第62話 勝手に困ってろ!
車は国会議事堂の脇を通り、隣にあるひと際大きなビルのような建物の地下駐車場に入っていく。
どうやら、お忍びってところか。俺を呼び寄せた奴等は、俺の存在自体を大っぴらにしたくないらしい。
数人の黒服達に取り囲まれつつ、エレベーターへ乗り込む。この囚人のような扱い。少なくとも、先方は俺を同等の存在とは見なしていない。どうやら俺の予感は的中したらしい。
地下三階へ到着し、エレベーターの正面の部屋に入る。
部屋内は薄暗く、中心にはバームクーヘン型のテーブルが静置され、中年のおっさん達が各席で偉そうに踏ん反り返っていた。
「そこの席に掛けたまえ」
細身のスーツ姿の男が、円形のテーブルに囲まれたの中心の席を顎でしゃくり、そう指示してくる。
こいつを俺は知っている。というかこの一週間、テレビに引っ張りだこだったから、目にしない方がどうかしている。
昨日大勝した元野党の民優革新党総裁――児玉根楽。つまり、この国の行政府のトップだ。
こいつは、当時野党の党首に過ぎず、《八戒》の就任式に出席していない。だが、仮にもこの国の現トップだ。俺が《エア》であるくらいの情報は仕入れているとみてよいだろう。
ともあれ、こいつが児玉根楽なら、ここにいる奴等にも大体の予想はつく。この国の中枢を担う政治屋共だろう。
「児玉総裁、さすがにそれは……」
隣の真八が、凄まじい怒りを眉の辺りに這わせながら、そう言葉を振り絞るが――。
「構わんよ」
真八を右手で制し、中心の席に歩を進める。
俺達のやり取りを聞き、ヒソヒソと話し合う幹部共。
¨たかが子供に、情けない。それでも、統幕長か!¨や、¨自衛隊の質の低下は深刻だな¨、¨所詮、制服組ということですよ¨などと、その真八に対する侮蔑を含んだ言葉が飛び交い、真八の部下の華倶音と眼鏡の自衛官――海斗の二人が屈辱に手を震わせるのが視界に入る。
真八達には、悪い事をしたな。奴等の姿を一目でも見れば、この状況が本意ではない事は一目瞭然だ。
命令とあらば、本意に沿わぬ行為も強いられる。公僕とはそういうものなのだろう。
「それで、何の用だ?」
椅子に座り、脚を組むと、俺はそう端的に尋ねた。途端に、場は騒然となる。
無論、ほとんどが、俺の無礼に憤る声だったが、俺にはこんな阿呆共に礼儀を尽くす気はさらさらなかった。
「君は目上の者に対する態度ってものを少し学んだ方がいい」
児玉根楽の隣に座るスキンヘッドの初老の男が、俺にそう苦言を呈してくる。
「目上? へ~、どこにいるんだ?」
俺の嘲笑を含んだ言葉に、一斉に怒りが部屋中に巻き起こった。
「身に過分の力を得た子供をこうも付け上がらせたのは、前の民自党のあの無能者と君達だよ、四童子君!」
真八に対する児玉の叱咤の言葉に、遂に真八の部下が耐えられなくなったのか、口を開こうとするが――。
「もう一度問うぞ? 俺に何の用だ?」
俺は、それを遮るかのように繰り返し、児玉に尋ねる。
もうこれ以上、真八達の立場を悪くするのは本意ではない。何より、一時的にせよ俺についてきてくれた奴らに対する侮辱を許容する気などさらさらなかった。
児玉は、口端を上げつつ――。
「来週、国家公務員の臨時試験の実施を閣議決定します。それを受けなさい」
そんな馬鹿馬鹿しい事を宣いやがった。
こいつ等、本当に頭大丈夫か? 国家公務員の試験など、真八と秀忠の頼みだから一時的に許諾したに過ぎない。
秀忠は警察を辞めた。そして、真八をこうも侮辱した奴等の頼みを聞く耳を俺は持ち合わせてはいない。
「断る」
俺の拒絶の言葉がよほど意外だったのか、一瞬、静まり返るが、すぐに爆発的な怒号に変わる。
おっさん共の集団ヒステリーの強制鑑賞、どんな罰ゲームだよ。
「君は自分の立場をわかっているのかね?」
スーツ姿の丸々と太ったおっさんが、額に太い青筋を漲らせながら、問うてきた。
「武帝高校一年、相良悠真だな」
別にそれ以上とも以下とも思わない。
「武帝高校の無能が、力を得て天狗にでもなったか?」
「いいから、さっさと本題に入れよ。お前ら脇道にそれすぎだ」
場は再度騒然となり、怒号が飛び交う。ここって、学級崩壊の小学校か?
