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第5話 就任決議

 

 自宅に帰ると、怪物達による魔改造がさらに進んでいた。というか、森の至ところに新たな建物が立ち並んでいる。そのうち、ここ、小さな街にでもなるんじゃなかろうか。

 既に、小雪が戻ってきているはずだ。小雪の部屋に足を運ぶと、ベッドで寝ている眠り姫が視認し得た。

 この部屋で小雪を見たのは、久しぶりだ。その光景を目にしただけで、嬉しさと寂しさがぐちゃぐちゃに混じり合う。濁流のような感情の激流に、俺の心はあっさり押しつぶされ、自身の胸を抑えて立ち尽くしていた。


「マ、マスター?」


入り口付近で心配そうな顔で、俺を眺めるエルフの少女――セシル。咄嗟に、袖で涙を拭い、笑顔を浮かべる。


「どうした、セシル?」

「はい。ロキ様が、会わせたい人達がいるので、午後五時にこの建物のリビングに必ずいて下さいとのことです」

「了解だ。お前らも遊んできな」


 今日は、セシル、アイラ、餓鬼共は迷宮探索を止めて休むように指示しておいたのだ。

 キュウがカリンの護衛についている以上、明日からのセシルとアイラの迷宮探索の護衛は別途考慮する必要がある。魔物改良で新たな魔物でも開発するか。理想を言えば、ベリトのような使える奴を創れればいいんだが。|。


「はい!」


 数回頭を撫でると、セシルは気持ちよさそうに目を細める、元気よく、外に出ていく。



 着替えてリビングへ行くと、ウォルトが珈琲を飲んで寛いでいた。


「兄者、今日の迷宮探索に行こうぜ」

「おう」


 二つ返事で即答し、俺は、(ウォルト)と本日の命懸けの探索に足を踏み入れた。



 第二試練の間を抜けると、そこは辺り一面雪景色だった。そしてその周辺の魔物の強さは、段違いに強かった。具体的にはレベル60程度。

 結界を張り、四時半になるまで、その入り口付近で巨大なマンモスや、氷の狼、氷の竜などを倒し、レベルは56まで上昇する。


 魔物の血だらけになった衣服を脱ぎ、風呂に入る。

 そういや、美夜子の恋人役を演じねばならないんだったな。

 パーティー会場らしいし、スーツでも着ていけばいいのだろうか。脱衣所へ行くと、執事魔王ベリトが、恭しくも佇んでいた。


「陛下、御召し物です」


 胸ポケットに炎の揺らぎの刻印が刻まれたとんでもなく上質な黒色の上下のスーツ。同じく背中に炎の刻印が刻まれたコート。インナーも俺が今まで着たこともないような服だった。

 この炎の紋章は、俺の所持するエアに刻まれたものと酷似している。何か関係でもあるのか。それとも……。

 

「お似合いですよ。陛下」


 大げさにベリトが手を叩き――。


「失礼いたします」


 やはり、長い髪を背中で一つに束ねている赤髪の優男が、俺の髪をとかし、ワックスでオールバックに固めると黒色のハットを俺の頭にかぶせてくる。

 この優男は、『バフォメット』。ベリトやロキの知り合いらしく、俺に士官してきた悪魔族だ。一時、悪魔のダース(デヴィルズ・ダズン)に与していたが、『バフォメット』は基本、戦う覚悟のある者以外一切殺しはしてはおらず、俺の不文律を冒してはいない。故に、ギルドへの加入を認めたのだ。


「サンキュー」


 礼をいい、外に出ると、一台のリムジンが止められていた。

この車、滅茶苦茶高そうなんだが、何処から金がでてるんだ? 無駄遣いして本当に大丈夫なのだろうか?

 ロキがリムジンの後部座席を開け、俺も乗り込む。


 結論から言おう。このリムジン、そもそも、俺達の世界の乗り物じゃなかった。

 車の内部は、俺の自宅のリビングほどの広さがあったのだ。おそらくこの現象は、空間系の魔道具により実現しているんだろう。さらに机、椅子、グラス、内部の一つ一つが、神話級の装飾品で埋め尽くされている。おそらく、中古の車に、魔石を使って創り出したんだろう。

 出された珈琲をクピクピ飲みながら、ぼんやりと外の景色を眺めていると、新塾グランドセンターホテルへと到着する。

 確か、このホテルは、数年前にできたVIP専用のホテルだったはず。ここに宿泊しているってことは、ロキが会わせたがっている人物とは、かなりの金持ち、もしくは、要人なのだろう。

