第21話 勧誘
あれから、神楽木家から美夜子を俺のギルドハウスまで連れていき、セレーネと契約させた。
いずれにせよ、次の大会が団体戦である以上、俺一人がいくら強くても優勝は絶望的だ。
美夜子の協力は不可欠だったのかもしれない。
今日はオリエンテーションも兼ねて、美夜子にはフィオーレ達と迷宮探索へ行ってもらうこととなった。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
ピノアのセレーネ宅前で、中学生になりたてくらいの耳の長い美しい少年、もとい、少女――セシルが元気よく頷いた。
セシルが、武具を仕入れるようになって、各段に開発する武具の能力が向上した。
武具や魔道具の類の開発は、俺の《万物創造》でも可能だし、最高品質のオーパーツも創り出す自信はある。
しかし、俺には武具や魔道具の開発につき命を捧げるほどの狂気じみた熱意がない。『エア』並の武具を創り出すのは多分俺には無理だ。
俺の敵が、覇王である以上、仲間達にも『エア』に匹敵するだけの武具が必要となるはず。
だからこそ、この勧誘には俺達の今後を決定づけるほどの重要な意義を有する。
「本当にここでいいのか?」
セシルに案内され、東南部の隅の一角に、脚を運ぶ。
屋台のような魔道具屋に、武器屋が道脇に立ち並んでいる。一見、スラム街のようにも見える寂れた風景とは対照的に、周囲に行きかう冒険者達の屈強さは他の場所とは桁が違っていた。
つまり、ここは――。
「上級者用の区画ってわけか……」
「はい! シャーリーさんに教えてもらいましたっ!!」
驕った力のない冒険者は、表の煌びやかな場所にある武具屋や魔道具屋を訪れ、碌なものを購入できない。見かけに騙されず、物の価値をわかる真の強者にのみ、この場所の恩恵が享受される。
冒険者組合も中々面白い余興を考えるじゃないか。
「ここか?」
城壁の隅のログハウスの前で立ち止まったセシルに俺は思わず尋ねていた。
店は、一見年季が入っており、みすぼらしいがその造りはしっかりしていた。だから、この店に俺達の目的の人物がいる事には別に意外性などない。
この店が、他の店と明確に異なっていたのは、そもそも、人の気配が微塵もなかったからだ。
「はい」
不安そうに肩越しに俺を振り返るセシルの姿からも、異常事態なのは間違いない。
こうしていても始まらない。
扉の取っ手を取り、開けようとするが、鍵がかかっていた。
「不在のようだな。出直すとするか」
「トーキンさんが、理由なく店を開けるはずがありません。僕はもう少しここで待っています」
セシルを置いて俺だけ戻るのも気まずいし、トーキンが帰宅したとき、俺がいないのでは若干イメージが悪かろう。頼みに来ているのは俺達だ。礼儀は尽くすべきだな。
「いや、俺も待とう」
ベリトを呼び出し、店の前にある広場に、テーブルとお茶を容易させる。
それから、五時間、日没まで待っていたが、トーキンは現れなかった。
「陛下、これ以上は時間の無駄かと」
「そうだな」
俺も決して暇なわけじゃない。寧ろ今は一分一秒が惜しいのが本心だ。これ以上、時間を浪費するわけにはいかない。
「私の方でトーキン氏についての情報を収集しておきましょう」
「頼む」
「御意」
ベリトは胸に手を当て一礼すると姿を消す。
「マスター……」
心配に耐えないという表情で、俺を見上げるセシルの頭を乱暴に撫でる。
「今日は戻ってベリトからの報告を待とう」
「はい」
肩を落としつつも、無理に微笑むセシルの姿に、俺は大きな溜息を吐き出した。
「わかった。あと、三〇分だけだ。それ以上は、皆が心配する」
「はいっ!!」
元気よく返答するセシルに苦笑しながらも、俺達は待ち続けた。
二八分後、結局トーキンは戻って来なかった。
セシルは、気丈に振舞ってはいるが、きっと、ネガティブな考えに頭の中を埋め尽くされていることだろう。
「約束の時間だ。いくぞ?」
「は……い」
小さく頷き、踵を返そうとしたとき――。
