第59話 新たな家族との団欒
11月17日(金曜)午前六時半
ギルド食堂
あれから丸三日すぎた。
まず、《滅びの都》での修行について。
《氷の城》での修行で遂にレベルは79となる。レベル80に至る条件である『回帰真実の解明』がまだ不明であり、これ以上レベルは上昇しない。
そして昨晩、遂に第三の試練も見つけた。今晩当たり、攻略に乗り出す予定だ。それを伝えると、ウォルトの奴がやけにテンションが高くなっていた。
権能もエアも一切新たな変化はなかった。多分、最近の傾向から察するに、レベル一〇上昇するごとに、劇的な変化が起こるようになっているのだと思われる。まあ、レベル99以上より先があるかは不明ではあるのだけど。
次が武帝高校の弟子たちの動向。
碇爺ちゃんから、電話で報告は毎日受けているが、そのやけに機嫌のよい声からして、かなり順調のようだ。少なくとも、三週間後である一二月五日の俺の課すテストにはかなりの数が合格すると思われる。
ただ一つの誤算は、あの天才児――碇九音が消息不明となってしまったこと。この数日学校どころか、家にすら帰っていないらしい。あの怪物のことだからいらぬ心配だと思うが、今一番気にかかっているといっても過言ではない。
夜間の聖都への旅行は、この上なく順調だった。
サブは相変わらず、暗かったが多少の笑顔も見せるようになってきている。
加えて、シドのサブに対する態度がようやく軟化してきた。まだ、完全に気は許してはいないようだが、一日に数回言葉を交わすようになっている。シドにとってはかなりの進歩だ。
今後、シド自身と衝突する人物と行動することも多くなるのは間違いない。実際に、そいつらと上手くやれなくてもいい。ただ、上手くやっていく努力をシドにはしてもらいたい。そう、切に望んでいる。
カルディア教国とのカルウイッチ村の帰属の協定は伝説級の武具に加え、一〇個の上級の魔道具も対価として要求されるというアクシデントはあったが、結局、伝説級の武具、五個の上級の魔道具により、カルウイッチ村はカルディア教国を離脱し、俺達のギルドの傘下に入ることになった。
こんなわけで、大まかには順調に進んでいるのだが、物事にはすべからく例外は存在する。
「あーっ! お姉様、また僕のから揚げ食べたっ!!」
席を立ちあがり、批難の声を上げる長い艶やかな銀髪を腰まで伸ばした少女。
「なんだ、残したのではなかったのか?」
「好物だから最後に食べようと残してたんだい!!」
二メートルそこらまで縮んだ白色と黒色の鬼が主人と銀髪幼女――セレーネとのやり取りを焦燥たっぷりの表情で眺めている。
あの銀髪残念幼女、遂に他人の食い物にまで手を伸ばすか。ここにきて、お前の評価がだだ下がりだぞ。
「その程度のことで器が小さなやつよ」
さも、仕方ないというように、大きく息を吐き、肩を竦め、左右に首を振る。
「ふんだ! お姉さまなんて、身体が小さいじゃん! というか子供じゃん!」
「あ、主よ、それは……」
白鬼が、慌てて主の口を塞ぐが、一足遅かった。
ゾンビのように俯きながら席を立ちあがる銀髪残念幼女。ああ、またかよ。
周囲のギルドメンバー達も、巻き込まれては叶わないと、席を立ち、別の席へと移り始める。猛烈に、気持ちはわかるぞ。毎度毎度しょうもないしな。
「お主、決して言ってはならぬことを……」
わなわなと体を小刻みに震わす銀髪残念幼女。
「なんでさ。お姉様が幼女なのは、真実じゃん! 真理じゃん! この宇宙の絶対の法則じゃん!」
ピシッとセレーネの表情に亀裂が入る。
ああ、いっちゃったよ。俺でさえ、一応、その言葉は禁句にしてるってのに。
「兄者、今度はどっちが勝つかな?」
ウォルトが、頬杖を突きながらも、そんなしょうもない疑問を投げかけて来る。
「さあな。今のところ、二勝三敗だし、いい勝負するんじゃね?」
「どっちが、二勝だ?」
「もちろん、セレーネ」
「うへ~、姉の面目丸潰れじゃねぇか」
いや、ウォルト、今のお前も大概だと思うぞ。セレーネを『様』付けで呼んでいたあの純な君が懐かしい。
「そうか? あの体格差で二勝もしたセレーネに俺は一票入れるがね」
