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第35話 村の依頼


 目的の村――カルウイッチに到着したのは、それから約一時間半後だった。

 カルウイッチは、村というにはあまりにも小さく寂れていた。建物の規模からして、人口は五百人程度だろう。

 村の建物は、掘立小屋がほとんどであり、通路も狭く整備も碌にされていない。

 夜中のせいもあるのだろうが、各家からは、不自然なほど人の気配がしなかった。

 村唯一の宿にチェックインをして、チキンに案内され、村長宅へ行く。村長宅といっても、掘立小屋が一回り大きくなった。そんなイメージだ。

 応接間らしき、部屋で待つよう指示された。この機会を利用し、幾つかの疑問を解消しておくことにした。


「この村、寂れすぎちゃいねぇか?」

「普通ですよ。この程度の貧困、この国には至所に溢れています」

「若い労働力の消失と重税か?」

「ええ、その通りです。戦争で人員も物資も全て中央政府が持って行っちまうから、この周辺は飢えしか残りません」


 ノックの一言一言、噛みしめるような言葉は、否応でもそれが真実であることを俺に認識させた。


「いや、それにしても、流石に建物に人の気配がなさすぎる」


 ベムの言に、ノックも暫し考えていたが無言で頷いた。

 やはり、この人の気配のなさは異常らしい。だとするとその理由は――。



 既に、一時間以上も待たされている。どうでもいいが待たせすぎだろう。セシルとシドはもう眠る時間だ。現にシドの目がショボショボしているわけだし。用件は早く済ませたい。


