第6話 約束の電話
その後、幾つかの事項を話し会った。
本会議につき、この場にいない他の三人の《八戒》からアレクは決定の委任をもらっていた。要するに、この会議での決定は《八戒》全体の決定に等しいというわけ。
ほとんどの事項が、満場一致で可決されたが、主張が対立したのが、四界が求めるリルム・ブルーイットの引き渡し。
無論、俺は、引き渡しに反対の立場で、ウラノスは賛成だった。
ウラノス達は、『傲慢』の策謀だった以上、リルムの罪を問うのはスジが違うという主張。
確かに、『傲慢』は人の最も弱い部分に付け込み、人間への憎悪を煽り、ミラノに殺人を行わせた。それでも、戦う意思も覚悟もない者を殺す最終決定をしたのは、ミラノ自身だ。それはどんな言い訳をしても許されることはない。
ウラノス達も、自己の主張の論理矛盾くらい理解している。それでも、『傲慢』に大切な主人の忘れ形見の魂を黒く塗りつぶされたことが、悔しく許せないんだろう。
意見は暫く対立したが、ロキがウラノスに紙封筒を渡し、その中の資料に目を通した途端、ウラノスは俺達の意見を実にあっさり受け入れた。
何が書いてあったのかは、猛烈に気になったので、ロキに聞いてみたが上手くはぐらかされてしまう。
ようやく会議が終了したときには、既に七時を回っていた。
あと、三〇分で美夜子との約束の時間だ。確か待ち合わせ場所は、新塾駅西口改札前だったよな。
退席しようとするが――。
「この後、新たな《八戒》就任のセレモニーが開催されます。ふるってご参加ください」
「俺、午後七時半から約束があるんですけど、出なきゃダメです?」
アレクは済まなそうに頭を深く下げてきた。
「ユウマ殿とウラノス殿はこの度の主賓故、是非参加していただきたく」
それもそうか。先日の事件は、簡単に言ってしまえば、序列一位と二位が他国のお姫様を騙し、意思を抑圧し、殺人を教唆したような事件。
俺とウラノスが、表舞台に立つことにより、クリーンな協議会に生まれ変わったことを地球の他の国家と四界に知らしめる必要がある。
つまり、この《八戒》就任のセレモニーは、極めて重要な意義があるのだ。
ここで俺が下手に欠席すれば、結局、《八戒》をコントロールできない組織として、各国や四界から見放される結果となる。権威を保つためには、俺とウラノスの出席は絶対だ。
なら――。
「そのセレモニー、粗方の挨拶が終了したら、一時的に抜けることは可能でしょうか?」
要するに俺が、美夜子の恋人だから、件のシーカーと婚約する必要などないと神楽木家を説得できればそれでいいのだ。
最悪、俺の特殊技能の一つでも見せれば、あっさり認めてくれるんじゃないかと思うし、説き伏せるのに大して時間はかからないだろう。
「それはもちろん構いませんよ。こちらもこの度、かなり無茶を言っていますから、出来る限りの便宜は図ります」
アレクに案内され、セレモニーの会場である新塾グランドセンターホテル五〇階の控室へと移動する。
ここ五〇階は、パーティー会場となっており、本日このフロアは貸し切りだそうだ。
このセレモニーは、いわば、協議会の権威を決定づけるためもの。故に、日本と各国の政財界の重鎮とその家族、四界の使者達はもちろん、世界的に有名な俳優やミュージシャン等も出席している。
もっとも、俺が一番危惧していたマスコミ関係者などは一切入れず、俺やウラノスの存在も決して他言しないことを誓ってもらえた。
つまりだ。俺達二人の存在は、一般人には二つ名程度しか公表されないが、一定の地位を持つ世界の重鎮達には周知の事実。そういう体裁をとることになったわけだ。
確かに、序列一位だと知られれば、道を歩くだけで大騒ぎになりかねない。特に俺はまだ学生だ。そんな事を一般に公表されたら、真面な生活は送れなくなる。
一方、序列一位と二位が存在することを、誰かが確認しなければそれはいないと同義だ。この点につき、先日の俺の戦闘の映像は世界各国の諜報、情報機関に送られている。おそらくウラノスの強さの映像も同様だろう。ならば、後はそれを視認した者達に、本日、俺達が序列一位と二位の地位に就いたことを確認させ、その事実のみを一般公開させれば事足りる。有名な俳優達は、権威付けを確たるものとするためのおまけだろう。
兎も角だ。探索者協議会により、俺の二つ名は、『最強』。仮の名は、――エア、ウラノスは、『天神――ワールド』と命名された。
ちなみに、エアはもちろん、俺の相棒の名だ。偽名にしては若干、洒落が効き過ぎのようなきもするが。
控室で、美夜子に電話を掛ける。
『悠真君!』
電話口から聞こえる美夜子のどこかほっとした安堵の声。
それにしても、悠真君か……なぜか、その響きに懐かしい感覚を覚える。デジャブだろうか。疲れてんのかな……。
「すまん。どうしても外せない用ができた。一時間、いや、四五分ほど待ってくれ。必ず行くからさ」
『うん……無理言って御免ね』
謝んな。せめて、俺に対する責めの言葉くらい吐けよ! お前らしくないんだよ!
