第71話 過去の真実
過去の真実――一〇年前。
志摩時宗は、生まれながら感情というものが希薄だ。家族愛、恋愛はもちろん、憎しみ、怒り、嫉妬、その他の様々な感情も、他の兄弟姉妹達と比較し、圧倒的に少なかった。おまけに、無駄に高スペックな才能だから、人なら当然に経験するだろう挫折すらもない。だから、他の兄弟姉妹達がしょうもない事で、一喜一憂する様を冷めた目で眺めていた。
少学、中学、高校、大学の学生生活も、志摩グループの企業に就職し、順当に出世街道を歩んでいるときも、常にあったのは、どうしょうもない空虚さと退屈さのみ。
毎日、毎日、代わり映えのない日々に狂い死にそうになったとき、時宗の止まっていた時の歯車は動き出す。
当時、時宗は複数の企業を経営していたが、その一つ志摩建設に、某県と共同で地域活性プロジェクトが持ち上がった。
その視察に、古森街へ訪れ、地元の小さな定食屋に入ったとき、時宗はある出会いを果たす。
「亭主、親子丼四つ頼む」
町長、県のプロジェクトの代表に、古森建設の主任、時宗を加えた四人で席につき、町長が手を上げ注文を取る。
町長の説明に相槌を打ちつつも、店員を待っていると、店の奥からエプロン姿の女が出て来る。
膝まで長い艶やかな紅の髪に、ぱっちりと大きい目と形の良い鼻が、完璧な位置で配列している。モデルも真っ青の長い脚に、凹凸のある美しい曲線。それは、まさに神が作り出した奇跡造形美。
県のプロジェクトの職員と同様、時宗もただ、その女神のごとき顔を呆然と見上げていると、女はペコリッと時宗達にお辞儀をすると――。
「お冷です」
お盆から三つ冷割をテーブルに置く。
「美莱ちゃん、ありがとう。今日もバイトかい? 偉いねぇ~」
まるで孫に接するような温かな笑顔を女に向ける町長。
「まあね」
赤髪の女は、気まずそうに頬を掻きながら、店に入ってからブスッと不貞腐れている古森建設の主任の様子をチラリ、チラリと伺っていた。
「俺は今も反対だけどな。美莱はまだ高校生だぞ。学業に専念すべきだ」
「重兄ちゃん、それは家族で十分話し合たでしょ?」
赤髪の女性――美莱は、口を尖らせて抗議の言葉を紡ぐ。
恋人か何かと思っていたが、どうやら兄妹らしい。お世辞にも似ているとはいえないが。
「まあまあ、重虎君、美莱ちゃんも来年、卒業だし、いい経験になると思うよ。それにね、将来メイドになりたいなら、飲食店で接客の勉強するのはきっとためになる」
「そこだよ。そこだ、町長。大学に進学するなら、別にバイトくらい止めやしないさ。だが、なぜ、メイドなんだ? 美莱は学年でもトップクラスの成績なんだろ? 右京の兄貴が嘆いてたぜ」
「いいのっ! 鷹野叔母さん、本当に恰好よかったんだから! 私もああなりたいの!」
無邪気にべーと舌を出すと、店の奥に退避していく美莱に、巨漢の大男は大きなため息を吐き出した。
これが彼女との出会いだったわけだが、このときの時宗の印象としては、やけに美しい女。その程度の認識しかなく、むしろ、この店で食べた親子丼の味の方が、よほど鮮明に覚えていた。
その後、あの小さな定食屋で食べた親子丼の味が舌に残り、仕事で古森街を訪れる度に足を運ぶ。この時宗らしからぬ執着は、この親子丼にどこか、懐かしい味を覚えたからかもしれない。
定食屋を訪れるたびに、店内は客で一杯だった。その来客の目的は、時宗同様、その親子丼の味が主流なのは間違いなかったが、何割かは美莱を眺めていたいからのようでもあった。
「はい。親子丼」
時宗の前に、親子丼を置くと、真っ白の歯を見せて、美莱は嬉しそうに微笑んでいた。
「どうかしたか?」
「いやね、その料理、私の発案なものでして」
ポリポリと頬を掻きながら、そう呟く美莱。
