第46話 胸糞の悪い展開
俺が前に出ると、黒髪の青年は盗賊達の捕食を止め、ベットリと口元を真っ赤に染めながらも、口角を吊り上げ、ヌメットした蛇のような視線を向けて来る。
この視線。俺は見覚えがある。三周目の狂ったグスタフ。
どうやら、胸糞の悪い展開になりそうだ。
オズ隊は、迅速で、青年が俺に気を取られている隙に、盗賊共や村人達を即座に保護避難させていた。
「ユウちゃんっ!」
「ん?」
背後からのクリス姉の呼びかけに、眼球だけを動かすと、憂わしげな表情で俺を見つめているクリス姉が視界に入る。
「大丈夫だよね?」
「ああ」
そう端的に答えると、異空間から、【エア】と【天叢雲】を顕現し、それぞれ左手と右手に握りめる。
「信じてるから」
その言葉を残し、クリス姉達も姿を消す。
「クリスちゃん、女の子だねぇ~」
ロキがこの火事場のような場にそぐわない、気の抜けた声を上げつつも、奴の武具であるトランプのカードをクルクルと左手で遊ばせている。本来、仮にも敵を目前にして、間違ってもこんな舐めた行為を行う奴じゃない。今日のロキは、どこか普段の余裕がない。そんな気がする。
「ロキ、無理に俺に付き合う必要はない。気になることがあるんだろう。行けよ。ここは俺一人で十分だ」
ロキは常に浮かべていた微笑を消して俺を凝視してくる。
「陛下、一つ約束してくれるかい?」
「事にもよるな」
ロキのいつになく真剣な様子から察するに冗談の類ではあるまい。
「御身を第一に優先させて欲しい」
そんな当たり前のことを宣いやがった。
この場には俺とロキしかいない。ロキが姿を消せば、俺だけになる。人質となる人員もいないことからも、ロキが危惧しているのは、あの不運な青年に俺が同情し後れを取るってこと。
「お前なぁ、俺がそこまで恩情派に見えるか?」
悪いが、戦闘中に敵に情けを掛けれるほど、俺はそこまで純真無垢ではない。
「……ならばいいさ。あれが本気モードの陛下に勝てるはずもないしね」
やけに回りくどいが、要するに端から全力で行けと暗に言っているのだろう。
本日のロキの心配は、少々度が過ぎてはしないか。
「わかった、わかった。気を抜くつもりはねぇよ」
右手をヒラヒラさせると、ようやく、ロキから眉間の皺が取れる。
「感謝するよ。それと事前に断っておくけど、陛下の御身に万が一があれば、僕は敵もろとも、ここら一帯焼け野原にするつもりさ」
そんな物騒なことを口走り、止める間もなくへ姿を消す。
「なんだ? あいつ……」
本当に今日のロキはマジで変だ。まるで、母にお気に入りのおもちゃを買ってもらえず駄々をこねている幼子のような印象を受ける。
さて、ロキの件は後回し。まずは、この現状打破が最優先課題。
恒例の鑑定をしてみる。
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『食人鬼――ザムト』
〇説明:《血盟団》団長――ザムト・ケルラルトが食人鬼化したもの。
食したものを食人鬼化し、配下を増やす。
〇Lⅴ:4
〇種族:食人鬼
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食人鬼……案の定、人間を止めていたか。
まずは、話が通じるかだが……。
「俺の言葉がわかるか?」
「……」
無駄……か。グスタフの際も、結局、人間を止めてからは、理性を失っていたいたから予想はしていた。
「『万物創造』――「《状態異常完全無効化》」
黒髪の青年――ザムトを指定し、万物創造で、状態異常を無効化するが、やはり、反応に変化はない。
つまり、この変化は、そもそも状態異常ではなく、正常な状態。小鬼の状態異常を無効化しても人間にならないのと同じ。怪物として完成したものに、状態異常は効果がない。
この青年を元に戻す方法は二つ。
一つ目の方法は、魂のみを取り出し、肉体を再構築する。
ただし、これは魂が改変されている場合には役に立たない。魂は肉体の設計図。肉体だけの改造で、ここまで変質はすまい。魂もいじくられていると解するべきだろうな。
二つ目の方法は、魂に含まれている異物を全て洗浄し、一から構築し直すこと。《万物創造》なら、その構築する過程自体は可能だ。
しかし、これには、人間の魂というものの全てを理解している必要がでてくる。これは、今の俺には不可能。
