第49話 再度の怪物晩餐
「あっ、マスター!?」
「……」
村の中央に転移すると、ふくれっ面のシドとそれを宥めるセシルがいた。今回の作戦は、児童には刺激が強い可能性を考慮し、一二歳以下の児童は自室待機を指示していた。おそらく、完璧に蚊帳の外だったことにお冠なのだろう。
ベムとノックも、そんなセシルとシドのやり取りを眺めつつも、温かな笑みを浮かべている。
「マスター、お疲れ様です。今、カルディア教国の聖都への交通手段について、話し合っていたところです」
「何かいい案でもあるのか?」
これは、まさに俺が今頭を悩ませている案件そのものだった。だから、気が利くベムに感謝しながらも、率直に尋ねる。
「あっしが、マスター達を聖都までお送りいたしやす」
チキンが緊張気味の表情で、一歩進み出ると、そう進言してくる。
確かに、御者のチキンに聖都までの運転を頼めば、町で一々馬車を確保する必要もない。チキンはもはや俺達のギルドのメンバー、若干、邪道のような気もするが、いずれにせよ、このままではトーキン氏の護送馬車より先に、聖都に到着するのは不可能だ。
この周辺には、まだザムトを改造した外道がいる危険性がある。できる限りこの世界のルールに沿って旅をしたいのは、いわば俺の我儘だし、今は、緊急事態。致し方あるまい。
「わかった。頼む」
「はいっ!!」
何度も頭を下げると、顔一面を喜色に染めて、飛び跳ねるように姿を消していくチキン。何だろう、あれ? あいつ、悪いものでも食べたんだろうか?
「嬉しいんですよ」
「何がだよ?」
「マスターのお役に立てることがです」
「村の恩返しってやつか。あのなぁ、大袈裟すぎだろ……」
俺の言葉は――。
「大袈裟じゃありませんよっ!!」
いつになく厳しい声のノックにより遮られた。そういや、カルウイッチ村の一件の後から、ノックは終始、何か思い悩んでいる。そんな印象だ。
「ノック?」
「マスターは、御自身がこの村に何をもたらしたのかを分かっていない!
この国の闇はそんな簡単に取り払えるようなものじゃなかったはずなんだっ!」
「奴等のやり口は、理解している」
今回の血盟団が盗賊に落ちた理由についても、さっきの会議での報告で俺の耳にも入っている。利用するだけ利用した上で、実にあっさり切り捨てて、臭い物に蓋をする。そんな腐りきったやり口。
「俺達も何度も、何度も足掻いたんだ。でも、そんな俺達の努力を嘲笑うかのように、あの国は俺達から全てを奪っていく。父も母も、姉さんさえも……」
ノックはそう声を絞り出し、俯きつつも、全身を小刻みに震わせる。
「……」
突然のノックの豹変に、ただ圧倒されている俺に――。
「あなたさえ、あなたさえ、あのときいてくれたらっ!!」
ノックは、幼い子供のように喚き散らす。
「ノック、お前――」
宥めようと口を開こうとするが、ぎょっとして目を見開く。
ノックは、肩を震わせて泣いていた。
「ノック、マスターの前だ。落ち着け」
ベムは、ノックの背中を軽く叩きながら、頭を下げてくる。
「申し訳ありません、マスター。こいつ昔、色々あって」
「知ってるさ。済まないな、嫌なことを思い出させた」
ノックはカルディア教国の名を口に出す事すら嫌悪していた。シドも、カルディア教国のせいで、極度の人間不信だ。この国での出来事は、とても他人事ではないはずなのだ。本来、軽々しく語るべきではなかったな。
「……すびばせん、マスダー」
泣きながら顔を左右に振り、謝罪するノックをベムは一礼すると、宥めながら引きずって行く。
陽気なノックをあれほど変容させる国か。どうにも、この国に入ってから、マジでイライラさせられる。
「マスター……」
不安そうに、シドは俺の上着を引っ張り見上げてくる。
シドを落ち着けるべく、無理矢理笑顔を作りながら、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
(セシル)
(はいっ!)
俺の意図を読んだセシルがシドを引き寄せると強く抱きしめる。これで、シドも多少なりとも落ち着くだろう。
「下がってろ。今から大規模なスキルを発動する!」
大声を上げて周囲に注意を促すと、遠巻きに俺達を眺めていた村人達は、皆、慌てたように、俺達から離れていく。
このスキルにより、シド達に僅かでもいい。笑顔がもどってくれればいいのだが。
「【怪物晩餐】」
俺は禁断ともいえる極位階梯のスキルを発動する。
村と荒野さえもすっぽり覆いつくすドーム状の象形文字が出現し、それらが落下していく。
そして――再び、奇跡は起きる。
――家のランプに顔に両手両足が生え、地面を走り出す。
――河辺の柵が川に飛び込むと、まるで蛇のように泳ぎ出す。
――建物の扉、屋根、壁に顔が浮き出ると、一斉に夜空向けて歌いだす。
――バンダナをした長靴をはいた猫が、空中に浮遊する樽に座りながら、バイオリンを弾く。
――空を悠々と滑空する樽たちの群れ。
――まるで装甲車のような形態に変貌した鉄の荷馬車と、真っ白な頭に角が生えたユニコーンのような姿の馬。
村の至ところから、驚愕と悲鳴が聞こえて来る。
まあ、とうのスキルを発動した俺でさえ、当初、発動した際に、悲鳴を上げそうになったくらいだ。当然といえば当然だろうな。
こればっかりは、村民に慣れてもらうしかない。まっ、ショックを受けるのは最初だけ。すぐに順応することだろう。
「わぁ~」
カルウイッチ村の村民達の阿鼻叫喚のさなか、シドが目を輝かせ歓声を上げる。
ギルドハウスの魔物達は、シド達の恰好の遊び相手。睨んだ通り、シドの機嫌は好転している。
怪物達に、村人達を全力で守護し、この村の開発を早急に開始するよう指示し、俺はギルドハウスへ転移する。
 