それは、驚いた。時宗は全国チェーンのファミリーレストランから、高級料亭までの総支配人でもある。舌は他者と比較し、優れている自負はある。それでも、この味はトップクラスのものだ。もし、この親子丼を食べれば、実績のあるオーナーならシェフとしてスカウトするのは間違いない。
「メイドよりも、シェフの方があっているのではないか?」
「もう、時宗さんまで、兄ちゃん達や、街のみんなと同じこと言って!」
素朴な時宗の疑問に、プーと頬をリスのように膨らませると、プイッとそっぽを向く。
「済まない。それほど、メイドに拘りがあるとは思いもしなかったものでな。そんなになりたいのか?」
「うんっ!」
(不自然なほど、ちぐはぐな娘だ)
大きく頷くとメイドの素晴らしさを力説し始める美莱に、そんな当然な疑問を浮かべながら、時宗は相槌を打っていた。
それからも、頻繁にこの小さな定食屋を訪れるようになる。無論、この店の親子丼が目当てだったわけだが、気が付くと、あの奇妙なメイド志望の店員を目で追うようなっていった。ただ、その事実に愕然とする。
時宗にとって、かろうじて、興味があるのが、親の志摩刹那に兄弟姉妹くらい。それ以外は単なる記号に過ぎない。それが、目で追う? あり得ない。そんな感情、生まれてこの方味わったこともない。美莱とは一〇歳以上も離れている。恋とかそんな浮ついたものではなかったが、確かに、時宗は、神凪美莱という女を強く意識したのだ。
毎週のように小さな定食屋に通う日々。神凪美莱という女を目で追ううちに、奇妙な事実に気づき始める。それは、この街の者達の彼女に対する視線は、他の街の者達とは明確に異なっているという事実。
それは、憧れでも、異性としての劣情でもない。もっと深く激しい実の家族に向けるような感情。そして、美莱は、そんな彼らの視線に感謝しつつも、重荷にも感じているようだった。
だからこそ、その事情を知りたくなってしまったのだ。この行為を仮に思いとどまっていれば、志摩時宗が運命の袋小路に迷い込むことはなかったのかもしれない。でも、結局、時宗は尋ねてしまい、運命の歯車はこの時音を立てて回り始める。
……
…………
………………
「そうか」
食事に誘い、詳しく尋ねてみると大して奇異なことではなかった。神凪美莱の家族は、長男である神凪右京、次男の神凪重虎、三男――神凪閏、長女の神凪小蝶の四人家族。ただし、いずれも血は繋がっていない。そんな関係。
もっとも、疑問だった街の神凪美莱に対する態度も、町民達が信仰としている神社に奉納されている女神の似顔絵に、美莱がそっくりであり、女神の生まれ変わりとみなされているに過ぎない。
この手の事情は、地方の街や村にはよくあることであり、たしいて珍しくもない。劇的な理由を期待していた時宗としては若干、肩透かしにあったような感覚に襲われながらも、美莱の言葉に相槌を打つ。
「ほう。それで、メイドにねぇ」
要するに美莱が大学進学ではなくメイドを目指す理由は、兄達の将来を慮ってのことだった。
何でも、美莱の見立てでは、神凪右京と神凪小蝶は、お互い想い合っているようなのだ。
多分、二人がくっつかないのは、美莱達との今の関係を壊したくはないから。
そして、それは他の二人の兄弟も同じ。神凪重虎も、付き合っている恋人がいるし、神凪閏は将来、東京電信大学への進学が夢だ。
つまり、彼らには明確な夢と未来の幸せがある。それなのに、血の繋がっていない美莱のために、己の幸せを犠牲にしようとしている。それが、美莱には我慢がならない。
だから、美莱は彼らの前から姿を消すことを決心した。
「うん。だって、そうでもしなきゃ、右京兄ちゃんと子蝶姉ちゃん、素直にならないしさ」
「そうか……」
