第20話 異世界での金銭の稼ぎ方
(そりゃあ、お前らは簡単だろうよ)
商人達にとって一万ルピなど大した金ではない。奴等がライセンスの取得が容易と言ったことに嘘はない。
さて、困った。俺にはこの世界の共通通貨であるルピがない。稼ぐにも冒険者とならなければ、魔物と戦えない。最悪、ミリタリーナイフを売ろうと考えていたのだが、冒険者か商業組合員のいずれかでなければ、このピノアで武具を売ることはできない。
商人達の言では、武具以外の物を売るのも、商業組合に入らなければならないらしい。冒険者でさえも一万ルピも必要なのだ。商業組合ならもっと多くのルピが必要なことは容易に察しがつく。
「あ、あの……」
腕を組んでウンウン唸っていると、袖を引っ張られる。視線を声のする方へ向けると、中学生になりたてくらいの耳の長い美しい人物が俺を見上げていた。
(エルフって奴か。それにこいつ、女、いや男か?)
女性のような華奢な体に、これまた少女のようなぱっちり目の童顔。さらに、ショートカットにしたサラサラの黄金色の髪は、その可愛らしい容姿を最大限引き立てている。衣服が男性冒険者特有のものでなければ、少女と判断していたことだろう。
「何だ?」
「僕を――もらえませんか?」
消え入りそうな声で、そんな気色悪い事を言いやがった。
「帰れ!」
俺の頭ごなしの激しい拒絶の言葉に泣きべそをかく少年。
「で、でも僕は……」
「悪いが。俺はノーマルだ。仮にお前が女でも、金で買うほど落ちぶれちゃいない」
少年は、ポカーンと半口を開けていたが、雪の様に白い肌はみるみるうちに真っ赤になる。
「ち、違います。そうじゃなくて……」
大慌てで、両手をブンブンふる少年の目尻には涙が薄っすらにじんでいた。
同時に、本館内の敵意の籠った視線が俺に降り注ぐ。特に、シャーリーとか受付嬢の笑顔にはうすら寒いものを感じる。
(六花といい、こいつといい、マジで、今日は何なんだよ)
舌打ちをすると、この鉄火場のような場所から退散すべく、少年の手首を掴み外に出る。
「小さい餓鬼じゃねぇんだから、簡単に泣くんじゃねえよ」
「ばい……」
少年の頭を乱暴に撫でると、逆にジワッと大粒の涙が溢れる。
「ああ、くそっ! マジで俺が悪かったよ」
最近、この手の餓鬼にとことんまで縁がある。子供のなだめ方など俺はこれしか知らない俺は、ひたすら頭を撫で続けた。
ようやく、落ち着いた少年――セシル・フォレスターから事情を聴くと、俺の勘違いであることがわかる。
「すまん!」
俺が頭を下げると、セシルは焦ったように再度両手を振る。
「いえ、僕も勘違いするような……」
言葉の意味を想像したのか、また、真っ赤になってしまい、言葉が続かない。ホント、こいつ女に生まれた方がよかったんじゃなかろうか。
「申し訳ないが、俺は無一文でな。運搬人だっけ? 給料、払ってやれるほど金を持っていない。つうか、まだ冒険者ですらねぇんだ」
「お金もってないんですか?」
「ああ、冒険者としての登録にきたんだが、まさか1万ルピも必要だとはな」
「僕、お金はあるんで、貸しましょうか?」
「阿呆、そりゃ、本末転倒ってもんだし、何よりスジが通らねぇ」
人差し指でセシルのおでこを軽くつく。
「は、はい。すいません」
「だから、悪くもねぇのにあやまるなよ。言葉が、安くなっちまう。あと、直ぐに泣くのも禁止だ」
「はい。すいません。あっ……」
しょんぼりする、少年の頭をポンポンと軽く掌で叩く。多少は元気づけられたか。
「なあ、商業組合を介さず、物を買ってくれる場所知らねぇか?
俺、塩と胡椒、数キロ単位で持っているんだが、組合に入ってねぇから売れねぇのさ」
《中央市場》で情報収集した際、塩が10gで2000ルピ、胡椒10gが8000ルピで売っていた。地球で買い込み、売りつければ当面の資金を心配する必要はなくなる。
「す、数キロ……」
暫し、セシルは目を見開いて絶句していたが、直ぐにニコリと無邪気にほほ笑んだ。
こいつ、絶対女子だ。生まれた性別間違ってやがる。うちのDクラスの変態共なら、一瞬で男女共に骨抜きになりそうな気がする。
「商業組合は資格のない人達からも、物品の買い取りをしています。もちろん、売却代金はまず入会金と年会費に充当されますが、余剰資金は支払われます。
ユウマさんが塩と胡椒を商業組合に売却すれば、少なく見積もっても数十万ルピは手元に残ります。その資金で冒険者の登録をしてはどうでしょう?」
「なるほどな。そういうシステムか。マジで助かった。ありがとうよ」
頭を再度、ワシャワシャと撫でる。
「い、いえ……」
照れているのかモジモジと指を組んで動かしている。ガチで女子だ。少なくともDクラスの女共より女子すぎる。どうもやりにくい。
「情報料だ。受け取りな」
腰のミリタリーナイフの一本を取り出し、セシルに渡す。
それは、《硬化》と《切断》の効果が付与された武具クラス――《中級》のナイフ。要するに、普通よりよく切れるナイフに過ぎない。家の武器庫には数百単位でこの手のナイフがある。
今回の件、セシルに恥をかかせた。特に男なら赤面で済むような問題ではない。現にセシルを泣かせてしまったわけだし。その無礼な俺に、セシルは八方塞がりの現状の打開策を示してくれたのだ。むしろこの程度では割に合わない。
「こんな貴重なものもらえません」
セシルは俺からナイフを震える手で受け取るが、首を左右にブンブン振る。
「貰っときな。ガキは素直が一番だ。じゃあな」
最後に右手を軽く上げると、踵を返し組合分館を今度こそ後にした。
お読みいただきありがとうございます。
中世のギルドは、多分販売制限されてるんだろうなという勝手な思い込みで書いています。こんな感じかなと。ともあれ、異世界を書くのは楽しい!