「大変長らくお待たせいたしました。貴族様」


 部屋の奥から現れたのは小柄の老婆と幾人かの村人達。

 その鬼気迫る姿からも、この村の異常事態と関係があるのは間違いあるまい。


「それで?」


 老婆達はチキンと同様、這いつくばると、額を床に擦り付ける。


「貴族様、どうか、どうか、お話を聞いていただきたい」

「止めろ。俺が、その手の行為で愉悦に浸るように見えるか?」

「ですが……」

「もう一度いう。止めろ」


 老婆達は、顔を見合わせると、額に張り付いた球のような汗を拭いつつも、椅子に座る。


「この村を襲う盗賊を討伐していただけないでしょうか?」


 盗賊の討伐ね。ようやく事情が呑み込めてきた。

 もっとも、あまり嬉しくはないが。


「事情を説明しろ。全てはそれからだ」

「はい……今から三か月前――」


 …… 

 …………

 ………………


 要約すると、次の様な事だ。

 この村――カルウイッチは特産物もなく、土地の生産力にも乏しい。そんな場所。それでも、貧しいなりに、三か月前まで、何とか生活はできていた。

破綻したのは、三か月前に現れた盗賊共だ。

 盗賊により、人質に若い女は連れ攫われ、食糧は奪われた。それから、一週間ごとに盗賊は現れ、人質を盾に食料を差し出すよう要求してきた。

 本日、村の見張りの盗賊を先ほど酒で眠らせたところらしい。時間がかかったのはそのせいか。


「人質か」


低脳な連中の考えることはいつもワンパターンでヒネリがない。実に不快だ。


「一度は徴税官にも相談いたしましたのじゃ。ですが――」


 言葉に詰まる老婆。

 おいおい、まさか……。


「なぜか盗賊にばれたと?」

「はい。見せしめに儂の孫の一人が殺されましたのじゃ」


 老婆は血の滲むほど下唇を噛みしめるとブルブルと震えだす。

 うーん。この事実からは、いくつか考えられることがある。

 第一、その徴税官と盗賊がグル。

 第二、役人の中に、盗賊のスパイがいる。

 第三、徴税官への密告の話が漏れた。これには、村内にスパイがいる可能性と、徴税官の密告の現場を盗み聞かれた可能性がある。


「その徴税官は?」


 益々、顔色が悪くなる老婆達。


「死にましたじゃ」


 はい。第一の線が消えた。だとすると――。


「その徴税官への密告が漏れた可能性は?」

「話はこの部屋でしましたが、そのとき徴税官と儂と村の役員の数人しかいませんでした」


 徴税官の密告の現場を盗み聞かれた可能性も低い。

 考えられるのは、役人の中に盗賊のスパイがいることと、村内に盗賊のスパイがいる可能性の二つ。

 いずれもまだ絞り込むことはできない。面倒なのは、役人中に盗賊のスパイがいた場合だ。俺達が手を出せば、下手な因縁を付けられかねない。

 老婆は再度、床に両脚を付けると、額を床に擦り付ける。


「お願いですじゃ。わし等を救ってくだされ」


 このような事情があるなら、この仕草をとるのにも納得がいくし、みっともないとも思わない。なぜなら、俺も肉親を外道に殺され、大切な奴はまだ意識が戻らずベッドの上だから。    

だからこそ――。


「嫌だね」


 俺は当然の返答をしたのだ。

絶望一色に顔を染める村民達。


「なんでだよ、マスター!?」

「なんでさ、マスター!?」


 ノックとシドが一斉立ち上がり、非難の声を上げる。こいつ等似た者同士だな。

 セシルも、驚きに目を見張っている。

 対してグスタフとベムは、いつも通り平然としていた。俺の信者と化しているグスタフは多分俺の意図を勝手に深読みしている。ベムは純粋に俺と同じ意見なんだと思われる。


「理由はお前ら自身で考えろ」


 そう突き放し、老婆達村の役員達に向き直る。


「お願いですじゃ。報酬は何十年かかっても必ず返します。わし等の命も捧げます。ですから、若い者達の命を救ってくだされ。もう若い者達が目の前で死んで行くのを見るのは嫌なんじゃ!」


 そんな自信を犠牲にした破滅的な方法では誰も救えない。そんな事は少し考えれば明らかだろうに……。


「くどいぞ、断る。俺はお前らを救わない(・・・・)


 遂に泣き出してしまう老婆。他の村人達からも嗚咽が漏れ、泣き崩れてしまう。


「見損なったぜ、マスター! 俺だけでも、その盗賊共を蹴散らしてやる!」

「ノックッ!!」


 グスタフに悪鬼のごとき形相で睨まれ、一瞬、うっと後ずさるも、ノックは奥歯を噛みしめる。


「俺は本気だ!」

「僕も手伝う!」

「手を出すな、それがこの度の俺の命だ。この命令に違反した時点でお前ら二人を、直ちに謹慎処分にする」

「マスター、正気でいってんのか?」


 震え声で俺の真意を正すノック。


「無論だ」


 ノック、俺がお前ら二人に会ったとき、お前は俺になんて言った? それを思い出せ!

 再度口を開こうとしたノックの言葉は――。


「ババ様、止めよう。端からこんな無関係な旅人に頼るのが間違いだったんだ」


 赤色の髪をスポーツ刈りにした青年により遮られた。


「レース、でも、この人達なら――」

「黙れよ、チキン。あの徴税官の時もそうだった。俺達が他力本願だったから、あの人は死んだ。あんなに、この村を想ってくれていたのに……」

「俺もレースに賛成だな。これは俺達で解決すべき問題だし、何より、俺はもう爆発寸前だ!」

 

 右拳を机に叩きつけ、言葉を絞り出す中年の坊主の男性。


「あの糞共、私達のなけなしのお金で今も酒を飲んでるのよ? あのお金があれば、幼い私の子供に栄養のあるものを食べさせてあげれるのに……」


 悔しそうに奥歯を噛みしめる不健康なほど痩せた女性。


「そうだ……そうだよ。もう真っ平だ。誰かに奪われ続けるのも、それを黙って見ているのも!」

「私もよ。もうこうなればやけよ。どうせ、死ぬなら娘と共に死んでやるわ」

 