「セシル?」
女性の声が聞こえてきた。
振り返ると――。
「女将さん!!」
恰幅の良い女性が、セシルに手を振っていた。
「聞いたよ、セシル。あんた、出世したみたいだね?」
「いえ、そんな……」
恰幅の良い女性は、トーキン氏の隣の宿――スターエッグの女将さんだった。
女将とセシルは、昔馴染みの知り合いだったらしく、俺達は女将に宿の客間に案内されて、お茶を飲んでいる。
「謙遜しなさんな。それにしても、まさか、ピノアの英雄に会えるとはねぇ」
ピノアの英雄ねぇ……ギルドゲームでのウォルトとの戦闘を言っているんだろうな。
「なんだよ?」
凝視してくる女将の視線は、不躾で、どうにも気持ちいいものではない。
「へ~、近くで見ると中々いい男じゃないか」
「そりゃあ、どうも。俺に、そんな大層な評価したのは、あんたが初めてだよ」
殺人鬼みたいだとか、いかにも犯罪者然とした目つきで怖いとか言われたことならしこたまあるけどな。
「何、謙遜してんのよ。《炎の獅子》とのギルドゲームで、長――ネメアと、ギルド最強のウォルト・サナダを下した大英雄。今や、ピノア中の女の憧れの的さね」
「大英雄ねぇ、マジで実感ねぇな」
「そうだ。私んとこの娘、もらってくれないかい? あのゲーム以降すっかりあんたに熱を上げていてねぇ」
(マスター!)
満面の笑みを浮かべながら、肘鉄をかましてくるセシル。早く、本題に入れということだろう。どうやら、トーキン氏の行方が不明なことを差し引いても、現在、セシルの機嫌は最悪のようだ。
「考えとくよ。それで、トーキン氏について知っていることを教えてくれ」
「やれやれ、あの子、振られちゃったかねぇ~」
女将は、肩を竦めると、ふざけた表情は綺麗さっぱりかききえ、怪しいほど真率な表情が漲る。
「何があった?」
「昨日、トーキンがカルディア教国に連行されたわ」
カルディア教国、また新たな固有名詞の登場か。このタイミング、正直嫌な予感しかしない。面倒事に巻き込まれたのはほぼ確定だろう。
「トーキン氏は何かやらかしたのか?」
仮に外道なら、例え能力があっても、家族として迎えるのは御免こうむるから。
「貴族殺しよ」
その事実を知っていて、今の今まで放置していたこの女将も十分訳ありだろうがな。
「理由は?」
人殺しが悪いとか、綺麗ごとを宣う資格を今の俺は完璧に失ってしまっているし、そのつもりもない。
理由があれば、例え殺しさえも肯定する。我ながら、どうにも荒んじまったものだ。
「さあてねぇ、でも、トーキンは自己の快楽で他者を傷つけるような男ではないよ。
あいつとは長い付き合いだからねぇ、それだけは、断言してもいいさね」
「私怨か?」
「だろうねぇ」
決断するには、あまりに情報が不足している。ベリトからの報告を待ってから決断すべきだろうな。
「セシル、一度、ギルドに戻ろう」
「はい……」
目尻に涙を溜めて、顎を引くセシルの手を引いて宿を出ようとするが――。
「少し待ってな」
女将は奥に姿を消すと、一本の羊皮紙のスクロールを持ってきた。
「セシル、あんたによ」
セシルはそっと、スクロールを開き、羊皮紙の中を確認する。次第に小刻みに身を震わせると、泣き崩れてしまった。
「俺も読んでもいいか?」
「はい」
セシルから手紙を受け取り、目を通し始める。
『セシル、お前がこれを読んでいるとき、既に儂はこのピノアにはおらんじゃろう。
儂は過去に罪を犯した。人を殺したんじゃ。この一〇年間、儂は常に罪の意識に苛まれてきた。
おっと、勘違いするなよ。儂は、人間の外道を殺したことに罪の意識を覚えるほど無垢ではない。無力な儂のせいで救えなかった妻と子に対してじゃ。
笑えるじゃろう。儂は主にいつも、前を向いて歩けと、偉そうに言っておったが、結局、立ち止まっていたのは他ならぬ儂じゃった。このピノアで名を変え、ひっそりと隠れるように暮らしていたのがその証拠じゃ。
そして、そのことに気付かせてくれたのは、お主じゃ。
