第33話 夕食という名の苦行
起きると一九時近くだった。一時間近く眠っていたらしい。血だらけの衣服を着替えると、待ち合わせ場所のカルディア教国――トート街の宿へと転移する。
一昨日の晩から、夕飯はグスタフ達と異世界アースガルドで食べている。本日も、宿との隣の酒場兼料理屋へと足を運んでいた。
無論、料理は地球と比較し、壮絶に不味い。
肉は冷蔵庫がなく、干してあるせいか、固いし、匂いや味もきつい。何より量が圧倒的に少ない。
野菜は土地に栄養分がないせいか、それとも野菜そのものに原因があるのか、碌に味がしない。
パンなどガチガチの石のようだ。
案の定、皆の感想は芳しくない。
「マスター、こんな苦行のような夕食、マジで止めません?」
こんな正直なノックらしい提案をしてきた。
一度、地球の料理の味を知ってしまったら世界の料理には戻れない。そんなところなのかもしれない。
「おい、止めないか、ノック!」
「そうだぜ、マスターが必要と言っているんだ。四の五の言わずにさっさと食べろ」
そういうベムも、決して美味そうに食べているわけではない。現に、酒好きのベムが一滴も飲んでいない。何でも、地球の冷たいビールの味を知ってしまったら、アースガルドの酒は温すぎて飲めたものではないらしい。
「でも、僕もギルドハウスで食べたほうがいいな」
シドがボソリと呟き、セシルも無言の同意を示す。
俺が夕食をこのアースガルドで食べたかった理由は、この世界の文化を直に体験してみたかったからだ。本来、転移で地球と行ったり来たりするなど邪道なのだが、俺も地球での生活があるし、何より、修練もしなければならない。だから、夜間に移動するという方法をとった。
実のところ、俺が今こうしてまずい飯を食べているのは、幼い頃から刷り込まれきた親父の教えによる。
即ち、旅は、その国の文化に沿ってなさなければ真の意味での旅とは言えないし、理解もできない。
俺は、この旅の目的をトーキン氏の保護以外に、このアースガルドとカルディア教国という国を理解する事に設定している。そのため、出来る限りこの世界で生活することを選びたいのだ。
此奴らと一緒に食べているのは、俺は今貴族の設定で通しているため、俺一人で食べていると、奇異に感じる危険性があるから。面倒ごとの排除のため、彼らには尊い犠牲になってもらっているのだ。
無論、トーキン氏より早く聖都に到着する必要はある。タイムリミットまで、一週間前に迫ったら、旅をショートカットする方法でも考えればいいさ。ぶっちゃけ、空を駆けていけば、直ぐにでもつくだろうし。
「シド、マスターには俺達には、お呼びもつかないようなお考えがある。必ず、俺達のためになるんだ。わかるな?」
「う、うん……」
グスタフに諭されるような言葉に、若干圧倒されつつも、頷くシド。
実に立ちが悪い事に、グスタフのこの言は決して嫌味ではなく、ガチだ。グスタフの奴、俺に助け出された経緯を耳にしてから、ずっと俺が全てを見通す神の目でも持っているかのような迷惑な幻想を抱いてしてしまっている。
「今日は時間もあるし、少し早めに出発するぞ」
この話題を強制的に切断する。これ以上、話すとボロが出そうだ。第一、俺は今の今まで大して期待されたことなどない。これ以上、レートを上げられてたまるか。
「よかった。最近のこの周辺で盗賊がでるとかで、夜間は隣村までしか、馬車を借りられなかったんです」
「盗賊ね……隣村の村までの距離は?」
俺達に今更盗賊もない。シド一人だけで、全滅できるし、既にレベル30を軽く超えているグスタフ達ならただの弱い者苛めだろうさ。
「凡そ、三時間の距離らしいです」
ちっ! 仕方ねえな。明日は土曜日で学校は休み。バイトも午後からで、午前中は暇だ。昼間に進んでおく必要があるだろう。
「なら今晩はその村についたらお開きとする」
「うひょぉっ!! 今晩は飲めますね、ベムさんっ!!」
「ああ、『スルメ』と『焼き鳥』を摘まみに、冷たいのをキューと――」
「お前ら――」
盛り上がる二人の呑兵衛に、ギロリッとグスタフが悪鬼のごとき形相を形作る。
「いや、いい。グスタフも今晩はのんびりしてくれ」
「そうですよ。隊長も円香姉さん誘えばきっと喜んで――うごぉ!」
グスタフからかなりマジの肘鉄をくらわされて、泡を吹いて悶絶するノック。不憫な奴。
そうなのだ。意外や意外。グスタフと円香さんはかなりいい感じの関係のようだと、女子ーズ筆頭のクリス姉が言っていた。クリス姉がそれとなく聞いてみたら、円香さんも殊更否定せず、話を逸らされたらしい。
グスタフも、こうして小奇麗な恰好してみると中々の男前だし、歳も三〇前。歳も大して違わないから別に大して奇異ではない。
しかし、グスタフと円香が結婚すれば、あの秀忠が義理の父親で、ロキが義理の祖父ってことか……。いやいやいや、それって、絶対ホラーだろ。
この手の色恋沙汰に興味があるのか、セシルが長い耳をピクピク動かし、聞き耳を立てていた。
『荷馬車に荷物を積んでおきますと』、一礼すると、グスタフは清算を済ませ、白目を剥いている哀れな子羊を引きずり、食堂を出ていく。ベムも肩を竦めつつも、それに続く。
「セシル姉ちゃん、マスター、僕らも行こうよ」
勢いよく立ち上がるお子様に手を引かれ、俺達も待ち合わせ場所の城門前まで移動する。




