第14話 赤装束の死神
ここは、マメルティヌス――探索者協議会が誇るシーカークラスの犯罪者さえも捕縛することが可能な収容所。その最下層の部屋の一室の中央の鉄の椅子。この椅子に、腕が存在しない真っ白の拘束具に、アイマスクを装着したボサボサ髪の男が両足、腰をベルトにより雁字搦めに縛られた上、座らせられていた。
「扇屋、お前の目的は何だ? 所属している組織は?」
防弾ガラス越しに、くたびれた背広を着こなす中年男が、もう何度目かになる質問をぶつける。
「さあねぇ~、そんな事より、今何日の何時?」
「聞いてどうする?」
実にまっとうな質問だ。この最下層は、探索者を捕縛するマメルティヌスの中でも特に救いのないシーカークラスの凶悪犯共の掃きだめ。この場所に囚われている以上、この男は、探索者協議会の逆鱗に触れた。死ぬことすら許されず、二度とこの個室で、空を見上げることもなく生涯を終えることになる。
「もち、今晩予約していた『魔法少女YURA』を見るためですよ、一課長♬」
捜査一課長の背後に控える百戦錬磨の捜査一課の捜査官達が、僅かに顔を顰める。無理もない。扇屋小弥太からは、こうして捕縛されたことに対する悲壮感のような否定的な感情が一切感じられなかったのだから。
そして――。
「ふざけるなっ!! お前、何人殺したかわかってんのか!?」
たまらず背後に控えていた捜査官が、額に青筋を立てながら声を荒げる。
本日、扇屋小弥太を家宅捜索した結果、隠し部屋から、およそ、三三人にもわたる子供の頭部がご丁寧に蝋人形化されて、飾り付けられた状態で、発見された。そのあまりの惨たらしさに、協議会は急遽、扇屋小弥太をこのマメルティヌス最下層へ移送したのだ。
「よせ」
「はい。すいません」
捜査一課長の静かな制止の声に、捜査員達は口を紡ぐ。
「ありがと。感謝するよ。一課長♡」
「結構。そして、宣言しといてやる。お前が、この最下層にいる以上、その『魔法少女』とやらを見る事は二度できない」
「マジ?」
「ああ」
「そ、そんなぁ……」
扇屋小弥太の口から嗚咽が漏れ――。
「何だ……こいつ……」
遂に号泣始める扇屋小弥太に捜査員の一人がボソリと呟いた。
「なんちってぇ~、どう、本気にちた?」
ピタッと泣き止むと、ケタケタと笑い出す扇屋。
「こ、この野郎……」
捜査官の一人が喉から怨嗟の声を絞りだすが、一課長が右手を挙げると再度押し黙る。
「なら今日は一つだけ答えろ」
「な~に? 気が向いたら答えてあ・げ・る」
「どんな味がした?」
その一課長の意味不明な言葉に、眉を顰める捜査官達とは対照的に、扇屋の顔は狂喜に歪む。
「流石一課長、中々優秀だねぇ~、それとも、誰かに知恵でもつけられたのかなぁ~」
「……」
一課長は、右拳を握りしめ、悪鬼の形相で扇屋を睥睨する。
「まあいいや。そこまでたどり着いたなら教えてあげる。茉奈ちゃんはウェルダンで、ビーフ味、雄太君の肉は柔らかくて噛みちぎりやすかったかな」
「い、一課長、まさか……」
全捜査官の顔から血の気が引いていく。
「想像通りだ。だから、それ以上口にするな」
「やだなぁ~、これでも大分我慢したんだよ。ほらさ、食欲には抗えないでしょ?
な~に、子供を食べたから怒ってるの? でもさ、大人の女って化粧臭いし、男って固いし筋張ってるからあまり美味しくないんだよ。いや、マジで!!」
「それ以上口を開くなと言ったはずだっ!!!」
一課長の激高が室内に響き渡る。
「五月蠅いなぁ~、僕も答えたんだから、今日何日の何時か教えてよ?」
「……いくぞ」
一課長は、扇屋の質問には一切答えず、椅子から立ち上がり、捜査官達もそれに習う。
「で、今日は何日の何時?」
「くどい――」
『一一月七日の午後八時二〇分』
背後から聞こえる抑揚のない声に一同振り返ろうとするが――。
「バイナラ♩」
それが、捜査一課長達が聞いた生涯最後の声となった。
「っ!!?」
捜査一課長達の首がズレていき、胴体と共に、血飛沫とともに床にドシャッと落ちる。
『またせた』
捜査一課長の屍の傍に佇むのは、赤一色のズボンにフード付きのローブを深く被った仮面の男。
「ん、もう、遅いゾ♪」
『その手の冗談マジで止めろ。キモすぎる』
くねくねと悶える扇屋を右手で制し、嫌悪の言葉を吐き捨てる。
「ひ、ひどぉ~い!」
『それはそうと、存外、無様な結果に陥っているようだな』
「仕方ないじゃん? 相手はあのベヒモスだよ。しかも全盛期の。今の僕、ミジンコみたいに弱いしさ。思わずちびっちゃったよ」
『今は、それ以前の問題のようだが?』
「あの陰険糞魔王の奴に、改造されちゃった。テヘ♪」
赤装束は、呆れたように肩を竦めると――。
『弱く、姑息にして卑怯で、臆病。これが我が分身だと思うと心底うんざりする』
「同感♬ でもぉ~、君が来たってことは?」
『ああ、この建物内の一切の生物は我が喰らった』
「ファンタ――スティックッ!! あの哀れで惨めな悪魔のダース君達もぉ~、王の使い捨ての駒にされた有象無象の木偶の坊ちゃん達も、皆仲良く~~♪、君の胃袋の中ぁ~~♬」
『お気楽野郎が』
鼻歌を口遊む扇屋に、ありがたい侮蔑の言葉を捧げると赤装束の男は、大鎌を数回振る。直後、いかなる魔術やスキルも傷つけぬはずのガラスが粉々の破片まで切断された。
『王からの次の指示が来た。融合し、次の任につく』
「あいよ」
赤装束の男の身体がグチャリと曲がり、血のように真っ赤なドロドロとした液体となると、扇屋に近づき、その全身を覆い尽くす。
ぐしゅ、めきょ、ごしゅと骨と肉を噛み砕くような生理的嫌悪をかきたてる音が静まり返った部屋中に反響する。
そして、赤色の液体は、次第に人の形をとり、赤色のフードをすっぽりかぶった男が姿を現した。
「さ~て、次の任務は少々骨が折れそうだし、腹ごしらえは必要だよね」
扇屋小弥太だったものは、床に散らばる死体に向けて歩き始める。
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