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第20話 食事会の誘い


 説明不能な気持ちを抑えつけ、下校のために昇降口へ戻ると、美夜子が佇んでいた。


「大会の参加を表明してきた。だから――」


 下履きに履き替えつつも、そう告げ、美夜子の脇を通りすぎようとするが……。


「ついて来て」


 美夜子は、俺の右手を掴み、校門の外まで連れてくると、門前に止められたリムジンに俺の身体を押し込めた。


「初めまして、相良悠真君」


 俺の向かいには、美夜子と長い黒髪を腰まで伸ばした三〇半ばほどの黒髪の美しい女性が座っていた。そのおっとりしたような優しそうな瞳など、どこか、美夜子の面影がある。


「ええ、始めまして。あなたは?」


 俺の言葉に、美夜子の脇に控えているメイド服を着た一三、四歳ほどの少女の眉がピクリと動く。どうも、この小さなメイドさんからは、俺は激しい敵愾心を持たれてしまっている気がする。


「私は美夜子の母、神楽木美香子(かぐらぎみかこ)。娘がお世話になっていますね」


 美夜子の母ちゃんか。どうりで似ているわけだ。


「いや、別に俺は何も――」

「当たり前だ。たわけがっ!! 貴様ごとき、野良犬がお嬢様をお世話できるわけあるまい」


 案の定、すごい剣幕ですごまれてしまう。

それにしても、意味不明なキレ方をするメイドさんだ。そこは怒るところと違くね? 


樹希(きき)!」


 美夜子が慌てたように席を立ちあがり――。


樹希(きき)ちゃん、美夜子ちゃんのお友達に失礼ですよ」


 美香子(みかこ)に穏やかに窘められる。


「しかし、お嬢様、奥様――」


 再度、反論を口にしようとするが――。


「大体、樹希(きき)、貴方、今日学校でしょう? 午後の授業は?」

「そ、それは……」


 こいつ十中八九、サボったな。大方、大好きなお姉ちゃんをとられそうになり、いてもたってもいられなくなって、学校を抜け出してきたってところか……。


「常々、勉学を優先させなさいと口を酸っぱく――」

「美夜子ちゃん」


 説教モードに入った美夜子に、ゴホンッと母美香子が咳払いをする。


「ご、ごめんね。悠真君」


 奇妙な懐かしさを感じ、気が付くと口端が上がっていた。


「いや、いいさ。それより、俺に用ってのは?」


 てっきり、俺の世界選手権予選出場の件だと思っていたわけだが。


「美夜子ちゃんの夫となる人の確認かな」


 ああ、昨日のあの恋人のふりをして欲しいってあれか。

 また件のシーカーと婚約させられたのでは、目覚めが悪い。昨日、役に立てなかった分、今日一日くらい、恋人の演技くらいしてやるさ。


「もがっ!!」


 美香子の『夫』という言葉に、メイド服の少女――樹希(きき)が暴れるが、美夜子に口を塞がれる。


「夫ってのは、聊か気が早いですね」

「そうねぇ、でも、主人は随分乗り気みたいだけど」


 それはそうだろうな。一応、俺は《八戒(トラセンダー)》だし、種馬としては最適とだろうさ。

 だが、俺はそんな自分の娘の気持ちすら踏みにじるような屑っている考え方が死ぬほど嫌いだ。この際だ。はっきりと宣言しておくことにする。


「誰が美夜子の夫となるのかは、美夜子自身が決めるべきこと。外野がピーチク囀るべき事項ではありません。黙っていてもらいものですね」


 美香子(みかこ)は、暫し、マジマジと俺の顔を眺めていたが、満面の笑みを美夜子に向ける。


「だってさ。よかったね、美夜子ちゃん」


 それから、美夜子は真っ赤になって俯くと口を閉ざしてしまう。

 以降、樹希(きき)の俺に対する態度が若干だが、緩和したように思える。まあ、気のせいかもしれないが。


 