あのギルドゲーム。実に素晴らしかった。神話上の武具を装備する子供達、そして、あの超常の戦い。胸が震えた。あれを為す超常の存在達とお主は、今肩を並べている。儂以上に弱く、何もできなかったお主がじゃ。
完全に吹っ切れたんじゃよ。もう逃げるのは止めじゃ。儂も前に進もうと思う。妻と娘に胸を張れるように。
なぜかのぉ、そう決意してから、妙に清々しい。
この決意の言葉をお主に伝えようとした理由はわからし、もしかしたら、死んだ娘とお主を重ねているだけやもしれん。
最後になったが、セシル、儂に勇気をくれたお主には感謝する。
お主の未来に幸があらん事を』
「トーキン氏はどうなる?」
「貴族殺しは大罪だからねぇ。裁判さえ開かれるかも疑問だろうね。
ただ、見せしめの意味もある。処刑は聖都でなされるはずさ」
「処刑のタイムリミットは?」
「……それをなぜ私が知っていると思うんだい?」
「おんや、闇ギルドのくせに、知らねぇのか?」
ビクッと顔を上げるセシル。この世界の闇ギルドについては、ウォルトから聞いている。
世界に根を張る巨大犯罪組織。
――暗殺、要人の誘拐、密輸、奴隷の販売、反吐が出るような外道の所業を営む組織の総称。
「なぜ、私が闇ギルドだと思うんだい?」
「今、声のトーンが僅かに落ちたぞ? 無意識なら、未熟すぎるな。ここは、あんたのキャラ作りなら、一笑に付すところだぜ?」
「旦那には敵わないねぇ」
口端を上げた女将からは、温かみの一切が消失していた。
「そうかよ」
オロオロするセシルの頭に手を置いて、落ち着ける。
「でもなんでわかったんだい?」
正直、この女将が普通じゃないことは、会った時から検討はついていた。だって、この女将、纏う雰囲気が、ベリトやバフォメットが稀に見せる残酷さに酷似していたから。
「俺の仲間にもお前と似たような奴等がいるからな」
まっ、ベリトやバフォメットが聞けば、¨一緒にするな¨と激怒しそうだけどな。
「あんたら、トーキン氏を唆したな?」
「随分と人聞きの悪いね。私達は、あくまで切っ掛けを与えたに過ぎない。選んだのは、トーキン自身さ」
「それを、唆したというんだと思うがね」
「マスター、ど、どういうことですか?」
この手の大人のクズってる世界に無縁だったセシルには、想像もつかないかもな。
「この女将は、俺達のギルドに取引を求めてきているのさ」
「流石だね。そうさ、私達の目的は、ギルド――《三日月の夜》との信頼関係の構築と継続的取引の確立」
実に上手い手だ。俺達を敵に回した際の破滅を明確に熟知し、怒りの矛先が自分達に向かないように常に意識してこの作戦を立てている。
要するに、こいつ等は、トーキンのケジメのお膳立てをするから、取り引きをしろと言っているのだ。そして、それは、それだけの価値をトーキンという人物に認めていることを意味する。
こいつ等自身は微塵も信用はおけないが、その嗅覚だけは認めてもいい。
「マ、マスター!」
「わかってる」
焦燥に身を焦がしながらも、袖を掴むセシルの頭を乱暴に撫でて、大きく頷く。
「受け入れてくれるね?」
「ああ、お前らが俺達を裏切らない限りな」
「まさか。力のない子供を数日足らずで、あんなバケモノにしたあんた達に敵対するほど私達のボスは愚かじゃないさね」
「条件はトーキンの創る武具や魔道具の一部をお前らに格安で流してやる。これでどうだ?」
「成功報酬ってわけさね? いいよ。それも我らがボスの望む事」
このやり口、秀忠クラスの智者が闇ギルドにもいるってことか? 気に入らないが、今は奴等の思惑に乗ってやる。少しでも不穏な動きをすれば、ベリトやバフォメットに命じて、闇ギルド狩りを開始すればいいさ。
「商談成立だ。契約書でも作るか?」
「不用だよ。闇ギルドは人と人の信頼が第一、人を見て契約を持ち掛けている。何より、あんたは約束を守る人だわ」
「なら詳しく教えろよ。背景事情は既に熟知してるんだろ?」
女将は満足げに口端を上げつつも頷くと――。
