第29話 ちっぽけなプライド 八神吹雪
それから、約四時間の休憩の後、学校側から、再度、第一闘技場へ集まるよう指示される。
もっとも、¨次の大会は、あの少年クラスの怪物が乱立する戦場となる。従って、命の保証までは学校側も出来かねる。大会代表入りを辞退する者は、そのまま下校を許可する¨との但し書きが付されていた。
大会に出ることは栄光への架け橋。その大会を目指して皆、死に物狂いで修練に励んできたのだ。本来なら、辞退など言語道断のはずだが――。
(たった、これだけか……)
闘技場へ足を踏み入れ、思わず吹雪の口から嘆息が漏れる。
実際に残った選手は、三分の一にも満たない。
あの演武台で負った傷は、その程度に応じて魔力に変化される。よって、致命傷でなければ、気絶しても直ぐに意識を取り戻す。
風紀委員と生徒会は、軽症で早々に離脱してしまいあの小さき悪魔の蹂躙劇を観客席から観戦していた。それ故、絶望の程度は大きかったのかもしれない。
残ったのは、生徒会からは、朝霧朱里、鏑木銀二、一色至、一色萌奈香の四名。風紀委員に至っては、天津祀のみであり、全滅に等しかった。
体育連と文化連のメンバーは、実際に戦って吹っ切れてしまったのか、半数が残ることができた。
普段は、話声が聞こえるのだが、そんな余裕など持ち合わせてはおらず、皆、青白い顔で、碇学校長達、教師陣の到着を待っている。
数分後、碇学校長を始めとする教師陣が到着し、その数の少なさに肩を落とす。
(実際に、あの悪夢を味わっちゃいないあんた等には絶対にわからないさ!)
そんな心の声が喉から出そうになるが、どうにか飲み込んだ。
碇学校長は満足そうに数回頷く。この様子だと、この翁は端から絞り込む気満々だったようだ。
「お主達の今の実力は、わかったじゃろ?」
「……」
誰も口を開かない。いや、開けない。己の無力感は、まさに今、吹雪達全員を苛んでいる事実だったから。
「正直いって、お主達学生の実力など、儂らにとっては、どんぐりの背比べ。AクラスだろうがDクラスだろうが大差ない。それでも、通常の大会なら、十分に通用したんじゃろうが、この度は、そうじゃない。あの童以上の怪物がウヨウヨ出る群雄割拠の大会じゃ」
断言してもいい。そんなの高校レベルをとうに超えている。
「碇学校長。一体、何が起こっているです?」
理由がなければ、こんな不自然な事態にはなるはずがない。
「お主達はこの度正式に栄光ある我が武帝高校の代表メンバーに選出された。よって、事情を詳しく知る資格がある。
もっとも、マスコミ共のことだ。もうじき、一般公開される事情でもあろうがな」
「説明をお願いいたします」
いつにない有無を言わせぬ天津祀の言葉に、口端を上げる碇学校長。この人、いつもの寡黙さなど微塵も感じられない。今はっきりした、これがこの人の素だ。
「祀や、察しのよいお主なら予想ぐらいつくじゃろ? あの場にいた者どもの勢力がでるのよ」
そんな意味不明なワードに、忽ち、顔色が青色を通り越して、土気色になる祀。
「碇様、彼らは決死の覚悟で選び取ったのです。勿体を付けずに教えてあげて頂きたい」
阿久津の僅かに怒気の含まれた声に、碇学校長は肩を竦める。
「そう怒るな。そうじゃな。褒美は必要じゃろう」
一旦言葉を切ると、グルリと眺め見る。
「四界が出場するのじゃよ」
「四界?」
そんな無茶苦茶な。この大会は探索者の卵のためのもののはず。四界が出る道理がない。
「結論からいうぞ。《八戒》には、四界の住人もいる。故に、探索者の受験資格に、四界の住人も含まれる事になった」
そうか。ようやく、吹雪にも事情が見えて来た。
「つまり、四界の圧力に負けてたのですね?」
「かもしれんな。だが、一応、四界の中でも、指定の学園を卒業して初めてサーチャーの受験資格が得られることは同じじゃ。その意味では平等と言えるやもしれん。もっとも……」
碇学校長は、言葉に詰まる。
「四界はあの少年並みの強さがあると?」
「一部はな」
一部と聞いて、少しほっとした。アレが最低の強さなら流石の吹雪も心が折れていたかもしれない。
「でもよぉ、学校長、本当に俺達、あのクラスに到達できんのか? もう、後、一か月そこらしかないぜ」
烈の疑問は、吹雪も得ていた。あのレベルに到達するには、少なくとも、数年は必要だろうから。
「それは、お主達次第じゃな」
それはそうだろうが、答えに全くなっちゃいない。
「《師》についていけば、美夜子のようになれるんですか?」
美夜子か。確かに結局、劣勢になってしまったが、唯一、美夜子のみがあの少年に抗っていた。
