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第66話 遂に見つけた事件の端緒


「全く違うじゃねぇか……」


 金髪にサングラスをしたスーツの男がそう呟いた。

 ――十朱朱門(とあけしゅもん)、徳之助の悪友にして、弁護士だ。まあ、外見上はただのチンピラにしか見えないわけであるが、弁護の腕はもちろん、このような情報収取においても比類稀なる才能を発揮する。


「同感だね」


 セトとメディアの発言に出てきたキメラ化された人物の出身地などからもう一度情報を整理し、絞り込み、調査を開始した。無論、キメラ化された者達から聞くのが最も手っ取り早かったのだが、ベリトさん曰く、記憶はそう都合よく消したり、残したりできないらしい。故に、人間に戻す際にここ一〇年間の記憶の全削除がなされ、一人たりとも当時のミラノ達を覚えてはいなかった。

 そんなこんなで、毎日脚を棒のようにして探した結果、遂に神姫未来乃(かみひめみらの)達の過去の残滓を発見する。

 

「つうか、そのミラノとかいう嬢ちゃん達、もはや、妄想を話してるとしか思えんぞ」

 

 そうなのだ。調査した結果から分かった事は、神姫未来乃(かみひめみらの)とヒエロファント達幹部のいずれも、頓珍漢なことを話しており、全く現実と重なっていなかった。

 神姫未来乃(かみひめみらの)達の各自の名前、住んでいる場所はおろか、当時の職業、家族構成、全てが異なっていたのだ。特に、ヒエロファント達の説明では、当時は、裏の仕事を受けており、日本と海外を行き来しても特段不思議ではない古物商を営んでいたはず。なのに、実際にヒエロファント達は、それぞれこの人口1000人足らずの街で、会社員や教師などの表の職業についており、海外へ足を運んだ形跡など皆無だった。

 互いに庇っているのかとも思ったが、それなら最低限の現実味は必要だろう。何より、あれほど神姫未来乃(かみひめみらの)を心酔していたヒエロファント達が、わざわざ、裁判でマイナス要因なことを話すなど違和感しか覚えない。

 一番奇異な点は、神姫未来乃(かみひめみらの)とヒエロファント達は、そもそも、部下と上司などという関係ではなく、家族そのものであったということ。しかも、ご近所からは、仲の良い兄弟姉妹として評判だったようだ。無論、他者を欺く演技だったことも考えられるが、それにしては、今更隠す意義に欠ける。何より、神姫未来乃(かみひめみらの)の罪を軽減したいヒエロファント達としては、明らかに逆効果だろうし。


「相良君の予感は的中したってわけか……」

「なあ、徳、その相良君って、ユウマ・サガラのことか?」

「そうだけど」


 朱門のいつになく冷水を浴びた様な引き締まった顔に、戸惑いつつも頷く。


「そうか。それで、師匠……」


 暫し、地面に視線を落とし、考え込んでいたが、直ぐに顔を上げると、いつものように、白い歯を見せる。


「そろそろ、飯にしよう」


 そんな提案をすると、近くの小さな定食屋へ入って行ってしまう。

 注文を取りきた白いエプロンをした恰幅のよい女将さんに、店のお勧めの親子丼を注文し、テーブルに置かれた水割りを飲み干す。

 朱門の猛禽類のような瞳が、この小さな定食屋を観察していた。

 朱門は、余暇と仕事の使い分け数秒単位でしっかりするタイプだ。その朱門のこの様子、ここも、神姫未来乃(かみひめみらの)の残滓ってわけか。


「この人物知ってるかい?」


 懐から朱門は神姫未来乃(かみひめみらの)の写真を取り出すと、女将さんに渡す。

 女将さんは、億劫そうに写真を受け取ると大きく目を見開く。


「へ~、あんた達、美莱(みらい)ちゃんの知り合いかい?」

「そんなところだ」

「もう一〇年にもなるしねぇ、懐かしいねぇ。それであんた達、美莱ちゃんとどんな関係?」


 この街の住人は、神姫未来乃(かみひめみらの)について尋ねると、大抵懐かしそうに頬を緩める。一方、徳之助が警察である旨を告げると、途端に口を塞いでしまう。ここで、返答を誤れば、下手をすれば、ここを追い出される。


