第18話 覇者の扉
保健室を出て、学校から下校し、自宅の地下工房へ直行する。
『8155』の暗証番号で、最奥の部屋の扉が開くことを確認し、【エア】の登録をすませると、休憩室のソファーに腰を掛ける。
一息ついたところで、少し情報を整理することにした。
まず、決定的な事。
一一月二日からの俺の実体験は、予知夢等の曖昧な空想的ものではく、俺の実体験。まず、間違いなく俺は一一月二日からの時間を繰り返している。
リセットのトリガーは俺の死。リセットされると、決まって一一月二日の教室へと飛ばされる。
そして、この左端の『鑑定LV1』。
人差し指で押すと、予想通り、《ステータスオープン》、《武具・魔道具鑑定》が現れたので、《ステータスオープン》を押す。
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『ユウマ・サガラ』
〇レベル2
〇称号:覇王(憤怒)
〇筋力:43/100
〇耐久力:43/100
〇器用:44/100
〇俊敏性:44/100
〇魔力:44/100
〇次レベルへ至る条件:魔物を新たに200匹討伐。
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やっぱり、レベル2のままだ。リセットされるのは、時間だけで俺の力は死ぬ前の状態のまま。ならば――。
一応、《武具・魔道具鑑定》で【エア】の機能を確認してみたが、成長レベル2で固定されている。
決定だ。以上の情報から幾つかの推論が成り立つ。
まず、【エア】が魂連結感応性金属であることだ。要するに【エア】と俺の魂が連結し、【エア】の成長の情報が俺の魂に転写される。リセット後の【エア】の登録により、【エア】と俺の魂との間にコネクトが生じ、俺の魂に記録されている情報が、【エア】に逆転写される。
そして、このメカニズムは、ステータスもまた同じ。敵を倒すことにより、俺の魂にステータスの成長が記憶される。俺の魂に記憶されたステータスは俺の肉体を改変する。
ここからが肝だ。俺は死ぬと魂が一一月二日のあの教室へと戻る。
戻ったと同時に、魂に記憶されている情報により、肉体を改造する。一回目のリセットに対し、二回目は全身に気怠さと熱感があったことも、肉体の改変の反動と解すれば得心が行く。
要するに、この現象は魂限定のタイムリープと言えばよいのか。
発動が俺の死という点で、ゲームのセーブやロードと解した方が理解しやすいかもしれない。つまり、セーブポイントが、十一月二日のあの教室。俺が死ぬと、セーブポイントまで魂が戻る。そんなメカニズム。
いずれにせよ。タイムリープは、仮に禁術や禁技でさえあり得ないとされる概念だ。理論など考えるだけ無駄だろうさ。
まさしくトンデモ能力だが、これほどの能力に何の制限もないなどあり得まい。何かしらの制限はついて回るはず。条件は早い段階で把握しておきたい。
タイムリープと解すると、最悪の状況だよな。
前提として判明していることは、七三分け――《灰狼》も《ラヴァーズ》達も、俺の殺害が目的だったこと。
その殺害の目的は、灰狼を尋問した結果、依頼主からの殺害依頼であることを俺は知っている。つまり、俺、相良悠真を邪魔と見做した何者かが存在するということだ。
ただ、《灰狼》に俺の殺害を依頼したのは、《ラヴァーズ》達ということあるまい。《ラヴァーズ》達の実力からすれば、《灰狼》などという足手纏いをわざわざ雇う必要は皆無だからだ。
《ラヴァーズ》達と《灰狼》の依頼主が同じか否かについては、仮に依頼主が《灰狼》の存在を、《ラヴァーズ》達に知らせずに現場で、バッティングしたとしても、あの変態女なら拷問をして事実関係を聞き出そうとしただろう。別々の勢力から同時期に命を狙われることはそうはあるまい。同じ依頼主の可能性が若干高いと、一先ずは考えておくべきかもしれない。
最も問題となるのは、あの襲撃を引き起こした要因だが、これは端から大方の検討はついている。
俺――相良悠真の殺害依頼が急だったことからも、二週目の俺の家の《灰狼》達の襲撃は、十中八九、俺がおじさん達にカリンが命を狙われている件を話したから起こった。
おそらく、辰巳おじさんがカリンの保護のため、志摩家の重鎮に『赤装束の男』の話しをして、結果、敵に俺の情報が知られてしまい襲撃を受けたのだろう。
《灰狼》はどうとでもなる。しかし、《ラヴァーズ》は別格だ。いくら隙をつかれたとはいえ、よほどの差がなければ、無抵抗でやられることはない。さらに、《ラヴァーズ》には仲間がいた。雰囲気からも、奴と同格以上なのだろう。
加えて、『赤装束の男』。こいつの強さは判然としないが、《サーチャー》を余裕で屠れる力だ。《ラヴァーズ》と同等以上の力があると考えておくべきだ。
対策は、通常なら志摩家が一番頼りになるが、そもそもカリンを狙っているが志摩家の重鎮の中にいる可能性が高い以上、この方法は使えない。
警察や探索者協議会に通報しても、事件がまだ起きていない以上門前払いだろうし、やはり、志摩家に知られて再度襲われる危険性もある。
《サーチャー》に依頼するのも一つの手ではある。しかし、依頼は探索者協議会を通して為され、仮に依頼すれば高額な報酬も支払わねばならないが、今の俺に余剰資金はない。それに、協議会には、志摩家の関係者も多数いる。そのルートからまた志摩家に知られ、襲撃を受ける可能性も高い。
