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第25話 師 

 

第一闘技場実技場の通路

 一三時三〇分


 なぜこうなった? 流石の俺もここまで一方的追い詰められるとは思いもしなかった。

この末期的な状況をどう切り抜けるか。というより、このままバックレたいのが本心なのだが。


「紹介しよう。儂の同僚じゃ」


 碇爺ちゃんの声が聞こえる。これで、出ていかねば、爺ちゃんの顔を潰す事になる。

ガチンコの勝負ならまず俺が勝つが、世の中は強さだけではない。特に爺ちゃんの根暗っぷりは、秀忠やロキといい勝負だ。

 海外の遺跡の探索に行っている間、よりにもよって、あの両親、幼い俺をこの爺さんに預けるという愚行を敢行した。結果俺は、この爺さんに、弱みという弱みを握られてしまっている。嫌がらせだけが生きがいのような爺さんなんだ。怒らせたときのペナルティーは、想像するだけでも恐ろしい。

 碇爺ちゃんの同僚と言って真っ先に思いつくのは、爺ちゃんが営む探索者ギルドだ。

 噂では、碇爺ちゃんの治めるギルドは、世界でも屈指の実力者揃い。学生達からすれば、まさに、憧れの存在のはず。

 案の定、俺が闘技場に足を踏み入れただけで、学生達から一斉に大歓声が上がる。キリキリ痛む胃に顔を顰めながら、俺は足を動かす。

 無論、今の俺はスーツ姿であり、髪型はオールバックに顔中を覆うマスクをしている。念のために声も魔道具で低く変えているから、俺だとばれることはまずあり得まい。

 

 俺が闘技場の中心まで、歩を進めると、歓声は益々増加し、耳を塞ぎたくなるほど大きくなる。

 アリーナの中心には、碇爺ちゃんが、扇子を片手に兇悪な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。

 そして教師の中でも、やはり、この二人は別格だった。

 今の碇爺ちゃんの『儂の同僚』の言葉。さらに、昨日の俺と碇爺ちゃんのやり取り。たったそれだけの情報で、俺の正体に粗方の検討が付いたのか、阿久津は、真っ青な血の気の引いた顔で眼鏡のフレームを中指で押し上げていた。そして、それはあの若菜も同様であり、頬を盛大に引き攣らせている。

 対して、他の教師陣は、興味深そうに俺を眺めるのみ。俺イコール『エア』までの認識は持ち合わせていないようだ。

 特に鈍いお子様(立花)は、キョロキョロと辺りを見渡している。まったく何やってんだか。

 

 爺ちゃんの隣に立つと学生一同をグルリと一瞥する。

 ここに集まるのは、世界探索者選手権国内予選の武帝校代表メンバー。

 体育連合会、文化連合会、風紀委員、生徒会により、九割方しめられており、他の組織に属しているものは、ほんの数人に過ぎない。

 ほとんどの選手が顔を上気させて、俺に熱い視線を送ってくる。

 対して、先頭の八神吹雪と烏丸烈は、ビシッと直立不動で姿勢を正していた。

 このガチガチの緊張気味の様子。いくら、碇爺ちゃんのギルドに強烈な憧れがあるとしてもやや度が過ぎやしないか?

 徳之助にでも、俺についてそれとなく知らされたか? いや、今の奴にそんな無駄な事をする心のゆとりなどありはしないな。美夜子と天津祀(あまつまつり)からの情報か? それは、誓約で禁止されているはずなんだが。

 天津祀(あまつまつり)に視線を向けると、怯えに揺れた瞳で、俺を凝視し、ビクッと身を竦ませる。この女は、俺が『エア』だと認識している。先々日の就任セレモニーと同じ服装だし、当然といえば当然か。しかし、そんな真昼間に亡霊を目にしたようなリアクション採られてもな。

 そして、一人余裕なのが、美夜子。というか、両手を組み、瞳をキラキラさせていた。

 お前、キャラ変わり過ぎだぞ。そういや、美夜子も今朝クリス姉達のグループに入ったそうで、もうすっかり馴染んでいるようだ。益々女性陣の勢力を増すことになってしまった。俺達のギルド、そのうち、女性カラー一色になってしまわないかが若干心配だったりする。まあ、上手くやれているならそれでいいわけだが。

 それにしても、彼奴……いないな。またサボってんのか。奴でも、四界の住人は手に余ると思うんだがね。

 碇爺ちゃんを横目で見ると、扇子で自身の肩を叩き始める。これは、爺ちゃんがイラついている際の癖だ。


九音(くおん)は、体調不良で欠席だそうだ」


 嘘だ。それが全員一致の見解らしく、八神吹雪達を始めとする所属する体育連の幹部達は皆、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。