 ロキに案内され、最上階の九九階へと到着する。

 エレベーターを出ると、真っ赤な絨毯に、絢爛豪華な内装が広がっていた。そして、細い通路を歩いていくと、巨大な扉にぶち当たる。


「ユウマ・サガラ様、お待ち申しておりました」


 二〇代後半の燕尾服の男は恭しく一礼し、その一際大きな扉を開ける。

 扉の中は、とんでもなく広い空間であり、部屋の隅にはバーらしきものや、窓際に小さな幾つものテーブルが置いてある。

 そして、部屋の中心には、円形の大きなテーブル。そのテーブルの各席には四人の男が座していた。さらに、その中の一人の老人の背後には、白色のスーツの集団が控えている。

この白色スーツ共、以前の雑魚っちい二柱(ふたり)とは生物としての格が違った。おそらく、以前は、俺に敵意がない事を示すため、敢えて戦闘職以外の部下を連れて行ったのだろう。

 その白色スーツの集団は俺のスーツの胸ポケットの刺繍を一目見て、色めき立つ。


「あ、あの紋章……」

「大帝……陛下?」

「アホぬかせ、大帝陛下は崩御なされた。そのはずだ!」

「しかし、あの御姿は――」


 部下達が慌てふためく中、白色スーツの翁――ウラノスは、恐ろしく厳粛した顔で俺を観察していた。その表情は以前にあったウラノスとはまるで別人。

円形のテーブルを引き、俺に座るように促してくるロキ。

勧められるままに、椅子に腰を下ろす。


「ロキ、貴様がゲームに参加するのは構わんし、新たな主人を見つけたことも許容しよう。それは貴様と我の生き方の違いだからな。

 だが、いくら貴様でもその紋章を軽々しく刻むことだけは許すわけにはいかぬ」


 ロキに親の仇にでも向けるかのような緯線をぶつけるウラノス。


「ウラノス、君は相変わらずの石頭のようだね」

「ふん、長い付き合いだ。貴様の考えていることなど手に取るようにわかる」

「へ~、教えてよ。僕の考えって奴を?」

「貴様はその男が、大帝陛下の生まれ変わりだとでも、考えておるのだろう?」


 アホらしい。寝言は寝てから言えよ。俺は俺だ。大帝などという過去の人物に勝手に重ねられるなど不快極まりない。大体、生まれ変わりなどそう簡単にあってたまるものか。


「う~ん、確かに、少し前までそう考えてたかな」


 ピクッと太い白色の眉を上げるウラノス。おいおい、どんどん、場の空気が兇悪化しているんだが。


「貴様、陛下と無関係なものにあの紋章を纏うことを許したのか?」


 ロキを睥睨するウラノスの瞳は真っ赤に血走り、周囲から純白で濃密なオーラを放ち始める。

主人のいつにない鬼気迫った姿に、ゴクリッと配下の白スーツの一人が喉を鳴らす。


「愚鈍な君に何言っても無駄だろうけど、一つだけ教えといてやる。今、あの紋章を身に着けて良いのはこの御方だけだ!」


 ロキの奴もらしくなくムキになっている。正直、ロキとウラノスは、セトやメディアとは格自体が違う。

 こんな場所で、ドンパチやれば、新塾が忽ち火の海だ。いや、地図上からあっさり消失することだろう。そうなれば、何人死ぬか検討もつかないし、俺の大切な奴が死ぬ可能性すらある。


「やめろ、ロキ、ウラノス」

「小僧は黙っとれ!」


 ウラノスが俺に向けて激高し――。


「貴様、我が至高の(あるじ)に――」


 ロキの瞳が縦に割れる。ロキの奴、いつになく冷静さを失っている。全く、面倒な眷属だ。

 俺は炎の刺繍のあるスーツの上着とコートを脱ぐと、《万物創造》で焼却する。

 絶句するロキとウラノスに――


「こんなものはただの服だ。お前らが命を懸ける価値はない。お前らの嘗ての主人は、有形の意思を持たぬ物を配下の命に優先させるほど、愚かじゃなかったはずだ」


 大帝とやらがどんな存在なのかを俺は全く知らない。だが、仮にもロキやウラノスがここまで心酔するような存在が、配下の命をないがしろにするとは到底思えない。


「陛下、僕は――」

「悪いな、ロキ、せっかく作ってくれた一張羅燃やしちまった。また作ってくれよ」

「了解だよ……」


 頭を下げると、ロキは口を真一文字に結ぶと俺の背後に控える。


「すまん。ウラノス。今はこれで堪えてくれ」

「いや、お主の言う通りだ。我も、少し頭に血が昇っておった。許して欲しい」

「それで、話ってのは?」


 白色のローブの優男が緊張気味にも立ち上がる。頭からすっぽりとフードを被る様は、まさに、聖者と称するに相応しい。

 俺にもこの人物の正体が誰かは、容易に察することができる。

 序列第三位――【聖哲(せいてつ)】――アレク・ハギ。探索者協議会の議長であり、事実上組織の最高権力者(トップ)