 気まずい雰囲気の中、一時間半ほど車に揺られると、郊外にある巨大な門を通り、さらに、三〇分ほどで、大きな屋敷へ到着する。

 敷地自体の広さは、俺の自宅兼ギルド施設とどっこいどっこいかもしれない。

 仮にも、六壬真家(りくじんしんか)と同等の広さなら、わが家も大したものだと思う。

 まあ、俺の敷地の場合はギルド施設であり、機能性を極限まで高めているから、ここまでの絶景は拝めないわけだが。

 

 客室に案内される。

 客室中央の長方形の大きなテーブルの席にはスーツ姿の三〇代後半くらいの黒髪の男とツインテールにしたブレザーを着た少女が座していた。

 この男は、昨晩挨拶を受けたから名前は知っている。

 ――神楽木勝(かぐらぎかつ)。美夜子の父親だ。


初めまして(・・・・・)、相良悠真君」


神楽木勝(かぐらぎかつ)は席から立ち上がり、俺の前まで来ると右手を差し出してくる。

 ¨初めまして¨か。誓約通りだな。


「初めまして」


 勝の右手を握り返すと、視線を感じ、眼球だけを向けると、モジモジと自身の両手を絡ませながら、俺を見上げて来る小動物が視界に入る。


「こちらが、娘の(ゆかり)です」

「初めまして、悠真さん。(ゆかり)と申します」


 スカートの端を持つと優美に一礼する(ゆかり)


「初めまして――」


 (ゆかり)に向き直り挨拶をしようとするが、美夜子が(ゆかり)の傍で彼女を睨んでいた。


(ゆかり)、学校は?」

「……抜け出してきちゃった」

 

 テヘっと舌を出す縁に、美夜子の額に太い青筋が走る。


「常々、私は最低限の規則は守りなさいと言っていたわよね?」


 両手を腰に当てて、完璧に説教モードに入った美夜子に、(ゆかり)は慌てて、俺の背後に隠れる。


「だ、だって、お姉様のお相手の殿方を一度、見てみたかったんですもの」

「まあ、まあ、美夜子ちゃん。食事は大勢の方が美味しいわ。直ぐに学校まで送り届けるから、ね?」

「お母様達が、そうやって、いつも(ゆかり)を甘やかすから……」


 ふーと息を吐き出すと、いつもの微笑を浮かべつつも席に座る。


「悠真様、こちらへ」


執事と思しき初老の男性が、恭しくも俺を席に案内してくれた。


「お前達も座りなさい」


 (かつ)の言葉に、老執事と樹希(きき)の両者とも呆気にとられていたが、席に座る。

皆が座ったのを確認し――。


「それでは食事にいたしましょう」


(かつ)の声により、俺達は料理を堪能し始めた。



 執事やメイドにも料理を振舞う器量や、この独特の穏やかな空気を創り出すその気質。やはり、どうしても、(かつ)という男が、一族の繁栄のため、愛娘を生贄に捧げるような外道にはとても見えない。美夜子の勘違いではなかろうか。

 


「美香子、お客様用の御土産の品を選んできてくれ。(ゆかり)樹希(きき)は学校へ戻りなさい。」

「え~私、もう少し悠真お兄様とお話したい」


不満を口にする(ゆかり)に、美香子がにっこりと微笑み無言の圧力をかけると、口を膨らませながらも、大きく頷く。

美香子の手を引かれて部屋を出ていく(ゆかり)とその後に続く、樹希(きき)を視界に入れ、老執事も優雅に一礼して――。


「それでは、悠真様、私もこれで失礼いたします」


部屋から姿を消し、俺、(かつ)、美夜子だけが残る。


「王よ。今までの御無礼をお許しいただきたい」


 (かつ)は、勢いよく立ち上がり、頭を深く下げて来る。


「その手の態度は、仲間達だけで間に合っていますし、正直お腹一杯です。今まで通りに接して下さい」

「しかし……」

「今まで通りで接してください。できれば口調も」

「わかりました……」


 大きく息を吐き出すと、(かつ)は神妙な顔で俺を見つめる。


「それで、俺に用があるんでしょう?」

「はい」

「美夜子と俺の婚約の件ですか?」


 美夜子がポッと頬を紅色に染める。

 対して(かつ)は、さも可笑しそうに噴き出した。


「ええ、昨晩までならそう考えてしました。ですが、今はそのような大それたことを求めてはいませんよ」

「お父様?」


 美夜子は弾かれたように、席を立ちあがる。その顔一面に表れている強烈な焦燥も、十分すぎるほど理解できる。俺との婚約という嘘がばれたのなら、美夜子は他の男と婚約させられる危険性がある。