 碇九音(いかりくおん)――碇爺ちゃんの孫であり、学年ランキング、ぶっちぎりの一位。武帝高校始まって以来の天才児。

 ちなみに、俺は幼少期数か月単位で、碇家に厄介なることが多かったので、朱里やカリン達以上に濃い腐れ縁でもある。

 まあ、あの事件以降、碇爺ちゃんの誘いをすべて断っているから、この数年真面に顔を合わせてはいないわけだが。

 九音については後で考えよう。時間を無駄にしたくはない。さっさと用を済ませることにする。


「俺は――そうだな、《(メントル)》とでも呼べ。

今から、お前達には、私の部下と戦ってもらう」


 碌な挨拶もせずに本題に入った事で、至所で、驚きの声が漏れる。

 こいつ等と必要以上になれ合う気は毛頭ない。弟子相手に御丁寧な挨拶などそもそも不用だろう。少なくとも、今から数週間、俺はこいつらから壮絶に恨みの対象となるわけだしな。

 まずは、本格的な修行を開始する前に、こいつ等の鼻っ柱を折らないとだめだ。今の甘っちょろい考えのままでは、最悪命を落としかねない。


「学校長、本当にこんな無礼な奴が、誇りあるギルド――『夢妙庵』のメンバーなのですか?」


 黒髪をおかっぱ型にした美少年――一色至(いっしきいたる)が、疑心に満ちた碇爺ちゃんに尋ねる。

 へ~、一色至、まさか格上にも突っかかるのか。正直、見直した。こいつの性格は最悪だし、現在進行形で目にするだけで不快な気持ちになるが、この誰にも媚びない態度だけは、好感が持てる。とは言え、町内札付きの不良(ワル)が捨て猫に餌をやっているのを目にしたようなショックに過ぎないわけではあるが。

 それにしても、『夢妙庵』って、碇爺ちゃんのギルドだったのね。どうりで、今までの不自然さが氷解した。バーミリオンの店長が俺について必要以上に知っていたことも。

そして、一色至が『夢妙庵』を知っていたってことは、探索者の卵なら知っていてもおかしくはないギルド名なのだろう。爺ちゃんが本気で隠せば、至が知っているはずがないし。


「至っ!!」


 悲鳴のような激が、至の姉である生徒会副会長の一色萌奈香(いっしきもなか)から飛ぶ。

 無理もない。碇爺ちゃんのギルドは、萌奈香達にとって、重要な就職希望先。その先輩を『こんな奴』呼ばわりするなど言語道断だろうし。


「それを一介の学生にすぎぬお主に御丁寧に教えてやるいわれなどないわい」


 そう言い放つ爺ちゃんの様子から察するに、完璧に面白がっているな。これ以上、この爺さんの介入を許せば、厄介な事となる。

 ギリッと奥歯を噛みしめると、一色至は口を閉ざす。


(シド、出番だ。来い)


 俺の言葉に、黒色のローブを羽織った目つきの鋭い(悪いとも言う)黒髪の少年が姿を現す。


「マスター、僕、今セシル姉ちゃん達と冒険中なんだけど?」


 シドは口を尖らせ、非難の言葉を垂れ流す。どうも、大好きなセシルとの冒険を邪魔され、かなりお冠のようだ。


「すまん、すまん。お前が適任なんだ。あとで、お前の好きな武具でも作ってやるからさ」

「う~」


 グリグリと頭を撫でてやると、唸り声を上げつつも、気持ちよさそうに目を細める。当初のように手を振りほどかないとこからして、まんざらでもないんだろう。

まったく、獣のような奴。


「《(メントル)》。まさか、その児童と我が校の選手を戦わせるつもりか?」

「そうだ」


 阿久津の躊躇いがちの言葉に、俺が即答すると、一瞬にして、この闘技場中が、オモチャ箱をひっくり返したような喧騒に包まれる。

 その半数が当惑、残りが怒号。

ここで、真面に状況を把握しているのは、《神眼鑑定》により、シドの実力を把握できる美夜子と、俺が『エア』であると知る天津祀(あまつまつり)。確かに、俺の配下の鳩魔王(餓鬼)に頭が上がらない四界の使者の姿を見ていた天津祀(あまつまつり)なら、俺の知り合いに見た目など大して意味がないことくらい理解してしかるべきだ。


