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第41話 悪魔の所業 サブ


 事態は、盗賊と村民達との戦闘開始時に遡る。

 たった今、サブ達は、団長の部屋からあの銀髪の女が出ていくのを確認した。あの女が戻って来るまで暫くの間がある。その期間に、団長を殺す。それが、団長を救う最後にして唯一の方法。

 団長の今の強さは完璧に人外だ。正攻法ではまず間違いなく全滅する。サブ達に勝機があるとしたら、それは――。


(お前達、付き合わせてしまって済まないな)

(水臭いこと言わんでください!)

(そうですよ。あっしらで話し会って決めたことじゃないですか!)


 部下達の表情からは、今まであった悲壮感が消失している。良くも悪くもこれで、楽になる。それを明確に実感したからかもしれない。


(無理もないか)


 次第に外道に落ちていく団長を見ているのは本当に辛かった。それでも何とか歯を食いしばって我慢できたのは、何とかして、元の優しくも人情味のある団長に戻って欲しかったから。

 だが、それも、一度団長のある変化に気付いてしまえば、甘い幻想だと判断せざるを得ない。きっと、皆、覚悟が決まったのだ。


(行くぞ)


 無言で頷く部下達に最後になるであろう笑みを浮かべて、サブ達は団長室の扉を開けて中に入る。

 

 部屋内に足を踏み入れた途端、嗅覚を刺激する独特の鉄分の匂い。

 どうやら食事中のようだ。

 団長は、壁側に設置されている自身の席に座り、鉄製のフォークとナイフをカチャカチャと動かしていた。

 机の上には、鉄製の大きな皿。そしてその皿の上にある肉片をブロック状まで切断し、団長はフォークにより口に運んでいた。

 部下の一人が、嫌悪に顔を染める。それが何の肉なのか一目瞭然だからだ。

 そう。部屋のベッドの上には、首のない女の死体が横たわっていた。


「お前達、食事中に部屋に入って来るとは、少々、礼儀にかけるぞ」

「もうしわけありません。緊急の用がありまして」

 

 腕を後ろで組みつつも、背後の指を動かし、部下達に手話で『手筈(てはず)通り例の物を設置しろ』と指示した。

 部下達は、窓際、部屋の隅に設置されているソファーや、死体のあるベッドへ腰を降ろしつつも、護符を設置する。

 この護符は、獣王国――エルカの『陰陽術師』という魔法使いの一種から購入した特別製。部屋の一定の場所に設置することにより、不死者(アンデッド)系に絶大な効果を示す魔法道具。

 有り金全てをつぎ込んで購入した護符だ。低級な悪霊、死霊などの不死者(アンデッド)はもちろん、高位の不死者(アンデッド)すらも、一瞬で消滅させる威力があるらしい。

 例え今の団長でも、これなら殺せるはず。


「僕が食べ終わるまで、そこに腰を掛けてまっててね」


 皿の上の女の頭部にある恨めしそうな眼がサブを射抜き、胃から酸っぱいものがこみ上げて来るが、それを無理やり胃に押し込めると、サブは勧められた椅子に腰を掛ける。

 おそらく、チャンスは一度だけ。失敗すれば、団長は救え(殺せ)ず、あの黒服仮面の玩具となり続ける。それだけは駄目だ。絶対に許容できない。例え――。

 護符は時限式。三〇を数えきれば、発動する。


 ――五

 

「う~ん、やっぱ、馬鹿な女の肉は不味いなぁ。あんな貧乏くさい村じゃなく、トート街の貴族の娘でも攫おうか」


 フォークでつつきながら、団長はそんな悍ましい事を口にする。


 ――七


「ときに団長、いくつかお聞きしてよろしいでしょうか?」


 丁度いい。はっきりさせたい事があった。


「何だい?」

「団長が、その食糧を食べるようになったのはいつからですか?」


 団長が眼を付けた女達は、決まって行方不明となっている。盗賊達の間では、団長が抱き飽きた女を殺して埋めているなどと噂をしていたものだった。サブ達はいくら狂っても団長がそんな外道畜生に落ちるはずがないと固く信じていた。

 だが、半年前、偶然団長室を訪れたとき、その引き出しの中の悍ましい食料を発見したことにより、外道畜生どころか、団長がよくわからないものになっていることに気が付いたのだ。


「僕は端から、これが食料だよ」


 やはりか。思い返せば、丁度、あの黒服仮面に出会った時から、あれほど潔癖だった団長が女を頻繁に買うようになった。しかも、決まってスラム街の次の日いなくなっていても騒ぎにならない女達。盗賊となり、女を攫うことに必要以上に固執したのも、全て食料確保だったと解すれば全て納得がいく。