「耳をかっぽじってよく聞きな。これがトーキンの人生の全てさ」
トーキンという男のこの世界ではどこにでもあるような反吐の出る物語を紡ぎ始める。
このピノアの北西に位置する国――カルディア教国。カルディア教国は、¨他種族は人間族に管理されるべき危険な存在である¨との独特の教義から、他種族との戦争を繰り返す国。
ドワーフの一部族の出身だったトーキンは、そんな教国により、部族の村が滅ぼされ、奴隷として、聖都に強制的に連れてこられた。
教国は常時戦争状態にある国。武器や防具の開発に巨額の資金と人材を投入していた。当然のごとく、ドワーフだったトーキンは幼い頃から、国家が運営する鍛冶を専門とする部署に預けられ働くことになる。
幸か不幸か、鍛冶を得意とするドワーフの中でも、トーキンの才能は別格に抜きんでていた。忽ち、評判となり、遂に平民の身分を獲得し、奴隷出身では初の鍛冶長を務めるまでになる。
そして、人間の平民の美しい娘と結婚し、幸せな家庭も持つことができた。
そんな幸せの絶頂のとき、トーキンの妻が、ある高位貴族の目に留まる。
この貴族は、トーキンの妻を己の妾としようと画策し、トーキンの弟子の一人に多額の金を掴ませ、武具を他国に横流していたとの偽の情報を流させた。
武具の横流しは死罪。当然トーキンは捕縛されるが、それをその貴族の妾になるなら、トーキンの無罪につき、司法局に口添えしてやると唆した。
その晩、平民出身者のトーキンの弟子の死体が川から引き上げられる。その弟子の遺書には、罪の独白がされており、トーキンは晴れて無罪放免となり、鍛冶長の職に復帰した。
しかし、そこからが、トーキンの真の地獄の始まりだった。
自宅に帰ると、愛する妻も愛娘もいなかった。トーキンは足を棒にして探し回るが見当たらない。
そして、次の日、愛する娘のバラバラに分解された死体が、市内のごみ箱の中から発見される。それから、数か月間、最後の希望に縋り、妻を探すも手掛かり一つ掴めない。
愛する妻と子を失い、弟子に最悪の裏切られ方をしたトーキンは、仕事も碌に身に入らず、一年足らずで、鍛冶職の地位を退き、僅かな退職金を元手に、街の外れで小さな鍛冶屋を営むのようになる。
それでも、真実を知らねば、まだトーキンは幸せだったのかもしれない。
しかし、トーキンは真相を知ってしまう。トーキンの弟子の母が、部屋を整理していた時、机の引き出しの底から、偶然、その弟子の日記を見つけてしまったのだ。
日記は、罪の意識とトーキンへの謝罪の言葉で埋め尽くされていた。
トーキンをはめて、妻と子を殺した貴族の名を知ったトーキンは、復讐を誓い、爆発系の魔道具で、その貴族のみとなった馬車を爆破、殺害し、聖都を脱出し、ピノアへ逃れた。
「ひどい……」
カタカタと身を震わせるセシルの頭を優しく撫でて落ち着ける。少々、子供には刺激が強すぎる内容だった。
「それで二つばかり、聞きたい事があるんだが?」
女将の話には、不透明な箇所が二つばかりあった。そして、それはこの事件のトーキンの罪と罰についての根幹に関わること。
「何だい?」
「一つ目はなぜ、トーキンの子供が殺されたかだ」
「口封じじゃないのかい?」
「口封じは絶対にありえない」
「なぜ?」
「トーキンの子供の監禁場所は、十中八九、屋敷とは別のはずだし、実行犯もその貴族とは直接の接点のないゴロツキだろうからな」
貴族にとって、犯罪の証拠を己の家に隠すなど言語道断のはずだし、ゴロツキを雇って管理させる方があしもつかない。そもそも、貴族はトーキンの子供の前にその姿を見せてなどいないはず。子供を口封じする必要はないのだ。
「確かにね。なら、旦那は何だと思ってるんだい?」
「俺は、見せしめだと思っている」
「でも、その貴族は、わざわざ人質までとって、トーキンの妻を従わせようとしていたんだ。殺してしまっては、目的を遂げられないんじゃないのかい?」
「そうさ。全く無意味な行為だ。だが、もし、妻が貴族の元から逃亡したとしたらどうなる?」
