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第74話 三周目の真実


 三周目の真実――二一〇三年一一月三(木)


 木曜日の晩、取引先から、偶然ある情報を入手した。

――【ウロボロス】の重要人物が日本に来日している事実。

 今や、デスが潜入している警察は当てにならない。探索者協議会にも、奴等の息のかかったものがいるかもしれない。

 対して、偶然、来日した【ウロボロス】の重要人物の周囲に、活動の拠点を日本とするデスの仲間が潜入しているとは考え難い。【ウロボロス】の魔道技術は数十年先を進んでいると言われている。このクソッタレな呪いを解呪する方法も存知しているかもしれない。まさに協力を求めるにはうってつけだったわけだ。

 デス側に勘づかれる危険性はできる限り、低くすべきだ。だから、アポはあえて取らないことにした。ふらりと相席して、用件のみを端的に伝えるのみ。

 時宗は呪いの効果から何も話せないが、それでもその人物がこの狂った現状に一石を投げれる程の力を有しているなら、看破するはず。

 

目的の人物が滞在しているとされるホテルのレストランに向かい、周囲を眺めまわす。

 件の【ウロボロス】の重要人物とやら達は、殊の外他とは浮いていたので、すぐに見つけることができた。

隅の窓際のテーブルには、赤色のローブの女と二人の男が座っていた。

彼らのテーブルの傍まで行くと、彼らの観察を開始する。

とんがり帽子を被り、赤色のローブを着こなす赤髪の女。このコスプレを試着したような痛々しい外見の女は、今も時宗に敵意むき出しの視線を向けてきている。

 二人目が真っ白のタキシードに、白色の手袋を着用し、シルクハットを頭から被った男。彼は、頬杖を突きながらも興味深そうに、時宗を観察していた。

 そして、最後の一人が隻腕、二十歳そこらの黒髪の青年であり、目の前に立つ時宗を見ようともせず、口に料理を運び続けている。

中肉中背の背格好に、黒髪に、黒目、この容姿、この日本ならどこにでもいそうな典型的な日本人。そのはずなのに、今まで出会ったどんな存在よりも、このとき時宗にはこの青年が怪物に見えたんだ。


「君がボスだろ?」


 その時宗の言葉に、赤色ローブの女が立ち上がり、黒髪の少年を庇うように立ちはだかり――。


「へ~、ジン様を一目で見抜くか。面白いね。逢いに来た理由も――わかりきってるよねぇ?」


 白色タキシードの男は、隣の黒髪の青年に言葉を投げかけると、初めて黒髪の青年は億劫そうに顔を上げた。

 その闇色の瞳に見つめられただけで、動悸が早まる。その時、時宗は直感で理解した。この男は、あの扇屋小弥太(おおぎやこやた)――デスと同質のもの。即ち――人外。


「誓約の呪いか……」


 そう呟くと、右手に持つフォークの先を時宗に向けると、一言二言紡ぐ。

突如生じる浮遊感に、面食らっていると、再度の黒髪の青年は顔を料理に戻し、食べ始める。まるで最初から、時宗などいなかったかのように。


「あらま、禁術クラスの呪い、あっさり解呪しちゃうのね」

 

 さも可笑しそうに、ケタケタと笑う白色タキシードの男。


(呪いを解呪? まさか、デスの施したこのクソッタレの呪いを解除したとでもいうのか?)


確かに、今まで常にあった鉛のような疲労感は綺麗さっぱり、喪失している。


「要は済んだだろ? 失せろ、今ならジン様への無礼許してやる」


 赤色ローブの女も椅子に座り直し、料理に手を付け始める。

 構わず、同じテーブルに座る。ようやく掴んだ蜘蛛の糸なのだ。ここで、断ち切られるわけには絶対にいかない。


「貴様……」


 赤色ローブの女から、濃密な殺意が巻き起こり、情けないほど膝が笑い、歯が小刻みに打ち鳴らされる。


「救ってほしい者達がいる」

「へ~、どんな?」

「クロノ殿っ!!」


赤色ローブの批難の叫びに白色タキシードの男――クロノは、鬱陶しそうに顔をゆがめながら、耳をほじくる。


「別に聞くだけならいいじゃん。せっかく、『門』に反応があって、こんな極東ぐんだりまで来たってのに、他の覇王に先を越されちゃったみたいだしさ。僕、メッチャ退屈だったんだよね」

