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第32話 至極まっとうな評価


 11月11日(金曜日)

 一六時 武帝高校校長室

 

「終わっ……た?」


 阿久津塗付(あくつとふ)のカラカラに乾いた喉から吐き出されたのはそんな疑問の言葉だった。


「……」


 誰も一言も口を開かない。

 東条(とうじょう)炉貴(ろき)理事長から、あくまで実習テスト一時間内で評価するよう指示されている。

 つまり、一時間すぎたら、この場にいる義務はない。

この場にいるには、一学年から三学年までの学年主任達。確かに、いなくても実習試験は滞りなく回るが、いるに越したことはないのも事実。故に、一時間が経過すれば、阿久津もそちらの応援に向かうつもりだった。

 なのに、結局、五時間近くの間、トイレにすら立たず、相良悠真の修練を瞬きすら碌にせずに見続けていたのだ。

 阿久津は、混乱の極致にある頭をフル回転させようとするが、常に沸き立つ幾つもの疑問により、あっさり失敗する。

 あの画面の中の魔物達は、阿久津ごときではもはや強さなど判別できないし、正直、あまりに戦闘が高度過ぎて何がなんだかよくわからなかったというのが本心だ。それでも、相良悠真の命懸けの修練から目を逸らせることができなかったのは、ただ圧倒的な力の塊に見惚れていただけだったのかもしれない。


「相良悠真はこんな修練を毎日しているの?」


 おかっぱ頭に眼鏡を着用した三年の学年主任の女性――(ひじり)先生が、そうボソリと呟く。それは、強い弱いの評価以前に、この場の誰しも覚えている感想だろう。

何の比喩も誇張もない命懸けの修練。いや、修練というには、狂喜に満ち過ぎている。あんなものを毎日毎晩実行しいれば、これほどの力を得たのにもある意味得心がいく。


「相良悠真には、通常の試験など意味はないか。それはそうだろうよ。

 あんな怪物と生徒を戦わせるなど狂気の沙汰だ」

「怪物ではなく、我が校の一生徒――相良悠真よ。あんたら、少し前まで相良悠真は無能で使い物にならないから、放校にすべきだとかほざいてなかった? それが今更、怪物扱い? いい大人なら、自分の言葉にはもっと責任をもちなさいな」


 筋骨隆々の二年の学年主任――桐田(きりた)先生の至極もっともな評価に、朝霧若菜先生が不快そうに顔を歪めつつも、そう吐き捨てた。


「そういうあんたも、放校は致し方ないと考えていたはずだ!」

「それはそうよ。ここは実力至上主義の武帝高校。能力のない者は在籍することすら許されない。そうでなければ、今まで涙を飲んで放校になった生徒達が浮かばれない」

「なら、私と大差あるまい?」


 勝ち誇ったような笑みを顔一面に浮かべる二年の学年主任――桐田先生。


「私は――」

「止めんか!」


 額に太い青筋を立てて、勢いよく立ち上がる朝霧先生を、碇様が遮った。


「そうそう、若ちゃんは、大好きな悠真君を侮辱されたのが許せないんだよねぇ?」


 聖先生が、気の抜けた声で相槌をする。


「なっ!?」


 暫し直立硬直していたが、直ぐに全身を茹蛸のように真っ赤に染めていく朝霧先生。


「へぇ~」

「ほう……」


 理事長と碇様が心底面白そうに、朝霧先生を凝視する。


「いやいやいや、違うしっ!! 絶対違うしっ!」


 両手を左右にブンブン振って否定するが、そんなに真っ赤になって全力否定しても説得力などない。かえって、墓穴を掘っている。


「朝霧先生と相良悠真はそういうご関係でしたか。それは、失礼いたしました。両名のお幸せを心からお祈り申し上げます」


 桐田(きりた)先生がこれ幸いと、嫌らしい笑みを浮かべつつも、頭を下げる。


「だ、だから、違っ――」


 朝霧先生は、しどろもどろになりつつも、必死に否定するが、舌を噛んでしまい、言葉を上手く紡げない。


「う~ん。若ちゃん、可愛いなぁ~」


 聖先生のぼんやりとした感想の言葉に、遂に朝霧先生は俯いてしまう。


「話を戻すぞ。相良悠真の実習試験の満点及び本校の代表メンバー入りに異議のあるものはおるか?」

「何を今更」

「同感♬」

「構いません」


 聖先生も、桐田先生も、若くして我が校の学年主任に抜擢されるほどの人物だ。あの組織のメンバーの一人であることまで予測できているかは不明だが、少なくとも相良悠真の実力を朧気には理解しているはず。桐田先生の『怪物』という言葉も、朝霧先生には悪いが、相良悠真を表すには至極まっとうな評価だろう。

 

「それじゃあ、彼は合格ってことで。ところで、僕の連れてきた魔物達は役にたったかな?」

「それはもう。理事長には我ら教師一同、感謝しております」


 桐田先生が余所行きの爽やかな笑顔を浮かべ大きく頷く。

 そう。理事長から今朝、魔物を一〇体ほど貸し与えられた。どの魔物も教員の指示に絶対服従状態なこともあり、今回の実習試験兼大会メンバー選抜試験に用いられることになったのだ。

 

「レベル15の魔物かぁ~、生徒達もご愁傷様にぃ~」


 聖が不謹慎にも両手の掌を合わせる。

 レベル15の魔物。普段なら飛び上がらんばかりの奇跡も、先ほどの相良悠真の戦闘を目にしたせいか、大した感慨も受けない。一昨日の戦いといい、どうも、感覚が麻痺してきているような気がする。


「しかし……正直待ち遠しくはあるな」

「そうねぇ~」


 桐田先生の素朴な感想に、即座に同意する聖先生。


「確かに、あの相良悠真が生徒達を鍛え直す。さて、どうなることやら」


 冷静には振舞ってはいるが、阿久津も年甲斐もなく、胸の底が厚くなっているのを感じていた。

 だって、そうだろう。誓ってもいい。彼が歩む先には阿久津が見たことのない世界があるはずだから。



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