第19話 冒険者の都市ピノア
扉の中に入り、真っ暗な床を歩く。前方から光が溢れ、それが大きくなっていく。
足が土壌の地面を踏みしめると同時に、賑やかな雑踏が俺の耳に飛び込んで来る。
俺は大通りと交差する薄暗い裏路路地に突っ立っていた。前方五十メートルほどに大通りがあり、後方が裏路地となっている。
周囲をグルリと眺めるが、裏路地の路上は当然のこと、壁にも地面にも【覇者の扉】は見当たらない。
【覇者の扉】は覇王専用武器とリンクしている。なら、地球に戻る術も【エア】にあるはず。
【エア】に鑑定をかけると、次の文が新しく追加されていた。
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■覇者の扉顕現・マッピング:
〇扉顕現:弾倉のスイッチを《覇者の扉顕現》に変え、弾丸を打ち込み【覇者の扉】を顕現させる。ただし、【覇者の扉】は扉を閉めると消失する。
〇マッピング:弾倉のスイッチを《地点記憶弾》に変え、弾丸を撃ち込み、地点を記録する。記録した地点へは、鑑定の《マッピング》を操作して移動する。
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【エア】の弾倉を取り出すと、《覇者の扉顕現》と《地点記憶弾》のスイッチが増えていた。《覇者の扉顕現》にスイッチを変え、魔力を篭めて、銃弾を創造し、壁に向けて引き金を引くと【覇者の扉】が出現する。
あとは、《マッピング》だが、『鑑定LV1』を押すと、《マッピング》の項目が追加していた。弾倉の《地点記憶弾》のスイッチを押し、銃弾を撃って地点を記録するのだろう。
システムは粗方把握した。次は、この世界の探索だが、この建造物、正直、薄ら寒いものを感じる。
意を決し、大通りに出て、辺りを見渡すが――。
「マ、マジかよ……」
あまりに非常識な景色にようやっと、言葉を絞り出す。
結構な幅のある路上の中心を勢いよく行き交う荷馬車に、赤い屋根を持つ組積造の建物。道行く人々の服装も、現代日本、いや現代人のものとはかけ離れていた。これを一言で表せば、中世のヨーロッパの街並み。
ここまではまだいい。異界の門をくぐった先が、アスファルト舗装ではない裏路地だ。この程度の覚悟くらいしていた。
俺を今、最も動揺させているのは俺の視線の先にいるあの生物。
セミロングにした茶色の髪、ブラウン色のぱっちりとした瞳に、目鼻立ちのきりっとした美しい顔。短パンに水着のような黒色の布の胸当てにブラウンのジャケットを羽織っている。ここまではただの人間だ。しかし、その頭の上には二つの獣耳がちょこんと静置し、さらには、臀部からは尻尾が揺れ動いている。
《スキル》や《魔術》が社会常識まで昇華した現代地球においても、こんな不思議生物が路上を歩いていたら、通行人が悲鳴の一つでも上げることだろう。
俺の遠慮なしの視線に気付いた茶髪獣耳娘が警戒心を全身から醸し出しつつも、俺の傍まで近づいてくる。
「何、ジロジロみてるニャ?」
「語尾がニャって、なんてベタな……」
俺の熱い思いが、口からスルリと吐き出されると、猫耳娘の顔は、みるみるうちに茹だこのように赤く染まっていく。
「あたいを馬鹿にしてるニャ?」
激高する猫耳娘。意味不明な言葉でここまで怒ることはあるまい。俺の言葉は通じてはいるようだ。
それにしても、さっきの俺の言葉、日本語じゃないよな。いつの間に、俺はこんなヘンテコ言葉マスターしたんだ? あの【覇者の扉】が原因か、それとも鑑定の能力に秘密があるのか。
考えても情報が不足しすぎて、わかるまい。今はコミュニケーションが取れるという事実を喜ぶべきだろう。
「いや、そのつもりはない。それより、その耳と尻尾、本物か?」
「やっぱり、お前、アタシを馬鹿にしてるニャ!」
幼い顔を不愉快そうにムッと歪め、その内心に答えるかのように、二つの獣耳がピクピク動き、尻尾の毛がピンと逆立つ。こんな精密な動きをする付け耳や尻尾など聞いたこともない。民族衣装の類でもない。とするとやはり――。
「すまん。それはそうと、あんた、人間じゃないよな?」
「……」
怒りの形相から一転、無表情で俺の凝視を開始する茶髪獣耳娘。
「お、おい?」
「そのヘンテコな恰好に、奇天烈な発言……お前、もしかして可哀想な奴かニャ?」
思い立ったように、そんな失礼な発言をかましやがった。
「頭から耳を生やした不思議生物にだけは言われたくはねぇよ!」
