第19話 職員会議
小雪に会った後、学校に向かう。
案の定、校内はある噂で持ちきりだった。
――新序列第一位と二位の就任。
今朝方、探索者協議会は、新たな序列第一位と二位の就任を発表した。
その事実につき、各国の大統領や首相がコメントを残し、世界的な俳優やミュージシャン達も次々に昨晩のパーティ会場での出来事につき、興奮気味に語る。
特に日本では、えらい迷惑な事に、頭の螺子がぶっとんでいる歌姫――アゲハが、あることないこと『エア』について妄想を垂れ流した結果、日本中の噂を独占する結果となった。
こうして、正体不明のシーカー――『エア』は、武帝高校の噂の全てをあっさり塗りつぶし、学生達の話のネタになってしまう。
『エア』――四界人説に始まり、『エア』――宇宙人説、『エア』――米国特殊部隊出身説、『エア』――美少女説などというおぞましい噂まであった。もう何でもありありである。
兎も角、あまりにも噂が飛び交い過ぎて、『エア』という存在は今や謎の生命体Xという位置づけになっている。
誰も武帝高校の掃きだめのDクラスの学生が、『エア』だとは思うまい。ある意味、儲けものなのかもしれない。
俺の教室武帝高校一年Dクラスも、噂で持ち切りだった。
もっともその方向性は他とは大きくずれていたわけだが。
「私は思うわけよ。『エア』様は、シブ~イ、オジサマだと!」
「阿呆ぬかせ! 『エア』は、四界人、なら、プート・サタナキア様達同様、超絶イケメンだつうのっ!」
「プート様とエア様の……マジ、鼻血出そうっ!」
明石、須藤、松田と双璧をなすDクラスの変態三人娘が、想像するのも気色悪い妄想にふけると――。
「低脳で、愚かな売女どもがっ!! 『エア』たんは、おんにゃの子に決まっておろうがっ!!」
自称ぽっちゃり男子明石が、即座に脇から割って入って自説(異説)を述べる。
「はぁ? 意味わかんないしぃ~」
「馬鹿はほっとこう。遂に頭に蛆がわいて、可哀想な妄想にふけってるだけよ」
明石の頭に蛆がわいている。そのあまりにあんまりな評価は、悲しいかな。妙な説得力があった。
明石が青筋を立てて反論しようとすると、坊主頭の変態――須藤が明石の肩に右手を負いしてゆっくりと首を振り、制止する。
「明石氏、気にするなぜよ。この腐女の大年増共は、厳しい社会という名の現実に目を背けているだけでござる」
その通りだが、お前が言うな! それがこの場全員の共通見解だろう。
「明石氏に同意だ。俺の美少女センサーがびびっと来た。『エア』たんは、おんにゃの子以外に考えられるはずもなし」
いや、いや、松田のなんちゃらセンサーとやら、思いっきり外れてるぞ。何せ、俺、男だし。
「美少女センサーだって? マジ、受けるんですけどぉ~、ねえ?」
「そうそう、『エア』様は叔父様なわけよ。それ以外、認めないっ!!」
「叔父様じゃなくて、イケメンよ。そしてグフフ……」
もうどうでもいいや。これ以上、変態談義など聞くに値いしない。
自身の机のある窓際の席にまで足を運ぼうとすると――。
「『エア』は学生よ。ねぇ?」
生駒に背後から、右肩を掴まれてしまう。
振り返ると、生駒が薄気味悪く口端をあげながら俺に刺すような視線を向けていた。
「さあな」
なんだ、こいつの妙に断定的な台詞は?