「長官」
児玉根楽が顎を上げ、指示を出す。
「それでは――」
スキンヘッドの初老の男が、ゴホンッと咳払いをしつつも、資料を音読し始める。
「相良悠真、君には複数人に対する殺人未遂、傷害、誘拐の容疑がかけられている」
まあ、否定はしないよ。《傲慢》の部下を皆殺しにしたのは事実だし、今もセトとメディアは《ヘルズゲイト――悪夢の旅路》に捕縛中だしな。
実際には死んだままにはならなかったとしても、殺意はあったんだ。殺人未遂は確かに成立しうるだろうさ。
「へ~、それで?」
もっとも、俺が《八戒》である以上、通常のルートでは俺を刑務所にぶち込めない。俺を捕縛したければ、探索者協議会へ働きかけて、俺のこの地位を消失させなければならない。
俺を《八戒》にしたがっていたのは、あの序列第三位――【聖哲】――アレク・ハギだ。奴が、それを認めるとは、到底思えないわけだが。
「警察は、容疑者――相良悠真を逮捕する用意がある」
スキンヘッドはそう勝ち誇ったように宣言する。
「それが可能だと本気で思ってんのか?」
だとすれば、ただの馬鹿だが、こういう手合いは悪知恵だけはやけに頭が回るのが相場だ。
「知ってるさ。《八戒》の君には絶対的不逮捕特権がある。そうだろ?」
「……」
金髪の優男が小馬鹿にしたように呟く。こいつは、他とは雰囲気が明らかに違うな。おそらく、この手の謀略のプロだ。
「でもさぁ、君の地位の根拠である《序列闘争》。この効力が生じるのは、正式にはあくまでその月の月末なんだよね。それまでは、君の身柄拘束につき、制限などないのさ」
「月末が来れば釈放されるがな」
「そうだよね。月末が来ればね~」
そういうことか。要するに、殺人、傷害、誘拐その他もろもろ、世間に知られたくなければ、黙って従え。そう言っているんだろう。
金髪の優男は、得意げに言葉を続ける。
「君が逮捕されれば、《八戒》とは言え、相良小雪の治療に協力などできなくなる。世間から犯罪者の片棒を担ぐのかと誹りを受けることになるからねぇ」
これが、俺への脅迫の内容か。確かに数週間前の俺ならば、実に効果的面だっただろう。
しかし――。
「それで?」
状況って奴は刻一刻と変わるものだ。
「うん? もう一度いうよ。君が我らの申し出を断れば、我が国は相良小雪の治療研究から手を引く」
「勝手にしろよ」
初めて、金髪の優男から薄気味の悪い微笑が消失する。
「は? もう一度言ってくれないか?」
「好きにしな」
「ちょ、ちょっと待てよ。君の妹の命がかかってるんだぞ」
「別にお前らの手など借りなくても、俺は必ず小雪をこの手で治して見せるさ」
「君が殺人未遂の容疑で逮捕されれば、事実上、君と君の妹はこの国でもはや生きられなくなる。小雪君が目覚めたとしても――」
「そこが、お前らのそもそもの勘違いだ。俺達兄妹は、端からこの国に居場所などなかった。俺が逮捕されようと現実は何ら変わらないし、他人の評価も変わりはしない」
俺達兄妹は、上乃駅前事件のたった二人の生き残り。二千人の死の原因となった呪われた兄妹。そうずっと蔑まれてきた。今更、数百人の殺人の容疑が付け加わったところで焼け石に水って奴だ。
「……」
遂に、金髪の優男はガチガチと爪を噛み始めてしまう。
もういいだろう。こいつ等は、消極的手段とはいえ、小雪を傷つけるとまで宣言したのだ。
今この時、この瞬間、日本という国とは袂を分かった。真八や徳之助には悪いが、俺はもう二度と、《トラインデント》などというお飯事に協力するつもりはない。
「話は終わりだな?」
俺が、席を立ちあがると、ついさっきまで余裕をぶっこいていた部屋のおっさん達の様子が一変する。その顔にあったのは、激烈な焦燥。
「は、話が違うぞ。相良小雪の治療の件を出せば、素直に従うはずではなかったのか?」
「そういうあんたも乗り気だっただろ!」
「わ、私は無関係だ。そもそも、長官が、相良悠真には重大な容疑がかかってるなどというから」
「私のせいですか!? 相良悠真をコントロールするネタはないかと言ってきたのは貴方達でしょう?」
「ふん、東条がいなくなって、政界進出の足掛かりにしようとしたんでしょうが、残念でしたな」
この程度の覚悟で、俺達、《八戒》に喧嘩を売ってきたのか……。
踵を返し歩き出すが、すぐに言わねばならぬ事があった事を思い出す。
肩越しに振り返り――。
「そうそう、一つ言い忘れていたな。俺の《八戒》就任は、序列第三位であり、探索者協議会議長――アレク・ハギの意向でもある。
つまりだ。今回、あんたらは、議長殿の顔に糞尿を投げつけたってわけだ。いや~あんたらのその度胸は大したものだ。誇っていいぜ。俺にはとてもできない」
「ま、まってくれ。君は、協議会へ報告する気か?」
児玉が真っ青に血の気の引いた顔で、そう俺に尋ねてくる。
「当然だな。俺はシーカー。その義務がある」
「そ、それは困る。やめたまえ」
此奴、ほんまもんの馬鹿だ。大方、俺がアレクに頼み込んで、《八戒》 になったとでも思っていたんだろう。政治屋共の考えそうなことだ。
「勝手に困ってろ」
そう吐き捨てると、俺は部屋を後にした。