《サーチャー》で信頼できる個人的な知り合いは、担任の六花だけだ。実年齢や実力は上でも、六花を俺は守られるべき少女としか見做せない。事情を話せば、きっとあのお人好しは教師であることを理由に首を突っ込みたがる。彼女には絶対に話せない。
店長は顔が広い。相談するのも一つの手だとは思う。だが、《ラヴァーズ》は拷問好きの変態女だし、赤装束の男は、無関係な警察所属の《サーチャー》を、その場に居合わせたという理由のみで殺したような頭の螺子がぶっ飛んだ奴だ。事情を話せば、店長達を危険に晒す結果となる。
だとすると、残されている選択肢は一つ。俺がカリンの傍にいて、奴等を撃退、捕縛し、背後関係を尋問した上で、辰巳おじさんに引き渡す。
この点、俺は志摩家の屋敷内では、どうやっても警護し得ないが、カリンが志摩家内で襲われることは多分ない。黒幕が志摩家にいるなら、殺害後疑われる危険性がある屋敷内での殺害など言語道断だろうから。
一週目で俺達が公園で赤装束の男に狙われたことからも、奴らは志摩家内で犯行を実行できないと解すべきだ。
なら、一週目と極力同じ行動をすれば、『府道公園』で赤装束の男の襲撃受けるはず。それに賭けるしかない。
《灰狼》は兎も角、《ラヴァーズ》達は、途轍もなく強い。カリンを守るためには俺が強くなることが必須だ。
強くなる方法は既に示されている。即ち――敵を殺すこと。もちろん、敵とは人間ではなく、魔獣や魔物といったたぐいだ。俺の現在の成長速度なら、数日後に赤装束の男達の強さに匹敵することも夢ではない。
問題はその修行の方法だが、学校の施設には、黒角狼のような魔獣を自働召喚し戦闘を行うことができる修練施設がある。しかし、その施設を休日も使用できるのは、B組以上。俺達D組は平日の週に一日だけ。他の方法を考えるしかあるまい。
修行方法くらいなら、六花か、店長に相談しても彼女達に危険はないかもしれない。
粗方の方針は決まった。
お次は【エア】が置いてあった最奥の部屋にあったあの黒色の扉。二週目では視認するだけで片頭痛がした代物だ。あの黒色扉の禍々しさに鑑みれば、あの扉もオーパツであるのは間違いない。黒色の扉が仮に、宝物庫のようなものなら、戦闘に役立つ宝物が貯蔵されているかもしれない。
最奥の部屋で親父の資料を流し読みするが、判明したことは、『何も分からない』という事実のみ。
研究馬鹿の親父をしてとっかかりすらつかめない、とびっきりの謎。それが、この黒色扉だった。
扉は、幅一メートル、高さ二メートルほど。縁には、幾何学模様の装飾、中央部分には魔法陣にも似た模様が施されている。
考古学の《サーチャー》としては、世界的権威である親父と母さんが手も足も出なかった謎を、素人の俺が解明などできるわけがない。
本来なら、この時点で諦めて修練方法の追求に舵を取るべきなのだろう。
そう、あくまで本来ならばだ!
《武具・魔道具鑑定》を押し、黒色扉を凝視すると、【覇者の扉】のテロップが表示される。
「よし、ビンゴだ!」
小刻みに震える人差し指でテロップに触れる。。
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【覇者の扉】
■説明:特定の異界との通行を可能にする扉。扉は開錠の際、覇王専用武具を介して覇王の魂と連結し、独自の進化を遂げる。
■開錠:扉の中心に封印が解かれた覇王専用武具を付着すると鍵は開錠される。ただし、一度開錠されると他の覇王専用武具は開錠の資格を失う。
■異界限定通行:二つの異界間を移動できるのは、封印を解いた覇王とその眷属に限られる。
■マッピング:覇王専用武器を介して、マッピングが可能となる。
■魔道具クラス:深淵級
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「異界の……通行?」
頬が引き攣るのがわかる。当然だ。異界への通行は《アトラス》、《飛天》、《ウロボロス》をはじめとする世界の主要研究機関で明確に否定された事実のはず。仮に、この異界の通行が真実で、世間にこの事実を公表したら、想像を絶する騒ぎになる。高率で、理由をつけて探索者協議会や他の組織に収奪される。
タイムリープといい、異界との通行といい、どうしてこうも非常識のオンパレードなんだ?
ともあれ、異界とやらで、修業ができる可能性が浮上した。
ロードが二回で打ち止めである可能性も十二分にあり得る。修行で命を落とすなど、洒落にならない。十分な装備も必要だろう。
武器庫に行き、耐久性が著しく強化された黒色のズボンに、黒色のシャツに着替え、その上に黒のジャケットを羽織る。さらに、ホルスターを腰に設置し、【エア】を収納する。
(ナイフは、腐るほどあるし、数本持っていくか)
最後に、ジャケットに数本のミリタリーナイフを収める。母さんが作ったナイフだ。そのいくつかは、特殊な効果でもあるようだが……。
【エア】を《顕現》し、黒色扉に近づける。【エア】が扉に触れると、扉の中央部に描かれた魔法陣が真っ赤に光り、浮かび上がる。魔法陣は時計回りに一回転すると、カチンと何かが外れる音がする。
扉をそっと押すと、ギギギッと静かに黒色の扉は開いていく。




