第65話 捜査のタイムリミット 堂島美咲
警視庁一三事件特別捜査本部
「事実上の捜査の打ち切りですか……」
堂島の絞り出すような言葉に、全捜査官が悔しそうに俯いた。
連日連夜、徹夜だったこともあり、捜査官達は皆、血色は悪い。それでも、しがみついてきたのは、一三事件の真実を調べることが、マメルティヌスの収容所で死んだ捜査一課長の無念を晴らすことにつながると信じたからだ。
上は、今まで参考人扱いだった神姫未来乃に逮捕状を発行した。あと、事実上四八時間以内に、検察に書類送検しなければならない。そして、上からの命令は、即時の書類送検。
ようやく、事件の糸口が見つかり、一三事件の真実が白日のもとへと晒されるかもしれない。そんな中の突然の書類送検の指示だ。十中八九、政変の影響だろう。今の政権は、四界との対立を強固に主張して、成立している以上、四界のお姫様である神姫未来乃を有罪にすることは、絶好のパフォーマンスとなる。そして、神姫未来乃が罪を認めている以上、あっさり有罪となるのは間違いない。
仮に有罪となれば、神姫未来乃は地球に滞在することはできなくなる。
理由は、面倒な大人の事情による。今巷で噂になっている世界探索者選手権の一八歳未満の部の優勝チームの国にミラノ・ブルーイットの国籍が所属する。そんなふざけた協定が、秘密裏に結ばれているらしい。
探索者協議会との間に結ばれた地球で罪を犯した四界の住人の地球からの追放とその所属する四界からの出国の禁止の議定書。仮に、国籍が四界に移った上で有罪となれば、神姫未来乃はその所属した四界から二度と出る事はできなくなる。
対して、地球に国籍がある状況で、有罪となれば、神姫未来乃は死刑になりかねない。今の政権なら、司法に圧力さえかけかねない。テレビで感情的に四界を罵倒する児玉総裁の台詞を聞く限り、そんな危うさが今の政府上層部にはある。
それでも神姫未来乃が罪を犯したらば、それはいわば自業自得だ。少なくとも罪もない一般人を殺しているのであるし、相応の罪を受けるべきだと思う。
ただし、それはあくまで、神姫未来乃が罪を犯したことが絶対条件だ。罪に問うだけの責任がないならば、これほどの悲劇はない。
一三事件と美咲の元部下である扇屋小弥太の罪について調査していた捜査一課長が殺され、さらにこの数日で、神姫未来乃とヒエロファント達幹部の両者の発言に致命的なほどの誤りが含まれる事がわかっている。当初、互いに庇っているのかとも思ったが、それにしては、あまりに実際の事実と違いすぎているのだ。
今現在、八神管理官は、ご友人の助力を借りて、神姫未来乃達の過去の裏を取っている最中だ。あと一日でもあれば、状況は変わっていたかもしれないのに……。
「美咲先輩……」
天羽色葉が心配そうに、美咲を見上げていた。
「心配ないわ」
自分に言い聞かせるように、そう力強く答え――。
「さあ、まだ時間はあるし、時間の限り粘ってみましょう! 身柄を我らの元に留め置けるのは、どう頑張ってもあと四四時間弱。それまで、上は何があっても通さないで!」
「「「「はいっ!!」」
美咲の言葉に、捜査官達は大きく頷き、動き出す。
同僚だった扇屋小弥太が最悪の犯罪者だったという事実は、少なからず、美咲をはじめとする捜査官に深い傷を残した。もちろん、多数の子供達を殺した小弥太に激烈な怒りも感じる。だがそれ以上に本性を見抜けなかった自身の見目のなさがひたすら口惜しく、そして情けなかった。
(今度こそ、間違えないようにね)
この一三事件、数多くの人達を傷つけ、多くの人達の運命を狂わせた。もうこれで真の意味でこの事件を終わらせなければならない。それこそが、死んで行った被害者達が、望んでいることだろうから。
それに……ここで、美咲が選択を誤れば、マスターは大切な人を失う。マスターにはただ笑っていて欲しい。
――美咲は決意を誓い右手を強く握りしめた。
お読みいただきありがとうございます。