「貴方という人(ひと)は、いつもいつも――」


 益々、太い青筋を額に漲らせる赤色ローブの女。


「洗脳され、意思をいいように操られているんだ」


 必死で捲し立てる。運悪くこのシーンが奴等の目に留まれば、時宗は破滅だが、どの道、このままではジリ貧だ。だから――。


「頼む」


 必死に、頭を下げ続けた。


「いやだね」


 そんな時宗に視線も向けもせず、料理を食べ続ける黒髪隻腕の青年。


「そこを曲げて頼む。この呪いを解いたあんたなら可能なはずだ」

「たまたま、呪いが俺のよく知る魔術だっただけだ。スキルなら俺にも無理だったさ」

「あはっ! ジン様、それ、言っちゃう~?」

「必要以上にハードルを上げられるのは好きじゃない」


 そう素っ気なく答えると、やはり、視線さえ向けずに、料理を口に運び続ける。


「頼む、私に可能なことなら何でもする」

「貴様ごときがジン様に、出来ることがあると?」


 赤色ローブの女のぞっとするような怨嗟の声を浴びつつも、構わず、時宗はただひたすら額をテーブルに押し付けていた。


……

…………

………………


隻腕の青年達の気配が消失し、頭を上げると、テーブルの上には紅のルビーが置かれている。

状況から行って、あの黒髪隻腕の青年が置いていったものだろう。

ルビーを懐にしまい、直ぐに探索者協議会の東京支部へと直行する。

 


「おそらく、魔封じの石じゃな」


 白髪の翁が長い真っ白の顎髭をしごきながらそう断言する。

 この翁は、探索者協議会東京支部の主任研究者の一人であり、時宗とは数少ない茶飲み友達だ。この翁には過去に研究費を支援した借りがある。その恩を逆手に、この紅の石を調査させたのだ。


「魔封じ?」

「そうじゃ、これは特定の魔術を封じ込まれられている石。一定の衝撃で封じられている魔術が発動する」


 話の流れからいって、この石の中に含まれている魔術は――。


「なあ、この石、儂に譲ってくれんか? この封じられている魔術の強度から鑑みるにおそらく禁術。しかもとびっきりじゃ」


 興奮気味に唾を吐きながら御高説を垂れる翁の提案をきっぱりと断り、研究所を後にすると自宅に戻り、ひたすらあの悪魔から神凪美莱(かんなぎみらい)を逃がす計画を立てる。

 フランスには、時宗の経営する飲食店の支社があり、臨時の住宅を購入してある。結構広いから、美莱とその家族くらいなら、ほそぼそとやっていけるはずだ。

 六人分のフランス行きの旅客機のチケットと右京達と美莱のパスポートを用意し、身支度を済ませる。

 そして、丁度、アジトに扇屋小弥太(おおぎやこやた)がおらず、神凪右京(かんなぎうきょう)神凪重虎(かんなぎしげとら)神凪閏(かんなぎうるう)神凪小蝶(かんなぎこちょう)の四名となったときを見計らい、隻腕の男からもらった魔封じの石を床に叩きつける。

 その効果は、劇的であり、右京達は正気に戻る。ただ、その効果は不安定なものらしく、右京達は脂汗を浮かべていた。今行われているのは精神の綱引き。偽りの記憶と真なる記憶との鬩ぎ合い。偽りの記憶がまさったとき、右京達は、マリオネットとなり下がる。


「俺達は行けない」


右京はそう結論を口にする。今の右京達の様子を目にすれば、それは自明の理。まもなく、偽りの記憶に全て塗りつぶされる。


「それに、私達落ちるところまで落ちちゃったみたいだしさ」


 黒色ドレスに、黒髪のショートカットの女、神凪小蝶(かんなぎこちょう)が、寂しそうにそう呟く。


「そうだな、俺達に残された仕事は一つだけだろ?」

「だね」


 筋骨隆々の体躯を持つ金髪の大男神凪重虎(かんなぎしげとら)の言葉に、制服を着用したシンメトリーの少年――神凪閏(かんなぎうるう)が相槌を打つ。


「俺達の最後の一人が正気でいられる限り、俺達は妹を守り抜く。例えこの世の誰を犠牲にしても――」


 神凪右京(かんなぎうきょう)の言葉に、皆、大きな相槌を打つ。

 


 時宗達が建てた作戦は単純明快。当面は、デスである扇屋小弥太(おおぎやこやた)の立てた作戦通りに、行動する。

 動くのは日曜日の晩。右京達が騒動を起こし、扇屋小弥太(おおぎやこやた)の目を引き付ける。神凪美莱(かんなぎみらい)と共に、志摩家を離れ、身を隠し、次の日の月曜日の朝の便で、フランスへ飛ぶ。こんな作戦だ。



