っ赤な顔で、捲し立てる児玉根楽に肩を竦めると、柩は口を堅く閉ざす。

 どの道、この度の件で児玉は破滅だ。これ以上、言葉を交わす必要性を感じない。

 児玉ごとき素人がいくら隠そうと、柩たち、内閣情報調査室はプロだ。この事件の詳細は、とっくの昔に耳に入ってきている。

 四界のお姫様を殺害し、その罪を、三日月の夜(クレッセントナイト)に被せ、ギルドマスターの相良悠真から全てを奪い取る。こんな、小学生でも考えそうな策を恥ずかしげもなく実行したのだ。この愚者は近い将来、全てを失い破滅する。

 『超常現象対策庁』は狡猾だが、日本でも有数の頭脳がそろった部署だ。トップを内閣総理大臣とする組織を本気で作ろうとなど考えちゃいまい。奴等はそこまで人材に不足していない。特にいま、対策庁には自らを《強欲》と名乗る怪物がいる。あれがこんな屑の下で満足するものか。

 要するに、対策庁は《トライデント》という組織を潰すために、今回の事件を起こしたのだろう。

 あそこで、三日月の夜(クレッセントナイト)に成すすべもなく蹂躙されている者達は、『超常現象対策庁』の使い捨ての駒。おそらく、¨全て、私の独断だった¨と主張する人身御供が、『超常現象対策庁』からでて、この事件は収束するはずだ。

 『超常現象対策庁』も、多少のダメージは受けるだろうが、《トライデント》の解体という奴等の目的は果たしているし、何より、目の上のたん瘤だった、東条秀忠と四童子真八の影響力を削ぎ落す事に成功している。

 《トライデント》が消滅し、相良悠真が手を引いた今、事実上、今事件後、『超常現象対策庁』に対抗し得る存在は、この日本行政内には存在しなくなる。

 『超常現象対策庁』に対する非難も最初だけ。直ぐに圧力がかかって、全メディア機関の話題から掻き消えるのは目に見えている。


神姫未来乃(かみひめみらの)を誘拐した犯人の潜伏場所に、三日月の夜(クレッセントナイト)がいたのだ。奴等が、今回の事件の首謀者であることは明らかだっ!!」


 児玉根楽(こだまねらく)は立ち上がり、今更そんな見当はずれなことを吠え始めた。

 この児玉の発言で、会議室は騒めくが――。


「申し訳ありませんがねぇ、児玉総裁、神姫未来乃(かみひめみらの)、いや、リルム・ブルーイットを誰が誘拐したのかなんて我らには全く興味がないんですよ」


 そんな、防衛事務次官の言葉に、喧騒は一瞬で鎮静化してしまう。おそらく、事務次官の言葉は、この場の誰もの共通見解だったからだろう。

 そして、それをわからないのは、この場にはたった一人だけ。


「興味がない!?  神姫未来乃(かみひめみらの)は、四界の最重要人物だぞ?」

「だから?」

「だ、だからだと!?」


 茹蛸のように怒りで顔を真っ赤に充血させながら、児玉は席を立ちあがる。


「防衛省がここにいるのは、肥大化する相良悠真一派の力を抑え込む妙案があるからと貴方が言うから。彼と面と向かって、ドンパチやる気など毛頭ありませんよ」

「奴はただの子供だぞっ!!」

「ええ、そうです。子供です。ただし、ただの(・・・)ではなく、探索者の頂点――八戒(トラセンダー)でもある」

「そんなものは、東条が協議会に掛け合ったにきまっている!」

「あのバケモノのことは、総裁達政治家以上に私達、行政は知っています。確かに、奴ならやりかねない」


 防衛省事務次官は、憎々しげに、そう吐き捨てた。


「ならば――」

「でもね、それは、相良悠真の力が大してことはない事にはつながらない」


 防衛省事務次官は、児玉の言葉を遮り、そう断言する。

会議室内の約半数が無言の同意をし、もう半数が困惑気味に防衛省事務次官と、児玉のやり取りを眺めている。

 この会議室にいる面子も、たった数時間で、大分様変わりした。約半数が新たな人物に入れ替わっている。防衛省の事務次官もその一人。

 あの場には、防衛大臣が出席していたはずだが、児玉が上手く話をまとめられなかったことから、この無駄に有能な事務次官に泣きついたのだろう。

 というより、ミジンコ並みの常識を持ち合わせていたら、現役の八戒(トラセンダー)に正面から喧嘩を売る会議に出席したいとは誰も思わない。柩とて、出席などしたくはなかったが、調査室の長が柩であり、立場上、出席の打診を拒否することはできなかった。

 ここにいる半数は、この児玉の暴走の後始末に各省庁駆り出された者達。柩と同様、下からの付き上げと、上から放り投げられた無茶な調整に戦々恐々としていることだろう。

 あの悪魔(東条秀忠)が、防衛省、警察内部から、有能な人材を出向という形で三日月の夜(クレッセントナイト)へ引っ張っていった御蔭で、皆、このギルドのふざけた奇跡を目のあたりにした。さらに、組織として、享受し得る事も明らかとなっている。