俺の暴言にてっきり顔を真っ赤にして激怒するかと思ったが、『そうニャ、それは辛いニャ……』と憐憫の瞳を向けられてしまう。此奴のように人の話を聞かない奴は苦手だ。
ともあれ、ここは獣耳娘が平然と世を跋扈する世界だということが判明した。後はこの街中を歩き回り、新たな情報を集めればいい。
歩き去ろうとするが――。
「アイラ、行くぞ」
人込みに紛れて、巨大な剣を担ぐ獣耳を生やした金髪の美丈夫が現れる。
筋骨隆々の体躯に、鋭い黄金の瞳、無防備のようで全く隙のない身のこなし。少なくとも、七三分けなどの雑魚とは生物としての格が違う。
「は~い。じゃあな、大変だと思うけど、頑張れニャ」
茶髪獣耳娘――アイラは俺の肩をポンポンと叩くと金髪の美丈夫に駆け寄り、人混みに姿を消す。
どっと疲れた。気持ち的にはすぐにでも家に戻って、ベッドで頭から毛布をかぶって眠りたい気分だが、そうもいくまい。
重たい足を動かし、俺は裏路地に戻る。
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足を棒にして歩き回り、聞き込みをした結果、重要な点は粗方聞き出すことができた。
まずは今俺がいる場所について。ここは、中立都市――ピノア。数多の冒険者達を統制する冒険者組合と世界中の商人達をまとめる商業組合の本部がある場所。
この点、冒険者は小説やゲームとほぼ役割は同じだ。未知の財宝や奇跡を求めて、世界中の遺跡やダンジョンを探索する。人に害為す魔物と呼ばれる生物を倒し、魔石を手に入れそれを売り金銭を稼ぐ。世界規模の災厄に立ち向かう人類の剣であり、特定の勢力の下に着くことが禁止されている点で、傭兵とは異なる。
このピノアの都市内部は、北地区の《華都》、西地区の《人民街》、東地区の《東武》、南地区の《下街》、中央の《中方市場》からなる。
《華都》が、冒険者組合本部と商業組合本部を初めとする様々な公共施設や、世界規模の商会の本店がある場所。
《人民街》は最も広い面積を持つ冒険者や商人の住む場所であり、《下街》は区画自体極めて小さく、娼婦街、奴隷市場等がある場所だ。
《東武》は冒険者組合の日常業務を行う分館がある。また、この区画には武器、防具、道具屋など、冒険者としての活動に必要なすべてがあるとされている。
最後が《中央市場》。商業組合の分館のある場所であり、世界中の巨大商店の支店があり、凄まじい賑わいを見せている。
また、この首都ピノアの城門の東方には、《滅びの都》と称されるダンジョンがあり、冒険者のライセンスを持つもののみが立ち入りが許されている。
『滅びの都』には強力な魔物がウヨウヨいるらしいし、ここで当面の修行の場とすべきだ。
そのためには冒険者となることは必須だが、商人達がいうにはライセンスの獲得は手続きだけらしく容易らしい。
まずは、冒険者の登録をすべきだ。商人達の八割近くが冒険者のライセンスは持っていると言っていた。何でもライセンスがあると税金が安くなることが多いそうだ。なら、俺にだって取得はできるはず。
『東部』に足を踏み入れた途端、その雰囲気は一変した。
フルメイルに槍を持つ巨躯の男。水着のような露出度の高いライトメイルを着用した女。大斧を持つ小人族のおっさん。
幾つもの修羅場をくぐっていそうな冒険者達が往来している。
道を行き交う冒険者達に冒険者の基本的事項や、冒険者組合分館の建物の場所を尋ねつつも、俺は小さな高校の校舎程もある建物の前に行きついた。
ここが冒険者組合分館の建物。
建物内は、吹き抜けになった天井、彫刻が刻まれた柱に、床一面に敷かれているブラウン色の絨毯等、ピノアの他の建物と比較してもかなり豪奢な造りであることが伺われる。昨日集めた情報通り、この冒険者組合という組織はこの異世界アースガルドの中でも、かなりの組織であるらしい。
正面の受付へ足を運ぶ。
「冒険者になりたいんだが」
受付のエルフらしき耳の長い女に話しかける。
「承りました。私は本日担当させていただきます――シャーリー・オールウィンと申します。
よろしくお願いいたします」
「ああ、宜しく頼むよ」
「それではまず冒険者カード作成のため、一万ルピが必要ですが、よろしいでしょうか?」
「は?」
こうして、俺は冒険者としての一歩を盛大に踏み外した。
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