「彼女は上司の大切な人です」


相良君の大切な人、その事実に間違いはないし、嘘は言っていない。


「上司、あ~、あんたら志摩家の――」

「お前っ!!」


 厨房でリズムカルにまな板を叩く音をさせていたこの定食屋の店主から激高が飛び、女将さんは、ビクッと身を竦めると、愛想笑いを浮かべながらも、奥へと引っ込んでしまった。


「徳」

「わかってる」


 今回の一三事件に少なからず無関係とはいいがたい固有名詞が出てきた。

 ここからが勝負だ。この街の住人は、神姫未来乃(かみひめみらの)に対し、例外なく好意的だ。徳之助が、神姫未来乃(かみひめみらの)を害する危険性がある人物とみなされれば、他の住民同様、口を閉ざし、真実は二度と手に入らない。

 


 親子丼は、中々の味だった。というより、下手をすれば高級レストラン並みなんじゃなかろうか。隠し味といえばよいか。どうにも病みつきになる味だ。思わず、お替りをしてしまった。


 腹を満たし、冷たいお冷を喉奥に流していると、女将さんが熱いお茶を入れてくれた。


「どうだい、美味かったかい?」

「ええ、とても」


 女将は、嬉しそうに微笑むと――。


「それはね、美莱ちゃんが教えてくれたレシピの一つなんだよ」


 神姫未来乃(かみひめみらの)に調理の才能があるとは聞いていない。やはり、全てがちぐはぐで不自然だ。この街に足を踏み入れてから、まるで初めてアースガルドに訪れたときのような独特の違和感がある。

 ここではっきりさせなければ、真実は明らかにならない。そんな気がする。勝負に出るべきかもしれない。


「僕らは警察です」


 胸ポケットから警察手帳を取り出し、見せると、女将さんから感情の一切が消えた。同じだ。口を閉ざした他の街の住人達と全く同じ。


「徳っ!」


 朱門が批難染みた声を上げる。


「多分、この人達は、ごまかせないよ。それに、彼女達には知る権利がある」


 こんな非効率的なこと、少し前の徳之助なら絶対に選択しなかっただろう。

疑い、裏切り、不義理が渦巻く事件を、己のちっぽけな信念をひたすら信じ追い続け、真実というパズルを組みたてる。それが警察の職務だ。そこに相手を信じたり、その心を思い図る必要はないし、してはならない。今もその選択が間違っていたとは思わない。

徳之助のこの行為は、多分、これが警察として最後の職務だと感じているから。


「帰っておくれ」


 そう吐き捨てると、奥に姿を消そうとする女将。


「今、美莱、いえ、神姫未来乃(かみひめみらの)さんには殺人の容疑がかけられています。僕らはその容疑について調査しているのです」

「はあ? 殺人~? 馬鹿馬鹿しい。あんな優しい子がそんな大それたことするはずがないよ。さあ、もう気が済んだろ? 帰った、帰った」


 女将さんは小馬鹿にしたように噴き出すと、右手をヒラヒラ振り、退店を指示してくる。

 少し前から感じていた事だが、この街の住人の神姫未来乃(かみひめみらの)に対する態度は、少々過剰だ。何らかの理由があるとみていい。


神姫未来乃(かみひめみらの)さんが人を殺したりしない。その一点では僕も同意します。繰り返しになりますが、今僕が動いているのは、上司のため神姫未来乃(かみひめみらの)さんの容疑を晴らす。その最後の希望に縋っているからです」

「帰れっ!!」


 ヒステリックな声を上げる女将さんに、朱門は首を左右に振ってくる。これ以上話しても無駄というジェスチャーだろう。


「わかりました。また来ます」


 席を立ちあがり、代金をテーブルに置くと、朱門とともに扉まで歩く。


「待ちな」


 肩越しに振り返ると、鉢巻をした四〇代後半の白衣の男性が女将さんの傍で佇んでいた。この人がこの店の店主だろう。


「話してくださるので?」

「まず、お前らの話を聞かせな。おいら達が話すかはそれからだ」

「あんたっ!!」


 女将さんが悲鳴にも似た声を上げるが、店主は首を左右に振る。

 女将さんは涙ぐみ、ハンカチで涙を拭く。

 各々が席に着くと、徳之助はゆっくり口を開き始める。

 相良悠真という不思議な少年の物語を。


               ◆

               ◆

               ◆


「……」

 