確かに『エア学生説』もあるが、そもそも学生が探索者の頂点に至れるはずがないという意見が大勢をしめ、四界人説や、米国特殊部隊出身説と比較し、取るに足らないものとして、一笑に付されていたはず。
「なに、なに、な~に、もしかして、詩織ちゃん、『エア』様について何か知ってるの!?」
クラスの女子のこの言葉に、教室内の喧騒が瞬時に掻き消えた。
「どうかしらね」
その微笑みを最後に、普段の鉄仮面の女帝――生駒詩織に戻ると、自身の席に腰を下ろし、鞄の中から教科書を取り出し始める。
生駒が一度口を閉ざせば、知りたい情報は決して手に入らない。それを熟知しているクラスメイト達は、再び、無駄で秩序のない噂にのめり込んでいく。
午前の授業終了のベルが鳴り、教室が真夏の蝉達の大合唱のような喧騒に包まれる中、俺は、教科書を鞄に放り込むと、席を勢いよく立ち上げる。
生駒の意味深な態度といい、どうも、今の俺にとって学校は鬼門に等しい場所になっている。
これは俺の勘だが、これ以上、校内に留まっても百害あって一利なし。美夜子との約束はあるが、携帯の登録は済ませているし、世界選手権の国内予選の件については、電話でも構わないだろう。
「相良!」
教室から足を踏み出そうとすると、背後から黒髪の幼女に呼び止められた。
「うん?」
「ついて来い」
立花は、苦虫を嚙み潰したような顔で、俺の袖を掴むと強引に引っ張って行く。
らしからぬ立花の姿に暫し面食らいながらも、一応教師の指示に従った。
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職員室まで連れてこられた俺は、目の前で繰り広げられている茶番をただ黙って眺めていた。
「Dクラスの無能の本校代表入り、やはり、私は納得がいきません!」
Aクラスの担任――阿久津が、当然の意見をぶちまける。
阿久津は、クラスで生徒を評価する奴だが、石櫃とは異なり、生徒の正当な評価ができる奴。現に、夏休みに入る直前、一年Dクラスでレアな能力を発現した生徒がいたが、自身のAクラスに引き入れようとしたのは他ならない阿久津だ。
阿久津は、この武帝高校の¨実力主義¨という理念を忠実に再現してきている。だからこそ、許せないのだろう。
奴は、この度の俺の国内代表予選の出場は、校長である碇正成の旧知の中であることが理由と断定しているから。
碇爺ちゃんの性格を知ればそんなはずがないことは明白だが、何せ俺の武帝高校代表入りの理由が現役サーチャーに勝利したことだ。阿久津がそう結論づけるのももっとといえよう。
「阿久津先生、私のクラスの生徒は無能ではありません。撤回してくださいっ!!」
立花が激しい怒りを眉の辺りに這わせながら、席を立ちあがる。
過去にDクラスの生徒を強引に引き抜かれてから、立花は阿久津を一方的に毛嫌いしている。
「水無月先生、貴方の評価や信念を私に押し付けないでいただきたい。
実力主義こそ、我が武帝高校創設以来の理念。私が信じるのはそのただ一つだけ。実際、貴方のDクラスの誰が、私のAクラスの生徒に勝利し得ましたかな?」
「ぐっ!!」
¨うぬぬ¨と獣のような唸り声をあげると、席に腰を下ろすと、珈琲を飲み干し、乱暴に机にカップを置く。
「碇校長、別に私は相良悠真、憎しでこのような発言をしているわけではありません。ただ――」
「わかっちょる。学校側に公開された実績が足りないのじゃろう?」
「はい。石櫃教官に勝ったなどと眉唾物の事実を言われましてもね」
阿久津に横目で一瞥され、石櫃がビクッと身を竦ませる。
石櫃の奴は、俺が姿を現してから、顎を深く引き、小動物のように身を竦ませている。まあ、その理由も大方の検討はついているが……。