謎が解けたのだ。ここで、いつもの時宗なら、微塵の興味も消失し、話を打ち切っていたはず。なのに――このとき時宗は間違いなく誤作動を起こしていた。
なぜなら――。
「なら、私の実家を紹介してやろう」
「ほ、ほんと?」
「ああ、ただし、志摩家は由緒ある系譜の一つ。メイドにもそれなりの礼儀と技量が求められる。メイドの専門学校の卒業は必須だ」
「わかってる。今その入学金と学費も貯めているところだし」
「阿呆、そんなものいらぬ」
「へ?」
「いっただろ? 志摩家を紹介すると。志摩家は学園のスポンサーだ。志摩家の就職が決定しているものの入学と学費は全額免除となる」
「マジ?」
「マジだ。まあ、志摩家以外に就職すれば、あとから返済義務が生じるわけだが……」
「ありがとう、時宗さんっ!!」
目を輝かせる美莱に苦笑すると同時に、自身のこの提案に強烈な違和感を覚えていた。なぜなら、それは時宗が始めて積極的に他者の人生に介入しようとした瞬間だったから。
神凪美莱は、高校を卒業と同時に、神姫未来乃として名を変え、メイドの専門学校に通う。時宗は、ありとあらゆるコネを使い、もう一つの美莱の経歴を作出した。
神姫未来乃、凡そ二八年前、四国徳島の神根村かみねむらで生まれる。一六歳まで、神官夫妻に育てられるが、両親が他界したため、上京し、東京の親戚の家で都内の高校に通う。高校卒業後、メイド育成学校に一年間通った後、志摩家に雇われる。
大まかにはこんな経歴だ。無論、人の記憶まで書き換えるのは不可能だから、調べられればすぐに判明するが、そんなもの好きいやしまい。
美莱の失踪の理由を知るのは、定食屋の夫婦と時宗のみ。一応、美莱は心配をさせぬよう、書置きを残してきたから、捜索願いまでが出されることはなかった。丁度その頃、開発プロジェクトにもめどがつき、古森村へ時宗も訪れることはなくなった。だから、その後の事情は不明だが、きっと、あの中の良い兄弟のことだ。必死で探し回ったのだと思う。
しかし、経歴さえも搾取し、美莱の姿を隠したのだ。結局辿りつくことはなかった。いや、神凪閏あたりは気づいていたのだろうが、美莱の意思を尊重したのかもしれない。
彼女は、生まれ変わるのだと、メイドの専門学校の入学時に、赤髪をオサゲにし、眼鏡をかけるようになる。なんでも、尊敬する鷹野とかいうメイド長の恰好を真似ているそうだ。全く、別人だし、正直、全く似合っていなかったが、所詮時宗にとって、姿形など大した意味はない。殊更口には出さなかった。
それから、時宗は神姫未来乃となった美莱を遠くから観察し続けるようになる。幼少期の頃の蟻の自由研究をしているような感覚に過ぎなかったが、それでも、ずっと興味を失わないのは、時宗にとって初めての経験だった。
美莱は、兄である志摩辰巳の娘、息子達の世話係となる。元々、子供好きだったこともあり、美莱は、メイドという職業に実によくなじんだ。
そんな中、彼女に変化が訪れる。それは、志摩辰巳の友人たる相良龍馬の息子――相良悠真との出会い。
相良悠真は、時宗から見てもやけに大人ぶった小生意気な少年だった。達観しているというか、どこか子供には見えぬ。そんな不思議な感覚にとらわれる少年。
当初、子供好きの彼女らしからぬほど、相良悠真という少年と幾度となくぶつかり、そして、決まって毎日部屋で反省している様は見ていて愉快だった。
そして、美莱は遂に恋をするようになる。相手は、あろうことか、一回りも歳の離れた相良悠真。あの様子では、美莱はその自身の気持ち自体把握しておらず、その制御不可能な感情に困惑しているようだった。
相良悠真と会うときだけ、彼女は本来の優しい顔を隠し、強く当たってしまう。そして、それに比例するように、美莱は信じられないくらい美しくなっていく。それは、時宗に蛹から孵化した蝶をイメージさせた。