 内調でも、三日月の夜(クレッセントナイト)への出向を望む者が後をたたなかったのだ。そんな中での、この児玉の暴走により、出向どころか、ギルドマスターの相良悠真の敵となってしまったのだ。部下達の失望は想像を絶する。


(まあ、上手く踊らされているようではあるがな……)


 児玉のこの暴走については、利益を得る組織は二つ。

 一つは、もちろん『超常現象対策庁』だが、もう一つは、米国だ。

 日本政府が、『超常現象対策庁』の単一勢力となり、相良悠真は完全にフリーとなった。相良悠真の出生の事情を鑑みれば、米国が接近するのは目に見えている。


「大体、なぜ、事務次官ごときがこの会議に出席している!? 窓歩(まどほ)大臣はどうした!?」

「私とてこんな会議に出席したくはありませんでしたよ。そもそも、私は四童子幕僚長同様、《トライデント》の維持派ですからね」


 要するに、この事務次官も柩同様、立場上致し方なく、あの神のごとき奇跡を起こす怪物と対立することを強いられた生贄となったわけだ。

 

「なら、窓歩(まどほ)大臣を呼べ。貴様では話にならんっ!!」

「そう言われましても、窓歩(まどほ)大臣は、急な胃潰瘍から緊急入院なさってしまいました。致し方なく私が出席している所存です」


 この度、幾人の緊急入院が出たのだろう。正直、うんざりするが、彼らの危機察知能力はかなりのものだ。この件に首を突っ込めば、先には破滅しか残されていない。それを明確に感じ取ってのことだろう。


「入院だと!? 数時間前には、ピンピンしていたではないか!!」

「それは、大臣の気持ちを忖度(そんたく)していただければ幸いです」


 半数の押し付けられた者達から、苦笑いが生じる。その諦めにも似た姿からも、十分にその気持ちは推し量れる。

 児玉の暴走をここまで許してしまったのだ。協議会や米国を始めとする大国からの批判は免れまい。この件で、責任を取らされるのはほぼ確定だ。しかも、これから待つのは、肥大化する『超常現象対策庁』による支配。間違いなく、各行政のトップ陣はすべからく『超常現象対策庁』の影響を受けた者達にすげ変わることになる。

 『超常現象対策庁』は、戦前のアトラスの性質を色濃く受け継いでいる機関。組織に益があるなら、人体実験とて平気で敢行する狂気性をもっている。あの組織は危険だ。だからこそ、これ以上、勢力を拡大させないために、《トライデント》を発足させようとしたのだ。その一世一代の政府の試みは、この愚か者により完膚なきまでに破壊されてしまった。


「長官、相良悠真の逮捕状は!?」

「今手続き中です……」


 警察庁長官が、ハンカチで額の汗をぬぐいながら、そう報告する。


「手続き中? すぐに発布される手はずでなかったのか!?」

「それが……」


 口籠る警察庁長官の態度からも、裁判所に対する逮捕令状の請求自体が滞っているのだろう。どうやら、状況はそこまで末期的ではないらしい。

 逮捕権限を持つのは事件の具体的な捜査権限を有する警視庁。警視庁のトップの警視総監は、そこの無能と違って、常識と誠実さは弁えている。


「急がせろっ!!」

「は、はいっ!」


 長官は真っ青な顔で立ち上がり、部屋を退出していく。

 無駄なことを。今頃、警視庁では、内定調査が進行中だろう。もう次期に、このバカげた茶番は終わりを告げる。そう。愚者の失脚という幕引きを持って。


「話を続けましょう。我ら各省庁は、この事態は収束するまで相良悠真氏――いや、【エア】から一切の手を引かせていただく」

「私は、この国の首相だぞ! 他ならぬ私の命だっ!」

「ええ、ですが、各省の統制権は各大臣にある。それは、ご存じですね?」

「それがどうした!?」

窓歩(まどほ)大臣の了承は得ております」

「出鱈目をいうなっ!!」


 激高する児玉に、乾いた諦めの入った笑みを浮かべ――。


「そう思うなら御自身でお確かめください。私は大臣の意思を忠実に実行しているにすぎません。これはお納めください」


 立ち上がり、むなポケットから一通の封筒を取り出し、児玉の前に置く。


「これは……」


 その封筒に書いてある文言を目にして、目を大きく見開く児玉。

 防衛省事務次官は、一礼すると扉の前まで歩みを始めるが、思いついたように、立ち止まり肩越しに振り返る。


「ああ、そうだ、一つだけお伝えすることがあります」

「貴様、何を考えている!?」


 そんな児玉の疑問には答えもせず、顔を悪鬼ごとき形相に変えた。


「よくも、我が友の気持ちと決意を踏みにじってくれたな! 私はお前を絶対に許さんっ!! せいぜい、その大層な夢を抱いたまま溺れ死ね!」


そう言い残すと、颯爽と扉から退出してしまう。


「……」


 絶句している児玉を尻目に、この度、トカゲの尻尾切りにあった各省庁の代理人達も、一礼すると退出していく。


(他人事ではないな……)