「《(メントル)》の意図はわかりませんが、子供を傷つけるほど我らは落ちてはいない」

「そうだぜ、舐めんなって話だ」


 八神吹雪と烏丸烈の拒絶の言葉に、一斉に賛同の声が闘技場内に充満する。


「だそうだ?」


 撫でていた頭から右手を離すと、シドは興味なさそうに、選手達を一瞥し――。


「あの爺ちゃんは僕には無理。他は基本、雑魚。でも、あの白衣のおばさんと他数人はよくわからない」


 そう、冷静に分析する。

 シドの奴、よく見ているな。シドを始めとする子供達には、鑑定はできる限り多用するなと厳命している。鑑定は確かに便利だが、それを絶対的な基準とみなすと、ベリトや俺のように変化して一気に強化される存在の危険性を見落としてしまう。だから、用心深く、まずは、勘を磨くように指導しているのだ。つまり、この分析は鑑定ではなく、単なるシドの勘に過ぎないわけなのだが、ドンピシャで正解をいい当てていた。

 ちなみに、若菜はもちろん俺も鑑定しようとしたが、できなかった。《万物創造》を使用すれば可能だろうが、勘のいい若菜なら、気付かれる危険性がある。若菜は、シーカーではないが、朝霧家の秘密主義は異常と聞く。弱いと断定するにはリスクが大きすぎる。

 もっとも、現在若菜は、シドの『おばさん』の言葉に、地味にダメージを受けており、今なら鑑定も可能かもしれないが。


「ふざけんなっ!! ガキのくせに、何、調子に乗ってんだよっ!!」


 一色至が、額に太い青筋を漲らせながら、俺達を睥睨し、身を屈めてくる。

 そして、それは、他の大部分の生徒も同じ。

 罵倒の声の中、俺は演武台を降りる。碇爺ちゃんも口端を割けんばかりに吊り上げながらも、俺に続く。

 阿久津を始めとする他の教師陣も、当惑気味にも碇爺ちゃんに従い、演武台から次々と降りていく。


「貴方達、このような子供を戦わせるなど本気ですか!? 確かにここでの傷は仮初にすぎませんが、痛みは感じるのですよ!?」


 八神吹雪が激昂し――。


「俺達にガキを傷つけよう仕向けるなんてな……あんた等、本当に教師か? 見損なったぜ、学校長!」


 烏丸烈が、怒りを隠そうともせず、碇爺ちゃんにぶつける。

 俺は、そんな二人に構わず、シドと念話で最終調整をすることにした。


(シド、お前、今何階梯まで使える?)

(魔術は、神話系の第八階梯まで。でも午前中に新スキルを編み出したから、スキルは第九階梯まで使えるよ)


 シド達子供達にとって、『滅びの都』の修行も、魔術とスキルの開発も、恰好の玩具だ。遊び感覚で、モリモリ強くなっている。

 大人達以上に、固定概念がない分、成長速度が半端じゃないと真八が漏らしていたっけ。


(なら、この戦い(茶番)、原則第六階梯までにしておけ)

(え~、せっかく、新しいスキル試せるとおもったのにっ!)


 やはり、実験するつもりだったか。流石に、この施設も禁術や禁技を使えば崩壊するかもしれない。そうなれば、シドは殺人者。それは駄目だ。万が一に備え、この戦闘では、七階梯以上は封印していた方がいい。


(これは命令だ)

(わかったよ、マスター)

(それと、可能な限り、手加減はしろよ。お前の専用武具の使用も禁止だ)

(はい、はい)


 右手をプラプラさせると、右拳を強く握り、身を低く屈めるシド。

 中々、様になっているじゃないか。


「吹雪、烈、きっと、この子、普通じゃない! 偏見を捨てなよ!」


 そんな批難と怒号の暴風雨のごとく渦巻く中、ポタリポタリと汗を床に落としながら、天津祀(あまつまつり)が油断なく身構える。

 美夜子も、シドから十分に距離をとり、既に防御結界を張っていた。

 見たところかなりの強度だ。昨晩、徹夜で魔術の開発でもしていたのかもしれない。

 とすると、若干面白くなったな。


(シド、この中に、俺達の家族がいる。そいつのレベルは大したことはないが、お前がこの試合で使用可能な魔術やスキルは、お前よりも上。そう理解しておけ)

(了解)


シドの声の質が変わり、一切の余裕が消失する。

ギルド内では、シドは味噌っかす。それを一番よくわかっているのは、シド自身のはずだから。


「それでは用意はいいな?」


 碇爺ちゃんが右手を上に振り上げると、演武台の術式が起動し、『It's show time!』とのテロップが出る。


「ちょ、ちょっと待てって!」


 烏丸烈の制止の言葉を振り切るかのように、爺ちゃんの右手は振り下ろされ、蹂躙劇(ワンサイドゲーム)は開始された。


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