第22話 カルディア教国
自宅へ戻り、自室で本日の冒険の準備をしていると――。
『ご主人様、キュウ、今日もお勤め果たしましたデシ』
弾むのような得意げな声が頭の中に反響する。
キュウの報告がやけに素気がなかったので、昨晩、もうじき二交代制にするから我慢しろと伝えると、キュウの機嫌は、あっさり好転した。寧ろ、カリンの様子につき逐一報告してくる。プライバシーもあるし、そう頻繁に報告されても困るのだが、拒絶すると落ち込みそうだ。まったく、扱いが難しい獣である。
「交代の要因は近日中に必ず手配する。それまで、カリンの護衛を頼む」
『ラジャーデシ!』
『ラジャー』って、古いよ。お前、昭和生まれかよ。
キュウの奴、カリンの護衛自体は楽しそうだし、案外俺と離れ過ぎたことで禁断症状でもでただけなのかもしれない。
兎も角、早急にカリンの警護を開発する必要が出てきた。キュウのような女性受けがする獣でも得られれば都合が良いのだが、上手くいかないのが世の常だ。キュウのご機嫌をとりつつ、ボチボチやるさ。
一階のリビングでは、ソファーの上で蹲り、暗い顔でボソボソと呟いている銀髪残念幼女。
昨日の四界の地球訪問のニュースを見てから、セレーネの奴、終始こんな感じだ。鬱陶しい事、この上ない。落ち込むのなら、アースガルドの自分の自宅で思う存分やって欲しいものである。
「マスター、お疲れ様ですっ!!」
リビングにいたベム、ノックの二人が、立ち上がり、俺に一礼してくる。グスタフがいないのは、アースガルドの土地の開発とその警備につき、他の幹部達とのすり合わせでもしているのだろう。
新ギルドハウスが完成するまで、情報交換の場として、俺の自宅地下と一階は、メンバーに開放している。ベム達、昨日も地下で飲んでいたようだし、当分、地下工房は飲み会場と化すのではないかと思われる。
二人の目的は地下のはず。今、リビングにいる原因は、このはた迷惑な銀髪残念幼女だろう。
(セレーネ様、ずっとこんな感じですが、大丈夫ですかね?)
ベムが近づくと俺の耳元でそう囁く。
(放っておけ。腹がすけば、元に戻るさ)
どうせ悩みなど大した事ではるまい。また、いつもの常識病でも発症したのだろう。
(子供ですかっ!)
そんな元も子もないベムのつっ込みに、虚ろな瞳で今もブツブツ、呪詛を垂れ流す銀髪幼女を眺め――。
(どう見ても、餓鬼だろ?)
当の本人以外、誰もが納得がいくであろう感想を述べる。
(……そうですね)
ベムは、セレーネを改めて一瞥すると、大きな溜息を吐く。
そういえば、ベムとノックはアースガルドの人間種ならば、カルディア教国について知っているかもしれない。それとなく聞いてみるか。
「話は変わるが、お前ら、カルディア教国って知ってるか?」
不快に顔を歪めるノックと、それとは対照的にいくつかの感情が混じり合った微妙な表情を形作るベム。
「俺達下民を家畜としか見ちゃいない。そんな、救いようのないクズ国家ですよ」
ノックの吐き捨てるような言葉に、ベムも無言で頷く。
ここまで感情むき出しにするノックは、グスタフの件で初めて会った時以来だ。ノックは激情家ではあるが、どうしょうもなく、真っすぐな奴。俺なんぞより、よほど英雄に向いている。此奴がこれほど怒り心頭なのには、それなりの理由があるとみてよい。
どうやら、詳しく聞く必要があるな。
「俺はカルディア教国についての知識が不足している。少し説明して貰えないか」
「聞いていて気持ちの良い話じゃありませんよ?」
「構わない。話してくれ」
「気は進みませんが――」
ノックから粗方の情報を獲得した。
――カルディア教国。
¨他種族は人間族に管理されるべき危険な存在である¨との独特の教義から、他種族との戦争を繰り返す国。
約四年前、遂にドワーフの王国――ドェルブ国に勝利し併合し、現在北の覇者たる魔国――オネイロスと交戦中であり、その王都に攻め入らんとする勢いらしい。
魔国の征服が完了次第、西の大国エルフが治める国――《アルヴエンド》に宣戦布告すると予測される。 北西最強と目された魔国を敗れれば、事実上、西側に敵はいなくなる。西側征服が完了すれば、東側を支配する世界屈指の商業国ルクレツィア王国、英雄ユキムラの祖国たる南の獣王国――エルカ、南西の女人国と竜人国を残すところとなる。
もっとも、この商業国ルクレツィア王国と、カルディア教国は同盟関係にあるし、南の大国エルカは、ユキムラの意思を継ぎ、戦争に対する一切の不介入を宣言している。
さらに、竜人国と女人族は地形的にも、攻め入るのは不可能であるし、何より、両国はルクレツィア王国と永久通商条約を結んでおり、仮にこの二国に攻め入れば、ルクレツィア王国を敵に回す結果となる。