―二一〇三年一一月四(金)


小蝶(こちょう)が落ちた。フィオーレ・メストの殺害に耐えらなかったんだろうさ」

「そうか……」


 こうなることはわかっていたことだ。あの娘は時宗とは違い心根は優しく澄んでいる。罪もない者を殺し、死体を辱めるなど到底精神が許容できるはずもない。


「俺達も同じだろうな。少しずつ、あれほど愛した兄弟達に興味がなくなっていくんだ。多分、明日、小蝶(こちょう)達が死んでも、俺は笑っていられるんだろう」

「随分、弱気だな。あんたらしくもない」


 時宗は、何とか右京達を元気づけてやりたかった。


「そうだな。だが、今は、むしろ好都合なのさ。俺達の言動が互いに興味がないほど、その演技は完璧になる」

「……」

「だから、明日の晩、俺達が志摩家に攻め込む。あんたは、警察内にデスを封じこめてくれ」

「わかった」


 多分、これは志摩家への最大の裏切りだ。でも、時宗は神凪美莱(かんなぎみらい)を守ると誓ったんだ。例え、何を犠牲にしたとしても――。


 

 警察庁の東条秀忠に頭を下げて、日曜日の晩に扇屋小弥太(おおぎやこやた)を捜査本部内に封じ込めておくことを依頼する。

 奴と直接の面識はないが、非凡な才能を有し、警察組織を実質上、支配していることは、兄の辰巳から聞き及んでいた。

 一か八かの賭けだったが、東条秀忠は、その奇妙な時宗の依頼を受けてくれた。

これで、時宗にも少なからず嫌疑は向くが、アリバイさえあれば、構いやしない。あとは、アリバイ成立後、神凪美莱(かんなぎみらい)を連れて、志摩家を脱出後、次の日の月曜日の朝の便でフランスに向かう。

こうして、遂に運命の日曜日を迎える。



―二一〇三年一一月六(日)


 運命の歯車は、たった一人の少年の出現により、時宗達の計画をずたずたに引き裂いた。

 それは、神凪美莱(かんなぎみらい)の想い人であり、過去に時宗が拒絶した少年だった。

 一三事件の捜査官、八神徳之助により、志摩家の重鎮が広間に集められ、志摩花梨(しまかりん)が狙われている旨の説明を受ける。

デスの最終目標は、志摩花梨(しまかりん)。彼女さえ死ねば、奴にとって神凪美莱(かんなぎみらい)など、時宗をマリオネットにする程度の価値しかない。奴の活動範囲外である外国へ身を隠せば、わざわざ、探しにまで来ることはあるまい。

しかし、美莱が志摩花梨(しまかりん)と一緒に屋敷に残ると主張し、あっさり霧散する。

奴の指示は、志摩家の居残り組の殺害。美莱もその対象に含まれてしまっている。

つまり、時宗達は、計画の変更を余儀なくされてしまったのだ。


神凪美莱(かんなぎみらい)を殺そう」


 そう、右京は呟いた。右京の考えた策はまさに、悪魔の策。今までの奴等のお遊びを逆手に取ったまさに外道の所業。


「しかし……」


 この策には致命的なほど欠陥がある。ラヴァーズと化した小蝶(こちょう)の存在だ。

 確かに、デスと直接連絡をとっているのは右京であり、この戦闘中にトリックにつき報告される危険性は低い。だが、口止めをするわけにもいかぬ以上、この戦闘後、このトリックにつき、後で小蝶(こちょう)により、扇屋小弥太(おおぎやこやた)の前で真相を暴露されることも十分あり得るの話だ。


「心配するな。大丈夫、上手くいくさ」


 その力強くも、どこか寂しそうな言葉で、右京のやろうとしていることを時宗は明確に察知した。

 そして、時宗も覚悟を決めることしたのだ。それは、実の兄への殺害に加担する行為。

 こんな計画を練る以上、時宗も外道に落ちた。それでも、守りたかったのだ。この世で最も大切なたった一人の女を。



 計画は次のようなものだ。

偵察など適当な理由を付けて、右京が先に志摩家の屋敷に向かい、部屋を出た美莱を眠らせ、美莱のメイド服を他の私服に着せ替え、屋敷の入り口付近のクローゼットの中に押し込める。

あとは、辰巳兄さん達を殺害し、ボスからの命令だと小蝶(こちょう)を唆し、死体からの一人分の人体の作出に協力させる。その上で、右京が小蝶(こちょう)を殺し、証拠を隠滅。呼び込んだ近くの警官を通して、全員分の死体があの事件現場にあることを扇屋小弥太(おおぎやこやた)に認識させた後、殺害現場を爆破する。