(彼奴、きっと、やり過ぎたな……)
「校長、私も阿久津先生と同意見です。《世界探索者選手権国内予選》は、わが校の名誉にかかわる極めて重要な大会。このタイミングで、何の実績もないDクラスの生徒の代表入りを認めるなど正気の沙汰ではありません」
¨その通りだ! 証拠を示せ!¨と、次々に俺の代表入りの拒絶の意見が飛び交う中――。
「あ~ら、私の言が信じられないと?」
心底不快そうに、朝霧若菜が口を開くと、俺の否定の意見でヒートアップした場の室内の空気は、一瞬で冷え込み、皆一斉に押し黙る。
「盛り上がっているところ悪いが、俺は《|世界探索者選手権国内予選《お遊戯》》に出るつもりは一切ない」
美夜子に、強制的に出場させられそうになったが、それも、学園の意思が既に統一していることが大前提だ。学校側が俺の出場に及び腰ならば、ここで突っぱねれば、誰にも恨まれず穏便に辞退できる。
「だから、言わんこっちゃない。これでは……」
軽く舌打ちを打つと、若菜は碇に射すような批難のたっぷり籠った視線を向ける。
「学校側から悠真への代表要請は、決定事項じゃ」
碇爺ちゃんが、そう言い放つ。
「尊敬する碇様の命でも、この度だけは私は賛同しかねます。他の先生方も同意見ですね?」
阿久津が部屋中を見渡すと、教師達も次々に賛同の意を示す。
「決定したようだな。なら、俺は退席させてもらう」
「座れ、悠真っ!!」
立ち上がろうとするが、碇爺ちゃんから、猛禽類のような鋭い眼光を向けられ、仕方なく腰を下ろす。
「繰り返すぞ。相良悠真の我が校代表入りは既に決定事項」
「馬鹿馬鹿しい! 校長といえどそんな独断専行――」
「碇老の独断じゃないわ。体育連合会会頭――八神吹雪、文化連合会会頭――烏丸烈の両名は、相良悠真の代表入りを推している」
若菜の言葉に今度こそ、動物園の猿山の猿のごとく、ギャアギャア騒ぎ出す教師陣。
「体育連と文化連の意思統一はなされているってことか?」
「だとすると……」
「石櫃教官、真実なのですか?」
阿久津の疑問の声に、石櫃は俺を恐る恐る眺め見るので、一睨みで威圧すると――。
「ち、違いますっ!!」
石櫃は、小さな悲鳴を飲み込み、首を大きく左右に振り、否定の言葉を吐き出した。
「石櫃!?」
この様子では、既に話はついていたんだろう。まさかの石櫃の離反に、若菜は目を大きく見開いていた。
「全て、若菜先生の言は全て妄言の類ですっ!! 単なる学生に負けるほど私は落ちてないっ!!!」
石櫃には、昨晩、バフォメットを使いに出し、俺についての一切の他言無用を誓わせている。まあ、ここまで、効果覿面だとは思わなかったわけだが。
「悠真、あんた……」
頬肉を引き、憎々し気に俺に射殺すような視線を向けつつも、そう呟く若菜を視界に入れ、思わず俺は口端を上げる。
これで、教師達は、石櫃が若菜に、俺の代表入りを指示する発言するよう脅されていたと勘違いする。悪いが、代表選など面倒なお遊びに付き合うなど、御免被る。
「語るに落ちましたな、若菜先生」
阿久津の勝利の宣言に、職員室に安堵のため息が漏れる。現Dクラスの俺の代表入りなど、認めれば、武帝高校の評価方法が誤っていたと学校側自身が認めるようなものだ。少なくとも秩序は乱れる。
本来、学校からすれば、拒否の一択だろう。何より、俺がいなくても、武帝高校は強い。優勝候補筆頭なのは間違いないだろうし、最低でも準優勝はするのは間違いない。
「愚か者共が……」
ボソリとそう口走ると、若菜は口をへの字に曲げ、両腕を組み、両瞼を閉じてしまう。
これで面倒な奴の口を封じた。あとは、阿久津に期待だな。こいつなら、きっと――。
「八神吹雪と烏丸烈の両者には私の方で事情を聴取しておきます」