セシルが息を飲むのがわかる。
「子供は、殺されるだろうね。それで本件は手打ちとされる」
「そうなるだろうな。だが、本当に、トーキンの妻は貴族の元を逃亡したのか?」
親の子を思う気持ちは、そんな中途半端な軽いものなのか? どうしても、トーキンの妻が、我が子を捨てて、逃げ出すとはどうしても俺には思えなかった。
「ふふ、そうさね。その貴族が錯乱してトーキンの子供の殺害を命じたのは、トーキンの妻が妾になるために屋敷に移住したその晩、賊の襲撃を受け、その女以外、屋敷中の者が皆殺しになったせいさ」
なるほどな。大方、その馬鹿貴族の外出中に、正妻はおろか、部下も含めて皆殺しになった。怒り狂った貴族は、トーキンへの見せしめに、トーキンの子供を殺害したのだろう。
トーキン自身が五体満足なのは、後日、賊がトーキンとは無関係と知ったせいか、それとも……。
「その賊とは、盗賊か何かか?」
「いんや、革命軍の者さ」
革命軍。また、一段とキナ臭くなってきやがった。
「次だ。そもそも、トーキンは本当にその貴族とやらを殺したのか?」
一瞬、女将の顔から感情が消える。ビンゴのようだ。
女将、あんた、裏の住人としては、少々正直すぎるぜ。
「どうしてそう思うんだい?」
「もし、その馬鹿貴族、本当に死んでいるなら、今頃、トーキンは墓の中だろうさ」
貴族殺しが重罪なら、カルディア教国政府は国家の威信にかけて、捜索を開始する。素人のトーキンがピノアの隅に身を顰めたくらいで、隠し通せるはずもないのだ。
その点、貴族がまだ生きていれば、話は変わって来る。
その貴族の家としては身内の恥に等しく、大っぴらにはしたくはないはず。仮に、トーキンの子供を殺したことが暴露されれば、ただでははすまないだろうし、危険を冒してまで、捜索などしやしまい。
「旦那、あんた、ホントに怖い人だ」
「誉め言葉と受け取っておくよ。それで、最初の質問に戻るぞ。タイムリミットは?」
「聖都に入る直前で、トーキンは高位貴族の手により、移送の兵士ともども、裁判にかけられる前に闇に葬られる。だから、凡そ、三週間」
三週間か。転移はできないが、俺達の足なら、数日足らずで、到着が可能だろう。間に合わなければ、ショートカットするだけだ。
「ここから、聖都まで、どのくらいかかる?」
「馬車で凡そ二週間半ってとこさね」
護送の任を請け負う者は、本事件には全く関係がないピノアの冒険者組合から派遣された冒険者達。ならば、襲われる直前に賊を捕縛し、証人にでもなってもらおう。
「セシル、行くぞ」
席から立ち上がり、歩き出す。
「は、はい!」
戸惑いつつも、俺の後に続くセシル。
扉を開けて、外に出るとセシルに向き直る。
「《三日月の夜》のギルドマスターとしてセシル・フォレスターに命じる」
「はい」
セシルは、俺のいつになく厳しい言葉に、ビクッと身を竦ませる。
「トーキンを必ず、真の意味で救い出せ」
「ぼ、僕が……ですか?」
「そうだ。この事件にはまだまだ裏がある。お前にはそれを公の場で明らかにし、解決する責任と義務がある」
トーキンのために涙したくらいだ。セシルにとって、トーキンは大切な人物の一人なのだろう。ならば、自身の手で守らねばならない。それが、俺達のギルドの唯一といっていい絶対的規則。
「マスタぁー」
「情けない声を出すなよ。お前は、俺達のギルドの幹部の一人だ。ならば、自分の大切なものくらい己の手で救って見せろ」
暫し、セシルは、俯いて下唇を噛みしめていたが、俺を決意の籠った眼差しで見つめてきた。
「僕、やります! 絶対にトーキンさんを助け出します!」
「いい返事だ。今から、ギルドハウスへ戻って、今後の対策を練るぞ」
「はいっ!!!」
こうして俺達のカルディア教国への旅が始まる。
そしてこの一人のドワーフを巡る事件は、アースガルド全土を巻き込んだ戦乱の幕開けを意味していたのだ。
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