「皆様方、この度、私の求めに応じて御集りいただき感謝いたします」


 一礼するアレク・ハギ。


「相良、久しいのぉ」


 扇子を右手に握る和服姿の長いあごひげを蓄えた爺さん。この人を俺は知っている。碇正成(いかりまさなり)――俺の通う武帝高校の学校長であり、序列四位――【超人(ちょうじん)】と称される厄介な爺さん。


「ええ、お久しぶりです」


 俺が頭を下げると、驚いたようにウラノスが目を見張った。随分失礼な奴だ。流石の俺も、親父の師匠にタメ口をきけるほど、心臓に毛が生えちゃいない。

 その姿を見てロキがプッと噴き出す。ようやくロキも本調子がでてきたようだ。そうさ。俺への忠誠心で怒り狂うなど、奴らしくもないのだ。ロキは、主と決めた者さえも、時には鼻であしらうようなそんな、飄々とした奴なはずだから。


「それでは、改めて、自己紹介させていただきます。

 私は、アレク・ハギ、隣のご老人が、マサナリ・イカリ、その隣の青年が、バドラ・メスト。全員、《八戒(トラセンダー)》です」

「よろしくお願いいたします」


 壮絶金髪イケメン青年が、立ち上がると、ガチガチに体を硬直させながらも会釈をする。

 序列八位――《光王子》――バドラ・メスト。西側諸国では、ブロマイドが売られているくらい有名で、人気のある《八戒(トラセンダー)》。俺の学校でも憧れている女子は多い。

 兎も角、フィオーレの兄ちゃんだ。日本に来たのは、ラヴァーズ襲撃事件でフィオーレが襲われたからだろう。


「俺は相良悠真。碇爺ちゃんの経営する探索者育成高校――武帝高校の学生で、一応『覇王』だ」


 俺の『覇王』との言葉に、ウラノスの配下達が、息を呑むのが気配でわかった。

 こいつ等にとって『覇王』とは、やはり、どこか特別なんだろう。


「我は、ウラノス・カイルス、我も『覇王』じゃ」


 バドラ・メストは、先刻のウラノスの変容によほど肝が冷えたらしい。ウラノスに向ける瞳には強烈な畏怖があった。


「アレク」


 碇爺ちゃんの求めに、アレク・ハギは、大きく頷く。


「それでは第一の案件です。ユウマ・サガラ殿とウラノス・カイルス殿のシーカーの称号の獲得と、《八戒(トラセンダー)》の序列第一位、二位の就任につき賛成の方は挙手を」

「はあ?」


 俺の素っ頓狂な声にも拘らず、ウラノスを含め、俺を除く全員が右手を挙げる。


「相良、何を驚くことがある? お主はあの序列一位と二位をたった一人で屠ったのだ。お主こそ、探索者の頂点に座るに相応しい」


 なるほどな。協議会は、覇王である俺とウラノスを取り込むことにより、世界的な混乱の終息と批難が集中する協議会の強化を図った。

 しかも、現在、四界の干渉もある。ここで、セカイたるウラノスを引き入れれば、四界もおいそれとこの地球に干渉はできなくなる。まさに一石二鳥な手だ。

 この身も蓋もないやり口、秀忠だな。それにしても、この頃、秀忠が顔を見せないが、彼奴、一体、何やってんだろう。


「ユウマ・サガラ殿、序列一位の地位受けいれてもらえますね?」

「どうせ、選択肢などないんでしょう?」

「申し訳ありません」


 俺に深く頭を下げるアレク・ハギ。


「相良っ!」

「わかったよ。受ければいいんだろ!」


 どうしても、碇爺ちゃんには昔から頭が上がらない。

 俺が右手を上げるのを視界に入れたアレクが、大きく息を吸い込み――。


「探索者協議会議長の名において、ユウマ・サガラ殿の序列一位、ウラノス・カイルス殿の序列第二位への就任を宣言いたします」


 そう声高らかに宣言した。



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