彼女が相良悠真と一緒になるイメージはどうしょうもなく、時宗の気持ちをざわつかせた。
二年前の上乃駅前事件――あの事件で相良小雪は意識不明となり、相良悠真に、見当違いの批難が浴びせられる。その事実に、美莱は気落ちして食事も碌に喉を通らなくなってしまう。
もちろん、美莱の希望通り、相良悠真に手を差し伸べてやりたい気持ちはあった。だが、それ以上に、時宗はある危機感を覚えていた。相良悠真に必要以上に関わると、志摩家は最悪の不幸に見舞われると。人生初めてとも言える葛藤の末、時宗は、その危機感に従い、相良悠真と決別の道を選ぶ。
相良悠真は、あの悪魔のような男――朝霧将蔵に目を付けられている。志摩家を守るためには、彼と手を切るのが最良の選択。そう信じ込んでいた。
そして、最悪のときは訪れる。
一か月前、美莱が泣きそうな顔をしていたので、事情を尋ねると、街で、兄達にあったが、全く気付いてもらえず無視されてしまったということだった。
正直、オサゲ姿に、長い前髪で顔を隠し、しかも、眼鏡をかけている今の美莱は、嘗ての彼女と別人にしか見えない。気付かれないのも無理はない。だから、偶々だろうと、説得を心見るが、彼女の不安は、無視されたこと事態にあるのではなく、兄達の纏う雰囲気が別人のように変わってしまっていた事にあった。
なぜ、このとき、時宗は美莱の頼みを断らなかったのだろうか。仮に、無理にでもこの事実に目をつぶっていれば、時宗と彼女はあの悪夢と絶望への連鎖へと足を踏み入れないで済んだかもしれないのに。
だが、時宗は好奇心に駆られ、遂、首を突っ込んでしまう。
Sランクのサーチャーを雇い調べさせたところ、翌日、そのサーチャーの生首がケーキ箱に入って、メッセージカードと共に、時宗宅へと届けられた。
『誰かに言えば、お前の最も大切なものを殺す。本日中に下記の住所に来なくても同様だ』
そう書かれていた。『お前の最も大切なもの』、その言葉に真っ先に頭に思い描いたのは、唯一尊敬に値する志摩刹那でもなく、よい、兄である志摩辰巳でも、他の兄弟姉妹達でもなく、美莱だった。
そのとき、初めて、時宗は己の気持ちに気づき、愕然とする。美莱という女に、どうしょうもなく夢中になっている自分がいることに。
居てもたってもいられず、時宗は指定の住所へ向かう。美莱を失う、その最悪の未来だけは絶対に阻止したかったから。
指定の住所は、ただのどこにでもある一軒家だったが、そこにはふざけたくらい広い地下室が広がっていた。
そこの一室で、時宗は赤装束の男と、それに付き従う神凪右京、神凪小蝶、神凪重虎、神凪閏の四名と会う。
「やあ、初めましてぇ、志摩時宗君、僕はデス。悪魔のダースのボスをしちゃってま~す♪」
全身赤色の装束に白色の仮面をした男――デスは、右手を前に置き、優雅に一礼する。
「私に何の用だ?」
「いや、いや、それは僕の台詞なんだけど。大体、鼠をよこしたのは君だろう?」
鼠とは、時宗が依頼したあのサーチャーのとだろう。
「謝罪でもすればいいのか?」
「とんでもない。僕の贈り物、気に入ってもらったかなと思ってさぁ♪」
贈り物、あの生首がか?
「反吐が出る」
あの悪夢のような光景を鮮明に思い出し、思わず、吐き捨てていた。
「それは良かった。僕も嬉しいよ」
デスは満足そうに大きく頷く。
微塵も、会話が成立していない。これ以上、こいつと話すのは時間の無駄だ。
「私に何をさせたい?」
「君に、この紙を解読してもらいたい」
円形のテーブルの上に左手に持っていた茶封筒を投げる。
封筒を開けてみると、分厚い資料。そして、見たこともない様々な記号が羅刹されていた。
(これは文字か? いや、この感覚、暗号か秘文の類か?)