その今にも死にそうなほど意気消沈した声色は、俺の少なくなった良心という心に深い傷をつける。
「少しは俺を信じろよ! 例え仮初でも俺はお前の恋人なんだろう?」
『う、うん!』
泣きそうなのをどうにか我慢している。そんな感じだ。
俺は、美夜子を強い女だと思っていた。だが、そんな事はなかったのかもな。此奴はただ、神楽木家による柵に泣く弱い一人の少女だ。
「俺は必ずお前の元へ行く。だから、待ってろ」
『それって、プロポーズみたいだよ?』
多少、調子が戻ってきたみたいだな。いい傾向だろう。
「そうかもな」
心身共に参っている状況では、下手に相手の言葉を否定しない方がいい。
『……もし間に合わなかったら?』
「間に合うから、もしもはない。仮定など無意味だ」
『じゃあ、間に合わなかったら、何でも一つだけ私の願い事、聞いてくれる?』
「了解だ。ただし、一つだけだぞ」
『それ……本当?』
「ああ、俺にできることならだけどな」
『わかった』
電話は一方的に切られたが、最後の台詞だけは、いつもの美夜子の力強さを感じた。大丈夫だろう。
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「少し安心したよ」
「は?」
控室での突然のバドラ・メストの謎かけのような言葉に間抜けな声を上げてしまう。
「いやさ、昨晩のあの君の戦いの出鱈目な映像を見たり、ウラノス殿とのやり取りを目にしたらさ、どうしても、僕より年下の少年とはとても思えなくてね。正直、恐ろしかったんだよ」
「だろうな」
俺もこんな不思議生物いたら、十中八九、不気味に感じてるだろうさ。
「でも、今の電話のやり取りで、君がどんな人間なのかわかったような気がする」
「……」
「君はどうしょうもなく優しい人だ」
「俺が優しい? アホぬかせ」
馬鹿馬鹿しい。どんな理屈をこねようと、数百人を虐殺するような奴が優しい訳ねぇだろ。そして、その行為に微塵も後悔していないような外道が優しい人間であってはならない。
「……」
バドラは暫し、俺を観察していたが――。
「なんだよ?」
「君を好きになる女の子は、本当に大変だろうね」
大きな溜息を吐き、心底、呆れたようにそんな人聞きの悪いことを呟いた。
「大きなお世話だ」
『そろそろ時間です』
アレクによる念話の声が頭に響き渡る。控室の椅子から立ち上がる。
控室の扉前には、魔王執事ベリトが佇み――。
「陛下、御召し物です」
凡そパーティーには似合わないような黄金の刺繍がなされた絢爛なデザインのコートを俺に羽織り、顔の半分だけ覆うマスクを装着してきた。
「流石に、派手すぎやしないか?」
「お似合いですよ。陛下」
俺の危惧を含んだ疑問の声など、当然にベリトは無視して、恭しくも一礼する。
これでは逆に俺の容姿につき、悪目立ちする。こんなものを着て衆人環視の前にでるなど、軽い罰ゲームに等しい。
「ベリト、申し訳ないんだが――」
「とてもお似合いですよ、陛下」
俺の切実な願いをあっさり、無視し、にこやかにほほ笑む。この有無を言わせぬベリトの様子からも、これは拒むことはできまい。
「どうした?」
微妙な表情で俺を眺めるウラノスに不機嫌気味に尋ねる。
「いや、大したことではない」
そうは全く見えないわけなんだが。まあ、いいさ。ウラノスの内心など心底どうでもいい。
案内されるがままに、控室を出て細い通路を暫く歩くと、一際大きな扉の前に出る。
俺達の面子を見て、扉の前の協議会の職員は、ごくりと喉を鳴らす。
それはそうだろう。仮にも、俺とウラノスは覇王。一人で大国、いや、世界さえも完全消滅させることが可能。そんな真の意味での最高戦力。それが俺達なんだから。
「新たな《八戒》に拍手を!」
司会者の言葉を契機に、割れんばかりの拍手が鳴り響き、俺達は、部屋の中に入っていく。
パーティー会場は尋常ではない熱気と歓声に包まれていた。
――身を乗り出すテレビによく出て来る西側の国の大統領。
――緊張気味に胸の前で手を組むハリ〇ッドが誇る世界的な有名女優。
――世界レベルとも称される日本の歌姫が、頬を上気させ俺達を眺め見る。
――ケモミミを有する四界の女の使者が、恐ろしいほど厳粛した顔で、俺とウラノスを相互に注意深く観察する。
世界各国や組織の重鎮や、世界的スター達が《八戒》である俺達を視界に入れ、噂し、評価し、歓声を上げる。
俺達の進む先は、あそこ――アレクが佇む円状に一時的に人が存在しない部屋の最奥。その終着点までは、やはり、人がおらず、道が作り出されている。
見物人達が作り出す人の道を俺達は歩いていく。そして、その道の最前列で――。
「ゆ、悠真君っ!!!」
「美夜子!?」
俺は全く予期せぬ再会を果たしたのだ。




