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第37話 勧誘説得



 カルウイッチ村のガモンは、大人達に手を引かれて村長宅前に連れていかれた。

 続々と集まる周囲の大人達の顔にあるのは、激烈な不安とほんの僅かな希望の光。

 ガモンにはよくわからないが、村の役員達は、この度、このカルウイッチの村を支配している盗賊共と戦う決意をした。そのための話し合いがこれから行われるらしい。

 既に、百を超える村民達が集まり、村長宅を眺めている。

 

 暫くすると、村長達、役員数人と変わった格好をした十数人の男女達が姿を現した。

 その中の髪を上げ、片側だけ仮面をした兄ちゃんが、一歩前に出る。

そして、その鷹のような鋭い瞳で、村民達を眺め見る。息を飲む音がそこら中から聞こえて来る。それほど、あの兄ちゃんはこの場の誰とも違って見えた。


「よお、負け犬」


 仮面の兄ちゃんの口から出たのは、凡そ信じられない言葉だった。


「今のお前らどんな目をしているか知っているか? 負け犬の目だ」

「ふ、ふざけるなっ!」


 羊飼いの兄ちゃんが激高し、それを合図に、至とこから批判の声が上がる。

 真夜中に呼び出されたと思ったら、そんな言葉をぶつけられれば、それはそうだろう。


「妻や恋人をクズ共に攫われたうえ、好き放題蹂躙される。それを止めようとした親兄弟は殺されてしまった。

 しかも、男達はカルディア教国に兵隊として引っ張られてしまう。おまけに、重税のおまけつき。

 それに何も言えず、何もできず、ただ、泣き寝入りをするしかない。

 これを負け犬と言わずして、なんという?」

「……」


 今まであった嵐のような怒りの声は次第に小さくなり、遂には消えてなくなってしまう。

 このカルウイッチの村にいれば、希望なんて言葉がどれほど無意味なものかを実感する。優しかったガモンの姉ちゃんが次の日、盗賊に連れていかれる。よく遊んでくれた村長の一人息子の兄ちゃんは、お国のため戦争へ行ったっきり戻って来ない。

 村内では、盗賊達が威張り散らし、目があったという理由だけで殴られ、蹴られる。

 こんな人生のどこに希望を持てというのだ?

 仮面の兄ちゃんの話は続く。


「まさに袋小路だ。お前達は負けたんだよ。薄汚い盗賊共に! 圧制を敷く祖国たるカルディア教国に」


村民の中から、すすり泣く声が断続的に聞こえて来る。誓ってもいい、それは悲しいからじゃない。悔し涙だ。

そうさ。

 カルウイッチ村は、盗賊に負けた――その通りだ。

 カルウイッチ村は、カルディア教国に負けた――その通りだ。

 でも、仕方ないじゃないか。盗賊達は強い。奴等が本気になれば、村民を根絶やしにすることすら可能なんだ。カルディア教国は大国だ。こんな小さな村なんて、逆らえば、兵隊を派遣され、皆殺しになることくらいガモンにだってわかる。

 

「その負けた事実が受け入れられず、お前達はいつしか抗うことを止めた。運命という名の甘い名の鎖に屈服したんだ」


 よそ者が、勝手な事いうな! 抗ったさ。ガモンだって、姉ちゃんを救い出そうと、何度も抗ったんだ。でも、小さな体のガモンは盗賊達に殴られるだけで、結局何もできなかった。

 皆、ガモンと同じ心境なのだろう。心の底からの憤怒の眼差しを仮面の兄ちゃんに向けていた。


「少しは、いい目になったじゃねぇか。安心しろ、そんな目ができるなら、お前らの魂はまだ折れちゃいない」

「え?」


 間抜けな声がガモンの口から洩れる。仮面の兄ちゃんの浮かべた表情とその労わるような声色は、同情とも憐憫とも違う。むしろ、まるでガモン達と同じ無力感を知っている人間のものだったから。


「なあ、負け犬でいいじゃねぇか。認めろよ。お前らは負けた。だがな、これからも負け続ける道理はない」


 俯いていた村民の大人達が顔を上げる。まるで伝染していくかのように顔を上げていく。


「犬ってのはな、マジで強いんだぜ。ときには、獣の王たる狼にですらその牙が届く」


 仮面の兄ちゃんが言いたいことを、ガモンは漠然とも理解してはいなかったが、なぜか胸の奥が燃えるように熱かった。


「お前らの隣の奴を見ろよ。こんなクソッタレな状況でも家族というお前を命懸けで守って来たんだ」

 

 隣の母ちゃんを見上げる。母ちゃんの瞳には、強烈な意思があった。そしてそれは、ガモンも同じ。


「誓ってもいい。お前らは負け続ける犬ではない。時に狼すらも噛み殺す誇りある闘犬だ」


 いつの間にか右拳を力強く握り締めていた。


「なあ、誇りあるお前らは許せねぇよな。卑怯で薄汚い盗賊共が――」

「許せるわけないっ!!」


 鍛冶やの親父さんが夜空に咆哮する。


「なあ、勇気あるお前らが、こんな不幸しか呼び込まないクソッタレな国にいつまでも怯えたままでいていのか?」

「いいはずがないっ!!」


 ガモンの母ちゃんが声を張り上げていた。

 その声は次々に大きくなり、渦となっていく。


「なら、親愛なる家族を救い出して見せろよ。何よりもお前らの手で」


誰かが足を踏み鳴らし、それらが瞬く間の内に伝搬していく。


「なら、新たな一歩を踏み出して見せろよ。何より、お前の未来のために」


熱い、熱い、熱い、気持ちが爆発しそうだ。


「その方法をこの俺がくれてやるっ!!!」


『《万物創造》――超越級武具創成(説明書付き)』


 ガモンの身体を覆うフルプレートと、右手に握る闇色の大剣。

 同時にこの武具についての様々な知識がガモンの頭の中に浮かんでいく。

 この武具なら、あの盗賊共と真正面から戦える。それが本能的に理解できた。

 次々に巻き起こる歓喜の声。そんな中――。


「始めるぞ。俺達の戦争を!」


 その瞬間、村民達の喉が潰れんばかりの咆哮が夜空に響き渡った。


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