 ようやく俺の意図に気付いたのか、ノックは済まなそうに、俯いてしまった。

 未だに憤っているのは、シド。¨なんでさ、マスター¨と何度も口にしている。


「気の早い奴等だ。俺は救わないとは言ったが、手を貸さないとは一言も言っていない」

「え?」


 呆気にとられたように一斉に俺を見る村民達。


「無論、条件はある」

「条件とは?」


老婆の疑問の言葉。

俺の返答を待つ村民の一人が、ゴクリッと生唾を飲み込んだ。


「断っておくが俺は聖者ではないし、見ず知らずの奴を救うほどお人好しでもない。

お前達、このカルディア教国を捨てて、俺達の家族になる覚悟があるか?」

「祖国を捨てる?」

「ああ、そうだ。お前達が俺の家族になるなら、俺は命を懸けてお前達に手を貸そう」


 村民達に渦巻いていたのは強烈な焦燥と当惑。

 いきなり、祖国を捨てろと言われれば無理もない。


「そんなことをすれば、カルディア教国が黙っては……」


 言葉につまる赤髪の青年――レース。


「あのな、お前ら、さっき自分でなんて言った? 刺し違えても盗賊を倒すんだろ? なら今更、国ごときで一々ビクつくなよ」


 俺の言葉にビクンと身体を痙攣させ、レースは少しの間、下を向き、身体を震わせていたが、顔を上げる。その顔一面に、狂喜が張り巡らされていた。


「面白い! ババ様、俺は、この人に賭ける。どうせ、滅びるなら悔いのない方がいい!」

「確かに、このままでは、村は滅びる。例え、盗賊を討伐できても、国に税を納めれば、今冬食べるものは一切なくなる。だが、税の免除など認めてもらえるはずもなし……」


 村長は、顔を掌で覆うと、大きく息を吐き出した。


「盗賊に滅ぼされるか、国に滅ぼされるかの違いか……ふざけてやがる」


 中年坊主の男性は立ち上がると、怒りの形相で憤る。


「ババ様、俺は、レースに賛成だ。大体、重税を貪り、友を軍へと引っ張って行く国に愛着など微塵もない」

「決断の時なのじゃろうな」


 村長はグルリと村人一同を見渡し――。


「よいのか?」


 そう尋ねる。

 全員が頷くのを確認すると、村長は俺に向き直る。


「貴族様、貴方の国に入れば、儂らを助けて頂けれるのですかな?」

「おいおい、言ったはずだぞ。俺はお前達に力を与えるだけ。この苦難を打破するのは、お前ら自身だ」

「そうでしたな」


 蛇足だったかもな。この場にいる村民達の瞳の奥底に灯る強烈な感情から察するに、もはや、他力本願的な考えは微塵もあるまい。追い詰められ、とうとう、最後の我慢の限界という名の導火線に着火した。そんなところか。


「それに、お前らは大きな勘違いをしている」

「勘違いですじゃ?」

「ああ、俺達は国ではない。冒険者だ」

「冒険者……」


 てっきり、冒険者が国に勝てるはずがないとでも言うのかと思ったが、そんな声を上げる村民は一人足りともいやしなかった。寧ろ、奇妙な納得の空気すらある。


「ババ様っ!!」

「わかっちょる! 少し黙っとれ!」


 レースにせかされるも、そう一喝すると、村長は俺に頭を下げて来る。


「村人達を説得する時間を頂きたい」


 この老婆が言えば、村民は快く従うだろう。例え、未来に待つのが明確な破滅だとしても。

 これは俺の直感だが、そう断言してもいい。それだけの関係をこの老婆は村民達と築いてきている。

 だが、悲しいかな。それは村民達の心の底からの答えではない。俺が欲しいのは、己の運命を自らの意思で選び取る人材。運命を他者任せにする卑怯者ではないのだ。


「悪いが、それは俺の役目だ」


 ギルドマスターとは、ギルドメンバーの父であり母。村民達が俺達のギルドに勧誘するなら、それだけは他の誰にも譲るわけにはいかないのだ。



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