 ――一二


「最後に一つ、団長は今までなぜ食料を隠していたのですか?」

「僕がこれを隠す?」


 キョトンとした顔でサブを見る団長。


「はい。少なくても数日前までは、団長は隠そうとしていました」

「ふむ、そういえば、確かに、なんでだろ……」


 団長は、ナイフとフォークを置くと、顎に手を当てて考え込んでしまう。


(そんな当たり前のことすら気付かないほど変わってしまったのか……)


 どうしょうもないやるせなさに、涙が出そうになるのを、下唇を噛み切り、何とかやり過ごす。


 ――二六


 暫し、考えた後、団長は爽やかな笑顔を浮かべ――。


「よくわからないや」


 そう端的に答える。そのまるで、取るに足らない些細な事であるかのような返答で、サブは、団長が既にいないことを否応でも実感した。


「そうですか……」

「それで、何用だい?」

「本日は、団長にお別れを言いに来ました」


 スーと目を細めると団長は、サブを観察するかのように眺め見る。その蛇のように絡みつく眼光に手足が小刻みに震えるのを自覚する


「へ~、サブもそんな冗談いうんだね」


 笑顔のまま席を立ちあがる団長。


「さよならです、団長!」


 ――三〇


 刹那、結界が起動する。


「え?」


 身動きができず、自身の身体が崩れていくのを呆然とみている団長を視界にいれ、サブの心が悲鳴を上げる。

 この人は、これほど狂っても、結局、サブ達を疑わなかった。つまり、サブは最後まで信じてくれたこの人を裏切ってしまったのだ。


「すいません。俺達も直ぐに向かいます」


 未だに呆然とする団長を尻目に、サブ達は懐から、ありったけの霊符を取り出し、団長に投げつける。数十にも及ぶ霊府は、団長の身体に付着していく。


(りん)(びょう)(とう)(しゃ)――」


 団長を殺す(救う)。この瞬間のために、『陰陽師』に教授を受けてから、練習を重ねてきた印を指で結んでいく

 ――団長の両手は真っ白な灰となり、崩れていく。


(かい)(じん)――」


これこそが、九字印――あらゆる悪霊を降伏退散させ、災難を除く呪力があるとされる最強の修法。

――団長の両脚が、腰が灰となり、床に落ちていく。


「そうか、サブ、君も僕を捨てるんだね」


 悲しそうな団長の表情を視界に入れ、涙が頬を伝い床にポタリと落ちる。

 ――『血盟団』を塵のように使い捨てたカルディア教国が憎い!

 ――優しくも高潔な団長をこんな風にしたあの黒服仮面が憎い!

 ――何より、結局こんな形でしか終わらすことができなかった無力な自分が憎い!


(れつ)(ざい)(ぜん)


 最後の印を終えると、団長の身体は真っ白な灰となっていた。


「団長、安らかに眠ってください」

 

 ポケットから、『血盟団』のスカーフを取り出し、団長の真っ白な灰にかける。

 

「行くぞ」


 床に両膝を付き、泣き崩れている団員の肩を掴み、立つように促す。

 まだ、サブ達にはやることがある。団長は、あの黒色仮面にとって、ただの使い捨ての駒。元凶は依然として存在するのだ。ピノアの冒険者組合まで行き、この緊迫した事態を伝えなければならない。

 無論、盗賊のサブ達は縛り首確定だが、団長が死んだ今、この世に未練などない。むしろ、裏切り者には、そんな惨めな最期こそが相応しい。

 

 部屋から退出しようとしたとき――。


「ふ、副団長っ!!」


 団員の一人が両目をカッと見開き、右手の人差し指を団長だったものに向けている。

 サブも肩越しに振り返ると――。


「ば、馬鹿な……いつの間に……」


 頭からすっぽり、黒色のフードを被った仮面の存在が、真っ白な灰となった団長の傍で佇んでいたのだ。


「いや~、まいりました。まさか、実験動物(君達)日本(にっぽん)の術を使えるとはね」


 ニッポン? 土地名か何かだろうか? 

兎も角、こいつはまずい。団長をあんな怪物に変貌させるような奴だ。どう楽観視しても、サブ達には荷が重すぎる。

 今は逃げる時間を稼ぐとき。


「お前の目的は何だ?」


 ずっと疑問だったのだ。この黒服仮面は、団長を変貌させ、あのバケモノ女を護衛として派遣しただけで、実のところ、サブ達『血盟団』から何の利益も得てはいない。


「実験ですよ」

「じ、実験?」


 黒服仮面の返答は、サブには理解困難なものだった。


「はい。実は私――いえ、実験動物(モルモット)との会話など意味はありませんね。いけない、いけない。今日の私はどこか浮かれている。これも、彼とまた再会したからでしょうか」


 実験……そんな訳の分からない事のために、サブ達『血盟団』はこんな絶望を味わったのか。


「ふざける――なっ!!」

「ま、待て――」


 サブの制止の声も聞かずに団員の一人が腰の長剣を抜き、大きく振りかぶると間合いをつめ、その脳天に振り下ろす。

 バチッ!と火花が散り、剣は黒服仮面の顔面スレスレで止まっていた。


「ふむ、【A―5】の今の感情、いいですねぇ~、実に興味深い。気が変わりました。もう一つ、実験をいたしましょう」


 実験動物(モルモット)の発言に、切り付けた団員を【A―5】を呼ぶ。間違いない。この黒服仮面はサブ達を、尊厳ある生き物とみなしていない。


「直ちにここを離脱する!」


 全身に大蛇が絡みつくような独特な悪寒が走り抜け、切り付けたままで震える団員の後ろ襟首を掴み、部屋を出ようとするが――。


 カチャッ!