時宗が使える唯一のスキル。それが《鍵探偵》。いわゆる、暗号解読の特殊スキルだ。
そして、この血液が沸騰するような感覚は、この無駄極まりないスキルが発動した証拠。
「私にできるとでも?」
「あれ~できないのぉ?」
「……」
デスの口調には何ら変化はないのに、背筋に冷たいものが走り、思わず、生唾を飲み込む。
「そう、怯えない。君達に何かするつもりはないさ。僕も予想だにしなかった掘り出し物に、ご機嫌だしねぇ♪」
『君達』か……十中八九、断れば、志摩家に矛先が向く。
「見返りは?」
「おう。理解が速い子はいいねぇ~、僕、頭のいい子が――」
「御託はいい」
「あふ、そう……志摩家の安全を保障する」
肩を落としながら、デスはそう宣言した。
「志摩家の安全の範囲は、従業員も入るのか?」
逆効果かもしれない。だが、ここではっきりさせておかなければ、美莱にも報復の矛先が向くかもしれない。それだけは御免だった。
「もちろん。保証するよ」
「わかった」
踵を返し、建物から出ようとするが――。
「ま~ちなよ」
気が付くと、背後にいたはずのデスは前方の扉に寄り掛り、人差し指を動かしていた。
「まだ何か?」
「《上乃駅前事件》が起きる三六時間以内に、理由もなく上野駅を訪れた二人の少女の調査」
「可能と思ってるのか?」
二年前に、上乃駅前を訪れたものなど特定しようもない。特に理由もなく訪れたかなど、内面に属する事項。当の本人にしかわかるまい。
「うんにゃ、単なる保険さ。僕らも調査に行き詰ってててね。頼めるかい?」
「断れるのか?」
「わかってく・せ・に?」
拒否権はないか。だが、まあいいさ。せいぜい、こいつ等を攪乱してやる。
「話は終わりか?」
「あと一つかな」
「まだあるのか?」
「僕はね、あまり他人を信じすぎるのは良くないと思わけよ」
「同感だな」
とにかく、今はこの場を離れて混乱した頭を整理したかった。だから、構わず、デスの脇を通りすぎようとする。
「でしょう? だから僕も保険をかけることにしました」
そのデスの言葉を最後に、時宗の意識はプツリと切断する。
デスは、よくわからん力で志摩家の一切の危害を加えない事を条件に、時宗に三つの誓約を課した。
第一、全力で、資料の暗号を調査すること。
第二、全力で、《上乃駅前事件》が起きる三六時間以内に、理由もなく上野駅前を訪れた金髪の少女を調査すること。
第三、デス達に関わる一切の事項を他者に漏らしてならないこと。
仮に、この誓約に抵触すれば、呪いが発動し、時宗の魂を腐らせる。
それから、志摩家を人質に取られた時宗はデスの傀儡であり続けた。
昼間、志摩家の業務を、夜は暗号の解読といった生活を送りながらも、情報を収集し続ける。
結果、いくつかのことが判明する。
一つ、デス達は、いわゆる『一三事件』の容疑者であり、その目的は、《上乃駅前事件》が起きる三六時間以内に、理由もなく上野駅を訪れた少女達の心臓であること。
二つ、神凪右京達は、自らをヒエロファント、ラヴァーズ、ハーミット、トレンクスと称し、記憶が不自然なくらい書き換えられていた。性格すらも変貌していることからも、記憶喪失というよりは、記憶改変といった方がいいかもしれない。
三つ、ヒエロファント達からボスと呼ばれる赤装束の男は、扇屋小弥太という名で、警察に潜入していること。
四つ、奴等には、『王』という使えるべき存在がおり、皆は悪魔という種族であり、過去にあった因縁から、人間という種を心の底から憎んでいること。そんなありもしない馬鹿みたいな出まかせを右京達は、信じてしまっていた。
得た情報は、呪いの効果により、他者には漏らせないからだろう。デスは時宗に殊更干渉してくることはなく、ただ、暗号の解読と少女達の所在の調査を求めてきた。
そして、遂にあの運命の二一〇三年一一月二(水)を迎え、事態は一人の少年の登場で最悪へ向けて動き出す。
お読みいただきありがとうございます。