よし! これで条件はそろった。八神吹雪と烏丸烈の二人は幼馴染。そして吹雪は徳之助の実弟であり、烈も徳之助を兄同然に慕っているらしい。徳之助なら、穏便に二人の口を封じることも可能なはずだ。最悪、オーパーツを与えてでも黙らせる。
ゲスイ手だが、これ以上、碇爺ちゃんと若菜の掌の上で踊ることだけは避けなければならない。
「話はついたな。俺は、失礼させてもらおう」
「相良、お前も試験が近い中、呼び立ててすまなかったな。教師一同を代表して謝罪する」
「いいさ」
相変わらず、律儀な奴。口は悪いが、その言に偽りはない。正直、俺は阿久津という奴が嫌いじゃない。
席を立ちあがり、退出しようと扉まで足を進めるが――。
「待てぃ」
碇爺ちゃんの制止の声に足を止め、肩越しに振り返る。
今まで面白そうに黙って成り行きを見守っていた碇爺ちゃんが、扇子でテーブルをコツンコツンと叩いていた。
「話は終わったはずですけど?」
「小僧が、少し見ないうちに、姑息な手を思いつくようになったものじゃな」
「何のことですか?」
「相良悠真の代表入りは既に理事会での決定事項だ。儂ら現場の意見で覆ることはない」
碇爺ちゃんは、一同を見渡すと、そう宣言し、再度、どよめきに包まれる。
「碇様、ご説明を?」
眼鏡のフレームを右手の中指で押し上げ、尋ねる阿久津を一瞥もせず、その刃物ように鋭い瞳で俺を射抜く。
「悠真、お主は大きな勘違いをしておる」
「勘違い?」
「そうじゃ。そもそも儂は、武帝高校の最高決定権者ではないわい。儂は理事長から、半端強制的にこの職を押し付けられたにすぎん」
猛烈に嫌な予感がする。このバケモノのような爺さんにそんな行為ができる奴など、俺が知る中では一人だけだから。
「ロキの奴ですか?」
「……」
にぃと悪戯っ子のように悪質に口端を吊り上げる碇爺ちゃん。
はい! お騒がせしました。また、あの腐れ眷属の仕業ですね。あの親子、マジでいい加減、自重という言葉を覚えて欲しい。
ロキがこの学園を運営している理由は不明だが、奴の勢力下にある以上、理事会とやらもロキの眷属で占められているのは想像するに容易い。
どうやら、俺の負けか。深く息を吐き出し、爺ちゃん達に向き直り、席に座り直す。
阿久津も俺の奇妙な納得に疑問を顔中に浮かべていたが、殊更口を挟んでは来なかった。奴も傍観することにしたらしい。
立花にいたっては、全く話についてこれないのか、ポケーとした間抜けな顔で、成り行きを見守っている。
「理事会は何を考えている? 普通にやれば、優勝は固いだろう?」
「今回の日本の一八歳未満の部には、四界の学生達も出場することが決まったのよ」
若菜の言に、再度つむじ風に襲われたように室内がざわめく。流石にこれには俺も驚いた。ロキの奴、四界まで巻き込むか。
「奴等、強いのか?」
「ええ、理事会からの情報では、天界チーム――平均推定レベル17、竜界チーム――平均推定レベル19、霊獣界チーム――平均推定レベル16、冥界チーム――平均推定レベル18」
¨お手上げよ¨と肩を竦める若菜の言葉により、この場は不自然なくらい静まり返ってしまう。
どう考えても、学生の中でも精鋭だな。というか、シーカークラスじゃねぇか。しかも、平均ということは、飛びぬけて強い奴等もいるのだろう。美夜子達は、レベル3で驚いているくらいだ。勝機など万が一にもありはすまい。ベスト4すらも入ることも難しいだろう。
しかし、妙だな。
「四界のメリットは?」
ただの交流試合にしては、聊か大人気がないというものではなかろうか。それに、四界が出現してからあまりにも事態が早急すぎる。四界人の力を地球人に見せつけ、外交を上手く進めたいだけなら、あの 『飛空艇』とかいう玩具でも十分効果があったし、次大会での出場でも事足りる。わざわざ、今大会に出場する意義などないのだ。