「心配いらないよ。お前にも決して悪い話ではない」


納得がいかないのか口をへの字に曲げると、席に腰を降ろす美夜子。


「悠真君、美夜子を貴方のギルドの傘下に入れて頂きたい」


 これは予想外だ。美夜子の俺達のギルドの加入。とすると、(かつ)は俺の力のこともある程度把握しているということ。

 一応、俺の覇王編成は《トライデント》の中核であり、最重要秘匿事項のはず。それを知っているってことは――。


「もう、真八や秀忠から聞いているのですね?」


 (かつ)は、軽く頷き、席を立ちあがると――。


「私達、神楽木(かぐらぎ)家は、貴方に忠誠誓います」


 あいつら……マジで頭が痛い。

タイミング的には昨晩の二次会の場で、話を持ち掛けられたのだろう。

 真八と秀忠に話しが通っているなら、拒む理由は俺にはない。

それに、今回の件で美夜子という奴を俺は知った。他者を裏切れるほど、器用な奴じゃないってことも、自身のメイドに実の妹のように接するその態度も。美夜子がギルドに加入しても、俺にデメリットはない。

しかし――。


「いいんですか? 秀忠達から聞いてると思いますが、俺の進む先は破滅かも知れませんよ」

「貴方は負けませんよ。私はそれを確信しています」


 こいつも、秀忠と真八と同じか。世代的に近いようだし、まさか同級生というオチじゃねぇだろうな。


「勝手にギルドの加入を認めて、後で一族から批難されるのでは?」

「ご心配いりません。既に一族には話を通しております。既に、八神家、東条家、四童子家、志摩家の御子息御令嬢が傘下には言っていることを伝えましたら、皆、快く承諾していただきましたよ」


 脇で大口を開けて絶句している美夜子の様子から察するに、よほどの異常事態なのだろう。

 確かに、神楽木家は、六壬真家(りくじんしんか)。これほどすんなり、他者の傘下に入ることを認めるなど凡そ考えられまい。


「脅したんですね?」

「さあ、何のことやら」


ビンゴか。秀忠に、真八、そして(かつ)か。どうも、この頃、性格に難ありの奴ばかりに目を付けられる傾向がある。

まあいい。俺にデメリットがないなら、殊更否定するつもりもない。


「最後に一つだけ言いですか?」

「何です?」

「俺の知識が正しければ、神楽木家には長男がいたはず。この件につき、彼は納得をしているのですか?」


 途端に、美夜子が顔を曇らせ、(かつ)が浮かべていた微笑を消す。


「兄は二年前に失踪したの」


 その言葉を契機に、美夜子は口を真一文字に紡ぐ。


「ご心配ありがとうございます。現在、美夜子が神楽木家の長女です。それは間違いありません」


 二人の表情や態度からして、単なる家出まがいの失踪ではあるまい。何か事情でもあるんだろう。これ以上は、家族の問題だ。俺が踏み込んでいいものではない。

 それに、あくまでギルドの加入を認めるのは美夜子だけ。仮に、実兄とやらが現れて、神楽木家の次期当主となったとしても、俺に不利益など大してない。


「了知しました。《三日月の夜(クレッセントナイト)》への神楽木美夜子の加入を、ギルドマスター――相良悠真の名をもって認めます」


 俺は立ち上がり、美夜子の傍まで行くと――。


「よろしく、新たな家族よ」


 右手を差し出した。


「うん! 宜しく!」


 こうして、俺達は家族となった。



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