第44話 魔王憧憬 ベリト
増殖したニケの猛攻を避けつつも、ニケの両手、両足を切断、粉砕する。ベリトの現在のレベルは92。陛下の死後、ひたすら自己を練磨してきた結果だ。こと戦闘なら、冥界最強のベルゼビュートにも引けを取らない自信がある。
この戦闘の勝利条件は二つ存在する。
一つ、村人に犠牲が出ない事
二つ、ニケの不殺。
村人の犠牲は、オズ隊が護衛につく以上、ここら一帯を更地しかねない第八階梯以上のスキルや魔術の発動のみを警戒すればよい。
問題は、やはり、ニケの不殺の条件なのだ。
女王蜂のようなニケがいないかと多種多様な攻撃を仕掛けた結果、いくつかの事実が判明する。
――各ニケに序列がない事。《灼炎》により視界に存在するすべてのニケに攻撃を仕掛けても全く庇う気配がなかったことからも、それは間違いあるまい。
――増殖したニケは互いに半径、五〇〇メートル範囲以上を離れることはできず、群として行動すること。
まさに、この空間自体が一種のニケという生物を作り上げているといってよい。殺すならこの空間自体を破壊すれば済む。だが、救うとなると……。
いくら考えても、救うとっかかりすら思い描けない。
それに――。
(今更、ニケを元に戻したところで救われるのか?)
結局ベリトは、白鬼と黒鬼をこの手で殺し、牛鬼を見殺しにした。
寧ろ、このまま滅ぼしてやった方がよほど、幸せではないのだろうか。少し前までのベリトなら、迷わずその選択をとっていたことだろう。
(陛下ならば、このような事態など、いとも簡単に収めてしまうのであろうが……)
改めて、我らが主の偉大さを思い知る。そして、他者を壊す行為より、救う行為がどれほど難解であることも。それをあの御方は幾度となく成し遂げてきた。その事実が、今ベリトはひたすら羨ましかった。
(他者を救うことに憧れる魔王か。実に滑稽だ)
そして困った事にそんな己にベリト自身が気に入ってしまっていたのだ。
(さて、このままではじり貧んか……)
いずれにせよ、決断しなければならない。
陛下なら兎も角、ベリトにはニケの不殺は不可能。ならば、発想を転換するしかない。
即ち、不殺を諦める。
右手を上空に掲げ――。
「【赤火牢】」
最悪ともいえる言霊を紡ぐと、炎が走り抜け、ニケ達の全てを包囲する。
その炎の中から顕現したのは、正四面体の紅の牢。そして、牢の各頂点に、真っ赤な法衣に身を包んだ八体の高僧がまるで蜃気楼のように正座しているのが浮かび上がる。
――【赤火牢】――一二階梯の極大スキル。牢の各頂点に八体の法術師を召喚し、内部を共鳴魔術により一掃する。牢内は、発動者の完全支配領域であり、発動者が故意にスキルをキャンセルしない限り、脱出は叶わない。そんなふざけた効果を持つ。
今からやることは一か八かの賭けのようなものだ。特にこの【赤火牢】は発動こそスキルだが、実のところは魔術である。ベリトはスキルを中心の戦闘を好む魔王。このスキルは切り札ではあるが、一度使えば疲労困憊となり、仮に成功しても、数日間は確実に行動不能となることだろう。そして、成功する確率は極めて低い。
(神話系【炎天術】――第一一階梯魔術【アグニ】、詠唱スタート!)
一斉に各頂点の高僧共は詠唱を開始する。
突如、紅の牢内の中心に真っ赤な球体が生じ、それらから赤のオーラが滲みでていく。ニケ達は狂ったように赤色の牢に体当たりをかまし、脱出を試みるが、無常にも全て弾かれ叶わない。
赤色の球体から幾つもの帯が走り始める。
「【破滅の大炎】」
ベリトの言霊と同時に、球体から生じた紅の光の帯は、ニケ達を飲み込み、まさに一瞬で細胞の一かけらも残さず綺麗さっぱり、消滅させてしまう。
ゴソッと魔力が削られるのを自覚しつつも、高僧共に本日最後の命を与える。
「神話系――【炎天術】――【改変の炎】スタート」
ベリトの所持スキル・魔術のほとんどが、拷問や、肉体改造、魂改造などで占められいる。この【改変の炎】もその例にもれず、他者の肉体と魂を改造する第一一階梯の魔術。
当然のごとく、この【改変の炎】は、共鳴魔術での使用は想定されていない。どんな科学反応が起きるは想定し得ないが、やってみるだけの価値はある。どの道、これしかベリトには方法がないのだから。
【赤火牢】の内部の一点に光が集中し、超高速で凝縮されていく。
内部の光球は次第に肥大化し、牢の壁を圧迫していく。
牢の一点に亀裂が入り、光りが漏れると、それは光の線となって、ベリトの片腕を易々と切断し、大地に巨大な亀裂を入れる。
(暴走すれば即死であろうな)
そんなことをぼんやりと思いながら、頭に浮かぶ言霊をゆっくりと紡ぐ。
「【救世の大炎】」
光りは弾け、【赤火牢】を粉々に崩壊する。
薄れゆく意識の中、光りの頂点に浮かぶ銀髪の少女を視界の片隅に入れて、思わず、口端を僅かに上げる。
そして、ベリトは真っ白な霧に包まれ――。