「祀、お前、何か知っているのか?」
「ええ」
「なら、教えてくれ。俺はこの状況に全くついていけないんだ」
「ごめん、無理」
「おい、祀、なんでだよっ!!」
烈が烈火のごとき怒りを顔一面に漲らせながら、席を勢いよく立ち上がる。
「烈!!」
「わかったよ」
舌打ちすると、両腕を組み、そっぽを向いてしまう烈。
「祀、なら、言える箇所だけでいい。教えてくれ」
「……」
碇学校長を伺う祀と、悪戯っ子のような笑みを浮かべる碇学校長。
「儂は構わんよ。元々、名を隠すのも奴の我儘じゃしな」
「わかりました。伝えられるところだけ話します」
息を大きく吐き出し、祀は話始める。
祀の説明が終わるが、誰も口を開かない。あまりに、信じがたいのことのオンパレードだったからだろう。
要するに次ぎのようなこと。
第一、《師》の力により、美夜子は極めて短期間で超常的な力を有している可能性が高いこと。
第二、《師》の関係者は、武帝高校の生徒の中にいること。
第三、《師》の強さは桁外れであり、底が見えないこと。
祀は他については一切口を開かなかった。言えぬ事情でもあるのだろう。
「《師》に師事すれば、力を得られるんですか?」
一色至が、ギラギラした飢えた獣のような瞳で、そう端的に尋ねる。
「まあのぉ。美夜子やあの少年の様には無理じゃろうが、今大会を切り抜けるほどは可能じゃろう」
美夜子のようには無理? そう断言する事情があると考えるべきだろうな。
「わかりました。僕は是非、参加させていただきます」
席から立ち上がり、一色至は一礼すると退出しようとする。
「至! まだ話は終わってはいませんよ」
いつも思うが、一色萌奈香も大変だな。
「終わったよ。僕はあの人についていく事に決めている。あとの大人の事情にこれぽっちも興味などない」
右手の人差し指を親指に近づけると、踵を返し、退出してしまう。
一色至か、あそこまで、協調性がないとある意味清々しい。それに、一色至の言も一理ある。吹雪達は所詮一介の学生にすぎない。大人達の政になど関与する余地などないのだ。考えるだけ無駄というものかもしれない。
「皆様、弟が申し訳ありません」
一色萌奈香が、頭を下げるが――。
「そうだな。生意気で気に入らん奴だが、今回だけは奴に一票だ。俺達は力が得られればそれでいいわけだし、背景事情など知った事じゃない」
烈も席を立ちあがり、一礼すると退出しまう。
「たくっ、烈さんは……仕方ないな……」
文化連の幹部達も次々に愚痴を言いつつもそれにならった。
「ユウは、相良悠真はどうなりましたか? それだけお答えいただければ、私も異論はありません」
朝霧朱里の問に、祀がビクンッと身体を硬直させ、教師達の顔が一瞬こわばったのに気付く。
もう聞かずともわかる。《師》のこの武帝高校内の知り合いとは、相良悠真だろう。直弟子ってところか。それなら、石櫃教官に勝利したほどの強さを得ていることも納得できる。
「悠真は、今大会に代表選手として出場する。いや、悠真だけではない。数も足りんのでな。もう一度、学校側が選抜試験をやり直すことにした」
そう来たか。代表選手となるための資格は、あの悪魔のごとき強さでも心にも折れない胆力。そいうことだろう。
もう聞きたいことは聞いた。
「俺も失礼いたします」
席から立ち上がり、学校長達に軽く会釈すると、速足で退出する。
どうしょうもなく、熱い激情が吹雪の心に荒れ狂っていた。この度のことで、己の井の中の蛙っぷりは十分に理解した。
そうだ。吹雪はどうしょうもなく弱い。あんな児童になすすべもなく敗れるくらい。《師》にとって、吹雪等、巷の一般人と大差あるまい。探索者の卵とすら認めてもらってはいないだろう。それが、どうしょうもなく歯がゆいし、悔しい。
でも、今はそれでいい。弱いということは、まだまだ強くなれるということのはずだから。
探索者の資格獲得も、『夢妙庵』への就職も、今はどうでもいい。そんなことよりも、こんな残酷な試験を敢行したあの《師》に自分を絶対に認めさせてやる。それが、今、吹雪を動かす唯一ともいえる原動力。
吹雪にこんなちっぽけでみっともないプライドがあったなど自分でも初めて知った。
(きっと、似た者同士なんだろうな)
部屋を退出している面子達の決意に満ちた顔を見れば、妙な親近感が湧く。
今までの修練など所詮命の危険のないお遊び。これからが、吹雪達の本当の修行の一歩。その事実に吹雪は改めて、右拳を力一杯握り締めた。
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