右京達とのタイミングを上手く合わせないと、計画の全てが失敗する。

車をコンビニに止めると姉弟姉妹達に買い物をしてから行くから、先に避難するように手で簡単に合図をする。そして、コンビニで缶コーヒーを買うと、車内でカジュアルな服に着替え、車を志摩家屋敷へと走らせる。車の運転が趣味の時宗は特定の運転手を付けず、自身で運転する。それが今回、幸いした。

屋敷へと到着し、車を志摩家の敷地内の木陰へと隠し、右京の連絡を待つ。


『若干のアクシデントはあったが、滞りなく完了の予定だ』


 右京らしからぬ奥歯に物の挟まったような言い方。しかも、わざわざスキルによる通信手段を敢行してきている。直ぐに予想はついた。


(重虎(かしげとら)(うるう)か?)

『ああ、先刻の殺害から、正気と洗脳の状態を行ったり来たり。もう駄目だろう。

でも、心配するな。後始末はしっかりする』

(すまん)

『謝るなよ。全て我ら兄妹が望んだ事だ』

(美莱は任せろ。必ず、無事に避難させる)

『頼む』


右京との最後の通信を切断し、警察に電話をし、志摩家に賊が入った旨を知らせ、志摩家の屋敷へ向けて全力疾走した。

屋敷の扉を開けると、戦闘音が聞こえて来る。アクシデントという奴だろうか。それも、今の右京達なら、楽々撃滅できるはず。

 罪悪感を必死でねじ伏せると、クローゼットの中で眠っている美莱を担ぐと、志摩家の屋敷の外まで走る。

 

(なんでこうも、この家は無駄に広いんだ)


 爆発しそうな心臓。息も苦しい。足など鉛のように重い。それでも、一心不乱に止めてある車に向けて疾走する。

 これでもうこの屋敷には戻れない。美莱を安全な場所まで運び、目が覚めたら、何とか身を隠すよう彼女を説得するしかない。

 無論、辰巳兄さんと姪達の殺害に手を貸したのだ。まっとうな人生を送れるなど微塵も考えちゃいない。それでも、美莱だけは、救う義務が時宗にはある。


(ん?)


愛車の隠した木陰の付近へと到達したとき、前方から気配を感じ、木陰に身を隠す。


「門が開いている。誰もいないのか? マズイな」

「行こう!」

「ちょっと、君ぃ! ったく!」


警官とともに、一三歳程の幼女が屋敷の方へ駆けていく。


(くそっ! あんな子供まで)


 兄と姪を殺しておいて、今更罪悪感が湧くとすら思わなかった。心の中で、あまりの間の悪さに、悪態をつきながら、痛いくらい自己主張する心臓の鼓動を何とか鎮め、息を殺す。およそ、数分間、警官達が行ったのを確認し、木陰から飛び出すと再度、走り出す。

 木陰に隠した車に乗り込もうとすると、二人の男女に遮られた。


「『超常現象対策庁』だ。君達を拘束する。大人しくしたまえ」


 黒髪のツインテールの少女がその右手の銃の銃口を時宗に突きつけてくる。金髪に、ピアスをした少年も、油断なく身構えていた。

 ツインテールの少女は見覚えがある。朝霧家の息女――朝霧朱里(あさぎりあかり)だ。だとすると、『超常現象対策庁』なのは間違いないのか。

 しかし、なぜ、このタイミングで『超常現象対策庁』が? いや、今は余計な事を考えるのは後回し。こいつらに美莱が生きていることを見られた事の方がはるかに重要だ。

『超常現象対策庁』内に扇屋小弥太(おおぎやこやた)のスパイがいる事も否定できない。そのスパイを通じ、扇屋小弥太(おおぎやこやた)美莱(みらい)生存の情報が伝えられれば、時宗達の離反も明らかとなってしまう。奴のしつこさや陰険さは普通じゃない。仮に美莱が生きていると知られれば、怒り狂った奴は、地の果てまで追ってきて、時宗と美莱(みらい)を殺すだろう。そういう奴だ。


(まったく、先に誓約を破ったのは奴の方なのに、どうにも理不尽なものだ)


 右京達からの進言があったからとは言え、こうもあっさり、志摩家の辰巳兄さんの殺害を許諾している時点で、扇屋小弥太(おおぎやこやた)の施した呪いとやらは、時宗のみに作用する一方的なもの。もし、あのまま呪いが施されたままだったと思うと心底ぞっとする。

