第7話 運命の出会い
助けて! 助けてよ! 暗いの嫌だよ! 早く迎えに来てよ! ねぇ、お父様! お母様!
あたりは暗い暗い闇の中、パーティーで知り合った子供達同士で、かくれんぼなる遊びをしていたら、美夜子は、地面の裂け目に落ちてしまう。
運が悪かったんだと思う。大人なら、当然に身体がひっかかるような隙間は、子供の美夜子の身体を、まるで怪物の大口のごとく飲み込んでしまった。
辺りはすっかり暗くなり、心細くて、不安で、声が枯れるまで泣き続けた。
でも、一向に誰も助けには来てくれない。美夜子の精神が限界に差し掛かった時――。
「お前、大丈夫か?」
彼が美夜子を見つけてくれたんだ。
「誰?」
「俺は、相良悠真。これに捕まれ」
悠真君が差し出す棒にしがみ付く。
しかし――。
「うぉ!?」
悠真君までバランスを崩し、地面の割れ目に転落してしまう。
「いってぇ……」
お尻を摩りながらも――。
「大丈夫か?」
そう笑顔で、尋ねると、悠真君は、美夜子の頭を優しくなでてくれたんだ。
それから、美夜子達が救出されたのは、五時間後だった。本当なら怖くて仕方ないはずなのに、全然怖くなかったのは、悠真君がずっとお話をしながら、美夜子の頭を撫でてくれていたから。その感触があまりにも心地よくて、あんなに狭い空間だったのに、全く苦痛には感じなかった。
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瞼を開け、朝日の眩しさに暫し、目をこすりながらも、気怠い身体を起こす。
結局朝方になるまで眠れなかった。
「ひどい顔……」
夕べ泣き明かしたせいか、顔中が腫れぼったい。
今日はあの人と話す日。できれば、今日だけは会いたくはなかった。
いや、それは多分それは嘘だ。こんな夢を見るくらいだから、きっと美夜子は今もみっともなくあの人に会いたがっているのだろう。
昨晩、真夜中に叩き起こされ、ある事実を宣告される。それは美夜子にとって死刑宣告以上に、残酷でおぞましいこと。
――神楽木家の魔術師として、名前も顔も知らぬ男性と結婚し、子供を産むこと。
その男性は若くして、並のシーカー以上の力を持つらしい。いつになく、興奮気味の父の言葉から察するに、よほどの才気ある男性なのだろう。
しかも、その人には既に婚約者がいるらしいのに、何としても婚約を掴み取ってくれと懇願される。
ようやく……ようやく掴み取ったと思ったのに、結局、希望は美夜子の手からすり抜けて零れ落ちる。
ずっと、片思いしていた相手に偶然、しかも、この武帝高校で出会ってしまった。
彼に会ったとき、まるで両親に隠れて読んだ恋愛小説のように劇的で、思わず、美夜子はその素晴らしい運命に感謝した。
でも彼を観察するにつれ、そんな美夜子にとって素晴らしい運命は、彼にとっては単なる地獄に過ぎない事を知ってしまう。
彼はあの二年前の《上乃駅前事件》の生き残り。その地獄から生還し、落ちこぼれと揶揄されながらも、妹――相良小雪さんを救うため、血反吐を吐くような努力を毎日毎晩重ねていたのだ。
悠真君の力になってあげたかった。その力と財力が、神楽木家にはあるはずだから。
もし、悠真君が、神楽木家の一員となるなら、妹さんを助けてあげることができる。でも、神楽木家は、平安時代から続く陰陽師に起源を有する魔術師の系譜。魔術とスキルの才能にまだ開花していない悠真君とは、婚姻どころか、交際でさえも認めてくれるとは思えない。
切っ掛けさえあれば、そう願い続け、美夜子はひたすら待ち続けた。
そして、その願いは遂に聞き届けられる。
生徒会長として、世界探索者選手権の一八未満の部の選手を探す仮定で、朝霧若菜先生から¨Dクラスの生徒が高レベルの可能性があり¨との連絡があった。
悠真君もDクラス。流行る気持ちを抑え込み、保健室へ直行すると、彼がいたのだ。
若菜先生は、彼のレベルは3以上だということ。もしこれが本当ならば、神楽木家も彼との交際を認めてくれるかもしれない。
そして、彼がCクラスのサーチャー、石櫃教官を一撃のもと撃破したとき、確信に変わった。
それから、何度も説得し、あの頑固な父をようや説き伏せたところで、昨晩の悪夢の事実を告げられる。父は、その男性のとの婚約につき、¨この婚約、美夜子も気に入るし、嫌なはずがない¨の一点張りで、取り付く島もなかった。
冗談ではない。悠真君以外の男性に触れられるなど考えたくもないし、その男性の子供を産むなど死んだほうがましだ。
全てが真っ暗で、救いすら微塵もなくて、美夜子は枕に顔押し付けて、一晩中泣き続けた。
ノロノロと、気怠い身体に鞭打ち、制服に着替えると、一階の食堂へ降りていく。
食堂には、お父様、お母様、妹の縁が既に席についていた。
悠真君への美夜子の気持ちを知りながら、こんな無慈悲で残酷な縁談を計画したお父様となどと話したくはないし、顔すら見たくない。
「お姉様、近々婚約成されるんでしょう?」
一切口を開かず、黙々と料理を口にする美夜子に縁がそんな、空気の読めない話題を振ってきた。
「みたいね」
スープを掬うスプーンの速度が速くなる。これ以上、この話題に触れられたくないから。
「ねぇ、ねぇ、お父様、お姉様の相手の殿方ってどんな人?」
「才気あふれる若者だよ。彼と美夜子になら神楽木家を安心して任せられる」
もう限界だ。こんな場所に、一秒たりともいたくはない。
スプーンをテーブルに置き、美夜子は立ち上がる。
「御馳走様」
食堂の出口の大扉へと歩き出そうとすると――。
「美夜子、今晩、極めて重要なセレモニーがある。必ず出席しなさい」
この有無を言わせぬ口ぶりからも、件の美夜子の夫となるかもしれない男性が出席するのだろう。
「パーティー!? 縁も行っていい!?」
縁がパッと顔を輝かせて、席を立ちあがる。
「すまない。出席が許されているのは、神楽木家からは、二名のみ。
私と、美夜子が出席する」
「なーんだ……」
縁は、肩を落として、椅子に腰を下ろす。
やはり、そういうことらしい。日本でも有数の権勢をしいている神楽木家から、たった二名のみしか出席できないパーティー。そのシーカークラスの人が来ないのなら、お父様とお母様の二人が出席するはずだから。
「……」
無言でなんとか頷くと、逃げるように食堂を後にした。