 話が終わると、店主たちからは徳之助達に対する強烈な負の感情は綺麗さっぱり消失していた。

 この変わりよう。明らかに、不自然だ。何より、彼らは神姫未来乃(かみひめみらの)に対し、娘以上の感情を持っているように思える。そして、その現象を徳之助はごく最近目にしたことがあった。。

 ――参考人であった神姫未来乃(かみひめみらの)と面会した四界の住人。


「貴方は、いえ、ここは四界の子孫からなる街なんですね?」

「……」


 両腕を組み、無言の肯定をしてくる店主と女将。やはりか。この場所が、四界と地球人の混血児からなる街なら、住民が警察にここまで過剰反応した理由も推知できる。

四界の住人は、純粋な地球人と比較し、魔術やスキルにつきより高い適性を有する。ならば、四界の血が僅かに混じっているにすぎなくても、通常の人間とは比較にならない力を有したはず。そして、いつの時代も、他者と違うものを人間という生き物は異物として認識するものだ。他の市町村、特に国との間に少なからず確執くらいあったことは容易に想像し得る。


「僕の仲間にも四界の純血種がいます。だから、貴方達のことにつき、他言することは絶対にありません」

「……」

「あ、あんた……」


 押し黙る店主の袖を女将さんが不安そうな顔で引っ張った。徳之助達に対する敵意はなくなったが、その言葉の全てを信じることはできない。そんなところか。

彼らが混血児なら、人間とは異なる外観を持つものがいてもおかしくはない。もし、下手に暴露されでもしたら、差別の対象。そう考えるのも無理はない。

 ならば、強制的に信じさせるだけだ。


(バフォメットさん、少し来てもらえるかな)


 念話でそう告げると、長い髪を背中で一つに束ねている赤髪の優男が現れる。


「「「……」」」

 

 突然現れた赤髪の男に、口をパクパクさせる店主に女将に、滝の汗を流しつつもバフォメットさんを凝視する朱門。


「徳之助殿か、何用かな?」

「この人達は、リルムさんをこの街全体で面倒を見ていただいた人達らしい。説得に協力してくれないかい?」

「ほう~リルム様を」


 バフォメットさんは、店主と女将を暫し観察すると――。


「この者達、僅かに、我らの血が入っておりますな。もっとも、ほとんどが人間の血でしょうから、少し力の強い人間にすぎませんでしょう。

中には角や犬歯、翼、爪の伸長ができるものなどがいるのでは?」

「……」


 無言で、何度も頷く店主。


「そう、怯えんでもよい。リルム様への忠誠、私はそなた達に、深く感謝しておる。このバフォメット、必ずそなた達に報いよう」

「ごめん、バフォメットさん、今は時間がないんだ」

「そうでした。説得でしたな。どうすればよろしいかな?」

「君が四界の住人であることを彼らに証明して欲しい」

「承知」


 その言葉を契機に、バフォメットさんの頭に二つの長い角が生え、背中に黒色の翼が生える。

 頬を引きつらせながらも、弾かれたように席を立ちあがると部屋の隅まで後ずさる朱門。こんな切羽詰まった朱門など初めて見た。ある意味、新鮮だ。


「私は、【狂王】オズ様の宰相――バフォメット。これで証明になったかな?」

「「……」」

  

 店主と女将は、やはり、無言で何度も頷く。あまりの必至な姿に若干やりすぎたことを実感していた。


(というか、相良君と知り合って、この頃、大分、僕も非常識に染まってしまってるのかも……)


 自動販売機侍、服を着た小便小僧の石像に、オカマ掲示板達がギルド内には跋扈しているくらいだ。人間の外見と大差ないバフォメットさんなど驚くに値しなくなっているのは否定しない


「私がいては話が進まぬ様子。今はここで失礼いたしますぞ」


 気まずいのか、頬をカリカリと掻くと、バフォメットさんは、ギルドハウスへ転移してしまった。


「と、徳、お前……」

「朱門、君にはあとで話すよ」


 右手を上げて朱門を制すると、店主と女将に向き直る。


「理解していただけたと思う。僕にも似た様な仲間がいるし、秘密を漏らすことはない。ただ、純粋に真実を明らかにして、彼女の容疑を晴らしたいだけ」

「わかり……ました」


 店主は躊躇いがちにも、口を開き始める。


               ◆

               ◆

               ◆


 店主から聞いた内容で、ようやく真相が朧気ながらに見えて来た。相良君の言う、一三事件に常に付きまとう不自然さも。

 今回の事件を解き明かすキーマンとなるのがあの男。ようやく、見つけた。奴等の目論見を叩き潰す証拠を有する人物。


(一課長。見ててください)