唯一、獣王国エルカに南征服を開始する可能性も捨てきれないが、世界最強と称される獣王国に攻め入るのは、聊かリスクが高すぎる。何より、ウォルトがいる以上、勝敗など火を見るよりも明らかだろう。
事実上、カルディア教国の征服劇も、西方征服で終わりを告げると予想されている。
北西部はある意味、北の魔国以上に荒野が広がり、資源に乏しい。他国を征服し、その資源を得る事が、この国の唯一ともいえる生存する可能性であることは明らかだ。
だから、カルディア教国のこの侵略の方法が誤っているとは断言できないし、するつもりもない。征服者が悪など、現代の理屈の勝手な倫理の押し付けに過ぎないわけだし。
とは言え、年中戦争をしているのだ。その実、最も犠牲になるのは、力のない民だ。人頭税、土地税を総合した税率は、五〇%にも及ぶ。しかも十分に生産力の見分を行ったうえでのこと。これは、所謂五公五民であり、飢えをしのぐギリギリの税率と言える。こんな状態だから、戦争で若い村民、町民が引っ張られてしまえば直ぐに飢えて死ぬ。
この国の少年・少女が、街や村を逃亡し、冒険者になることが後を絶たないらしい。無論、カルディア教国は、この脱走を罰しており、脱走者の親類縁者は、莫大な賠償金を支払わねばならず、払えなければ、処刑の対象となる。
それなりの名の熟れた商人だったノックの家族は、兄が逃亡したことにより、全員処刑された。ノックは、姉の御蔭で、逃亡に成功し、このピノアまで逃れて冒険者となったらしい。
「それは末期的だな……そんな政権、どうせすぐ崩壊するだろう」
そう長くない未来にクーデターでも起こって内部崩壊するんじゃなかろうか。
「俺もそう思ってはいたんですがね……」
ベムの曖昧な言葉に対し――。
「イレギュラーか?」
もう、ウンザリするくらい繰り返してきた言葉を紡ぐ。
ベムは大きく頷くと――。
「五年前、召喚された勇者一行により、国内の情勢は一気にひっくり返ったんですよ」
俺の予想通りの事実を告げる。
今度は勇者の召喚か。どこか、出来の悪い筋書きの小説を読んでいる気分だ。
どうして、俺に関与する事件はこうも異常事態ばかり起こるのだろうか。
……まっ、別にいいか。俺達は、トーキン氏の救出という目的を遂げるだけ。どの道、俺達はこの世界に殊更干渉する気はない。もちろん、敵対するなら、勇者だろうと魔王だろうと、粉々に砕くだけだし。
「事情はわかった。お前ら、東南地区のトーキンという鍛冶師を知っているか?」
「トーキンってあの、《不売のトーキン》ですか?」
《不売のトーキン》? ああ、そういえば、セシルが、気難しい人物だったといっていたな。
「多分、そのトーキンだ」
「数年前、買いに行って、一〇年早いと叩き出されましたよ」
それは、中々過激な武器屋だな。ベムとノックの苦虫を嚙み潰したような表情からも、かなり苦手に分類される人物らしい。そんなトーキンに武具をあれほどの数、売ってもらえたセシルは、よほどトーキンから可愛がられていたのだろう。
「トーキン氏がカルディアに捕まった」
正確には、自首したんだがな。
ベムとノックが息を飲むのがわかった。
「救出するんですかい?」
「ああ。トーキン氏は俺達が手に入れる。処刑など冗談じゃない」
そうだ。トーキンは俺が先に見つけた家族候補だ。その将来の家族を俺から奪うなど不快極まりない。そんな身の程知らずには、それなりの仕置きが必要だ。
「委細了知しました。俺達も参加します」
「いいのか?」
ノックはさておき、ベムは教国に一定の思い入れのあるように思えたのだ。
「俺の家族は、このギルドだけですよ」
「そうか。ならば、セシルと共に、今夜からカルディア教国の聖都へ向かう。移動は夜間で、馬車での移動となる。この数週間、寝不足は覚悟して欲しい」
「夜に馬車内で睡眠をとり、昼間、《滅びの都》での修行をするってことでいいですかね?」
「基本、そうだ。無論、お前らは疲れたら昼間の修練は休んでも構わない」
「うへ~、馬車で寝るの、苦手なんだよなぁ~」
ノックは悪態をつくが、ベムにギロッと睨みつけられ、肩を竦める。
飛空艇や自動車の移動の移動も俺の《万物創造》なら可能だろうが、そんな事をすれば、俺達が異世界人であることを相手に知らせるようなものだ。敵の戦力がわからないうちに、理由もなく自身の情報を与えるなど間抜けすぎる。
何より、ロキに言われたからではないが、この世界を実際にこの目で見て体感してみたいという気持ちもある。
いわゆる¨郷に入っては郷に従え¨というやつだ。
「本日の九時に出発する。このピノアの西門前で待機していろ」
「「了解!!」」
セシルにも一応声だけはかけておくが、まだお子様だし、移動時は俺達だけで十分だ。強制まではしない。
商業国ルクレツィア王国は、一章の最初の方で、アイラの話に出てきた元帝国です。




