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第16話 クタバレ!


《灰狼》とかいう襲撃者から必要事項を聴取した後、地面に顔面を叩きつけて悶絶させた。若干、やりすぎた感も否めないが、殺そうとした相手に気を遣う必要もなかろう。

 《灰狼》は、結局、依頼主の目的はおろか、その名前すらも知らされていないようだった。しかも、フリーの暗殺者。完璧に使い捨ての駒だろう。

 ポケットからスマホを取り出し、警察と探索者協議会にも電話で通報し、事情を説明した。

 結果、三十分ほどで到着するので、安全な場所で待機するようにとの指示を受ける。

 非常に不本意だが、このまま《灰狼》を放置しておくわけにもいくまい。後ろ襟首を掴むと、俺の家前まで疾走する。


(こいつをふんじばる紐が必要だろうな)


 《灰狼》を玄関前に寝かせると、家の扉を開ける。

 その妙にゆっくり開く扉の向こうには、黒色のドレスを着たショートカットの黒髪の女がいた。


「こ~んにちは~」


 黒髪の女は顔一面を狂喜に染めて、一メートルほどもある一振りの十字架を模した釘を振りかぶる。


「おやすみ」


 指先一つの反応も許されず、釘により後方の壁に叩きつけられ、俺の意識は失われる。


                ◆

               ◆

               ◆


「起きてぇ~」


 頬を叩かれる感触に、重たい瞼を開けると、黒髪の女の顔がすぐ目の前にあった。


「~っ!!?」


 悲鳴を飲み込み、身体を動かそうとするが、手足が椅子にワイヤーのようなもので括りつけられており、身動き一つできない。場所は薄暗く判然としないが、俺の家ではない。それだけはわかった。


「おはよう。起きたわねぇ~」


「て、てめえは?」


 黒髪の女は、顔をくしゃくしゃに歪ませる。その本来美しいはずの顔は、ホラー映画や漫画に出てきたどんな怪物よりも、よほど醜悪なものとして映った。

 

「私ぃ~? さ~て誰でしょう?」


 最悪の状況だ。

 心底性根が腐っていそうな瞳に多量の薬物をキメてそうな薄気味の悪い表情。断定してもいい。この女、頭の配線がぶっ飛んでいる。


「あの灰狼(はいろう)とかいう奴の仲間か?」

灰狼(はいろう)? ああ、あれの事ぉ?」


 黒髪の女は部屋の奥に視線を向ける。空が雲で覆われているせいだろうか。天井付近にある小さな窓からの月の光では、ぼんやりと輪郭程度しか判別し得ない。ただ、ポタン、ピチャンと水滴が垂れる音のみが静まり返った部屋内に反響している。

 これ以上、見ない方がいい。これは予感ではなく確信だ。あれは、人間としての尊厳をあっさり踏みにじるもの。

 なのに、俺の視線は部屋の片隅に固定されて動かない。

 夜空を覆っていた雲が晴れ、室内に月明かりが照らす――。


「うあぁ……」


 今度こそ獣のような呻き声が漏れ、急激な嘔吐感に肩を震わせる。

 小さな窓から差し込む月明かりに照らされ先には、俺と同様、椅子に縛り付けられ無数の釘が打ち込まれた灰狼(はいろう)がいた。


「どう? これでついさっきまで生きてたのよぉ。結局ショック死しちゃったけどぉ。

ねぇ~、最高のアートでしょうぉ? まずは両手、両足からジワジワと身体の中心へ。もちろん心臓は避ける。殺しちゃつまんないしぃ~。

 それからねぇ~、頭に突き刺すの。知ってた? 死体に釘さしても、暫く動くのよぉ~。ピクピク、瀕死の魚のようにねぇ」

「変態……野郎が」

 