 柩も何らかの処分があることだろうし。

 それにしても、まったく、どうかしている。身内贔屓も入って入るが、この国の行政は世界でも屈指の才を持つもので構成されていた。

 先の大戦以後、米国の力は増し、日本への圧力は日々増すばかり。さらに、『超常現象対策庁』という暴走必須の怪物組織をその身に宿している。

 それでも、有数の経済大国であり続け、国土を防衛できるだけの軍備や人材を確保し、『超常現象対策庁』の力を封じ込めていたのは、彼らの手腕によるものだ。その首脳部がこんなふざけた茶番で一夜にして、退陣する。残されたのは、権力闘争しか能のない無能ばかり。もう、『超常現象対策庁』を抑えるのは不可能だろう。確定的に、日本はこの日変わってしまった。


「なぜだ? なぜ、あんな餓鬼のために、こんな……」


 だから、そこが致命的な勘違いなのだが。この傀儡に言っても決して理解されまい。

 それに、そろそろはずだしな。

 半数が退出し、残された静寂に包まれる中――。


(室長、動きました。メディア各局が一斉に、甲案件につき、報道しています)


 耳に仕込んだ無線機からの部下の声。どうやら、幕引きだ。


(それで、プランは?)

(Aです)


 プランAは、ミルム・ブルーイットが無事保護された場合に取るべき計画。


(わかった。直ちに、実行しろ!)

(了解)


 席を立ちあがる。


「総裁、ただいま報告が入りました」

「この忙しいときに、何だっ!?」


 苛立ち気に、が鳴りたてる児玉。


「メディア各局が今回の事件を一斉に報道しているとの報告が上がってきています」

「なっ……」


 小さな呻き声を上げ、硬直する児玉に、天井から吊るされている大画面の電源を入れるように指示する。


『――四界の要人の暗殺を指示するなど、前代未聞の不祥事が発覚し、警察庁長官を始めとする警察庁の幹部複数名に警視庁からから逮捕状が請求されました。この暗殺に児玉総理を始めとする新内閣も関与しているとの疑いがあり、近々大規模な捜査チームが結成される事が警視庁から発表されております』


 いつになく興奮気味の女性キャスターの言葉。


『協議会、国連、四界、野党の民自党からこの度の事件につき内閣府に対し、批難声明が発令されています』

『いや~、新内閣が組閣されて、たった数日でのまさかの不祥事ですからねぇ。しかも、用心の殺人教唆ですし。新内閣は四界を必要以上に敵視しているようでしたが、何か関係があるのでしょうか?』

『ネットなどでは、四界の皇女殿下に無実の罪を着せたまま殺し、四界との不和を先導し、内閣支持率を上げようとしているなどの書き込みもされているようですが?』

『いえ、今、暗殺されても、正直デメリットしかないですし、流石にそれはないでしょう。今、新政権が樹立したばかりで、民優革新党の政治基盤も盤石とは言い難い。その四界のお姫様も、権力闘争に利用されたのかもしれませんね』

『まさに、日本中、いえ、世界中が大混乱に陥っているわけですが――』


児玉は、席から立ち上がると、テレビを見上げ――。


「何だ……これは?」


 唖然とした顔でそう呟いた。

 自己の置かれた状況をようやく理解した幹部達が、自身の身を案じ、悲鳴のような騒めきを上げる。


「児玉総裁、見ての通りです。我ら内調も、この混乱を最低限に抑える必要があります」


 その柩の言葉に、生気を失った顔で、椅子に力なく腰を下ろす。

 頭を抱えブツブツと呟く児玉には、先ほどまでの覇気は微塵もなく、あるのは、負け犬の表情。


(この人も終わったな……)


 ようやく、傀儡の糸は切れ、三流作家の書いた人形劇は終幕したようだ。


「それでは、失礼いたします」


 哀れなマリオネット達に、頭を軽く下げると、柩も今度こそ、部屋を出る。

 ここからが勝負だ。国に与えるダメージは最小限にしなければならない。そのためには、この国の統治機構による解決が必須。幸運にも、四界のお姫様は無傷で保護されている。

 ここで、本事件の真実を日本の司法機関で隠す事なく全て詳らかにすれば、協議会や四界の面子も保たれる。

 米国にとっても相良悠真と日本政府との関わり合いを断ち切れたのだ。もう必要以上の干渉はしてこないだろう。


「やってやるさ」


 右手を痛いくらい握りしめ、柩はそう宣言した。


お読みいただきありがとうございます。


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