兎も角、今はこの状況をどう切り抜けるかだ。

 記憶を失わせるか? そんな術やスキル、時宗にはない。時宗にあるのは、《鍵探偵》とかいう役立たずのスキルのみ。

 口封じに殺すのも論外だ。仮にも、『超常現象対策庁』のプロのエージェントに、素人の時宗が勝てるものか。


「手助けが必要か?」


 背後から三人の気配。右京達だ。助かった。可哀そうだが、もう今更時宗も後には引けない。犠牲を払ったのだ。愛する実兄と姪の殺害に手を貸したのだ。失敗すれば、その死は全くの無意味なものとなる。それだけは御免だ。


「済まない。頼む」

「了解した」


 右京の瞳が赤く輝き、その陽炎のごとく、湧き上がり、頭部に角が生え、犬歯が伸長する。


「え~と、これってどうなるんですかね?」


 金髪ピアスの少年は、右京を視界に入れても眉一つ顰めず、ただ、背後を振り返る。


「殲滅だ」


 そこには――正真正銘の怪物がいた。

 黒一色の上下の衣服に、赤髪の男がジャケットのポケットに手を突っ込みながら、凶悪な表情で、佇んでいる。

 アレは駄目だ。ジンとかいうあの隻腕の男と同じ。抗うこと事態が、死を意味する破壊の化身。

 現に、今まで余裕のあった右京の顔面からは滝のような汗が流れている。


「時宗、美莱(みらい)を頼む。俺達が時間を稼ぐ」


 下唇を噛み切って、右京はそう告げる。


「頼むぜ」

「頼むよ」


 その言葉を契機に、神凪重虎(かんなぎしげとら)神凪閏(かんなぎうるう)の姿が右京同様異形のものに変貌していく。

 この台詞がその口から出て来る以上、二人もまだかろうじて正気を維持しているようだ。


「すまん」


 右京の報告から察するに、もう、自我を保っているのも限界だろうに、三人とも妙に晴れやかだった。


「つまらんな。こんな雑種風情に奴が負けたってのかよ」


 小指で耳をほじりながら、赤髪の男は、独り言ちる。


「カグツチさん、悠真は、まだ負けたわけじゃっ!!」

「そうだ。負けちゃいない」


 朝霧朱里と金髪ピアスの少年が激高し、その言葉を真っ向から否定する。


「わーったよ。生きてるってことにしといてやる。こいつ等とっとと潰して屋敷に向かうぞ」

「「はいっ!!」」

「我が《強欲の王》――カグツチの名において承認する。我が眷属、朝霧朱里と鏑木銀二の能力を30%開放する。この程度の奴等ならこれで十分――ん?」


 赤髪の男は怪訝そうに、屋敷の方に目を向けると――。


「四散しろっ!!!」


そう激高する。次の瞬間、右京達の全身が、バラバラに分解された。


「許さぬ、許さぬぞぉ! よくも(わらわ)の愛しの君をっ!!」


 水色の髪をなびかせ、時宗達の背後に立つ角を生やした悪鬼の形相の幼女。それは、警官と共に、さっき屋敷に駆け込んでいった幼女にそっくりだった。


「水無月先生?」

「六花ちゃんっ!」


 朱里、銀二が驚愕の声をあげる。対して――。


「朱里、銀二、この場を離脱しろ」


赤髪の男から先ほどまで常にあった余裕が消失していた。


「でも――」

「いいから、とっとと去れっ! こいつは、雑種じゃねぇ、俺の同類だ」

「は、覇王? 水無月先生が?」

「早く行けっ!!」


 激高が飛び、朱里、銀二が堰を切ったように、門へ向けて走り出す。


「逃がすと思うてか。貴様ら悪魔も、人間もいつもそうじゃ。いつも、いつも、妾から最も大切なものを奪っていく。愛しの君も、我が愛し子も」


六花と呼ばれた幼女は右手を掲げる。途端、冗談と思えぬ数の魔法陣が宙に浮かぶ。


「ちぃ!」


赤髪の男も詠唱を開始する。


「許しはせぬ。最後の一匹になるまで根絶やしにしてやる」


 その憎悪たっぷりの声ともに、魔方陣から水色の光線が落下してきた。

 それはまるで、水色の光の豪雨。水色の光は、大地を割り、全てを飲み込んでいく。その水色の光と共に、指先一つピクリとも動かせず、真っ青な光の粒子となって時宗の意識は消失した。


お読みいただきありがとうございます。

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