「はい。マスターはセレーネ様ですね。ウォルトは?」
「無論、ニケだ」
ノックが鉛筆を片手に賭けを始め、忽ち、お調子者の奴らが賭けに乗り始める。
「おい、勝手に――」
そんな俺の声は、歓声に掻き消されてしまう。
とうとう、取っ組み合いのゴングが鳴ったらしい。あとは、あの二人を止められるような奴が現れるかだ。
ニケとセレーネに絶対権力を発動できるこのギルドの女組のトップであるクリス姉は、次期世界選手権の合同合宿で、今はいない。明美、フィオーレも右に同じ。美夜子はそもそも、朝食を家族と食べるから朝はギルドにいない。
即ち、止められるとしたら一柱だけ。
「おやめなさい!」
魂が氷付くような制止の声とともに、背後から極悪執事が音もなく顕現する。そしてそのベリトの傍で顔を掌で覆う牛面の鬼人。
ニケとセレーネが互いの頬を摘まむ状況で硬直し、ベリトを見上げる。
「違ひゅのベリト。あにょね、こりぇはお姉様が……」
「ニケ」
にっこり笑うベリトの顔を目にして、頬を引きつらせるとニケはショボーンと項垂れてしまう。
「ざまーないな、ニケ」
いや、お前も姉の面目皆無の行いだったぞ。
「セレーネ様、貴方もですよ」
ああ、始まったよ。あれ始まると長いんだよな。
「いや、なんだ、その……」
しどろもどろになるセレーネに、ベリトは優雅に二人を椅子に座らせると、長い、長~い、説教という名の拷問を開始した。
「ニケも結構なじんだな」
ベリトによる二人への説教を眺めていると、ウォルトがそう呟く。
「まあな」
血剣事件後、ニケと白鬼、黒鬼、牛鬼の三鬼は俺達のギルドに保護された。
ニケはそもそも、黒服仮面により、魂から汚染されており自由意思はなかったが、ベリトのスキル――【救世の大炎】により、その汚染因子はもちろん、拉致されたここ数年分の記憶を丸ごと焼き払われてしまう。これではとてもじゃないが罪には問えない。
何より、ニケが黒服仮面やザムトに村人や旅人の殺害を命じられた際、三鬼達は必ずそれを請け負い、近隣の街に秘密裏に逃がしていたようだ。結局、実質上、三鬼達が殺したのは、それを目撃した盗賊共だけとなる。事実上、脅し以外で、ニケが実際に手を下したのは、皮肉なことにも俺達に対してだったというわけだ。
そして、三鬼達は俺達の実力を大まかには理解している風であった。多分、最後、ニケの行いに一切口を挟まなかったのは、主人であるニケの明確な死を認識し、共に滅びることを選択したからだろう。まったくもって不器用な奴等だ。
ともあれ、ニケとその三鬼の今後の対応につき、ベリトから進言があったので、面倒になった俺は、全て丸投げしたってわけだ。
ニケは記憶を失っていたにもかかわらず、どういうわけかベリトによく懐き、コバンザメのようにそのあとをついて回っていた。そんなとき、ニケとセレーネは運命の出会いを果たしたってわけだ。
「あいつら、双子の姉妹なんだろ?」
「らしいな」
そうなのだ。ニケとセレーネは、両親も同じ、しかも双子らしい。これを聞いたとき、正直開いた口が塞がらなかった。
「あんま、似てねぇよな?」
そんなウォルト君の身も蓋もない感想に、¨お前、正直すぎだろ¨と内心で毒づきながらも、一応のフォローを試みてみたりする。
「そうか? セレーネを一〇年分、時間を進めて、雰囲気をボーイッシュに全とっかえしたら、ニケになるんじゃね?」
「いや、それって、似てないって案に言ってますよね……」
呆れたようなベムの突っ込みに、苦笑しながらも、天井につるされているテレビを見上げる。
テレビは一昨日から、野党の総選挙の圧勝による大政変のニュースでもちきりだった。今は、新内閣の発足の報道が繰り返しなされている。
アナウンサーによる騒々しい声を聴きながらも――。
「平和だな~」
そんな感想を口にしていた。
旧世代の存在すらも召喚し従えるニケはジャスティス家の中でも超がつくエリートであり、期待の星。特にライバル関係のエオスとはあまり仲がよくありません。
エオスとのからみも、もう少し後に出てきます。(既に書きましたが投稿するタイミングをいつにしようか……)
それでは!