つまり、結局、三周目と同じ。元に戻すには殺すしかない。そういうことだ。
――反吐が出る。
ザムトの変化から察するに、カルウイッチの村を襲ったこと自体、本心でない可能性が高い。
それでも、ケジメは必要だ。それが、この哀れな青年の唯一ともいえる救いとなる。
此奴のレベルは4。レベルだけ見れば、お話にすらならないが、この度の敵は、ベリトが本気を出さざるを得ない相手。加えて、このタイミングで出現するのだ。ザムトには、俺達とドンパチやれるだけの魔改造が施されていることだろう。
もっとも、俺と本気でやり合うことにはなるまい。ザムトは、どういうわけか、仲間である盗賊共のみに狙を定め、村人達には襲い掛かる素振りはなかった。
このクソッタレな遊びを仕組んだ外道が、村人の身を案じるはずもない。意識的なのか無意識的かまでは判別はつかないが、間違いなくこれはザムトの最後の足掻き。
だとすれば、ザムトの悪夢を終わらせるのがこの度の俺の義務なのだろう。
――虫唾が走る。
俺は【エア】の銃口を向けると、その眉間を打ち抜いた。
ゆっくりと倒れ込むザムトの胸部に、【エア】の銃弾の出力を上げ、打ち抜く。五発もの銃弾が青年の胴体を貫通し、大きな風穴を開ける。
レベル4の魔物など今の俺には障害ですらない。ザムトの望みがこの悲劇の幕を下ろすことにある以上、立ち上がることはあるまい。これでこの事件は終わり、盗賊共は一層され、カルウイッチの村は解放される。ひとまず、一件落着。
そのはず。そのはずなのに――。
――実に不愉快だ!
「お前、外道にいいように操られて、情けなくないのか?」
おい、おい、俺は何をしようとしている? これではロキが抱いた危惧そのものではないか。
「……」
ザムトは地面に伏したままでピクリとも動かない。
「外道に唆され人間を止めたのも、仲間を奪われたのも、全てをお前の落ち度だ」
このまま放置しておくのが、俺達にとっても、ザムトにとっても最良なのに、どうしても俺は我慢がならなかった。
「……」
「仲間の信頼を裏切り、自らの手で誇りを踏みにじり、今のお前は薄っぺらで、すっかからかんだ」
我慢にならなかった訳は、多分、この青年の両手の掌のゴツゴツした剣胼胝を目にしたからだ。その肉体に刻まれた愚直な修練の跡だけは、嘘はつけなかったから。
「……ぅ」
「お前は全く自身の義務を遂げてはいない」
ザムトには、命よりも大切なものがまだきっと残っている。それだけは、こんなクソッタレな悲劇のシナリオを描いた外道に汚させてはならない。
「……ぐぅ……」
僅かに漏れるザムトの呻き声。
「立て!」
「……ぐごっ……ぅぅぅ」
獣のような唸り声を上げるザムトに俺は【天叢雲】の剣先をむける。
「傭兵団――《血盟団》団長――ザムト・ケルラルト、俺、《三日月の夜》ギルドマスター――ユウマ・サガラが一騎打ちを申し出る」
「ぐがぁぁぁぁっ!!」
ザムトは絶叫を上げ、全身を痙攣させ始める。
そして、ザムトはゆっくりと変貌していく。
――肉体が超高速で修復し、より強固に変革していく。
――犬歯が伸び、瞳が紅に染まる。
――全身から黒色の濃密な霧のオーラを撒き散らす。
そして、バネ仕掛けのようにザムトは立ち上がり、地面に落ちた剣を掴み取り、闇のオーラを纏わせる。
その構えや身のこなしには一切の隙が見当たらず、歴戦の戦士のそれだった。
鑑定をするが――。
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『食人鬼王――ザムト』
〇説明:傭兵《血盟団》団長――ザムト・ケルラルトが食人鬼化したもの。
食したものを食人鬼化し、配下を増やす。
〇Lⅴ:86
〇種族:食人鬼王
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ただの人間を覇王クラスであるレベル80台まで改造するか。これを仕組んだクズは、どうしょうもなく狂っている。
ともあれ、改造ザムトはセトやメディアとは格が違う。俺も本気になる必要がある。
「……君……は」
「語るな、ザムト」
そうだ。これは、傭兵ザムト・ケルラルトと冒険者相良悠真との互いの命と誇りを掛けた一騎打ち。無粋な言葉など、興覚めもいいところだから。
ザムトの真っ赤な瞳に、迷いが消える。
俺も【起源回帰】を発動し、俺達の闘いの幕は上がる。