何より、地球側の探索者協議会に、覇王の俺とウラノスが所属している以上、四界もそこまで強気でいられるはずもない。
ならば、他に四界にとって、重要なメリットがあるはず。昨晩から俺に与えられていた事情により、大方の予想はつくが。
「地球では、四界を一つの国家とみて、この大会で、勝利した勢力にリルム・ブルーイットの国籍が移ることになった」
昨晩ウラノスがあれほど容易に、引き下がったのはこれか。ウラノスが覇王なら、四界の特定の勢力とは繋がりがある。ならば、既に自己の眷属を送り込んでいる可能性が高い。ウラノスの直属の部下は、俺の威圧に耐えきるような連中だ。レベルはもはやあてになるまい。
「俺が加入したくらいで勝てると思ってるんですか?」
あくまで競技である以上、総合力がものを言う。俺一人、出場したくらいで、勝てるのなら世話はない。
「理事会は勝てると結論付けているし、儂もそう思う」
要するに、一定期間内に俺にこの学校の未熟共達を、四界の怪物共と並び合うほどに鍛え直せということだろう。
「断れば?」
まあ、聞かずとも予想はつく。
国籍を移せば、おそらくミラノの捕縛権は、地球から四界に移る。その可能性が高い。少なくとも、そう、四界は頑なに主張してくるはずだ。戦争すらもいとわない。その意気込みをもって。序列二位のウラノスが四界側につくのは目に見えているし、日本政府にはそれを突っぱねるだけの意義などない。あっさり認めるだろう。
「その決断をしたとき、リルム・ブルーイットは二度と地球の地を踏むことはなくなる。即ち、お主とリルム・ブルーイットの今生の別れを意味するな」
やはりか。
……確かに、この地球は覇王同士のゲーム盤。この地球は怪物達が跳梁跋扈する魔境化しており、この上なく危険なのだ。特に、昨晩のマメルティヌス収容所の壊滅で、四界は心底、肝を冷やしたはず。何としても、ミラノを自己の世界に連れて帰り保護しようとすることだろう。
「別にそれは悪いことじゃねぇだろ?」
なのに、なぜか、イライラする。知らず知らずのうちに、口調から敬語が消え、代わりに怒気が籠っていた。
「それはお主の本心か?」
「……」
その容疑に疑義が出てきた以上、ミラノは近い将来、真の意味で自由になるかもしれない。そうなれば、むしろ、四界に匿われている方が遥かに安全じゃないのか? ならば、肯定するのが最善のはず……。
なのに、なぜかこの時、俺は碇爺ちゃんの試すような疑問の言葉に頷くことができなかった。
「もう一度だけ聞くぞ。お主、理事会の申し出を受け入れるか? もちろん、肯定をするも否定をするもお主の自由だ」
「校長!」
若菜が非難の声を上げる。
「相良悠真の意思を尊重するのが理事会の決定じゃ。儂も強制すつもりまではない。やる気がない奴に居られても迷惑だしのぉ」
まだ、ミラノの容疑は確定していない。ミラノに罪があるなら、この地球で裁かれるべきだ。それに、あいつが罪を犯していなら、戻る場所は志摩家のはず。ならば――。
「受けれよう」
そう告げると、立ち上がり、踵を返し歩き始める。
「悠真」
阿久津を含めた教師達の誰もが一言も口を開かない中、爺ちゃんに呼び止められた。
「何だ!?」
苛立ち気に振り返らず尋ねる。
「よかったら、決断した理由を聞かせてくれんか?」
「ミラノの容疑はまだはれてはいない。罪は償われるべきだろう?」
苛立ち気に言葉を吐き捨て、今度こそ、扉の取っ手を握ったとき――。
「己の気持ちさえも偽るか。マスターの危惧通り、お主の天邪鬼っぷりは始末に負えないな」
碇爺ちゃんの独り言のような呟きが俺の鼓膜を震わせたんだ。
お読みいただきありがとうございます。