 言葉を振り絞る俺を見て、狂ったようにケタケタ笑う変態女。

 狼中年の七三分けの次は、拷問好きのスプラッタ女か。とことんまでついてない。


「ひど~い。女性に野郎なんてぇ~」

「……」

「だんまりぃ? でも~、君、あまり、騒がないのねぇ、つまんな~い」

「騒がない? アートじゃなかったのか?」


 俺の軽口に、俺の背後から複数人の嘲笑が漏れる。次の瞬間、視界に火花が散り、焼けるような痛みが顔に走る。ポタポタと鼻から血が溢れ出す。


「無駄口叩かな~い。君、立場わかってる?」


 初めて、黒髪の女は顔から笑みを消す。


「拷問好きの変態女に目下拘束されて、今から尋問開始ってところだろ?」


 しかも、黒髪女の仲間と思しき奴らも集合ってか。どんな無理ゲーだよ。


「わかってるならさぁ~、ちったあ、その減らず口閉じろよ!」


 突如、視界が揺れ動き、体中の空気が口から吐き出される。黒髪女の右脚の爪先が俺の腹部深く突き刺さっていた。

 黒髪女は俺の髪を無造作につかむと顔を近づけて来る。


「さ~て、質問、お前、私達の事をどこまで知っている?」


 このタイミングでの俺の家への襲撃に、黒髪女の発言。『私達の事』とは、十中八九、あの赤装束の男のことだろう。


「さて……ね」


 右手の皮膚を破り、内側の肉にまで深々と突き刺さるリアルな感覚。


「ぐっ――!」


 右手に突き刺さる十字架を形作る釘により、全身に凄まじい激痛が走り抜け、奥歯を噛みしめる。


「じゃあ、今回の件については?」

「知ら……ね」


 再度、左手の肉が切り裂き異物が突き刺さる感覚。


「ぐがぁ!!」


 激痛が脳を幾度となく殴打する。

 ――痛い、痛い、痛い、痛い!!

 痛みに占拠される頭が、条件反射のごとく、苦痛に対する叫び声を上げさせる。


「頑張っても余計辛くなるだけよぉ~、そこの男なんて、直ぐに泣き叫んでいたしぃ」


 そんな事はわかっている。

 痛いし、今も泣き叫び助けを請いたいほど恐ろしい。

 しかし、俺が今有している情報の価値を俺は全く知らない。俺が知り得る何かが、カリンにとって致命的なものであることもあり得る。俺の無力と愚行で大切なものが奪われる。それだけは、もう沢山だった。

 だから俺は――。


                ◆

               ◆

               ◆


 どのくらい、時間が経過したのかは判然としない。

 最初は転げまわらんばかりの激痛、足がすくむほどの恐怖と逃れられぬ死に対する絶望があった。絶叫も悲鳴も上げていたんだと思う。

 しかし、それらの痛みや恐怖も――。

 ――今己が受けている理不尽な行為に対する憤怒に変わる。

 ――幼馴染の命を狙う外道共に対する憤怒に変わる。

 ――戦人の誇りに唾を吐く、目の前の薄汚い蛆虫に対する憤怒に変わる。

 何時しか、俺の全ては濃密で狂わんばかりの憤怒に、綺麗さっぱり置き換わっていた。

 

「ぐはっ、ぐはは! この餓鬼、完璧にいかれてやがる」


 背後から聞こえる豪快な男の笑い声と、


「《ラヴァーズ》、これ以上時間をかけるなとのボスの仰せだよ。その壊れた玩具(おもちゃ)、傀儡にして情報を聞き出しなよ」


 俺と歳はそうは変わらない若い男の声。


「とっくにやってる!」

「へ~、そいつ、状態異常無効等のレアスキルでももってるのかな?」


 驚きの声を上げる若い男に、


「ボスの命だ。始末して合流地点に向かう。ラヴァーズ、退け」


 抑揚のない声が鼓膜を震わせる。


「くそぉ!」


 肩で息をしながら、額にみみず腫れのような青筋を張らし、黒髪の女――《ラヴァーズ》はリビングを出て行く。

 俺の背後に誰かが立つ。


「最後に、お前の不運に少しばかり同情する。言い残すことはあるか?」


 言い残すことね。そんなの決まってる。


「くた……ばれ、ファッキン野郎!」


 絞り出す言葉の最後に、熱感が喉を駆け抜け、俺の視界は地面へと落下していく。

 コマ送りのような速度で地面に落ちていくなか、意識はプツンと途切れ、俺は二度目の死を迎えた。


二週目もこれで終了です。

次の三週目から、ようやく物語が始まります。飽きない内容となっていると思いますので、お楽しみいただければ幸いです。

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