 扉の鍵が締まる音。


「あ、開かない!」


 団員のたっぷりと焦燥を含んだ声。


「どけっ!! 叩き壊す」

 

 腰から長剣を抜き、鍵穴に振り下ろすも、バチッと弾かれてしまう。

 黒服仮面が、パチンと指を鳴らすと、少し前まで団長だった白色の灰が集まり、肉と骨が盛り上がり、人の形を形成していく。

 あっという間に、床に横たわる団長が姿を現す。


「そ、そんな……」


 顔中を絶望に染めつつも、床にドサリッと両膝を付く団員の一人。


「さあ、Aー1、Aー5を食べなさい」


 黒服仮面の無常の声、直後、事態はサブの考えられる最悪へ突き進む。



 ……

 ………… 

 ………………


「……」


 サブの両手、両足は黒服仮面が生み出した杭で床に張り付けにされ、身動き一つつかない。

 床に散らばるのは、団長だったものにより食い散らかされた『血盟団』の団員達の肉片(成れの果て)

 あれから、黒服仮面の命により、団長は泣き叫び、助けを請う団員達を生きたまま喰い殺した。

 もはや、サブの心に温かさなどない。あるのは、とびっきりの絶望だけ。なぜなら――。


「サブ……逃げ……ろ……」


 団長は泣いていたから。こんな残酷な事、あっていいのか? そう。団長は理性を取り戻していた。その理性のある中、家族たる団員を喰い殺したのだ。


「エクセレントッ!! 友を想いながら、それでも食欲という本能に抗えぬ葛藤。まさに、これこそが人間――」


 両手を掲げて、歓喜の声を上げていた黒服仮面が、突如、舌打ちをすると、壁の一点に視線を固定する。


「どうやらここまでですか。まあいいでしょう。十分なデータは収集できましたし」


 大きな溜息を吐くと、黒服仮面は肩を竦める。


「Aー1。外のAー10~Aー13までの実験動物(モルモット)共からデータを回収しなさい。他は大して役に立たないから放置で構いません」


 団長から再度理性の光が消える。


「あ、そうでした」


 黒服仮面は初めてサブの存在に気が付いたかのように、見下ろしてくる。


「Aー2からもちゃんとデータを取っておいてくださいね」


 理性を失った団長が、サブに近づくと頭部を鷲掴みにしてくる。


「うう……」


 団長は、そのままで硬直し、動きが止まり、苦悶の声を上げ始める。


「誤作動? それとも、感情が術を打ち破った? 実に興味深いわけですが……」


 パチンと黒服仮面が再度指を鳴らすが、苦しそうに呻き声を上げるだけ。


「まさか、私の術が効かない? Aー1自身の問題、違いますね。これは――」


 サブに近づくと、仮面越しから興味深そうに眺めまわしてくる黒服仮面に、全身の血液が凍りつくような凄まじい悪寒が生じる。

 刹那、部屋の扉が粉々に破壊された。

 部屋の前には、赤色の肌に、長い犬歯、二本の角を持つ怪物が、悪鬼の形相で佇んでいた。


「死ね!!」


 赤色の肌の怪物の太い右腕が伸び、その裏拳が、黒服仮面の顔面にクリーンヒットする。

 洞窟の岩の壁すらも粉々に破壊しながら、黒服仮面はサブの前から姿を消す。


 気が付くと団長の姿はなく、赤色肌の怪物がサブを見下ろしていた。その恐ろしい外見とは対照的にその瞳の中には、深い憐憫の情があった。


「そこでじっとしていろ」


 そして、それだけ告げると、赤色肌の怪物は、サブの両手両足の杭を抜くと、赤色の液体の入った瓶を取り出し、それをサブに振りかける。そして、煙のように姿を消してしまう。

 

「傷が……消えている……」


 どういうわけか、あれほど自己主張していた痛みはもちろん、肉に深く食い込んでいた杭の後すらも、綺麗さっぱり消失していた。


「行かなければ」


 団長は理性を奪われながらも、最後の力を振り絞って、サブを生かしてくれた。きっと、いつかサブなら自分を止めてくれると信じて。ならば、それに答えなければならない。それこそが、家族の義務だから。

 ふらつく足に鞭打ち、サブは洞窟の出口へ向けて歩き出す。



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