 一課長は、神姫未来乃(かみひめみらの)をあくまで参考人として聴取することに留め、逮捕することを渋っている感があった。あの人は、叩き上げのノンキャリで、一課長の地位にまで上り詰めた極めて優秀な警察官。あの人の警察官としての勘は、信頼するに値する。それこそ、スキルや魔術よりもよほど。


(必ず、僕が――)


 これは、一課長が徳之助に残してくれた最後の課題だ。思い返してみても、あの人とはぶつかってばかりだったが、その刑事としての生きざまを徳之助は尊敬していたのだ。奴等は、その一課長を口封じのためだけに殺した。

この事件の真相を、必ず白日の下に晒してやる。それが、ちっぽけな徳之助にできる最大の意趣返し。

席を立ちあがろうとすると、携帯の着信が鳴り響く。

 耳に当てると――。


「八神管理官……」


 焦燥たっぷりの美咲ちゃん声。東条官房長からのあのメールの内容が真実なら、用件は聞かずともわかる。


神姫未来乃(かみひめみらの)の逮捕状が請求されたんだね?」

「知っていたんですか?」

「まあね。大丈夫、心配いらないよ。どうせ、大掃除もしなきゃならなかったんだ」


 一課長の口封じ。あの事件は、偶々運が悪いだけだと思っていた。いや、そう信じていた。そう。東条官房長からのあのメールを読むまでは。

 警察内部に、悪魔に魂を売った大馬鹿野郎がいる。そいつは、端から警察官どころか人間ですらなかった扇屋小弥太(おおぎやこやた)とは趣が違う。

 警察官でありながら、たかが、警察内部の権力闘争のために、仲間をあっさり売り渡したのだ。その行為を徳之助はこの魂に誓って許しはしない。


「堂島美咲捜査官、これは一三事件管理官――八神徳之助からの命令だ。例え誰が来ても、僕が帰るまで、絶対に神姫未来乃(かみひめみらの)の身柄を渡すな。責任は全て僕が持つ」

「はっ! でも、あまり、期待しないでくさいね」

「相手も本気なんだろ?」

「ええ、既に警察庁の刑事局特殊事件捜査室の室長から直ちに身柄を検察に引き渡すように命令が来ています」

「へえ~それは、それは……」


おお、釣れる釣れる。警察庁の刑事局特殊事件捜査室室長。徳之助の直接の上司。奴もクズってる計画に手を貸した一人か。いいさ、くだらないものに手を貸したつけは、絶対に支払わせてやる。

それに、どうせ、この一件で警察に徳之助の居場所はなくなる。部下達のため、警察内の膿は全て出し尽くす。


「多分、もっとキャストは上がりますよ」

「だろうね。でも――」

「やるんですね?」

「ああ、これは、僕ら現場に携わる警察官の意地だ」

「了知しています。それでは――」


 電話が切れ、徳之助は席を立ちあがると――。


「美莱ちゃんを頼みます」

「あの子を助けてください! どうか、どうか――」


 机に額を押し付ける店主と女将さん。


「頭を上げてください。僕らも全力を尽くします。今回の事件が真の意味で解決したら、神姫未来乃(かみひめみらの)と共に伺わせていただきます」


軽く会釈し、店を出る。


「徳之助、お前、今一体何に首を突っ込んでいる?」 


 朱門の質問の趣旨は、バフォメットさんだろう。彼の異常さは朱門クラスの一流の探索者なら当然に推知してしかるべきだし。


「さあてね。僕もそれを知りたいと思っているところさ」


 相良君クラスの七体の怪物同士のデスゲーム。でも、きっとそれだけではない。もっと、根源的で救いのない渦中に、今徳之助達はいる。そんな気がするのだ。


「後で全て話せよ」


 朱門は肩を竦めると、歩き出す。そんな悪友の配慮に感謝しながらも、最後になる警察官としての闘いに徳之助は足を踏み出した。


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